五・七・五の十七音に四季を織り込み、詠み手の心情や情景を詠みこむ俳句の世界。
文学的な知識がなければ楽しめないと、敬遠する方も多いかもしれませんが決してそうではありません。
家庭俳句の開拓者として知られる中村汀女(なかむらていじょ)は、日常生活を題材にしながら、豊かな感性と表現力で芸術性を高めた句を多く残しています。
たんぽぽや
日はいつまでも 大空に中村汀女》
好きな句。 pic.twitter.com/e90wn2ucxx
— . (@rk_k_hanatubaki) May 1, 2017
今回は、中村汀女が詠んだ名句を季節(春夏秋冬)別に36句紹介していきます。
まずは、中村汀女の生涯や人物像を簡単に紹介していきます。
目次
中村汀女の人物像や作風
(中村汀女 出典:Wikipedia)
中村汀女(1900~1988年)は、昭和期に活躍した女流俳人です。
高浜虚子に師事し、「星野立子」「橋本多佳子」「三橋鷹女」とともに「四T」と称されました。
汀女は18歳の頃に詠んだ句【吾に返り見直す隅に寒菊紅し】が絶賛されたことで、本格的に俳句を学び始めました。
結婚・出産により句作を一時中断しますが、32歳の頃に再開します。生活に密着した叙情的な作品は多くの共感を呼び、当時の家庭婦人が俳句に親しむきっかけとなりました。
しかし、俳句の世界ではいまだ男性優位が続いており、汀女の詠む俳句はときに「台所俳句」だと蔑まされることもありました。そんな批判に「それでよし」と毅然とした態度で受け入れ、主婦目線でありふれた生活を詠む姿勢を崩そうとはしませんでした。
自身の随筆『汀女自画像』の中でも「私たち普通の女性の職場ともいえるのは家庭であるし、仕事の中心は台所である。そこからの取材がなぜいけないのか」と訴えかけ、家庭婦人の生活を肯定します。
汀女は穏やかな良妻賢母の姿だけでなく、周囲の目に臆することのない気丈さを併せ持つ女性だったのです。
春の海のかなたにつなぐ電話かな
中村汀女中村 汀女1900年(明治33年)4月11日誕生俳人。昭和期に活躍した代表的な女性俳人であり、 星野立子・橋本多佳子・三橋鷹女とともに4Tと呼ばれた。
菜の花の暮るるや人を待ち得たり pic.twitter.com/OXWNpbv7XU
— 久延毘古⛩陶 皇紀ニ六八三年令和五年水無月 (@amtr1117) April 10, 2014
次に、中村汀女の代表的な俳句を季節(春夏秋冬)別に紹介していきます。
中村汀女の有名俳句・代表作【36選】
(中村汀女 出典:俳句データベース)
春の俳句【9選】
【NO.1】
『 外にも出よ 触るるばかりに 春の月 』
季語:春の月(春)
現代語訳:外に出てごらんなさい。手を伸ばせば触れられそうなほどの春の月がある。
【NO.2】
『 たんぽぽや 日はいつまでも 大空に 』
季語:たんぽぽ(春)
現代語訳:足元にたんぽぽが咲いているなぁ。大空には太陽が悠々ととどまっており春の日の長さが感じられる。
【NO.3】
『 手渡しに 子の手こぼるる 雛あられ 』
季語:雛あられ(春)
現代語訳:子供の手に雛あられをのせたところ、手があまりにも小さいためこぼれ落ちてしまったよ。
【NO.4】
『 引いてやる 子の手のぬくき 朧かな 』
季語:朧(春)
現代語訳:繋いでいる子供の手が温かく感じる。今夜の春の月はぼんやりと霞んでいるなあ。
【NO.5】
『 ゆで玉子 むけばかがやく 花曇 』
季語:花曇(春)
現代語訳:ゆで卵をむくと、つるんとした白さが美しく輝いている。花曇の花の下で。
【NO.6】
『 ときをりの 水のささやき 猫柳 』
季語:猫柳(春)
現代語訳:ときおり水がささやくように流れていく。猫柳も揺れて返事を返している様だ。
【NO.7】
『 花疲(はなづかれ) 泣く子の電車 また動く 』
季語:花疲(春)
現代語訳:花見に疲れて泣いている子のいる電車がまた動いていく。
【NO.8】
『 春寒や 出でては広く 門を掃き 』
季語:春寒(春)
現代語訳:春なのに寒いなぁ。外に出ては少し広めに門の前を掃いていく。
【NO.9】
『 春暁や 今はよはひを いとほしみ 』
季語:春暁(春)
現代語訳:春の暁の光だなぁ。今となってはこの老齢の身も愛おしいものだ。
夏の俳句【9選】
【NO.1】
『 真円き 月と思へば 夏祭 』
季語:夏祭(夏)
現代語訳:今宵の月はまん丸だなと眺めていると、そうか、今日は夏祭りだったと思い出した。
【NO.2】
『 地中海 夕焼も白き 船も消え 』
季語:夕焼(夏)
現代語訳:地中海の美しい夕焼けも、白い船も消えてしまった。
【NO.3】
『 早打ちや 花火の空は 艶まさり 』
季語:花火(夏)
現代語訳:夜空は次々と打ち上がる早打ちの花火に彩られ、たいそう艶やかである。
【NO.4】
『 あひふれし さみだれ傘の 重かりし 』
季語:さみだれ(夏)
現代語訳:行き合って傘が触れた。五月雨で濡れた傘は重く感じる。
【NO.5】
『 真上なる 鯉幟(こいのぼり)まづ 誘ひけり 』
季語:鯉幟(夏)
現代語訳:真上にひらひらと泳ぐ鯉のぼりがまず目を誘うことだ。
【NO.6】
『 梅干して 人は日陰に かくれけり 』
季語:梅干し(夏)
現代語訳:梅を干して、人間は暑さを避けて日陰に隠れている。
【NO.7】
『 菖蒲湯の 香のしみし手の 厨(くりや)ごと 』
季語:菖蒲湯(夏)
現代語訳:菖蒲湯の香りが染みている手で料理をする。
【NO.8】
『 地下鉄の 青きシートや 単物 』
季語:単物(夏)
現代語訳:地下鉄のシートが目も覚めるような青だなぁ。単物だろうか。
【NO.9】
『 なほ北に 行く汽車とまり 夏の月 』
季語:夏の月(夏)
現代語訳:ここよりなお北に行く汽車が止まる。空には夏の月が出ている。
秋の俳句【9選】
【NO.1】
『 とどまれば あたりにふゆる 蜻蛉かな 』
季語:蜻蛉(秋)
現代語訳:ふと立ち止まりあたりを見渡すと、蜻蛉が何匹飛んでいた。
【NO.2】
『 秋雨の 瓦斯が飛びつく 燐寸かな 』
季語:秋雨(秋)
現代語訳:秋雨の降る暗く湿った台所で、燐寸をすり火をつけようとしたところ、瓦斯の方から飛びついてきたようだなあ。
【NO.3】
『 あはれ子の 夜寒の床の 引けば寄る 』
季語:夜寒(秋)
現代語訳:晩秋の夜、ふと寒さを感じ子供の眠っている様子を見ると、いかにも寒そうだ。布団を自分の方に引くと、すっと寄ってきたよ。
【NO.4】
『 泣きし子の 頬の光りや とぶ蜻蛉 』
季語:蜻蛉(秋)
現代語訳:泣いていた子供の頬につたう涙は乾ききっておらず、日の光が当たって輝いている。あたりには蜻蛉が飛んでいることだ。
【NO.5】
『 目をとぢて 秋の夜汽車は すれちがふ 』
季語:秋の夜(秋)
現代語訳:秋の夜に汽車に乗り目を閉じていると、反対方向からやってきた別の汽車とすれ違った。
【NO.6】
『 銀杏が 落ちたる後の 風の音 』
季語:銀杏(秋)
現代語訳:銀杏(ぎんなん)が下に落ちた後、風の音が聞こえてきた。
【NO.7】
『 稲妻の ゆたかなる夜も 寝(ぬ)べきころ 』
季語:稲妻(秋)
現代語訳:稲妻があちこちで鳴り響いている夜も、もう寝るべき頃合ですよ。
【NO.8】
『 夜霧とも 木犀の香の 行方とも 』
季語:木犀(秋)
現代語訳:夜霧が入ってきたのかとおもったら木犀の香りがする。ちょうど流れ去っていくところなのだろうか。
【NO.9】
『 霧見えて 暮るるはやさよ 菊畑 』
季語:菊畑(秋)
現代語訳:だんだんと霧が見えてきて、日が暮れる早さを実感するなぁ。菊畑に日が落ちる。
冬の俳句【9選】
【NO.1】
『 咳の子の なぞなぞあそび きりもなや 』
季語:咳(冬)
現代語訳:咳をする我が子となぞなぞ遊びをする。やめようと思うが子供にせがまれ、きりがないことだなあ。
【NO.2】
『 咳をする 母を見上げて ゐる子かな 』
季語:咳(冬)
現代語訳:咳の出る母親のことを、我が子が心配そうに見上げているよ。
【NO.3】
『 竈猫 打たれて居りし 灰ぼこり 』
季語:竈猫(冬)
現代語訳:竈の中で眠っている猫は、うたれてもそこに居て灰の埃まみれになっている。
【NO.4】
『 靴紐を むすぶ間も来る 雪つぶて 』
季語:雪つぶて(冬)
現代語訳:靴紐を結んでいる間も飛んでくる雪玉だ。
【NO.5】
『 さし寄せし 暗き鏡に 息白し 』
季語:息白し(冬)
現代語訳:近づけた鏡は周りが暗くてよく見えないけれど、息が白いのはよく見える。
【NO.6】
『 橋に聞く ながき汽笛や 冬の霧 』
季語:冬の霧(冬)
現代語訳:橋から聞こえてくる長い汽笛だなぁ。冬の霧で汽車はよく見えない。
【NO.7】
『 慈善鍋 昼が夜となる 人通り 』
季語:慈善鍋(冬)
現代語訳:慈善鍋の募金活動が始まると、昼間なのに夜のように人がいなくなる人通りだ。
【NO.8】
『 枯芒 ただ輝きぬ 風の中 』
季語:枯芒(冬)
現代語訳:枯れたススキが日に照らされてただ輝いている風の中だ。
【NO.9】
『 次の子も 屠蘇を綺麗に 干すことよ 』
季語:屠蘇(正月)
現代語訳:次の子もお屠蘇をきれいに飲み干したことよ。
さいごに
今回は、中村汀女代表的な俳句を36句紹介しました。
中村汀女は季節を感じながら過ごす日々の中で、心に響いたものを柔らかく、慎ましやかな気持ちで十七文字に表現してきました。
これらの句を詠むと、俳句とは難解なものではなく、誰もが楽しめる親しみやすい文芸だというのも頷けます。
彼女の特徴でもある子供を詠んだ句は、母親としての優しさや温かさが強く伝わってきますね。わが子への深い愛情は、時代を経ても変わらず心打たれるものでしょう。
最後まで読んでいただきありがとうございました。