【飯田龍太の有名俳句16選】知っておきたい!!俳句の特徴や人物像・代表作など徹底解説!

 

五・七・五の十七音で、自然の姿や、生活の中で覚えた感興を詠み上げる俳句。

 

今回は、山梨県の風土を愛した俳人、飯田龍太の有名俳句作品(代表作)をご紹介します。

 

飯田龍太の人物像と作風

 

飯田龍太は大正生まれ、昭和10年代から句作をはじめ、平成の初め頃まで活躍した俳人です。

 

父は高浜虚子に師事し、山梨の風土に根差した句を多く詠んだことで知られる「飯田蛇笏」です。

 

龍太は、蛇笏の四男でしたが、兄たちが戦死したり、若くして病に斃れために、家督を継ぎます。そして、山梨県に生まれ育ち、父・蛇笏同様に、山梨の自然風土を愛して俳句を詠みました。

 

山梨の大自然や、そこでの暮らしについて、しなやかで繊細な感性で格調高く詠んだ句を多く残しています。

 

「かな・や・けり」といった切れ字はあまり用いられないことも、飯田龍太の句の特徴です。戦後の、伝統俳句を引き継いだ俳人の代表的な存在として俳壇で広く活躍しました。

 

父とともに山梨県境川村(現笛吹市)の自宅、「山廬(さんろ)」に住まい、父の創刊した俳句雑誌『雲母』を引き継いで創作活動に励みました。山梨文学館の創設など、地元の文化振興にも大きな業績を残し、平成19(2007)86歳で亡くなりました。

 

飯田龍太の有名俳句・代表作【16選】

春の俳句【5選】

【NO.1】

『 白梅の あと紅梅の 深空あり 』

意味:白梅がさき、その後、紅梅が咲く。青い空に梅の花がよく似合うことだ。

季語:梅

俳句仙人
白梅、紅梅、澄み切った青空の色彩の対比が美しい、早春のすがすがしさを詠んだ句です。「深空」は「みそら」と読み、高く深く透き通った青空のことです。

 

【NO.2】

『 入学児 脱ぎちらしたる 汗稚く 』

意味:入学したばかりの子どもが脱ぎ散らした服は、若々しく汗ばんでいる。

季語:入学

俳句仙人
入学式から帰ってきて、解放感にあふれたこどもの様子を詠んだ句です。子どもの汗に焦点を当てているところにこの句の特徴で、子どもの成長を喜ぶ、優しい目線が感じられます。飯田龍太は30代の頃、次女を亡くしています。それだけに、句に込められたこどもをいとおしむ思いは強いといえます。

 

【NO.3】

『 いきいきと 三月生る 雲の奥 』

意味:三月は、いきいきと雲の奥から生まれるようにやってくるのだ。

季語:三月

俳句仙人
弾むような躍動感やエネルギーをもって、春の到来を詠んだ句です。雲の奥から三月が生まれてくる、というのはとても独特で、またスケールの大きな句でもあります。

 

【NO.4】

『 春の鳶 寄りわかれては 高みつつ 』

意味:季節は春、空に二羽の鳶が舞っている。二羽は、近づいたり、遠ざかったりしながら天高くのぼっていゆく。

季語:春の鳥 (鳶 とび)

俳句仙人
「鳶 とび」だけでは季語にならないのですが、「春」という言葉とともに詠みこむことで季語となります。「鳶」は、大型の猛禽類で、上昇気流にのって輪を描きながら滑空する鳥です。「ピーヒョロロ」という独特な鳴き声でも知られています。大空を舞う鳶に目を向けることでのびのびとした空間を詠んでいます。

 

【NO.5】

『 夕されば 春の雲みつ 母の里 』

意味:ふと懐かしく思い出されるのは、母とともに訪れた、母の実家でみた、夕方の春の雲のことだ。

季語:春の雲

俳句仙人
「母の里」とは、母親の実家のこと。そこには、幼い孫に優しい祖父母や伯父や伯母、遊び相手のいとこたちがいたのでしょう。幼い日の優しい思い出を、夕焼けに染まる春の雲に託して詠んだ句です。

 

夏の俳句【3選】

【NO.1】

『 かたつむり 甲斐も信濃も 雨の中 』

意味:かたつむりが雨に濡れている。遠くを見やると、甲斐の国も信濃の国も雨にけぶっていいることだ。

季語:かたつむり

俳句仙人
「甲斐」は山梨県、「信濃」は長野県の呼名です。「かたつむり」という小さな生き物にあてた視野を二つの国広げる、ダイナミックな句です。松尾芭蕉の「かたつぶり 角ふりわけよ 須磨明石 (意味:古来から、須磨と明石は這って渡れるほど近くにあるお言われるが、それほど近いものであるなら、かたつむりよ、二本の角でそれぞれ指示してみよ。)という名句の、いわばパロディとして詠まれた句です。

 

俳句仙人
国語の教科書にもよく取り上げられる有名句です。飯田龍太は、36歳の頃、6歳の次女を亡くしています。夏の日、無邪気に遊ぶ子どもたちに亡き娘の姿を重ね、尽きることのない愛惜の情をかみしめていたのかもしれません。

 

【NO.3】

『 炎天の 巌の裸子 やはらかし 』

意味:炎天下の河原で子どもたちが川遊びをしている。岩の上の裸の子どもの肌がやわらかくもいとおしいことよ。

季語:裸

俳句仙人
この句が詠まれたのは、昭和28(1953)。現代の夏とは暑さの質も、暑さをしのぐ方法も異なっていました。暑さを避けて川遊びに興じ、体が冷えると岩の上で体を乾かす子らの姿が浮かぶ句です。堅い岩と、瑞々しくやわらかい肌をさらす子どもの対比が鮮やかです。

 

秋の俳句【4選】

【NO.1】

『 毒茸 月薄目して 見てゐたり 』

意味:毒キノコが、薄目を開けてみていたことだ。

季語:(毒)茸

俳句仙人
独特なユーモアと不気味さにあふれた一句です。キノコは、条件がそろうと群生して、あっという間に大きくなります。毒キノコが、見ていないようなふりをして、薄めで月を窺っている…毒キノコを擬人化したことで、より不気味さが強調されています。

 

【NO.2】

『 黒揚羽 九月の樹間 透きとほり 』

意味:クロアゲハが林の中を飛んでゆく。九月になり、樹々の間も透き通っていくようだ。

季語:九月

俳句仙人
「黒揚羽 クロアゲハ」は、黒い大型のチョウのことです。9月になり、季節は確実に夏から秋へとうつろってゆく。林の樹々の間を抜ける風も、秋らしさを増して、透き通って感じられるのでしょう。

 

【NO.3】

『 新米と いふよろこびの かすかなり 』

意味:新米が稔りの時を迎え、収穫する際のよろこびはかすかにひそやかにわいてくるものだ。

季語:新米

俳句仙人
飯田家は、農業を営んでもいました。龍太は、若い頃、ジャガイモの増産法についての論文で賞をとったこともあるほどで、農業に対しても真摯に取り組んでいました。肉体労働の積み重ねで新米を手にし、その重みの実感するとき、いっぺんに大きな感動を味わう、というより、かすかにじわじわとわいてくるものなのだ、と詠っているのです。

 

【NO.4】

『 亡き父の 秋夜濡れたる 机拭く 』

意味:亡き父の遺品となった机を、秋の夜、水拭きしている。

季語:秋の夜

俳句仙人
句集『麓の人』に収められた、「父死す」という連作のひとつです。飯田龍太の父、蛇笏は、昭和三17(1962)193日に逝去しました。父の遺品の机、それは、俳人飯田蛇笏の句作を知り尽くした机でもあったでしょう。その机を丁寧に清めるという、哀悼の句です。

 

冬の俳句【4選】

【NO.1】

『 手が見えて 父が落葉の 山歩く 』

意味:西日に照らされて、手が白く浮かびあがって見える。父が、落ち葉を踏みしめて山を歩いているのであった。

季語:落葉

俳句仙人
竹林の中を歩く父親の姿、特にその手が西日に照らされて白く見えたことをきっかけに詠まれた句です。この時、飯田龍太の父、蛇笏は75歳。亡くなる2年前のことです。ここで詠まれているのは、力強くたくましい父親像ではなく、年相応の衰えを見せつつも、高い精神性を見せる人生の先達としての父の姿です。

 

【NO.2】

『 一月の 川一月の 谷の中 』

意味:時は一月。一筋の川が、谷あいを流れている。

季語:一月

俳句仙人
飯田龍太の代表作にして、賛否両論を呼んだ衝撃的な話題作でもあります。飯田龍太自身、「幼時から馴染んだ川(狐川)に対して、自分の力量をこえた何かが宿し得たように直感した。」と述べています。抽象的な句であり、解釈も様々ですが、雪が積もって高く切り立った谷の中を、細い一本の川が清冽に流れている光景を詠んだものです。

 

俳句仙人

「大寒」とは、二十四節季のひとつで、一年で一番寒い時を言います。真冬の故郷の村落を詠んでいますが、その奥には、春を待つ心も潜んでいるかのようです。

この句は、意味の上で切って読むと、「だいかんの いっこもかくれなき こきょう」と、五・八・三となり、破調の句のようですが、「だいかんの いっこもかくれ なきこきょう」と、実は五・七・五の定型のリズムで作られた句です。「かくれなき」という文節が、二句と結句にまたがる、「句またがり」の句になります。

 

【NO.4】

『 山河はや 冬かがやきて 位につけり 』

意味:山も河も、冬を迎えて早くも輝きを増し、その存在感を強めている。

季語:冬

俳句仙人
飯田龍太の第一句集『百戸の谿(ひゃっこのたに)』の中の代表作です。飯田龍太が暮らした、山梨の故郷の村での景色を詠んだ句です。冬を迎えた澄んだ空気に満ちた故郷の姿が詠みこまれています。

 

さいごに

(「水澄みて四方に関ある甲斐の国」句碑 出典:Wikipedia

 

飯田龍太は、俳人飯田蛇笏の息子として知られています。ホトトギス派の流れを汲む格調高い句を詠んだ蛇笏。そして、龍太の句は蛇笏の句ともまた違った新しい感性や、しなやかさや瑞々しさをもっていました。

 

飯田龍太の逝去にあたって、多くの俳人が追悼句を寄せましたが、その中に、高橋睦郎の「秋の蛇笏春の龍太と偲ぶべし(秋の俳句といえば父・蛇笏、春の俳句といえば息子龍太に名句がある)」という句があります。

 

蛇笏も龍太も優れた俳人であったという、俳人・蛇笏と龍太に対する尊敬、そして哀悼の意を込めた句です。

 

奇しくも、蛇笏の命日は103日と秋、龍太の命日は225日と早春の頃でした。

 

しなやかで繊細な飯田龍太の名句の数々、じっくりと味わってみてください。

おすすめの記事