【しぐるるやしぐるる山へ歩み入る】俳句の季語や意味・表現技法・鑑賞文・作者など徹底解説!!

 

俳句と言えば、「5・7・5」のスタイルと季語を入れて詠むことが一般的です。

 

ですが、日本にはこの型にとらわれないスタイルの作品が数多く残されています。

 

今回は数ある名句の中から「しぐるるやしぐるる山へ歩み入る」という種田山頭火の句をご紹介します。

 

 

本記事では、「しぐるるやしぐるる山へ歩み入る」の季語意味・表現技法・鑑賞文など徹底解説していきますので、ぜひ参考にしてみてください。

 

「しぐるるやしぐるる山へ歩み入る」の季語や意味・詠まれた背景

 

しぐるるや しぐるる山へ 歩み入る

(読み方 : しぐるるや しぐるるやまへ あゆみいる)

 

こちらの作品は、日本を代表する有名な俳人種田山頭火(たねださんとうか)が詠んだ作品です。

 

それでは、早速こちらの俳句について詳しくご紹介していきます。

 

季語

こちらの季語については、諸説あります。

 

「しぐるる」は「時雨」を指し、冬を表す季語です。

 

その一方で、厳密には「しぐれに」には秋時雨や春時雨もあるため、山頭火が本当に冬を表現するために使用したかは、定かではないという意見があります。

 

さらに、こちらの俳句は自由律俳句のため、季語なしの「無季句」と考える説が一般的です。

 

なぜなら山頭火は萩原井泉水が刊行した無季自由律俳句を掲載した機関紙に投稿し、門下生として俳句の道を歩んでいるからです。

 

山頭火自身が歩んで来た俳句人生を考えると、季節にとらわれずに自分の思いを自由に表現したと考えられます。

 

以上の理由から、こちらの俳句は季語を持たない「無季句」であると言えます。

 

意味

こちらの句を現代語訳すると・・・

 

「しぐれの中をしぐれている山の中へ歩いて行くよ」

 

という意味になります。

 

(※しぐれ(時雨)…秋から冬にかけて起こる、一時的に降ったり止んだりする雨のこと)

 

こちらは、冷たい雨が降ったり止んだりする中を、雨で濡れている山の中を立ち止まらすに進んで行く様子が詠まれています。

 

修行僧として旅を続けている山頭火自身が、己自信の生き様を詠んだ俳句です。

 

「冷たい雨が降ろうが、そんなことを気にしているわけには行かない。生きて行くには、雨でぬかるみ歩きづらい山道だって、ただひたすら歩いて行くしかないんだ。」という山頭火の心が表現されています。

 

また「しぐるる」は動詞「しぐれる」ですと、涙を流すという意味がある言葉です。参考までに「しぐるる」は、文語下二段動詞「しぐる」の連体形です。

 

山頭火自身が、己の不甲斐ない生き様を嘆いて詠んだ作品とも解釈できます。

 

この句が詠まれた背景

この俳句は、山頭火自身の人生なくしてはうまく解釈できません。

 

そこでここでは山頭火について、少しお話しさせていただきます。

 

山頭火は裕福な家に生まれながらも、幼少期に実母を自殺で亡くしています。彼自身が語っているように、この事件は人生に大きな影響を与えてしまうのです。

 

実母を亡くした山頭火は、大学進学や結婚もうまく行かない上、実家も事業に失敗してしまいました。

 

山頭火は、返す当てのない借金を繰り返し、修行僧として旅に出て、俳句を詠むという哀れな生活を繰り返すだけの人生を送っていたのです。

 

そんな彼が詠む俳句は、死の概念、自分自身への侮蔑がダイレクトに表現されており、悲しみが伝わって来る作品ばかりです。

 

今回の「しぐるるやしぐるる山へ歩み入る」という句もその中の一つと言われています。

 

「しぐるるやしぐるる山へ歩み入る」の表現技法

 

こちらの俳句の表現技法は・・・

 

  • 文章全体は「自由律俳句」
  • 「しぐるるや」と「しぐるる山」の部分の反復技法
  • 「しぐるるや」の切れ字

 

になります。

 

自由律俳句

こちらの俳句は、「自由律俳句」です。

 

(※自由律俳句・・・定型(五七五)でない俳句のこと。切れ字などを気にせず、文語調の言い回しで表現されている点が特徴的です)

 

俳句の「5・7・5」の定形型のため、「自由律俳句」という意見に疑問を感じるかもしれません。

 

ですが、山頭火は自分の気持ちをストレートに詠む「自由律」で、数多くの作品を残した俳人なのです。

 

こちらの作品自体も季節や他人の意見を気にせずに、自分が今感じている心の中を詠んだ作品であることから「自由律俳句」であると分かります。

 

自由律で俳句を詠むことにより、山頭火の思いがダイレクトに読み手に伝わってくる、インパクトのある作品に仕上がっています。

 

反復法

こちらでは、「しぐるるや」と「しぐるる山」の部分が重複しています。

 

このように、同じ言葉を2回繰り返す表現を反復技法と呼びます。

 

同じ言葉を繰り返すことにより、俳句のインパクトを強める効果があり、俳人が何を表現したいのかという強い思いをしっかりと読み手に伝えることができます。

 

また、反復技法を使用するとリズム感が良く俳句を口ずさめます。

 

今回の句は、冷たく降る「時雨」を強調することで、句全体に暗い雰囲気(薄暗さや寂しさ)を出しています。

 

切れ字

「しぐるるや」の「や」が「切れ字」です。

 

しかし、こちらの作品は自由律俳句のため「切れ字」などの細かい部分を気にしないのが一般的とされています。

 

「しぐるるやしぐるる山へ歩み入る」の鑑賞文

 

この句は、山頭火が冷たい雨が降ったり止んだりする中、薄暗い山道をトボトボと進んで行く、寂しげな姿がイメージされる作品です。

 

さらに、自分自身のこれまでの人生も、この時雨のように立ち止まっては進む、そんなパッとしないものであったなあと感じています。

 

「そんな晴れの日がない、悲しい人生だけど、これからもただひたすら険しい道を歩いて行くしかないのかなあ」と心の中で嘆いている様子がうかがえる俳句です。

 

作者「種田山頭火」の生涯を簡単にご紹介!

(種田山頭火像 出典:Wikipedia

 

種田山頭火は、1882年(明治15年)に山口県防府市に生まれました。

 

実家は大地主で経済的に恵まれていたようです。

 

本名は正一、山頭火は俳号。しかし、10歳の時に母が投身自殺をし、放浪者として生活する要因となってしまいます。

 

山頭火が俳句の道を本格的に進むようになったのは、15歳の頃です。成績が良かった山頭火は、俳句を勉強しながら1902年(明治35年)20歳の時に早稲田大学に進学します。

 

しかし、持病の神経衰弱により2年後に退学。

 

1909年(明治42年)27歳の時に、佐藤サキと結婚式し、長男建が生まれました。

 

1913年(大正2年)31歳の時に、荻原井泉水の『層雲』に投稿句が掲載され、俳人としての地位を築いていきます。

 

一方で実家の酒造会社は破産し、妻サキとも38歳の時に離婚しており、波乱万丈の人生だったと言われています。

 

その後山頭火は得度をし、僧侶の姿で旅をしながら俳句を詠み『層雲』への投稿を続けていました。

 

1980年(昭和15年)に脳溢血により58歳で亡くなっています。

 

種田山頭火のそのほかの俳句

種田山頭火生家跡 出典:Wikipedia)

 

  • 分け入っても分け入っても青い山
  • うしろすがたのしぐれてゆくか
  • まっすぐなみちでさみしい
  • へうへうとして水を味ふ
  • この旅、果もない旅のつくつくぼうし
  • 一羽来て啼かない鳥である
  • どうしようもない私が歩いている
  • 鴉啼いてわたしも一人
  • 笠にとんぼをとまらせてあるく
  • こころすなほに御飯がふいた
  • 笠も漏り出したか
  • 水音の絶えずして御仏とあり
  • 濁れる水の流れつつ澄む
  • 酔うてこほろぎと寝ていたよ
  • けふもいちにち風を歩いてきた
  • 鈴をふりふりお四国の土になるべく
  • また一枚脱ぎ捨てる旅から旅
  • 生まれた家はあとかたもないほうたる
  • ゆうぜんとしてほろ酔へば雑草そよぐ
  • また見ることもない山が遠ざかる
  • ふるさとはあの山なみの雪のかがやく
  • すべつてころんで山がひつそり
  • 生死の中の雪ふりしきる
  • 松はみな枝垂れて南無観是音
  • 鉄鉢の中へも霰
  • 霧島は霧にかくれて赤とんぼ
  • ほろほろほろびゆくわたくしの秋
  • おちついて死ねそうな草萌ゆる
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