【流れ行く大根の葉の早さかな】俳句の季語や意味・表現技法・作者など徹底解説!!

 

「俳句」は季節ごとにさまざまな情景をみせてくれる自然や、日常の中の風物から受ける感動を印象的に短い言葉で表現します。

 

五・七・五の十七音で構成される俳句は、とくに愛好者がたくさんいます。

 

今回は、そんな数ある句の中でも有名俳人・高浜虚子の詠んだ句「流れ行く大根の葉の早さかな」を紹介していきます。

 

 

よく耳にする句ではありますが「本当はどういう意味なんだろう?」と思われている方もいらっしゃるかと思います。

 

そこで今回は、「流れ行く大根の葉の早さかな」の季語や意味・表現技法・作者などについて徹底解説していきます。

 

俳句仙人

ぜひ参考にしてみてください。

 

「流れ行く大根の葉の早さかな」の季語や意味・詠まれた背景

 

流れ行く 大根の葉の 早さかな

(読み方:ながれゆく だいこんのはの はやさかな)

 

こちらの句の作者は「高浜虚子(たかはしきょし)」です。

 

Kyoshi Takahama.jpg

(高浜虚子 出典:Wikipedia)

 

虚子は明治時代から昭和時代にかけて、俳人そして小説家として活躍した人物です。

 

正岡子規に師事した虚子は、その一生を終えるまで忠実に子規の教えを貫き、自由律俳句を擁護する活動が高まりを見せるなかで、伝統俳句を守り続けました。

 

虚子の句風は「花鳥風体」と呼ばれており、写実的な表現を用いた句が特徴です。

 

 

季語

この俳句の季語は「大根」、季節は「冬」になります。

 

俳句仙人

大根の旬は冬!今でこそ一年中手に入る大根ですが、じつは冬の季語なのです。

 

意味

こちらの句を現代語訳すると・・・

 

「冬の小川の水の流れに、大根の葉が流されていったが、なんと早かったことよ。」

 

という意味になります。

 

なぜ川に大根の葉が流れていたのかというと、上流で収穫したばかりの大根を洗っている人がいたのでしょう。

 

こちらの句はありきたりな日々の営みが生み出す一瞬の光景を鋭く切り取った句になります。

 

この句が詠まれた背景

こちらの句は、昭和3年(1928年)、虚子が東京郊外の九品仏の句会の帰りに遭遇した光景から生まれた俳句とされます。

 

虚子はこの句について下記のように述べています。

 

「フトある小川に出た。橋上に佇むでその水を見ると、大根の葉が非常な早さで流れて居る。之を見た瞬間に今まで心にたまりたまつて来た感興がはじめて焦点を得て句になつたのである。」

(意味:歩いているうちに、ふとある小川のほとりに出た。橋の上に立ち止まり、小川を流れゆく水をながめていると、上流で大根を洗っていものであろうか、大根の葉が非常なはやさで流れ去っていたのであった。この様子を見た瞬間に、今まで心の中にたまりつつあった感興、面白みを感じる想いが一気に高まり、一句として結実したのである。)

 

畑で大根を収穫した人が、小川で大根の泥を落としていたのでしょう。

 

その時、大根からちぎれ落ちた葉が虚子の目の前で小川の水に流されていったことが句を読むきっかけとなったのです。

 

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畑の近くの小川で大根を洗うといった光景は、なにも東京の九品仏に限ったことではなく、この当時の郊外や農村部では普通にあったことでしょうし、この句に描かれた光景は日本のどこの光景であってもおかしくない普遍性があったといえます。

 

 

「流れ行く大根の葉の早さかな」の表現技法

「早さかな」の切れ字「かな」

俳句の一句の中の感動の中心を表す言葉として、切れ字というものがあります。

 

近代以降の俳句で特によくつかわれる切れ字は「や」「かな」「けり」の三つがあります。

 

この句の切れ字は「早さかな」の「かな」です。「かな」は「…だなあ、…であることよ」といった意味で訳され、軽めに強調したり、感動していることを表します。

 

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「はやいことであるなあ」と、大根の葉の流されていくスピードに目が留まり、この一句が生まれたということなのです。

 

「流れ行く大根の葉の早さかな」の鑑賞文

 

「流れ行く大根の葉の早さかな」は、冬の小川の流れていく大根の葉、清冽な水の冷たさ、青々とした大根の葉の緑色が感じられる句です。

 

大根の葉が作者の目に留まって、流れ去るまで、時間にしたらごくわずかのことだったでしょう。しかし、作者はその一瞬を決して見逃さず、一句を詠み出しました。

 

この句に切り取られた光景は、一瞬のことで、ささやかな出来事です。

 

しかし、そこに暮らす人々のたしかな息遣いを感じ取ることができるのです。

 

高浜虚子は、俳句を詠むにあたって・・・

 

  • 「花鳥諷詠」・・・花や鳥といった自然の美しさを詩歌に詠みこむこと
  • 「客観写生」・・・客観的に情景を写生するように表現しつつ、その奥に言葉で表しきれない光景や感情を潜ませる

 

といった考え方を提唱しました。

 

俳句仙人

「流れ行く大根の葉の早さかな」の一句にも、「花鳥諷詠」「客観写生」の精神を読み取ることができます。

 

「流れ行く大根の葉の早さかな」の追記情報

大根を使ったその他の俳句

今では大根は一年中食べられるものですが、かつては冬の風物詩でした。

 

そんな大根という身近な季語を、俳人たちはどう詠んだのでしょうか。

 

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ここでは、「大根」について詠んだ有名俳句を5句紹介していきます。

 

【No.1】松尾芭蕉

「菊の後 大根の外 更になし」

季語:大根(冬)

意味:菊の後に咲く花はなく、大根の他に美味しいものは更にない。

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この句を理解するには、中国での「花は梅から始まり、菊を最後に花が咲かなくなる」という概念を理解する必要があります。作者は「菊の後」に花は咲かないことに同意していますが、大根があるじゃないかとユーモアを込めて詠んでいるのです。この菊を食用菊の事だと解釈する場合もあり、食べ物はまだ美味しいものがあるぞと詠んでいます。

 

【No.2】細見綾子

「うつし世を かなしみゐたる 大根煮て」

季語:大根(冬)

意味:現し世を悲しんでいる、大根を煮ながら。

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大根を煮ているふとした瞬間に今生きている世の中が悲しいなぁと考えている様子を詠んでいます。日常と同居するように虚無感や厭世観がわいてくることを否定せず、ありのままを詠んでいる一句です。なんだか空しいなと家事や仕事をしながら感じたことがある人も多いのではないでしょうか。

 

【No.3】川端茅舎

「畑大根 皆肩出して 月浴びぬ」

季語:大根(冬)

意味:畑の大根はみんな肩を出して月光を浴びている。

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「月」は秋の季語ですが、この句は大根が主題なため「大根」が季語になります。大根は肩を出すように成長するため、葉に近い部分と地中に埋まっている場所で色が変わります。そのことからも、わざと大根が肩を出して月光を浴びているようだと面白がっている一句です。

 

【No.4】山口青邨

「すこやかに 頭寒足熱 大根汁」

季語:大根汁(冬)

意味:健やかに頭寒足熱を心がけて、温かい大根汁を食べる。

俳句仙人

「大根汁」は大根を具にした味噌汁を意味する冬の季語です。頭寒足熱は頭を冷やし足を温める健康法です。健やかに過ごすために健康法を心がけ、温かい大根汁を食べることで心身ともに癒されている様子を詠んでいます。

 

【No.5】種田山頭火

「のびあがりのびあがり 大根大根」

季語:大根(冬)

意味:どんどんと大根がのびあがっていくようだ。

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「のびあがり」と「大根」を繰り返すことで、ぐんぐんと育っていくたくましい大根を詠んだ句です。五七五の韻律では無い自由律俳句で、作者の特徴的な作風になっています。単語が2つしかないことでより大根にズームアップしていく表現が面白い一句です。

 

作者「高浜虚子」の生涯を簡単に紹介!

Kyoshi Takahama.jpg

(高浜虚子 出典:Wikipedia)

 

高浜虚子は、明治7年(1874年)現在の愛媛県松山市、旧松山藩の藩士である士族の家に生まれました。

 

同郷の士には、短歌や俳句の新しい可能性を模索し近代詩歌文学の礎を築いた「正岡子規」、子規の弟子の「河東碧梧桐」がいます。

 

若き日の高浜虚子は、河東碧梧桐と共に正岡子規に師事し、俳句の道を歩むこととなります。

 

文学に情熱を燃やした正岡子規は不幸にして夭逝、子規の弟子の双璧と呼ばれた河東碧梧桐と高浜虚子でしたが、碧梧桐は新傾向の俳句を追い求め、虚子は伝統を重んじ保守的な作句を極めていくこととなります。

 

正岡子規が創刊に関わった俳句雑誌「ホトトギス」の主宰として長く日本の俳壇を牽引し、昭和29年(1954年)には文化勲章を受章しました。

 

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そして、昭和34年(1959年)、享年85歳で生涯を閉じました。

 

高浜虚子のそのほかの俳句

虚子の句碑 出典:Wikipedia