俳句は世界一短い詩とされ、五七五という短い語数の中で季語を用いながら自分の心情を伝えるという魅力があります。
今回は、恋する女性の心を詠む俳人として有名な女性俳人「鈴木真砂女(すずき まさじょ)」の名句を30句紹介していきます。
戒名は真砂女でよろし紫木蓮 (鈴木真砂女) pic.twitter.com/2aZaHJlF
— 武藤洋司 (@akupoke) April 14, 2012
鈴木真砂女の人物像や作風
(鈴木真砂女 出典:鴨川グランドホテル)
生涯と人物像
鈴木真砂女(すずき まさじょ)は、明治から平成にかけて生きた女流俳人です。本名は「まさ」といいます。
真砂女は1906年(明治39年)11月24日に千葉県鴨川市で生まれ、2003年(平成15年)3月14日に96歳で亡くなるまで、恋に満ちた波瀾万丈の人生を送りました。
真砂女は鴨川の老舗旅館「吉田屋」の三女として生まれましたが、5歳の頃に実母が死去。祖母と継母から溺愛され、何不自由なく育った真砂女は、物おじしない自由な性格に育ちました。
22歳の時に日本橋の靴問屋の次男と結婚し、一女を授かりますが、夫は借金を作り蒸発してしまいます。その後義姉に娘を預け実家に戻った真砂女は、姉の影響で昭和10年9月から俳句を作り始めました。
急死した長姉に代わり真砂女が旅館の跡をつぐこととなったため、心ならずも亡き長姉の夫と再婚することとなります。しかし、真砂女は宿の客として出逢った7歳年下の妻子持ちの海軍士と許されぬ恋に陥ってしまいす。この恋は、男性が亡くなるまで続くことになります。
真砂女が50歳の頃生家と決別し、娘のもとへ身を寄せながら、昭和32年東京で小料理屋「卯花」を開店しました。客商売に天性の才能があった真砂女は俳句も続けながら、女将として生き生きと働くようになります。
恋人も店に通い1人酒を飲むなど、二人の恋仲は続いていました。しかし、昭和52年真砂女が70歳の頃に恋人は死去。その後、真砂女は1人で店を開きながら俳句活動も続け、2003年(平成15年)に96歳で亡くなりました。
波瀾万丈の真砂女の人生は、瀬戸内寂聴著の小説のモデルにもなっています。
鈴木真砂女さんの実家は千葉県鴨川の吉田屋旅館。女将だった姉の急逝で女将を継いだ。現在はタワーも建つ鴨川グランドホテルの前身である。
戦後直ぐの吉田屋旅館。 pic.twitter.com/Faz7q7pyhb— 空界 (くう) (@chibanodaijinn) July 21, 2014
鈴木真砂女の作風
(若い頃の鈴木真砂女 出典:短冊 鈴木真砂女)
真砂女は昭和10年から俳句を始め、生涯俳句活動をつづけました。
真砂女は、恋に満ちた波瀾万丈の人生を送りましたが、その経験が句によく表されており、ドラマチックな恋のときめき、苦しさを詠った句が多く残されています。
また、小料理屋の女将を勤めていたことから、生活に根差した主婦目線での俳句も作られています。
鈴木真砂女の有名俳句・代表作【30選】
【NO.1】
『 羅(うすもの)や 人悲します 恋をして 』
季語:羅(夏)
意味:人を悲しませるような恋をした羅であることだ。
この句は、真砂女の代表作と言われる句です。
羅とは、絹、紗、上布(じょうふ)など透けて見えるほど薄い絹で作られた夏の着物のことです。
この季語によって、句に古風な恋を詠み手に想像させます。
「人悲します恋」とは、決して許されない誰からも祝福してもらえない恋を指します。真砂女自身、妻子ある男性との恋の経験があり、その苦しい経験が句に表されているのでしょう。
悲しむ人がいるのにやめることができない恋、という後悔と悲しみが感じられます。
【NO.2】
『 雑踏に 捨てし愁ひや 柳散る 』
季語:柳散る(秋)
意味:雑踏に捨てた愁いを感じ柳が散る。
「柳散る」は、秋の季語です。しだれ柳は、秋になると枯れて黄色がかった葉が、はらはらと散っていきます。
この句は、街の柳道を歩く作者が人と別れた後の愁いを詠っています。
「愁ひ」「柳散る」の語が、絵画のようなシーンを生む効果を出しています。
【NO.3】
『 朝顔や すでにきのうふと なりしこと 』
季語:朝顔(秋)
意味:すでに昨日のこととなってしまった。昨日の朝顔はもう咲くことはない。
「朝顔」は秋の訪れを知らせる花として俳句で扱われます。
早朝に咲き、その日の昼にはしぼんでしまう朝顔と、自分の恋人との短い逢瀬を重ね合わせています。
待ち焦がれてやっと逢うことができた恋人との日は、すでに昨日のこととなったが、この想いは決して消えることはないと作者は感じているのです。
【NO.4】
『 ゆく春や 身に倖せの 割烹着 』
季語:ゆく春(春)
意味:行く春よ、私の身に倖せが訪れる割烹着であることだ。
「行く春」とは、水平線の向うへと船が消えてゆくように過ぎゆく春を惜しむ、晩春の季語です。
真砂女は俳人であり小料理屋の女将でもありました。割烹着を着ると幸せが身に訪れたようだと、心が弾む様子が伝わってきます。
【NO.5】
『 あるときは 船より高き 卯浪(うなみ)かな 』
季語:卯波(夏)
意味:あるときは船より高い、卯浪であることだ。
この句は、真砂女が開いた小料理屋「卯波」のもととなったものです。
卯浪とは、卯月(旧暦4月)の海に立つ、梅雨を予兆するようなうねりや波のことをいいます。
この俳句は、真砂女が日常から飛び出そうという気持ちを表されています。この句からは、人生の転機への決意が感じられます。
【NO.6】
『 熱燗(あつかん)や いつも無口の 一人客 』
季語:熱燗(冬)
意味:熱燗をいつも無口で飲んでいる一人客がいることだ。
真砂女が女将をつとめていた小料理屋に訪れた、1人熱燗を飲む口数の少ない男性の姿をとらえた句です。
「一人客」は恋人のことを示しているのでしょう。
【NO.7】
『 今生の いまが倖せ 衣被(きぬかつぎ) 』
季語:衣被(秋)
意味:今生で、今が一番倖せと感じる衣被だ。
衣被とは、サトイモのことで秋の季語としてあつかわれます。
女将となった真砂女は衣被を洗いながら、様々なことが起こった人生で今が一番幸せであると、その幸せをかみしめているのでしょう。
【NO.8】
『 ふるさとや 枯野の道に 海女と逢ふ 』
季語:枯野(冬)
意味:枯野の道で海女と出逢った、ふるさとであることだ。
「枯野」は冬の季語で、冬に枯れた野原のことです。
真砂女の故郷、千葉県鴨川の冬の海を泳ぐ海女と出会った枯野の道という情景が、詠み手にも浮かんできます。
【NO.9】
『 蛍の死や 三寸の 籠の中 』
季語:蛍(夏)
意味:三寸の籠の中で蛍の死があることだ。
蛍は求愛の信号として光を放ちます。成虫になった蛍の寿命は、1、2週間と短いのです。
三寸ほどの小さな蛍籠に入れた蛍は、気が付くと息絶えていました。
作者は、恋人とこの蛍を捕まえたのでしょうか、命と恋の儚さを憂えたように感じられます。
【NO.10】
『 秋の芽や みづみづしきは 恋の顔 』
季語:秋の芽(秋)
意味:秋に出る芽は恋の顔のようにみづみづしい。
「みづみづしい」とは、艶があり生き生きしているさまのことです。
秋に出る草木の芽は、恋をしている顔のようにみづみづしいと詠っています。
この句には、様々な恋を経験した真砂女の姿が表されているのでしょう。
【NO.11】
『 落雷の 近しと 鯵(あじ)を叩きけり 』
季語:落雷(夏)
意味:落雷が近いと感じながら、鯵を叩いている。
「鯵を叩きけり」とは、鯵のたたきを作る様子のことです。
鯵と薬味をたたくように刻み混ぜていると、店の外で落雷の音がしてきたのです。稲妻の光と、落雷の音の間隔で作者は雷が近づいてきたことを感じたのでしょう。
【NO.12】
『 鏡台に ぬきし指輪や 花の雨 』
季語:花の雨(春)
意味:鏡台に指から抜いた指輪を置く、花の雨が降る日のことだ。
「花の雨」とは、春、桜が咲く前に降る雨のことです。
鏡台にそっと指から抜いた指輪を置くことは、結婚指輪を外し別れを示しているように感じられます。
また、「鏡台」「指輪」「花の雨」と美しい言葉が続くことで、句に抒情的な効果を与えています。
【NO.13】
『 冴返る(さえかえる) すまじきものの 中に恋 』
季語:冴返る(春)
意味:冴返るという言葉が春に寒さがぶり返すことであるように、してはならないものの中に恋がある。
「冴返る」とは春の季語で、立春を迎えたものの寒さがぶりかえしたことをいいます。
「すまじき」は「してはならないもの」「するべきではない」という意味で、この句では「してはならないものの中に、恋がある」としています。
妻子ある男性との恋を、「冴返る」の季語を使うことによって読み手に静かな冷たい恋の情景を伝えます。
【NO.14】
『 ゆく年を 橋すたすたと 渡りけり 』
季語:ゆく年(冬)
意味:年の瀬で、橋をすたすたと渡ることだ。
「すたすたと」の擬態語が印象的な句です。
「ゆく年」とは、過ぎ去ろうとしている年末のことをいいます。
「橋すたすたと渡りけり」から、作者は「ゆく年」を惜しむのではなく、潔く次の年へ向かって進んでいこうとしているように感じられます。
【NO.15】
『 髪に櫛 とほりよき朝 夏燕(なつつばめ) 』
季語:夏燕(夏)
意味:髪に櫛がよく通る朝に、夏燕が飛んでいる。
夏燕とは、夏、雛を育てるために野や町中を餌を探しに飛び回る
燕のことです。
「髪に櫛がよくとおる朝」、何かよいことが起こりそうな予感を作者が感じているのでしょう。
【NO.16】
『 女老い 仏顔して 牡丹見る 』
季語:牡丹(夏)
意味:女が老いて仏の顔となり、牡丹の花を見ている。
「牡丹」は、初夏に香り高い大輪の花を咲かせることから「花の王」と呼ばれています。牡丹の花の色は、白/紅/黒紫などです。
若い頃に様々なことを経験した女性が年をとり、まるで仏のような穏やかな顔になったのでしょうか。
慌ただしく過ぎた日々から離れ、咲き誇る牡丹の花に見入っている女性の姿が浮かんできます。
【NO.17】
『 戒名は 真砂女でよろし 紫木蓮(しもくれん) 』
季語:紫木蓮(春)
意味:戒名は真砂女でよろしい紫木蓮。
紫木蓮とは、「木蓮(もくれん)」の花のことです。
真っ白な花を咲かせる白木蓮と異なり、紫木蓮は外側が紫で内側が白い色の花を咲かせます。
戒名は自分の死後僧侶からつけられる名前のことですが、真砂女は死後も「真砂女」でいたいと言っているのです。
多くの苦境を乗り越えた自分の人生に、誇りを持っている真砂女の姿が伝わってきます。
【NO.18】
『 人生きて 残すは梅や 簾(すだれ)巻く 』
季語:梅(春)
意味:人が生きてきて最後に残すのは梅のみであることだ、と感じ簾を巻く。
「梅」は春の到来を知らせる花です。春のどの花よりも早く咲き、人びとを楽しませます。
長く生きてきて最後に残すのは梅である、とした句に真砂女の生死に対する潔さが感じられます。
【NO.19】
『 突然死 望むところよ 土筆野(つくしの)に 』
季語:土筆野(春)
意味:土筆野に、突然死でも望むところよ。
「土筆野」は、春になると顔を出す「つくし」の野原のことです。
「突然死」と「土筆」という生と死の取り合わせが、句に鮮やかな効果を生んでいます。
真砂女は長く愛した男性と死に別れた後、晩年をすごしてきました。
「突然死望むところよ」と言い切ったことに、彼女の凛とした強さを感じさせられます。
【NO.20】
『 来てみれば 花野の果ては 海なりし 』
季語:花野(秋)
意味:来てみると花野の果ては海となっている。
真砂女の辞世の句とされる作品です。
この句からは、真砂女の波乱に満ちた人生の全てが込められているように感じられます。
「花野」とは、秋の草花が咲き乱れる野原の様子を意味しますが、この句では彼女の「人生」を表しているのでしょう。
「花野の果ては海なりし」、様々な苦境を乗り越えて生きてきた長い人生の刃てに、果てしない海が続いているのです。
【NO.21】
『 坐りたる まま帯とくや 花疲れ 』
季語:花疲れ(春)
意味:座っているまま帯を解いているなぁ。お花見で疲れてしまった。
「花疲れ」とはお花見に行って疲れてしまっている様子を表す季語です。立たずに座ったまま帯を解いて着替えを始めるほど疲弊している様子が切れ字の「や」から伺えます。
【NO.22】
『 アパートが つひの棲家か 木の芽和 』
季語:木の芽和(春)
意味:このアパートが終の住処になるのか、木の芽和えを作ろう。
「つひの棲家」と表現していることから、作者が晩年を迎えた平成の頃の句だと考えられます。近代的なアパートで伝統的な木の芽和えを作る対比がよく表れた句です。
【NO.23】
『 九十年 生きし春着の 裾捌き 』
季語:春着(春)
意味:九十年生きた私の着る春の着物の裾捌きよ。
作者は96歳で亡くなっているため、この句は最晩年に詠まれています。それにも関わらずきちんとした裾捌きで春着を着こなしている様子が、作者の自信を感じさせます。
【NO.24】
『 風鈴や 浅きねむりの 明けそめて 』
季語:風鈴(夏)
意味:風鈴が鳴っているなぁ。浅い眠りが夜明けの光で空が染まっていくように覚めていく。
風鈴のチリンチリンという音で、うとうととしていた作者が起こされている一句です。ふと見上げた空は夜明けを迎え、空が明るくなっていく様子を写実的に詠んでいます。
【NO.25】
『 真中に 鮑(あわび)が坐る 夏料理 』
季語:夏料理(夏)
意味:真ん中にアワビが座っているような夏の料理だ。
「夏料理」とは涼しげでさっぱりとした味わいの料理のことを指す季語です。ここでは高級食材であるアワビが真ん中にドンと座っていることで、読者に衝撃を与えています。
【NO.26】
『 秋七草 嫌ひな花は 一つもなし 』
季語:秋七草(秋)
意味:秋の七草の中で嫌いな花は一つもない。
秋の七草とは山上憶良の「萩の花 尾花 葛花(くずばな) なでしこの花 女郎花(おみなえし) また藤袴 朝貌(あさがお)の花」という歌から取られています。朝貌は桔梗のことと言われており、どの花も好きだという作者の想いが込められた一句です。
【NO.27】
『 鵙(もず)の贄(にえ) 罪ある者を さらすごと 』
季語:鵙の贄(秋)
意味:鵙の贄はまるで罪のあるものを晒しているように見える。
「鵙の贄」とは、モズが木の枝の先に餌となる虫やカエルなどを突き刺しておく習性のことです。枝に刺された生き物の様子が、まるで罪人を晒しているようだと恐れている様子を詠んでいます。
【NO.28】
『 石蕗(つわ)咲いて いよいよ海の 紺たしか 』
季語:石蕗咲いて/石蕗の花(冬)
意味:石蕗の花が咲いて、いよいよ海の紺色が濃く確かなものになっていく。
石蕗は海沿いによく生育している黄色い花を咲かせる植物で、10月から12月頃に開花します。その頃には、それまでの季節と違って深い紺色になる海が作者からはよく見えたのでしょう。
【NO.29】
『 老いてなほ 漁師たくまし 根深汁 』
季語:根深汁(冬)
意味:老いてなお量子たちはたくましいものだ。根深汁を食べている。
「根深汁」とはネギを出汁で煮込んで味噌をとかして食べる汁物で、冬の風物詩です。暖かい料理を食べて冬の漁に出かけようとする漁師たちをたくましく思っています。
【NO.30】
『 湯豆腐や 男の歎き きくことも 』
季語:湯豆腐(冬)
意味:冬なので湯豆腐が多く注文されるなぁ。男の嘆きを聞くことも小料理店の女将の仕事だ。
作者は小料理店を営んでいたため、酒の肴に湯豆腐を出しながらお客さんの話をよく聞いていたことでしょう。相槌を打ちながら料理をする様子が浮かんでくるようです。
以上、鈴木真砂女が詠んだ有名俳句でした!
さいごに
今回は、鈴木真砂女のおすすめ有名俳句を30句紹介していきました。
波乱と恋に満ちた人生を送った真砂女の句からは、女性の凛とした美しさ、恋の喜びと苦しみ、生きることの強さなどを感じられるものが多くありました。
今回紹介した句以外にも多くの句が残っていますので、興味がある方はぜひご自身で調べてみてください。
地玉子の殻のたしかさ風光る(鈴木真砂女) https://t.co/I7KlX0T57E pic.twitter.com/2VELynexp4
— オクタビオフェルナンデス🏳️🌈 (@okutabio) April 29, 2016
最後まで読んでいただきありがとうございました。