夕立とは、主に夏に突然降る雨のことです。
「白雨」や「スコール」なども同じ意味の季語になります。同じように突然降る強い雨である「ゲリラ豪雨」は、まだ季語とはなっていないため注意しましょう。
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湿度が高い蒸し暑い日の午後から夕方にかけて、急に天候が変わって激しいにわか雨が降り出す「夕立(ゆうだち)」。「夕立」は夏の季語にもなっていて、周辺が白く煙るような激しい降り方から「白雨」などとも表現されるそうです。
夕立の前には「冷たい風」が吹くことが多いそうです。#夕立 pic.twitter.com/za8BJJEAjZ
— ツキとタイヨウと暦 (@_NichiNichi_) August 6, 2020
今回は、「夕立」を季語に使った有名俳句を30句紹介していきます。
夕立を季語に使った有名俳句集【前編10句】
【NO.1】小林一茶
『 夕立が 始まる海の はづれ哉 』
季語:夕立(夏)
意味:夕立が始まるような海の外れの場所であることだ。
夕立ははっきりと雨の境目が見えることがあります。海から夕立を降らせる雨がやって来ると、海が夕立を降らせているように感じることでしょう。
【NO.2】小林一茶
『 夕立の 祈らぬ里に かかるなり 』
季語:夕立(夏)
意味:夕立がまだ墓参りに祈っていない里にかかっている。
この句には注釈があり、一茶は初恋の人の二十五回忌に里を訪れています。「祈らぬ里」の里とは「初恋の人のお墓のある里」であり、これからお参りに行くところだったのに、という感情です。夕立が涙を暗示している句でもあります。
【NO.3】与謝蕪村
『 夕立や 草葉を掴む むら雀 』
季語:夕立(夏)
意味:夕立が来た。草葉を雨宿りに使うように掴むスズメたちがいる。
夕立を避けるように大きな葉や草の影に隠れるスズメたちを見たときの俳句です。「隠れる」ではなく「掴む」と表現することで、夕立の勢いに負けないように草葉にしがみつくようなスズメたちの必死さを表現しています。
【NO.4】宝井其角
『 夕立や 田をみめぐりの 神ならば 』
季語:夕立(夏)
意味:夕立が降ってほしい。田んぼを見て回る三囲の神様ならばできるでしょう。
其角が三囲(みめぐり)神社で行われていた雨乞いの祭りで詠んだ俳句です。「みめぐり」には「見巡り」と「三囲」がかかっています。この句を詠んだ翌日に本当に雨が降ったという記録が残されている、雨乞いの詩です。
【NO.5】宝井其角
『 夕立や 昨日の坂を 登らば滝 』
季語:夕立(夏)
意味:夕立が来た。昨日登った坂をまた登ろうとしたら滝のような水が流れてくる。
大雨が降ったときに、坂道から滝のように水が流れてくる経験は誰しもがあるでしょう。この句ではちょうど昨日登った坂が様変わりしていることに驚いています。
【NO.6】正岡子規
『 夕立や 一かたまりの 雲の下 』
季語:夕立(夏)
意味:夕立が来る。ひとかたまりになった雲の下は大雨だ。
夕立を降らせる積乱雲はもくもくとした大きな雲です。長雨をもたらすどんよりとした雲と違い、夕立が降っていない場所から見るとひとつの大きな雲が雨を降らせている様子が見られます。
【NO.7】正岡子規
『 夕立や 殺生石の あたりより 』
季語:夕立(夏)
意味:夕立だ。あの殺生石の辺りから降ってくる。
【NO.8】高浜虚子
『 温泉の 客の皆夕立を 眺めをり 』
季語:夕立(夏)
意味:温泉に入りにきた客がみんな夕立を眺めている。
観光客か宿泊客が温泉巡りをしているのか、傘を持っていないお客さんたちが夕立を眺めている風景を詠んでいます。夕立はすぐに止むため、温泉に入りながらゆっくりと待つ人の姿も見えるようです。
【NO.9】高浜虚子
『 牛も馬も 人も橋下に 野の夕立 』
季語:夕立(夏)
意味:牛も馬も、人も橋の下で雨宿りをする野原の夕立だ。
今ではあまり見ませんが、田畑を耕すのに飼っていた牛馬も人間も、雨宿りをする場所のない野原で夕立にあっています。橋の下が唯一雨をしのげる場所なので、皆が集合して雨が止むのを待っている風景です。
【NO.10】森川許六
『 夕立に 幾人乳母の 雨やどり 』
季語:夕立(夏)
意味:夕立が来て、何人かの赤ちゃんを連れた乳母が雨宿りをしている。
急な夕立に子供を連れた乳母たちが雨宿りに来ています。傘を持っていても手がふさがっていてさせない様子は現在にも通じるものがある俳句です。
夕立を季語に使った有名俳句集【中編10句】
【NO.11】山口誓子
『 鏡中に 西日射し入る 夕立あと 』
季語:夕立(夏)
意味:鏡の中に西日が射して入ってくる夕立の後の空だ。
夕立は漢字の通り夕方に降ることが多い通り雨です。夕立のあとは日が傾いた金色の西日がまぶしく光る様子が、鏡に反射する様子をとおして描写されています。
【NO.12】山口青邨
『 光堂 かの森にあり 銀夕立 』
季語:夕立(夏)
意味:光堂と呼ばれる中尊寺金色堂があの森の中にあるのだ。銀色に光る夕立が降っている。
「光堂」とは岩手県平泉にある中尊寺金色堂のことです。金色と銀夕立で対比になっています。また、松尾芭蕉の有名な「五月雨を 降り残してや 光堂」を下地に置いた句です。
【NO.13】竹久夢二
『 夕立や 砂にまみれし 庭草履 』
季語:夕立(夏)
意味:夕立が来た。慌てて脱いだら砂にまみれている庭の草履であることだ。
【NO.14】日野草城
『 わだつみの ゆふばえとほき 夕立かな 』
季語:夕立(夏)
意味:大海原の夕焼けはまだ遠い夕立の空であることだ。
「わだつみ」とは海を、「ゆふばえ」とは「夕映え」で夕焼けや夕日の光が輝いている様子を表します。海の夕焼けは素晴らしい光景ですが、夕立が降り続いていて夕日は未だ見えない嘆きが詠嘆の「かな」から感じ取れる表現です。
【NO.15】種田山頭火
『 はるかに 夕立空が ふるさとの空 』
季語:夕立(夏)
意味:はるかに見える夕立の空は故郷の空を思い起こさせる。
夕立の空が、故郷の空を思い起こさせる自由律の俳句です。「はるかなる」ではなく「はるかに」と表すことで、ふとした瞬間に空を見上げた様子を強調しています。
【NO.16】高濱年尾
『 地を這うて 行く土ぼこり 夕立来る 』
季語:夕立(夏)
意味:空に舞いあがるのではなく地を這う土ぼこりが、間もなく夕立が来ることを予感させる。
大気中の湿度が高くなり、土ぼこりが湿っている感覚を詠んだ俳句です。雨の前には「ぺトリコール」という香りの成分が発生するため、雨の予感を嗅覚で感じ取っていたのかもしれません。
【NO.17】右城暮石
『 夕立の なごりとはなり 杉の雨 』
季語:夕立(夏)
意味:夕立が降った名残になっている、杉の木の葉から垂れてくる雨よ。
夕立は強い雨のため、降り終わっても軒先や木の葉から雨の雫が垂れてきます。杉は細かい葉なので、まだ雨が降っているかのように雨水が垂れてきている様子が浮かぶ一句です。
【NO.18】星野立子
『 都電来る 又都電来る 夕立中 』
季語:夕立(夏)
意味:都電が来る。行ったと思ったらまた都電が来る、夕立の中の風景だ。
都電は今では荒川線しか無くなってしまいましたが、作者が活躍していた1960年代には40系統もの都電が走っていました。夕立の中でも次々と都電が来る様子が活気に満ちた東京都心の様子をよく表しています。
【NO.19】杉田久女
『 翠巒(すいらん)を 降り消す夕立 襲ひ来し 』
季語:夕立(夏)
意味:緑の山々を霞んで消すように降る夕立が襲ってきた。
「翠巒」とは、緑色に連なる山々のことです。緑の山が霞むほどの大雨となった夕立が来ていることを、「襲ひ」という言葉で表現しています。
【NO.20】阿部みどり女
『 再びの 夕立にあふ 山路かな 』
季語:夕立(夏)
意味:先程夕立が来たと思ったら、再びの夕立にあう山の道であることだ。
夏の山の天気は変わりやすく、特に午後は天気が崩れることで有名です。平地で言うところの夕立のような雨が何度も降ってくるところに、厳しい山の道を感じます。
夕立を季語に使った有名俳句集【後編10句】
【NO.21】小林一茶
『 夕立に 走り下るや 竹の蟻 』
季語:夕立(夏)
意味:夕立が降ってきて、竹の下にいたアリたちが一目散に走って逃げていった。
突然の夕立に巣に戻っていくアリの様子を観察している一句です。作者には小さな生き物を詠む句が多く、ここでもアリの様子をじっと観察しています。
【NO.22】山口素堂
『 夕立に やけ石寒し 浅間山 』
季語:夕立(夏)
意味:夕立が降ってきて、かの焼け石も寒く感じるだろう浅間山だ。
「やけ石」とは「浅間山の焼け石」のことで、噴火の際に生じた真っ黒な石のことです。焼け石という言葉から熱そうに感じますが、この夕立で冷やされて寒そうに見えるという対比を詠んでいます。
【NO.23】加賀千代女
『 夕立や 卒爾(そつじ)な雲の 一とをり 』
季語:夕立(夏)
意味:夕立が降ってきたなぁ。突然雲がにわかに集まってきた。
「率爾(そつじ)」とは「突然、にわかに」という意味です。今まで晴れていたのに突然集まってきた雨雲によって夕立が降り出した様子をよく表しています。
【NO.24】正岡子規
『 夕立や 砂に突き立つ 青松葉 』
季語:夕立(夏)
意味:夕立が降ってきた。砂の上には青松の葉が突き立っている。
夕立が激しく打ち付ける中で、倒れることなく砂に突き立つ青松の葉を詠んだ句です。松の木ではなく1枚の葉を詠んだところに作者の集中力や観察眼を感じます。
【NO.25】正岡子規
『 夕立や 沖は入日の 真帆かた帆 』
季語:夕立(夏)
意味:夕立が降ってきたなぁ。沖では夕日が照らすなかで帆をあげた船や半分だけあげた船が走っている。
「真帆」は帆を一杯にあげて追い風で走る船、「かた帆」は半分だけあげて横風で走る船のことです。突然の夕立に風と海の流れが変わったのか、さまざまな船が行き交う様子を詠んでいます。
【NO.26】芥川龍之介
『 夕立や 土間にとりこむ 大万燈 』
季語:夕立(夏)
意味:夕立が降ってきた。土間に大きな箱型の万燈を取り込もう。
「万燈(まんどう)」とは箱型に作った枠組みの中に火を灯すものです。ここではどんな万燈だったかは詠まれていませんが、大きなものを入口に置いていたのでお店の看板のようにも思えます。
【NO.27】山口青邨
『 縁台を 濡らして過ぎし 夕立かな 』
季語:夕立(夏)
意味:縁台を濡らして過ぎていく夕立だなぁ。
【NO.28】室生犀星
『 夕立や かみなり走る となりぐに 』
季語:夕立(夏)
意味:夕立が降っているなぁ。雷が鳴っているのは隣の国だろうか。
「となりぐに」という表現がめずらしい一句です。ここで言う「くに」とは旧国名のことで、現在では都道府県や市町村での隣の場所だろうか、という意味になります。
【NO.29】種田山頭火
『 夕立や お地蔵さんも わたしもずぶぬれ 』
季語:夕立(夏)
意味:夕立が降ってきて、お地蔵さんも私もずぶ濡れになってしまった。
作者は諸国を行脚していたことで有名です。お地蔵さんの近くを通りかかった時に夕立にあったのか、どちらも傘がなくずぶ濡れになってしまったことを茶化しているような雰囲気が「ずぶぬれ」と言い切られていることから感じます。
【NO.30】ねじめ正一
『 神宮の 夕立去りて 打撃戦 』
季語:夕立(夏)
意味:神宮球場に降っていた夕立が去っていって、さあ打撃戦の始まりだ
雨天で様子を見ていた神宮球場で雨が止んだため、野球の試合が始まろうとしています。「打撃戦」という言い方からは、学生野球ではなくプロ野球が始まるような印象を受ける句です。
以上、夕立を季語に使った有名俳句集でした!
さいごに
今回は、夕立を季語に使った有名俳句を30句紹介してきました。
今も昔も突然の雨に雨宿りをしたり、家の中から眺めたりするのが変わっていないことがよくわかります。
夕立は突然来るため即興で一句詠んでみるのは少し難しいかもしれませんが、どのような心境になるだろうと想像して詠んでみてはいかがでしょうか。
最後まで読んでいただきありがとうございました。