【野沢凡兆の有名俳句 20選】江戸時代中期の俳人!!俳句の特徴や人物像・代表作など紹介!

 

俳句は五七五の十七音で構成される、江戸時代に成立した詩です。季語を詠みこむことによって短いながらも季節や心情を表現します。

 

今回は、江戸時代の前期から中期にかけて活躍した俳人「野沢凡兆(のざわ ぼんちょう)」が詠んだ名句を20句ご紹介します。

 

 

俳句仙人
ぜひ参考にしてください。

 

野沢凡兆の人物像や作風

(河合曾良 出典:Wikipedia

 

野沢凡兆は、生年不詳で現在の石川県金沢市に生まれました。

 

凡兆は京都に出て医者を志していましたが、松尾芭蕉が京都に来た1688年頃に一門に入り、俳諧の道に進みました。

 

芭蕉の高弟である向井去来とともに俳諧撰集『猿蓑』の編纂をしたり、芭蕉をこえる句を収録されたりと活躍していましたが、生来気が強く師匠である芭蕉と言い争うことも少なくなかったと言われています。

 

後に芭蕉と疎遠になり、長崎貿易の密輸である抜け荷の罪で投獄されました。松尾芭蕉の葬儀に名前が見えないため、1694年頃に事件が起きたものと考えられます。

 

その後1701年に出獄、京都を追放されたため居住地を移して俳諧を続けますが、1714年に大阪で亡くなりました。

 

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野沢凡兆の句は、印象鮮明な叙情詩、自然を客観的にとらえる写生派の俳句が多いのが特徴です。
江戸時代は主観的な句が多かった一方で、客観的な句が評価を得るようになった明治時代以降では、正岡子規が名人と評し室生犀星が蕉門の中で随一と評するなど、高い評価を得ています。

 

野沢凡兆の有名俳句・代表作【20選】

 

【NO.1】

『 鶯や 下駄の歯につく 小田の土 』

季語:鶯(春)

意味:ウグイスが鳴いているなぁ。小さな田のあぜ道を歩いていると下駄の歯に泥がついて大変だ。

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「小田」とは小さな田んぼのことで、あぜ道をのんびりと歩いているときの風景です。下駄の歯に土が詰まると落とすのが大変ですが、苦労している最中にどこからかウグイスの鳴き声が聞こえてきます。

【NO.2】

『 灰捨てて 白梅うるむ 垣ねかな 』

季語:白梅(春)

意味:外に出て灰を捨てると、灰と同じように白い白梅が潤んだように見える垣根であることだ。

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灰の白と白梅の白がお互いに混じりあっている様子を詠んでいます。当時は火鉢などで灰がよく出たため、灰を捨てるのは必須の作業でしたが、そんな日常の生活の中にも美しいものがあると感じる句です。

【NO.3】

『 鷲の巣の 樟(くす)の枯枝に 日は入ぬ 』

季語:鷲の巣(春)

意味:山の中で見つけたクスの枯れ枝で作られた鷲の巣に、夕日が差し込んでいる。

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この句は前置きに「籠のわたり」とあります。籠のわたりとは藤の蔓などを渡して川を越えて荷物を渡す山の中の施設で、そんな険しい山の中での一コマを詠んでいます。

【NO.4】

『 蔵並ぶ 裏は燕の かよひ道 』

季語:燕(春)

意味:蔵が並ぶ通りの裏はツバメの通る道のように飛び交っている。

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蔵の軒下に巣を作っているツバメたちでしょうか。多くのツバメが人目を忍ぶように飛び交っている光景です。

【NO.5】

『 ある僧の 嫌ひし花の 都かな 』

季語:花(春)

意味:とある僧侶は桜の花が咲き誇る様子を嫌っていた春の京都であることだ。

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「ある僧」には諸説がありますが、桜の咲く頃に都を出た西行法師の事だと言われています。華やかな都を見て、そんな僧侶もいたなぁと感じながら花見をしている様子を詠んだ句です。

【NO.6】

『 水無月も 鼻つきあはす 数寄屋かな 』

季語:水無月(夏)

意味:暑い水無月でも、鼻をつきあわせるようにして集まっている狭い数寄屋であることだ。

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「数寄屋」とは小さな茶室を中心とした建物のことです。暑い水無月でも茶会や句会では数寄屋に集まることになるため、「鼻をつきあわせる」ようにして話しています。

【NO.7】

『 五月雨に 家ふり捨て なめくじり 』

季語:なめくじり(夏)

意味:五月雨に家となる貝殻を振り捨てたナメクジが這っている。

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当時はカタツムリの殻を取ったらナメクジになると考えられていたことから詠まれた句です。実際にはカタツムリの殻は身体にしっかりと張り付いているため、外すことはできません。

【NO.8】

『 闇の夜や 子供泣出す 蛍ぶね 』

季語:蛍ぶね(夏)

意味:夜の闇が濃いなぁ。子供たちは蛍を見るための船に乗っているけれど泣き出してしまった。

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「蛍ぶね」は蛍を見るために川に浮かべる船のことで、夏の風物詩でした。蛍が美しく舞っているはずですが、他に明かりのない夜の闇が恐ろしくて泣いてしまっている子供を詠んでいます。

【NO.9】

『 市中は 物のにほひや 夏の月 』

季語:夏の月(夏)

意味:京都の市中では、いろいろな物の匂いがするなぁ 暑い夏の月の夜だ。

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京都の街中のため、夜になっても料理などのさまざまな匂いがしています。そんな中で、真夏の暑い夜に月が昇るのを眺めている、当時の生活が身近に感じられる句です。

【NO.10】

『 渡りかけて 藻の花のぞく 流(ながれ)哉 』

季語:藻の花(夏)

意味:橋を渡ろうとすると、澄んだ水の中に花のように生える藻がのぞいている川の流れであることだ。

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水中に生える藻がよく見えるほどの清流を舞台にしています。ふと目を落とした先にある小さな自然を見落とすことなく詠むのが凡兆の俳句の真骨頂です。

 

【NO.11】

『 灰汁桶の 雫やみけり きりぎりす 』

季語:きりぎりす(秋)

意味:灰汁をいれておく桶から垂れていた雫がようやく止まった。外ではコオロギが鳴き始めている。

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「灰汁桶」は洗濯のために桶の中に水と灰をいれておくもの、「きりぎりす」は現在ではコオロギと呼ばれるものになります。夜になって洗濯を終わらせたところ、コオロギの声が聞こえてくる秋の生活を詠んだ句です。

【NO.12】

『 百舌鳥なくや 入日さし込む 女松原(めまつばら) 』

季語:百舌鳥(秋)

意味:百舌鳥が鳴いているなぁ。夕日が差し込んで、赤松の林がさらに赤く照らされている。

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「女松」とは赤松のことをさしていると言われています。「赤い松」に「赤い夕日」が差し込むことで、美しい夕焼けの風景を詠んでいます。

【NO.13】

『 上行と 下くる雲や 秋の天(そら) 』

季語:秋の天(秋)

意味:空高く流れる雲よりも下に、また雲が流れていく秋の空だ。

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秋の雲はとても高いところにできる薄い筋状の雲と、それよりも低いところを流れる雲があります。この句はそんな秋の空の様子をしっかりと捉えている句です。

【NO.14】

『 残る葉も 残らず散れや 梅もどき 』

季語:梅もどき(秋)

意味:残っている葉も残らずに散ってしまえ、梅もどきよ。

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「梅もどき」とはモチノキ科の植物で、多くの枝や葉を出す様子が梅に似ていると名付けられました。落葉するため散ってしまえと強めの言葉がかけられていますが、赤い実が残されるため美しい様子を見られる植物です。

【NO.15】

『 吹風の 相手や空に 月一つ 』

季語:月(秋)

意味:夜を吹く風の相手をしているのだなぁ。空に一つだけ浮かぶあの月は。

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秋の済んだ月夜と、肌寒い風が吹いている様子が浮かんでくる句です。印象鮮明な凡兆の句としてわかりやすく、自身が感じたことではなく体験したことをそのまま詠む句になっています。

【NO.16】

『 ながながと 川一筋や 雪の原 』

季語:雪(冬)

意味:長々と川が一筋流れているなぁ。雪でおおわれた野原の中に。

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川は凍らない限りは雪の中でも流れているため、一筋の黒い線のように見えたことでしょう。ありのままに自然をとらえる作風がよくあらわれている一句です。

【NO.17】

『 禅寺の 松の落葉や 神無月 』

季語:神無月(冬)

意味:禅寺にある松の落ち葉がよく整えられている庭に落ちているなぁ。季節は神無月だ。

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「禅寺」「松」「神無月」とまったく関係の無いように見える単語が、神無月というどこか冬の初めの寂しさを感じる季節によってまとまっている句です。冬の空気と禅寺の静かな雰囲気がよく合っています。

【NO.18】

『 時雨るるや 黒木つむ屋の 窓あかり 』

季語:時雨(冬)

意味:時雨が降ってきたなぁ。カマドで黒く蒸し焼きにされた薪が積んである農家の窓から明かりがもれている。

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「黒木」とは京都の大原などで作られていた薪のことで、カマドで黒く蒸し焼きにされていました。そんな薪を積み上げた家の外は冷たい時雨が降っていて、家の中は明かりと暖房を兼ねた囲炉裏の光がもれている、冬の初めの農村の光景です。

【NO.19】

『 猪の 首の強さよ 年の暮 』

季語:年の暮(暮)

意味:次の年の干支である猪は首がとても強い。不遇な年の暮れだが、来年は猪のように何にも負けずに突き進みたいものだ。

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この句は凡兆が抜荷の罪で投獄されているときの句と言われています。1695年が乙亥の年のため、詠まれたのはその前年の芭蕉が亡くなった1694年ではないかと考えられています。

【NO.20】

『 門前の 小家もあそぶ 冬至哉 』

季語:冬至(冬)

意味:寺の前の門前の庶民の家の人たちも仕事を休んで遊ぶ冬至であることだ。

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当時の冬至は、禅寺ではとくに仕事をしてはいけない日と決まっていたようです。そのため、普段からあくせく仕事をする庶民たちもこの日だけは遊んでいる様子を詠んでいます。

以上、野沢凡兆が詠んだ有名俳句でした!

 

 

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凡兆は後世になって評価されていますが、当時は師匠である松尾芭蕉と疎遠になったり、投獄されたりと不遇の俳人でした。
その句は自然のありのままの美しさを客観的に詠むもののため、今の感覚ではとても詠みやすいものが多いのが特徴です。
松尾芭蕉の弟子たちの俳句はそれぞれ違った作風のため、ぜひ読み比べてみてください。