【分け入っても分け入っても青い山】俳句の季語や意味・作者「種田山頭火」など徹底解説!!

 

五・七・五の十七音で四季の美しさや心情を詠みあげる「俳句」。

 

中学校や高校の国語の授業でも取り上げられ、なじみのある句も多くあることでしょう。

 

今回は、数ある名句の中から「分け入っても分け入っても青い山」という種田山頭火の句をご紹介します。

 

 

 

俳句とは、575317音からなる、日本独自の定型詩。ルールとして、「季語」と呼ばれる季節を表す言葉を含まなければならないというルールがあります。

 

今回の種田山頭火の句は、そんな俳句の中でも一風変わった技法で詠まれています。一体どういった技法なのでしょうか?

 

本記事では、「分け入っても分け入っても青い山」の季語や意味・表現技法・作者など徹底解説していきますので、ぜひ参考にしてみてください。

 

「分け入っても分け入っても青い山」の季語や意味・この句が詠まれた背景

 

分け入っても 分け入っても 青い山

(読み方:わけいっても わけいっても あおいやま)

 

この句の作者は「種田山頭火(たねださんとうか)です。

 

明治時代に生まれ、昭和時代まで活躍した俳人です。

 

季語

こちらの句には【季語】はありません。

 

のちほど詳しく触れていきますが、種田山頭火は、俳句の決まり事である57517音での構成にこだわらず、自由律俳句という新しい俳句の形式を生み出しました。

 

その中には、“無季自由律俳句”というものがあり、こちらはあえて、季節に関係する季語を入れなかったり、句に詠まれた季節を指定しない、という方法が選ばれています。

 

季節を感じさせるような言葉があったとしても、それを季語とは呼ばないのです。

 

この【分け入っても分け入っても青い山】という句は、無季自由律俳句に分類されますので、季語の存在しない句になります。

 

意味

こちらの句を現代語訳すると・・・

 

「道なき道を分け入って、どんどん進んでも青い山ははてしなく続いている。」

 

という意味になります。

 

道なき道というのは山道のことを指しており、山頭火が旅を進めるために山越えをしていたことがわかります。

 

この句が詠まれた背景

この句は、山頭火が44歳の時、自らの人生を見つめ直す流浪の旅に出かけ、熊本県から日向路(宮崎県)へと抜ける山中で詠まれたと言われています。

 

この句を詠むまでの山頭火の人生はまさに波乱万丈と言えるものでした。

 

実家が倒産し、父親が行方不明になった後、関東大震災の被害に遭い、離婚した元妻のところへ身を寄せていた山頭火はお酒におぼれ、ある日市内で泥酔して危うく路面電車に轢かれてしまいそうになったところを顔見知りの記者に助けられました。

 

その後、この記者の紹介で、報恩禅寺というお寺の住職に預けられ、寺男(お寺の雑役をする男性)として生活していましたが、安住することはできませんでした。

 

寺男としてではなく僧侶になるために修行を望んでいた山頭火でしたが、すでに44歳になっていたため、厳しい修行には耐えられないだろうと判断され、修行を受けることを断られてしまったのです。

 

自分の人生に絶望し、俗世との縁を断ち切ることを望みながらも僧侶となることを許されなかった山頭火は、その数日後、自分の生きる意味を探すため、流浪の旅に出かけたのでした。

 

それまで、神経衰弱や実家の倒産、お酒への依存など、人生に迷っていた山頭火でしたが、流浪の旅を続けていくうちに、「自分は俳人として生きていこう」と心に決めたのでした。

 

【分け入っても分け入っても青い山】という句は、山頭火が俳人として生きていくことを決意したときに詠まれたものだと言われています。

 

「分け入っても分け入っても青い山」の表現技法

自由律俳句として詠まれている

自由律俳句というのは、明治・大正時代に活躍した俳人・河東碧悟桐(かわひがしへきごとう)が提唱した新傾向句(しんけいこうく)から生まれたもので、俳句の性格は持ちつつも形にとらわれず、自由に句を作ることとして提唱されました。

 

この自由律俳句が生まれたことで、俳句を詠む上でたくさんの可能性が広がりました。

 

種田山頭火は、自由律俳句を代表する俳人であると言われています。

 

畳句法(反復法)「分け入っても」

畳句法(じょうくほう)とは、同じ言葉を何度か繰り返す表現技法のことです。

 

この句では「分け入っても分け入っても」と、「分け入っても」という同じ言葉が2回繰り返されています。

 

その言葉を「強調したいとき」や「重み・深みを持たせたいとき」に畳句法を用います。

 

山頭火は畳句法を使うことによって、どこまでも続いて終わりのない山の様子を表現したかったのでしょう。

 

体言止め「青い山」

体言止めとは、和歌や俳諧などで、終わりの言葉を固有名詞や名詞で終わらせる表現技法のことを言います。

 

この句では、句の終わりが「青い山」という名詞で終わっています。

 

体言止めを使うことによって、句のあとに余韻が残り、読者はいっそうその句をイメージしやすくなります。

 

また、歯切れがよくなり、俳句にリズムが生まれることで、より印象的な句にすることができます。

 

短い言葉で情景を表現しなければならない俳句にとって、重要な表方法のひとつです。

 

句切れなし

『句切れ』とは、一句の中での“意味の切れ目”のことをいいます。

 

「切れ字」や「言い切り」があるところを句切れとしますが、この句はそのどちらも存在しないので、『句切れなし』となります。

 

CHECK!!

 

  • 「切れ字」とは、強く言い切る働きをする語のことで、現代の俳句では「かな」「や」「けり」の3種類の切れ字が使われています。切れ字を使うことで、さらに読者に想像を広げさせ、句の世界の中へ引き込ませるという技法を用いているのです。
  • 「言い切り」とは、俳句の最後に「けり」という言葉を入れて、強く言い切る技法のことです。この表現を使うことで、断言するような強い調子を与えます。

 

 

「分け入っても分け入っても青い山」の鑑賞文

 

句中に載っている九州山脈は日本の中でもとりわけ奥深く、山を越えることも容易ではなかったことが想像できます。

 

一見、奥深い山道を歩きながら景色を詠んだだけの句にも思えますが、自分自身の人生に迷い続け、『解くすべもない惑いを背負うて』流転の旅に出かけたという山頭火は、いつまでも続いて出口のないように感じる山越えの道を自分の人生と重ねていたのかもしれません。

 

山頭火は多くの不幸に見舞われる度、自分の人生を再生しようと何度も住まいや環境を変え、自分自身を変えることに挑戦しますが、どんなことも上手くいかず、いつも途中で挫折して苦しい日々を送っていました。

 

そんな山頭火が、どんな状況におかれても手放さなかったのが俳句でした。俳句を詠み続けることで、自分の人生と向き合い、あるいは人生の支えにしていたのかもしれません。

 

山頭火はこの句の他にも、流転の旅の中で、【まっすぐな道がさみしい】【どうしようもないわたしが歩いてゐる】など、たくさんの俳句を詠みました。

 

そのどれもが自分の生きるべき道を探し、ひとり歩き続けている山頭火の姿を映し出しているようです。

 

そんなことを考えながらこの句を詠んでみると、なんとも言えない切なさと、山頭火の孤独が胸にせまってくるような気がします。

 

命をかけて俳句を詠み続けた山頭火の生き様や苦悩が、今日の私たちの心を惹きつけてやまないのではないでしょうか。

 

作者「種田山頭火」の生涯を簡単に紹介!

(種田山頭火像 出典:Wikipedia

 

種田山頭火は、1882(明治15)年に山形県防府市で生まれました。

 

本名は種田正一。幼少期、母が井戸に身を投げて自殺してしまうところを目撃するなど、多くの不幸に見舞われました。

 

俳人というイメージが強い山頭火ですが、実は30歳の頃にツルゲーネフなど海外の作家の作品を翻訳したりしていました。

 

34歳の頃には俳諧雑誌『層雲』にて頭角を現し、俳句選者のひとりとなっています。

 

しかし生家の倒産や関東大震災に被災するなど苦労も多く、41歳で仏門に入り、寺男として生活を始めます。

 

43歳の時には西日本を中心に旅に出て、旅先から『層雲』へと俳句の投稿を続けました。58歳で脳出血によりこの世を去りました。

 

種田山頭火は生前に多くの俳句を詠みましたが、どの俳句にも、どこか寂しく孤独を感じさせるような作品が多いような気がします。

 

類まれない才能に恵まれながらも、その生涯は苦労や悲しみが多かったのかもしれません。

 

作者の人生に思いを馳せながら俳句を味わってみるのも、一つの鑑賞法かもしれませんね。

 

種田山頭火のそのほかの俳句

種田山頭火生家跡 出典:Wikipedia)

 

  • あるけばかつこういそげばかつこう
  • うしろすがたのしぐれてゆくか
  • へうへうとして水を味ふ
  • この旅、果もない旅のつくつくぼうし
  • 一羽来て啼かない鳥である
  • どうしようもない私が歩いている
  • 鴉啼いてわたしも一人
  • 笠にとんぼをとまらせてあるく
  • こころすなほに御飯がふいた
  • 笠も漏り出したか
  • 水音の絶えずして御仏とあり
  • 濁れる水の流れつつ澄む
  • 酔うてこほろぎと寝ていたよ
  • けふもいちにち風を歩いてきた
  • 鈴をふりふりお四国の土になるべく
  • また一枚脱ぎ捨てる旅から旅
  • 生まれた家はあとかたもないほうたる
  • ゆうぜんとしてほろ酔へば雑草そよぐ
  • まつすぐな道でさみしい
  • また見ることもない山が遠ざかる
  • ふるさとはあの山なみの雪のかがやく
  • すべつてころんで山がひつそり
  • 生死の中の雪ふりしきる
  • 松はみな枝垂れて南無観是音
  • 鉄鉢の中へも霰
  • 霧島は霧にかくれて赤とんぼ
  • ほろほろほろびゆくわたくしの秋
  • おちついて死ねそうな草萌ゆる
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