
「俳句」は、日本の伝統的な文芸でありつつも、常に革新と進化を続けています。
令和の現代でも俳句をたしなむ人、鑑賞する人は増える一方です。
時代ごとの世相に合わせて俳句も変わり続けていますが、名句と呼ばれる句はすぐれた文学としての普遍性を持ち、多くの人々に衝撃を与えたり、共感を得たりしています。
今回は、数ある俳句の名句の中から「金亀虫擲つ闇の深さかな」の句を紹介していきます。
今年の松野町はめっちゃ玉虫が翔んでいる。きれいなんやけど翅音がこわい。
金亀虫擲つ闇の深さかな 高浜虚子
梅雨が開けたのか暑い pic.twitter.com/WM05E4RzsA
— 川嶋ぱんだ (@panda_yamori) July 17, 2020
この句はどのあたりが想像を掻き立たせるのでしょうか。
本記事では、「金亀虫擲つ闇の深さかな」の季語や意味・表現技法・作者などについて徹底解説していきます。

ぜひ参考にしてみてください。
目次
「金亀虫擲つ闇の深さかな」の季語や意味・詠まれた背景

金亀虫 擲つ闇の 深さかな
(読み方:こがねむし なげうつやみの ふかさかな)
こちらの句の作者は「高浜虚子(たかはしきょし)」です。

(高浜虚子 出典:Wikipedia)
虚子は明治時代から昭和時代にかけて、俳人そして小説家として活躍した人物です。
正岡子規に師事した虚子は、その一生を終えるまで忠実に子規の教えを貫き、自由律俳句を擁護する活動が高まりを見せるなかで、伝統俳句を守り続けました。
虚子の句風は「花鳥風体」と呼ばれており、写実的な表現を用いた句が特徴です。
季語
この句の季語は「金亀虫(こがねむし)」で、季節は「夏」を表します。
コガネムシは、金緑色または黒褐色の体を持つ甲虫です。大きな羽音を立てて、明るい光に向かって飛んでいく習性があります。
物にぶつかると死んだふりをすることでも知られており、ブンブン虫やカナブンといった名前も持ちます。

コガネムシは夏に成虫になるため、夏の季語として扱われています。
意味
この句を現代語訳すると・・・
「しつこく飛ぶコガネムシをつかまえて庭に投げつけると、闇の深さを知った。」
という意味になります。

句中の「擲つ(なげうつ)」とは、投げつける・捨てるという意味です。
この句が詠まれた背景
この句は高浜虚子が1904年に行われた句会で詠んだ句で、句集「五百句」に収録されています。
当時の俳句会には、高浜虚子率いる「伝統を重んじる派閥」と河東碧梧桐率いる「新しい手法で詠む派閥」の二つの流派がありました。
虚子派と碧梧桐派は対立し、ライバル意識をもって句作していました。そして、各派閥が対決するために行われたのが上記の句会です。
虚子は対立する派閥に対して皮肉を込めて句作したと言われています。

句会は参加した俳人たちが句を複数提出しましたが、虚子のこの句は名句として選ばれました。
「金亀虫擲つ闇の深さかな」の表現技法

詠嘆の切れ字「かな」
「切れ字」は俳句でよく使われる技法で、感動の中心を表します。代表的な「切れ字」には、「かな」「けり」「ぞ」「や」などがあります。
この句は「深さかな」の「かな」が切れ字に当たります。
そして、切れ字「かな」は直前の言葉に対して詠嘆の意味を込めます。

つまり、虚子は闇の深さについて非常に強く思うことがあることを示しています。
句切れ
句切れとは、意味やリズムの切れ目のことです。
句切れは「や」「かな」「けり」などの切れ字や言い切りの表現が含まれる句で、どこになるかが決まります。
この句の場合、初句(五・七・五の最初の五)に、「金亀虫」の名詞で区切ることができるため、初句切れの句となります。
対比(金亀虫と闇の深さ)
対比とは、相対する二つの物事を登場させ、作者の主題を際立たせる技法です。
今回は光を反射して輝く金亀虫に対して、深い闇を対比させています。キラキラ光る金亀虫ですが、その虫が見えなくなるほど闇が深いことを示しています。
虚子は闇の深さを金亀虫を使って強調しています。
「金亀虫擲つ闇の深さかな」の鑑賞文

【金亀虫擲つ闇の深さかな】は、伝統的な写生の道と別の道を歩む碧梧桐派に対する皮肉と驚きを込めた句です。
この句の状況は、虚子が金亀虫を外へ投げ捨てても見えないですし、虫の羽音も物にあたる音もしていません。
金亀虫の行方が分からないことを裏返せば、闇は虚子の想像を超えて深かったことを示しています。
闇を碧梧桐派のことを指しているとすると、碧梧桐派は虚子の知らぬ間に勢力を強め、虚子を飲み込む勢いがあることになります。
碧梧桐派は虚子を脅かす存在であるとともに、碧梧桐派を闇に例える皮肉が込められています。
勢力として碧梧桐派を認め驚きながらも、表現技法として認めないという虚子の姿勢が感じられる句です。
知っておきたい!コガネムシに関する有名俳句【5選】

ホタルやカブトムシなどは俳句でよく見かける虫ですが、コガネムシはなかなかみかけないのではないでしょうか。
俳人たちはコガネムシをどのように詠んだのか、いくつか例をあげていきましょう。

ここでは、「コガネムシ」について詠んだ有名俳句を5句紹介していきます。
【No.1】中村汀女
「ぶつかるは 灯に急ぐ途の 金亀子」
季語:金亀子(夏)
意味:ぶつかったのは明かりに向かって急いでいる途中のコガネムシだ。

虫は明かりに向かって飛んでいくため、作者が見たコガネムシも明かりの方向へ飛んでいたのでしょう。そんな急いでいる様子のコガネムシがぶつかってきたことを面白がっている一句です。
【No.2】飯田龍太
「裏富士の 月夜の空を 黄金虫」
季語:黄金虫(夏)
意味:裏の富士山がそびえる月夜の空をコガネムシが飛んでいく。

「裏富士」とは、静岡県側から見た富士山を「表富士」とするのに対し、山梨県側から見た富士山を表します。富士山、月夜と美しいものを並べたところにコガネムシも並んでいるため、月光を受けて輝いているような印象を受ける句です。
【No.3】細見綾子
「黄金虫の 羽根美しき 孤独かな」
季語:黄金虫(夏)
意味:コガネムシの羽根はとても美しい孤独を表しているなぁ。

コガネムシの羽根は「黄金」と文字では表現されていますが、玉虫色の羽根を持つものが一般的です。玉虫色の昆虫はめずらしいことから、その色を持つコガネムシの孤独を強く感じている様子が伺えます。止まっているコガネムシを見ながら思いを馳せているのでしょうか。
【No.4】角川源義
「黄金虫 雲光りては 暮れゆけり」
季語:黄金虫(夏)
意味:コガネムシが飛んでいる。雲が光っては暮れていく。

コガネムシは夏の季語のため、「雲光りて」という表現からは西日と積乱雲の二つが連想されます。前者だった場合は夕日を受けてキラキラと輝いているコガネムシを見ていて、後者であれば雷が通り過ぎて雨上がりの地面にコガネムシが出てきたところを見ているという、さまざまな解釈ができる句です。
【No.5】山口誓子
「金亀子 月光にとぶ 身を鎧ひ」
季語:金亀子(夏)
意味:コガネムシが月光の下を飛んでいる。キラキラと輝く鎧のように。

「月光」と「鎧」という表現から、玉虫色に輝く姿を鎧と評しているのがわかる句です。月光の下で淡い光に照らされて輝きながら飛ぶ様子を眺めています。
作者「高浜虚子」の生涯を簡単に紹介!

(高浜虚子 出典:Wikipedia)
高浜虚子(1874~1959年)。本名は高浜清(きよし)、愛媛県出身の俳人です。ペンネームの由来は本名の「きよし」から来ています。
虚子は松山藩士の五男として生まれ、9歳の時に高浜家を継ぎます。その後、高校生の時に1歳上の河東碧梧桐とともに正岡子規に師事します。
17歳の時には子規の正式な弟子になりますが、子規が後継者として虚子を指名すると虚子は拒否します。
24歳で俳誌「ホトトギス」の発行人となりますが、俳句ではなく小説を執筆し、俳句とは離れた生活を送ります。しかし、39歳の時に俳壇へ復帰しますが、これは碧梧桐への対抗心からきたものです。
虚子と碧梧桐は当初は非常に仲が良かったのですが、この頃になると句作の方針の違いから二人は対立していました。

これ以降、虚子は「ホトトギス」の中心人物として、客観写生を重視する作風を訴え続けました。
高浜虚子のそのほかの俳句
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(虚子の句碑 出典:Wikipedia)






