
『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』など数々の文学作品で知られる、明治の大文豪「夏目漱石」。
実は、彼は文学者としてのスタートは俳句だったのです。小説家として活躍する傍ら生涯に2600余りの句を詠み、その斬新にして洒脱な句風は今も多くの人々に愛され続けています。
今回は、漱石が詠んだ名句の中を春、夏、秋、冬の季節ごとにご紹介したいと思います。
夏目漱石の人物像や作風
(夏目漱石 出典:Wikipedia)
夏目漱石(1867~1916年)は明治時代を代表する文豪で、作家だけでなく、評論家や大学教授、英文学者など多分野で活躍していました。
漱石が俳句の世界に足を踏み入れるきっかけは、俳人・正岡子規との出会いにありました。
大学の予備門で同窓生だった二人は、子規が書いた漢詩文集『七草集』を漱石が読み批判したことから交流を深めていきました。
「変わり者」を現代語訳する「漱石」の俳号も子規から譲り受けたもので、このことからも彼の影響を大きく受けていることがうかがい知れます。
互いの才能を認め合い、多大な文学的・人間的影響を与え続けた二人の交流は、子規が亡くなるまで長きにわたり続きました。
漱石は、子規の指導のもと俳句を自分のものにしていき、小説同様、洒落をきかせた句風が特徴的でした。これには趣味であった落語鑑賞が影響しているといわれています。
そんな彼の人物像は、繊細な性格でかんしゃくもちだったといわれています。イギリス留学中にはノイローゼを発症し、躁鬱状態にまで陥っていることから真面目な性格だったとわかります。
しかし、漱石の門下であった芥川龍之介が「誰よりも江戸っ子でした」と語ったように、義理人情に厚く、世話好きの一面も持ち合わせていました。
夏目漱石の有名俳句・代表作【15選】
(「漱石山房」書斎の漱石 出典:Wikipedia)
春の俳句【4選】
【NO.1】
『 菫ほどな 小さき人に 生まれたし 』
現代語訳:道端にひっそりと菫が咲いている。目立たずともたくましく咲く、この花のような人に生まれたいものです。
季語:菫
【NO.2】
『 鴬や 障子あくれば 東山 』
現代語訳:どこからか鶯の鳴き声が聞こえたので障子を開けると、そこには思いがけない東山の風景がありました。
季語:鶯
【NO.3】
『 菜の花の 中へ大きな 入日かな 』
現代語訳:夕暮れ時、菜の花畑に赤く大きな太陽が、今ゆっくりと沈んでいくことだ。
季語:菜の花
【NO.4】
『 ぶつぶつと 大なるたにしの 不平かな 』
現代語訳:大きなたにしがぶつぶつと泡を吹いている。まるで不平がとまらないようだなあ。
季語:たにし
夏の俳句【3選】
【NO.1】
『 叩かれて 昼の蚊を吐く 木魚かな 』
現代語訳:お坊さんが読経のため木魚を叩くと、木魚に潜んでいた蚊が口から飛び出し逃げていったことだ。
季語:蚊
【NO.2】
『 かたまるや 散るや蛍の 川の上 』
現代語訳:川の上でかたまりになっていたかと思うと、いつの間にか離れて自由に飛びかう蛍たち。
季語:蛍
【NO.3】
『 雲の峰 雷を封じて 聳えけり 』
現代語訳:暑さ厳しい日、空には雷さえも封じ込めるようにそびえ立つ巨大な入道雲が見える。
季語:雲の峰
青空を背景に、真っ白に連なる雲。そびえ立つ山のようにわき立つ姿からは、圧倒的な存在感や重量感までもが伝わります。入道雲を現代語訳する「雲の峰」の中では、雷が発生し、時折鋭い閃光が走るのが見えます。
雷も夏の季語ではありますが、一句に二つ以上の季語がある場合を「季重なり」といい、一般的には避けるべきとされています。この句では感動の重点が置かれている「雲の峰」を季語ととります。
秋の俳句【5選】
【NO.1】
『 別るるや 夢一筋の 天の川 』
現代語訳:織姫と彦星のように、私も愛する人と別れた辛さを味わいながら、夢の中に一筋の天の川を描いたことだ。
季語:天の川
【NO.2】
『 秋の空 浅黄に澄めり 杉に斧 』
現代語訳:秋の空は雲ひとつなく青緑色に澄み渡っている。どこからか杉の木を切る斧の音が聞こえてくる。
季語:秋の空
【NO.3】
『 肩に来て 人懐かしや 赤蜻蛉 』
現代語訳:肩に赤とんぼが止まった。横目で見ると、なんだか懐かしい人に会った感じがするなあ。
季語:赤蜻蛉
【NO.4】
『 朝貌や 惚れた女も 二三日 』
現代語訳:朝の寝起きの顔を見てごらんなさい。いくら惚れた女性でも二、三日すれば飽きるでしょう。
季語:朝貌(朝顔)
【NO.5】
『 うかうかと 我門過る 月夜かな 』
現代語訳:美しい月を眺めながら歩いていると、うっかり我が家の門を通り過ぎてしまった。
季語:月夜
冬の俳句【3選】
【NO.1】
『 凩や 海に夕日を 吹き落とす 』
現代語訳:木枯らしが吹きすさび、夕日さえも海に突き落としてしまった。
季語:凩(こがらし)
【NO.2】
『 東西 南北より 吹雪かな 』
現代語訳:東や西、南や来たからも容赦なく吹き付ける激しい吹雪だなあ。
季語:吹雪
【NO.3】
『 わが影の 吹かれて長き 枯野かな 』
現代語訳:草木の枯れた冬の野原を歩いていると、木枯らしが背後から吹いてきた。道に映る私の影をいっそう長く伸ばしているように思える。
季語:枯野
さいごに
(晩年の漱石 出典:Wikipedia)
今回は日本近代文学の巨匠・夏目漱石が残した俳句の中から、特に有名な句を厳選してご紹介しました。
正岡子規が「奇想天外の句多し」と評したといわれるように、独特のユーモアに溢れており思わずクスっと笑ってしまうような句が多くありましたね。
滑稽さや言葉遊びに溢れる俳句に触れることで、文豪としての漱石に対する見方も違ってくるのではないでしょうか。みなさんもぜひお気に入りの句を見つけてみてください。