【池田澄子の有名俳句 20選】天才女流俳人!!俳句の特徴や人物像・代表作など徹底解説!

 

俳句は五七五の十七音に季節を表す季語を入れてさまざまなものを表現する短文の詩です。

 

江戸時代に始まった俳句は明治大正期の近代俳句を経て戦後の現代俳句へと発展し、いまなお多くの作風が生まれています。

 

今回は、昭和から現在にかけて活躍する「池田澄子(いけだ すみこ)」さんの有名俳句を20句紹介します。

 

 

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ぜひ参考にしてください。

 

池田澄子の人物像や作風

 

池田澄子(いけだ すみこ)さんは、1936年(昭和11年)に神奈川県鎌倉市に生まれ、戦争により父親の故郷である新潟県に疎開します。

 

俳句を始めたのは遅く38歳のときで、1975年に堀井鶏主宰の「群島」に入会しました。後に三橋敏雄に師事し、1983年に三橋敏雄主宰の「檣の会」に入会するなど精力的な活動を続けました。

 

坪内稔典による「船団の会」の主なメンバーとしても知られています。現在は岩波書店の総合誌「世界」の中の「岩波俳句」の選者として活躍していて、2021年には現代俳句大賞も受賞しました。

 

 

池田澄子さんの作風は、親しみやすい語り口で日常生活や戦争と死を表現していることで有名です。

 

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池田澄子さんはやや皮肉を交えた俳句も詠んでおり、説得力に富んだ独特の俳句世界を作り上げています。

 

池田澄子の有名俳句・代表作【20選】

 

【NO.1】

『 初恋の あとの永生き 春満月 』

季語:春満月(春)

意味:初恋が終わった後も長生きするのだなと春の満月を眺めて思う。

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思春期の初恋が終わったあとも人生は続いていくのだという、青春時代を振り返っての一句です。春に思い出していることから、卒業式などの節目に告白したのだろうという想像ができます。

【NO.2】

『 カメラ構えて 彼は菫を 踏んでいる 』

季語:菫(春)

意味:カメラを構えている彼はスミレを踏んでいることに気がついていない。

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被写体をどう撮るかこだわるあまり、足の下にあるスミレの花に気がついていない様子を滑稽に思っている句です。目の前のものだけではなく足元もきちんと見ようという教訓めいた意味にも取れます。

【NO.3】

『 蓬(よもぎ)摘み摘み 了え(おえ)どきがわからない 』

季語:蓬(春)

意味:ヨモギを摘んでいると、どこで切り上げていいかわからないなぁ。

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ヨモギなど春の野草を摘むことは奈良時代から行われてきた伝統的な春の遊びです。草餅などを作るために摘みますが、たくさん生えている場所だとつい楽しくなってどこで切り上げていいかわからないという楽しげにしている様子が浮かんできます。

【NO.4】

『 花よ花よと 老若男女 歳をとる 』

季語:花(春)

意味:花よ花よと花を見ていても、老若男女はみな等しく歳をとるのだ。

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「花よ花よ」には若い男女を花に例えている様子と、毎年の恒例行事としてお花見をしている老若男女の両方が掛かっています。花のように若い男女も年老いた人々も毎年1つずつ歳をとっていくのだという人生のあり方を詠んだ句です。

【NO.5】

『 ここ此処と 振る手儚し 飛花落花(ひからっか) 』

季語:飛花落花(春)

意味:ここ、ここと振る手も儚く見える桜の散り際だ。

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「飛花落花(ひからっか)」とは桜の花が散る様子を表す季語です。元気よく手を振って合図をしている人たちも、桜が散っている中では儚く見えることを面白がっています。

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輪廻転生の概念を「じゃんけん」に例えているのがユーモアのある句です。何に生まれ変わるかは前世の行い次第と言われていますが、この句ではじゃんけんという一種の遊びがキッカケに過ぎないのだと主張しています。

【NO.7】

『 定位置に 夫と茶筒と 守宮(やもり)かな 』

季語:守宮(夏)

意味:いつもの定位置に夫と茶筒とヤモリがいる面白さよ。

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毎日見る夫と茶筒に加えてヤモリが陣取っていることを面白がっています。ヤモリは家の中に出ることから「屋守」とも表現する夏の季語の爬虫類です。

【NO.8】

『 どっちみち 梅雨の道へ 出る地下道 』

季語:梅雨(夏)

意味:どっちみち梅雨の道へ出なければならないのだ、地下道を通っても。

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雨を避けて地下道を選んでも、結局は雨が降る地上へ出ていかなければならないのだなぁという梅雨の風景を詠んでいます。新宿駅のような地下通路からお店に入れる地域もありますが、大半は地下道への入り口でまた傘を広げることになる憂鬱さが「どっちみち」という言葉から感じ取れる句です。

【NO.9】

『 三十年前に 青蚊帳(かや)畳み了(お)えき 』

季語:青蚊帳(夏)

意味:青蚊帳を最後に畳んだのはもう30年も前になる。

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冷房や殺虫剤などの技術が発達し、蚊帳を吊らなくなって30年も経ったという時間の経過を詠んだ句です。整理をしていてしまい込まれた蚊帳を偶然見つけたのでしょうか。

【NO.10】

『 日輪を 隠す日光 日日草 』

季語:日日草(夏)

意味:日輪を隠すような日光の強さだ。ニチニチソウも美しく咲いている。

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「日」の漢字が4回も使われているユニークな一句です。夏の強い日射しにも負けずに咲くニチニチソウに、さすがは「日」の文字を使う植物なだけあると感心しています。

 

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ツクツクボウシは秋の初めに鳴くセミで、ずっと鳴き続けることで知られています。そのことを踏まえて、うるさい君はまるでツクツクボウシのようだと例えている句です。

【NO.12】

『 缶詰の 桃冷ゆるまで 待てぬとは 』

季語:桃(秋)

意味:缶詰の桃が冷えるまで待てないとは。

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この句は摂津幸彦の追悼句の1つです。缶詰の桃はお通夜の食事でよく出るとされていて、冷えきっていないその桃を見てあまりにも早い死を悼んでいます。

【NO.13】

『 颱風(たいふう)が 逸れてなんだか 蒸し御飯 』

季語:颱風(秋)

意味:台風が逸れて、なんだか今日は蒸しご飯が食べたい気分だ。

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台風が来ると言われていても実際は逸れてしまい、朝起きたら台風一過だったという経験をした事がある人も多いでしょう。外れた天気予報と今日の食事の献立というありふれた日常を詠んだ一句です。

【NO.14】

『 胃は此処に 月は東京タワーの横 』

季語:月(秋)

意味:胃は地上近い此処にあり重い気分だが、天上の月はきらびやかな東京タワーの横で輝いている。

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胃と月を対比するという面白い一句です。「胃が重い」などの表現があるように「此処」にある胃は地上近く重いのに、月は東京タワーの横で煌々と輝いていると自身の気分との差を嘆いています。

【NO.15】

『 震度2ぐらいかしらと 襖(ふすま)ごしに言う 』

季語:無季

意味:今の地震は震度2ぐらいかしらと襖越しに言う。

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「襖」は冬の季語ですが、ここでは日常的に起きる地震への感想を述べているため無季の俳句になります。揺れを感じたあとに今の地震はどのくらいの強さだったかと言い合う経験がある人も多いことでしょう。

【NO.16】

『 氷片を 見つめ見つめて 失いぬ 』

季語:氷(冬)

意味:グラスの中の氷の欠片を見つめて、じっと見つめているとやがて溶けて見失っていく。

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氷が溶けていく様子をじっと観察している様子を詠んでいます。なんということは無い現象を詠んだ句ですが、「見つめ見つめて」と繰り返すことでひたすら見つめている様子が浮かんでくる表現になっている句です。

【NO.17】

『 短日の 燃やすものもう ないかしら 』

季語:短日(冬)

意味:日が短くなってきた。もう燃やすものはないかしら。

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最近は法律などでできなくなっていますが、不用品を庭で燃やしている様子を詠んでいます。冬は日が落ちるのが早いため、日没が近い時間帯にもう燃やすものはないかと家族に問いかけている一句です。

【NO.18】

『 ひとびとよ 池の氷の 上に石 』

季語:氷(冬)

意味:人々よ、見てください。池の氷の上に石が乗っています。

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「ひとびとよ」と大げさに呼びかけているのが面白い表現です。池に氷が張り、その上にどこからか落ちてきた石が乗っているめずらしい光景を一緒に見てほしいとはしゃいだ気持ちが伝わってきます。

【NO.19】

『 お辞儀して マフラー垂れて 地上かな 』

季語:マフラー(冬)

意味:お辞儀をするとマフラーが垂れて地上についてしまっていることだ。

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かなり長いマフラーを巻いていたのでしょうか。お辞儀をしたときに垂れたマフラーの端が地上についてしまっている様子を観察しています。

【NO.20】

『 枯園で なくした鈴よ 永久に鈴 』

季語:枯園(冬)

意味:冬枯れの庭園で失くした鈴よ、土に還ることもなく永久に鈴のままであり続けるのだろう。

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冬の公園で紛失した小さな鈴は、四季が巡ってもずっと鈴のままあり続けるのだろうという哲学的な句です。「万象の中で人間がどういう存在なのか」を追求した作者の中で、失われた鈴は人間と違い永遠に自然の中に存在し続けると感じたのかもしれません。

以上、池田澄子の有名俳句20選でした!

 

 

俳句仙人

今回は、池田澄子さんの作風や人物像、有名俳句を20句紹介しました。

戦後直後の句から東京タワーのような現代のモチーフまでさまざまな俳句が詠まれています。
現代俳句は多くの俳人が独自の句を詠んでいるので、ぜひ読み比べてみてください。