【どうしようもないわたしが歩いている】俳句の季語や意味・表現技法・鑑賞文・作者など徹底解説!!

 

俳句と聞くと「難しい要素を使う必要がある」と思う方もいらっしゃると思います。

 

しかし、実際に作られた俳句の中には、シンプルに心境を伝えている有名な句もあります。

 

今回はご紹介する「どうしようもないわたしが歩いている」という句は自由律俳句の名句として知られています。

 

 

この句はどういった部分が名句として知られているのでしょうか?

 

本記事では、「どうしようもないわたしが歩いている」の季語や意味・表現技法・鑑賞文などについて徹底解説していきますので、ぜひ参考にしてみてください。

 

「どうしようもないわたしが歩いている」の季語や意味・詠まれた背景

 

どうしようもない わたしが 歩いている

(読み方:どうしようもない わたしが あるいている)

 

この句の作者は「種田山頭火(たねださんとうか)」です。大正から昭和にかけて活躍した自由律俳句を得意とする俳人です。

 

 

季語

こちらの句には【季語】はありません。

 

のちほど詳しく触れていきますが、種田山頭火は、俳句の決まり事である57517音での構成にこだわらず、“自由律俳句”という新しい俳句の形式を生み出しました。

 

その中には、“無季自由律俳句”というものがあり、こちらはあえて、季節に関係する季語を入れなかったり、句に詠まれた季節を指定しないという方法が選ばれています。

 

季節を感じさせるような言葉があったとしても、それを季語とは呼ばないのです。

 

この【どうしようもないわたしが歩いている】という句は、無季自由律俳句に分類されますので、季語の存在しない句になります。

 

季語という情報を削ることで、読み手が句の内容を純粋に受け取ることができます。

 

意味

この句を現代語訳すると・・・

 

「何も残されていない救いようもない私がひたすら歩いている。」

 

という意味になります。

 

この句が詠まれた背景

この句は句集「草木塔」に収録されており、山頭火が47歳前後の頃に詠んだと言われています。

 

山頭火はこの句を詠んだ頃は、行乞(僧侶が托鉢で物乞いをすること)をしながら旅をしている最中でした。

 

旅に出た理由として「歩く以外に生きる術がない」と山頭火は語っています。これは山頭火の人生と人間性が関係しています。

 

旅に出る以前は、家族崩壊・地震による失職など不幸続き&アルコル中毒のどん底だったこともあり、山頭火は僧侶として修行し煩悩を捨てたいと願いました。しかし、既に40歳を超えていた山頭火では修行に耐えられないとお寺の和尚さんは断ります。

 

それに絶望した山頭火は唯一できることとして行乞を選びました。

 

しかし、僧侶となった後も托鉢で得たお金で大酒を飲み、周囲に迷惑をかけることも多かったと言われています。

 

そのため、山頭火は煩悩と後悔を繰り返し、そのような状況にある自分自身を「どうしようもないわたしが歩いている」と表現したのです。

 

「どうしようもないわたしが歩いている」の表現技法

自由律俳句

自由律俳句は定型俳句にある五・七・五や季語などの決まりを超えて、自分の内面を表現する作風です。

 

決まりから自由になることを目的としており、「や」「けり」といった切れ字を使わず、口語体(話し言葉のこと)で作られる傾向があります。

 

この句は自由律俳句で詠まれており、率直な思いがそのまま綴られています。

 

直接的に表現することで、山頭火の孤独感と悲壮感が伝わってきます。

 

「どうしようもないわたしが歩いている」の鑑賞文

 

こちらの句は、端的に自分の状況を記すことで、山頭火の苦悩が伝わる句となっています。

 

山頭火は歩く以外に術がないと考えていましたが、その私について「どうしようもない」と考えています。

 

托鉢しても煩悩を捨てられなかったことを踏まえると、「どうしようもない」とは山頭火が自分自身を否定することを意味します。

 

そして、「歩いている」という言葉は逆の意味を持ちます。

 

歩くことは歩き続ける意思がないとできません。つまり、この句は二つの真逆の状況が存在しています。

 

否定していても歩いているということは、否定的な自分が生きることを認めなければなりません。

 

自分を否定しながらも肯定し続けて歩くという山頭火の苦悩がうかがえます。

 

その苦悩をストレートに表現することで、悩みの深さがより増して伝わってきます。

 

作者「種田山頭火」の生涯を簡単にご紹介!

(種田山頭火像 出典:Wikipedia

 

種田山頭火(18821940年)。本名は種田正一(しょういち)。山口県出身の俳人です。

 

山頭火は不幸の連続だったと言われています。

 

大学を神経衰弱により中退し故郷に戻ると、実家で酒造店を始めました。

 

しかし経営難で倒産すると、父は行方不明、弟は借金苦による自殺、妻子からは離縁を言い渡されます。

 

この頃の山頭火は東京で図書館勤務をしていましたが、震災により職を失います。

 

そして酒におぼれ、電車に飛び込みますが助けられ、山頭火は出家します。

 

その後は全国を歩き続ける中で句作し、自由律俳句の一人として有名になりました。

 

種田山頭火のそのほかの俳句

種田山頭火生家跡 出典:Wikipedia)

 

  • 分け入っても分け入っても青い山
  • うしろすがたのしぐれてゆくか
  • まっすぐなみちでさみしい
  • しぐるるやしぐるる山へ歩み入る
  • この旅、果もない旅のつくつくぼうし
  • 一羽来て啼かない鳥である
  • 鴉啼いてわたしも一人
  • 笠にとんぼをとまらせてあるく
  • こころすなほに御飯がふいた
  • 笠も漏り出したか
  • 水音の絶えずして御仏とあり
  • 濁れる水の流れつつ澄む
  • 酔うてこほろぎと寝ていたよ
  • けふもいちにち風を歩いてきた
  • 鈴をふりふりお四国の土になるべく
  • また一枚脱ぎ捨てる旅から旅
  • 生まれた家はあとかたもないほうたる
  • ゆうぜんとしてほろ酔へば雑草そよぐ
  • また見ることもない山が遠ざかる
  • ふるさとはあの山なみの雪のかがやく
  • すべつてころんで山がひつそり
  • 生死の中の雪ふりしきる
  • 松はみな枝垂れて南無観是音
  • 鉄鉢の中へも霰
  • 霧島は霧にかくれて赤とんぼ
  • ほろほろほろびゆくわたくしの秋
  • おちついて死ねそうな草萌ゆる
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