【玉の如き小春日和を授かりし】俳句の季語や意味・表現技法・鑑賞文・作者など徹底解説!!

 

明治時代から昭和時代に活躍した有名俳人「松本たかし」。

 

彼は数多くの名句を残し、後世の文学や芸術にも大きな影響を与えています。

 

松本たかしが残した名句は数多くありますが、今回はその中でも【玉の如き小春日和を授かりし】という句について紹介したいと思います。

 

 

本記事では、【玉の如き小春日和を授かりし】の季語や意味・表現技法・鑑賞文・作者など徹底解説していきますので、ぜひ参考にしてみてください。

 

「玉の如き小春日和を授かりし」の作者や季語・意味

 

玉の如き 小春日和を 授かりし

(読み方:たまのごとき こはるびよりを さずかりし)

 

この句の作者は、「松本たかし」です。

 

松本たかしは明治時代から昭和時代に活躍した俳人です。

 

季語と季節

この句の季語は【小春日和】です。

 

小春という言葉から、季節は春なのではないか?と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、実は【小春日和】は冬の季語になります。

 

小春日和とは、晩秋から冬の始まりにかけて、まるで春のように暖かい天気が続く時期のことを言いますので、この俳句の季節は【冬】になります。

 

意味

こちらの句を現代語訳すると・・・

 

「小春日和を、まるで天からさずかった宝石のように尊くありがたいものであると感じ、しみじみと味わっている」

 

という意味になります。

 

この【玉の如き小春日和を授かりし】という句ですが、何年に詠まれた句なのか、どのような状況で詠まれたものなのか、分かっていません。

 

「玉の如き小春日和を授かりし」の表現技法と鑑賞

字余り「玉のごとき」

字余りとは、和歌や俳句などで、音数が定まった音よりも多いことを指します。

 

俳句では5・7・5の17音が定まった音数ですので、俳句の場合の字余りとは、本当は5音で詠むはずのところを6音にしたり、7音で詠むはずのところを8音にしたりすることを言います。

 

字余りの句を詠むことによって、575の定まったリズムが壊れ、字余りにした言葉を強調する(印象的にする)ことができます。

 

この句の中で字余りになっているのは、【玉のごとき】という言葉ですが、作者がこの【玉のごとき】という言葉に重きを置いていることがわかります。

 

※また、字余りの反対を字足らずと言い、こちらは575の音よりも少ない音で詠む技法のことです。実は字足らずになっている俳句はほとんどないそうで、非常に珍しい技法であると言えるでしょう。

 

直喩「玉のごとし」

直喩とは、「ようだ」「みたいだ」「ごとし」など、はっきりと比喩を表す言葉を用いる表現技法のことです。

 

この句では、「玉のごとし」という言葉が直喩法で使われています。

 

玉というのは宝石のことで、「玉のごとし=玉のような」という言葉は、本来ならば赤ちゃんなど、人に対して使われることが多い言葉です。

 

例文…「玉のような男の子が生まれました」

 

作者は、寒い季節にも関わらずまるで春のようにうららかな小春日和のことを宝石のように尊い、貴重なものであると表現しているのです。

 

※ちなみに直喩の対義語は隠喩といい、「ようだ」「みたいだ」「ごとし」などの言葉を用いないで例える表現技法のことを指します。

 

句切れなし

『句切れ』とは、一句の中での“意味の切れ目”のことをいいます。

 

「切れ字」や「言い切り」があるところを句切れとしますが、この句はそのどちらも存在しないので、『句切れなし』だと言えます。

 

  • 「切れ字」・・・強く言い切る働きをする語のことで、現代の俳句では「かな」「や」「けり」の3種類の切れ字が使われています。切れ字を使うことで、さらに読者に想像を広げさせ、句の世界の中へ引き込ませるという技法を用いているのです。
  • 「言い切り」・・・俳句の最後に「けり」という言葉を入れて、強く言い切る技法のことです。この表現を使うことで、断言するような強い調子を与えます。

 

「玉の如き小春日和を授かりし」の鑑賞文

 

一般的に子どもが生まれた時には「玉のような子を授かった」と言って、元気な赤ちゃんの誕生を喜び合います。

 

また「玉のような」という表現は、キラキラした、貴重で美しいものと言ったイメージを連想させますね。

 

その表現を用いることによって、「小春日和」という冬の日の中のうららかな1日がよく表現されています。

 

寒い冬の日々の中で、小春日和というとそれだけで愛おしく、ありがたく、幸せな気持ちがします。

 

しかし、その小春日和を「玉のように」「授かる」とまで表現することに、作者の気持ちの深さ、感動が表れているように感じます。

 

作者「松本たかし」の生涯を簡単に紹介!

 

松本たかしは、1906(明治39)に現在の東京都千代田区に生まれました。本名は松本孝と言い、生家は代々、能楽師の一族でした。

 

自身も能楽師を志しますが、肺の病気になってしまったために舞台に立つことが難しくなってしまったことから、俳句の道に進むことになりました。

 

俳句を始めたきっかけは、病床で読んでいた俳誌『ホトトギス』でした。

 

俳句の道を志してからは高浜虚子に師事し、俳誌『笛』を創刊・主宰するなど、俳壇に大きく貢献しました。

 

松本たかしは能でつちかった美意識を活かし、優雅で格調高い俳句を多く詠みました。その中でも「如く俳句」と言う、比喩を使った俳句を多く詠んだと言われています。

 

また、自身が俳句の道へ進むきっかけとなった『ホトトギス』にもいくつもの作品を投稿し、川端茅舎、中村草田男と並んで称賛されました。

 

1947年には、能の師匠であった宝生九郎をモデルにした伝記小説『初神鳴』を発表し、小説家としても活躍しました。

 

松本たかしの作品は、「松本たかし句集」、「たかし全集(4)」という書籍の中で鑑賞することができます。

 

松本たかしのそのほかの俳句

 

  • チヽポヽと鼓打たうよ花月夜
  • 春月の病めるが如く黄なるかな
  • 海中に都ありとぞ鯖火燃ゆ
  • 夢に舞ふ能美しや冬籠
  • 水仙や古鏡のごとく花をかゝぐ
  • 雪だるま星のおしやべりぺちやくちやと