【夏目漱石の有名俳句 15選】春夏秋冬!!俳句の特徴や人物像・代表作など徹底解説!

 

『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』など数々の文学作品で知られる、明治の大文豪「夏目漱石」。

 

実は、彼は文学者としてのスタートは俳句だったのです。小説家として活躍する傍ら生涯に2600余りの句を詠み、その斬新にして洒脱な句風は今も多くの人々に愛され続けています。

 

今回は、漱石が詠んだ名句の中を春、夏、秋、冬の季節ごとにご紹介したいと思います。

 

夏目漱石の人物像や作風

ファイル:Natsume Soseki photo.jpg

(夏目漱石 出典:Wikipedia)

 

夏目漱石(18671916年)は明治時代を代表する文豪で、作家だけでなく、評論家や大学教授、英文学者など多分野で活躍していました。

 

漱石が俳句の世界に足を踏み入れるきっかけは、俳人・正岡子規との出会いにありました。

 

大学の予備門で同窓生だった二人は、子規が書いた漢詩文集『七草集』を漱石が読み批判したことから交流を深めていきました。

 

「変わり者」を現代語訳する「漱石」の俳号も子規から譲り受けたもので、このことからも彼の影響を大きく受けていることがうかがい知れます。

 

互いの才能を認め合い、多大な文学的・人間的影響を与え続けた二人の交流は、子規が亡くなるまで長きにわたり続きました。

 

漱石は、子規の指導のもと俳句を自分のものにしていき、小説同様、洒落をきかせた句風が特徴的でした。これには趣味であった落語鑑賞が影響しているといわれています。

 

そんな彼の人物像は、繊細な性格でかんしゃくもちだったといわれています。イギリス留学中にはノイローゼを発症し、躁鬱状態にまで陥っていることから真面目な性格だったとわかります。

 

しかし、漱石の門下であった芥川龍之介が「誰よりも江戸っ子でした」と語ったように、義理人情に厚く、世話好きの一面も持ち合わせていました。

 

夏目漱石の有名俳句・代表作【15選】

(「漱石山房」書斎の漱石 出典:Wikipedia)

春の俳句【4選】

俳句仙人
この句を詠んだ当時、漱石は悩み事も多く、人間社会をわずらわしく感じていました。そんな中でふと道端で見つけた可憐な菫が、周りの環境を気にせず健気に咲く姿に心打たれたのでしょう。「大きな人物」ではなく、あえて「小さな人物」に生まれたいと願う姿に、漱石の心情を滲ませています。社会のしがらみにとらわれることなく、自分の力を尽くす人生でありたいという切実な祈りが伝わってくるようです。

 

【NO.2】

『 鴬や 障子あくれば 東山 』

現代語訳:どこからか鶯の鳴き声が聞こえたので障子を開けると、そこには思いがけない東山の風景がありました。

季語:鶯

俳句仙人
難しい知識を必要とせず、時系列にそって詠むことができるわかりやすい句です。初句の「鶯や」からは、思わず鶯に呼ばれたような趣きが感じられます。気になって障子を開けてみると、ハッと目を見張るほどの春の情景に心動かされた感動が伝わってきます。

 

【NO.3】

『 菜の花の 中へ大きな 入日かな 』

現代語訳:夕暮れ時、菜の花畑に赤く大きな太陽が、今ゆっくりと沈んでいくことだ。

季語:菜の花

俳句仙人
あたり一面に広がる菜の花畑に、ゆっくりと太陽が沈んでいく様を、まるで海に沈んでいくように表現しています。日中に見る鮮やかな黄色とは違い、夕日に照り染まりほの暗く輝く菜の花からは幽玄すら感じさせますね。「な」音を多く用いることで、句全体に柔らかな響きを与えています。

 

【NO.4】

『 ぶつぶつと 大なるたにしの 不平かな 』

現代語訳:大きなたにしがぶつぶつと泡を吹いている。まるで不平がとまらないようだなあ。

季語:たにし

俳句仙人
大きな貝殻を背負うたにしは、その大きく立派な姿からは似合わず、水の中では小さな泡を吹き続けています。その様子を、まるで何か不平をこぼしているように捉えたユーモラスな一句です。初句の「ぶつぶつと」には、たにしが泡を吹いている様子と、不平・不満をもらす擬音語にかけて表しています。

 

夏の俳句【3選】

俳句仙人
昼間でも薄暗く静まりかえる本堂での一場面を洒落を込めて詠んだ句です。お坊さんがおもむろに木魚を叩きはじめると、その拍子に木魚のおおきく開きっぱなしになっている口から、ひょろひょろと一匹の蚊が飛んでいきます。まるで木魚がと吐き出したようだと面白みを込めて詠んでいます。厳かな空間にもかかわらず、なんとも間のぬけた情景が思い浮かんできますね。

 

【NO.2】

『 かたまるや 散るや蛍の 川の上 』

現代語訳:川の上でかたまりになっていたかと思うと、いつの間にか離れて自由に飛びかう蛍たち。

季語:蛍

俳句仙人
川の上で密集して明滅する蛍という、初夏の幻想的な風景を詠んだ句です。群れてはちらばる蛍の不思議な動きを楽しそうに見つめる漱石の姿が目に浮かびます。

 

【NO.3】

『 雲の峰 雷を封じて 聳えけり 』

現代語訳:暑さ厳しい日、空には雷さえも封じ込めるようにそびえ立つ巨大な入道雲が見える。

季語:雲の峰

俳句仙人

青空を背景に、真っ白に連なる雲。そびえ立つ山のようにわき立つ姿からは、圧倒的な存在感や重量感までもが伝わります。入道雲を現代語訳する「雲の峰」の中では、雷が発生し、時折鋭い閃光が走るのが見えます。

雷も夏の季語ではありますが、一句に二つ以上の季語がある場合を「季重なり」といい、一般的には避けるべきとされています。この句では感動の重点が置かれている「雲の峰」を季語ととります。

 

秋の俳句【5選】

【NO.1】

『 別るるや 夢一筋の 天の川 』

現代語訳:織姫と彦星のように、私も愛する人と別れた辛さを味わいながら、夢の中に一筋の天の川を描いたことだ。

季語:天の川

俳句仙人
意識が混濁している時に詠んだもので、自身で作ったことすら覚えていないといわれている一句。これは漱石が療養中に吐血した際、たびたび見舞いに訪れた門下生・松根東洋城にあてたものだとされています。病床にあって夢うつつの中、友人との別れに際し心細さを抱いたのでしょう。まるで自分を彦星であるかのように詠っています。

 

【NO.2】

『 秋の空 浅黄に澄めり 杉に斧 』

現代語訳:秋の空は雲ひとつなく青緑色に澄み渡っている。どこからか杉の木を切る斧の音が聞こえてくる。

季語:秋の空

俳句仙人
「浅黄」とは、わずかに緑色を帯びた薄い水色のことで、転じて雲ひとつない晴れ晴れとした気持ちの良い朝を表しています。漱石が療養中に詠まれたもので、この句の前には「秋晴 寐ながら空を見る。ひげをそる」と書かれています。健康なときには気がつかなかった斧の音も、病に臥しているとことさら大きく響いてくるように感じたのかもしれません。

 

【NO.3】

『 肩に来て 人懐かしや 赤蜻蛉 』

現代語訳:肩に赤とんぼが止まった。横目で見ると、なんだか懐かしい人に会った感じがするなあ。

季語:赤蜻蛉

俳句仙人
赤とんぼが肩にとまっている様子を、愛おしそうに眺める漱石の姿が目に浮かびます。人間の肩にふわりと舞い降りて、羽を休めている赤とんぼを、「人懐かしや」と表現したところにおもしろさがあります。そこはかとなく秋の情緒が漂う一句です。

 

【NO.4】

『 朝貌や 惚れた女も 二三日 』

現代語訳:朝の寝起きの顔を見てごらんなさい。いくら惚れた女性でも二、三日すれば飽きるでしょう。

季語:朝貌(朝顔)

俳句仙人
恋愛に苦悩する友人に向けて詠んだとされる句。夜明けに咲いて昼にはしぼんでしまう^「朝顔」と、夜を共にした女性の「朝貌」とをかけて表現しています。ユーモアだけでなく、友人を思いやる優しさも滲ませています。わずかな時間にしか咲かない朝顔の儚さよりも、人間心理の俗悪さに着目している点がなんとも漱石らしい作品です。

 

【NO.5】

『 うかうかと 我門過る 月夜かな 』

現代語訳:美しい月を眺めながら歩いていると、うっかり我が家の門を通り過ぎてしまった。

季語:月夜

俳句仙人
「うかうかと」という擬態語が、この句に明るさとユーモラスな印象を与えています。秋の月夜に心奪われ、ついうっかりと自宅の門まで通り過ぎてしまったという、気恥ずかしげな漱石の姿が目に浮かんでくるようです。

 

冬の俳句【3選】

【NO.1】

『 凩や 海に夕日を 吹き落とす 』

現代語訳:木枯らしが吹きすさび、夕日さえも海に突き落としてしまった。

季語:凩(こがらし)

俳句仙人
吹きすさぶ風の強さや、瞬く間に沈む夕日を雄大な景色に中に詠んだ一句。木枯らしを擬人化し「吹き落とす」と表現することで、夕日の暮れる早い様子が伝わってきます。この句は英語教師時代、修学旅行で天草・島原へ赴いた際に作ったものでで、キリシタン迫害の厳しい歴史を踏まえ詠んだのではないかといわれています。

 

【NO.2】

『 東西 南北より 吹雪かな 』

現代語訳:東や西、南や来たからも容赦なく吹き付ける激しい吹雪だなあ。

季語:吹雪

俳句仙人
前後左右さえもわからなくなるほどの吹雪の激しさを、ストレートな驚嘆を交えユーモアたっぷりに詠っています。自然の猛威を前になす術がなく困り果てるも、「仕方がない」と受け入れているようにも感じられます。「東西 南北より」を「とうざい なんぼくより」と読んでしまうと字足らずになるため、ここでは「ひがしにし みなみきたより」と読みます。

 

【NO.3】

『 わが影の 吹かれて長き 枯野かな 』

現代語訳:草木の枯れた冬の野原を歩いていると、木枯らしが背後から吹いてきた。道に映る私の影をいっそう長く伸ばしているように思える。

季語:枯野

俳句仙人
冬は太陽高度が低いことから、影が長く感じられる季節です。背中より吹きすさぶ木枯らしの強さで、どんどんと影が伸びていくようだと表現しています。漱石も自身の影の長さを見てこの句を詠んだのではないでしょうか。寂寥感を漂わせる「枯野」を詠みながら、漱石らしいおもしろみを感じさせます。

 

さいごに

(晩年の漱石 出典:Wikipedia)

 

今回は日本近代文学の巨匠・夏目漱石が残した俳句の中から、特に有名な句を厳選してご紹介しました。

 

正岡子規が「奇想天外の句多し」と評したといわれるように、独特のユーモアに溢れており思わずクスっと笑ってしまうような句が多くありましたね。

 

滑稽さや言葉遊びに溢れる俳句に触れることで、文豪としての漱石に対する見方も違ってくるのではないでしょうか。みなさんもぜひお気に入りの句を見つけてみてください。

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