【食べてゐる牛の口より蓼の花】俳句の季語や意味・表現技法・鑑賞・作者など徹底解説!!

 

俳句は十七音を活かすために、様々な工夫を凝らします。言葉の選定や独特な表現を使うことで、読み手が想像を巡らせます。

 

日本には、これまでに多くの俳人によって詠まれた作品が今尚残されています。

 

今回は数ある名句の中から「食べてゐる牛の口より蓼の花」という句をご紹介します。

 

 

本記事では、「食べてゐる牛の口より蓼の花」の俳句の季語意味表現技法鑑賞作者について徹底解説していきますので、ぜひ参考にしてみてください。

 

「食べてゐる牛の口より蓼の花」の作者や季語・意味

 

食べてゐる 牛の口より 蓼の花

(読み方 :  たべている うしのくちより たでのはな)

 

こちらの句の作者は、高野素十(たかの すじゅう)です。

 

こちらの句は高野素十が、牛が牧草や蓼の花を食べる様子を見て詠んだ句です。

 

素十は幼少期茨城県内の自然豊かな田舎で暮らしており、当時目にした牛が餌を食べる様子を思い出して詠んだのかもしれません。

 

季語

こちらの句の季語は「蓼の花」で、季節は「秋」を表しています。

 

「蓼(たで)の花」とは、初秋の頃に田んぼの畦道や野原に咲く、赤ピンクまたは白い花です。

 

 

意味

こちらの句を現代語訳すると・・・

 

「牧草を食べている牛の口からはみ出している蓼の花よ」

 

という意味になります。

 

こちらの作品は、高野素十が目にした光景をストレートに詠んだ俳句です。

 

「牧草を食べている牛の口から赤、または白い蓼の花が見え隠れしている」ととてもシンプルに解釈できます。

 

「食べてゐる牛の口より蓼の花」の表現技法

体言止め「蓼の花」

体言止めとは、俳句の結びを名詞で止める表現技法で、そのシーンをイメージしやすくなります。また、同時にインパクトのある作品に仕上がり、読者の記憶に残りやすい俳句となります。

 

こちらの作品では「蓼の花」の部分が「体言止め」になっています。

 

こちらでは牛が蓼の花を咀嚼する様子、さらに口の中から見え隠れする蓼の花の残骸など読み手の想像を容易にしています。

 

「食べてゐる牛の口より蓼の花」の鑑賞

 

広々とした牧場の中に牛たちが飼育されており、蓼の花や飼料を食べている様子が浮かんで来ます。

 

ただひたすらに餌を食べることに夢中になっている牛の口から蓼の花が見え隠れする様子が伝わってきて、のどかなひと時であると想像できる牧歌的かつ写実的な作品です。

 

青空の青、牧場の牧草の緑、蓼の花の赤や白と、色鮮やかな情景が目に浮かんで来ます。

 

時間がゆったりと過ぎて行き、平穏さや平凡な1日…。牛が草をのんびりと食べる様子をゆったりとした気分で観察する素十の姿までもイメージできます。

 

また、目にしたものをひねることなく、そのままダイレクトに俳句としてしまうことから、高野素十が素朴で純粋な人柄であることが伝わってきます。

 

作者「高野素十」の生涯を簡単にご紹介!

 

高野素十は、1983年3月3日に現在の茨城県取手市で生まれ、実家は農家でした。

 

その後新潟県に移り住み、1913年に東京帝国大学医学部に入学しています。卒業後進んだ法医学教室には、俳人水原秋桜子がおり、その影響によって句作をはじめました。

 

東大俳句会に所属し、雑誌『ホトトギス』に投稿を続け4句が入選しています。その後、医師の仕事を優先するため句作を一時期休みます。

 

医学博士取得後は、新潟医科大学学長、奈良県立医科大学法定教授として活躍します。

 

1954年には大阪毎日俳壇者選者に抜擢。1957年『斧』を創刊・主宰します。

 

高浜虚子に師事し「客観写生」に基づき句作に励み、水原秋桜子、山口誓子、阿波野青畝とともに「四S」として評価されました。1976年10月4日に83歳にて逝去します。

 

高野素十のそのほかの俳句

 

  • ひつぱれる糸まつすぐや甲虫
  • 方丈の大庇より春の蝶
  • くもの糸ひとすぢよぎる百合の前
  • 甘草の芽のとびとびのひとならび
  • 翅わつててんたう虫の飛びいづる
  • づかづかと来て踊子にささやける
  • 空をゆく一とかたまりの花吹雪
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