
大正から平成の時代に活躍した俳人「山口誓子」。
彼は即物非情・知的構成と言われる作風を確立していった人物でありましたが、晩年は客観描写を強調していきました。
今回はそんな彼の詠んだ句の中から『自選自解句集』に掲載されている「突き抜けて天上の紺曼珠沙華」という句を紹介していきます。
突き抜けて天上の紺曼珠沙華 pic.twitter.com/SSsH8UNTtC
— kidney123 (@tua3kid) September 28, 2013
本記事では、「突き抜けて天上の紺曼珠沙華」の季語や意味・表現技法・鑑賞文などについて徹底解説していきます。

ぜひ参考にしてみてください。
目次
「突き抜けて天上の紺曼珠沙華」の季語や意味・詠まれた背景

突き抜けて 天上の紺 曼珠沙華
(読み方:つきぬけて てんじょうのこん まんじゅしゃげ)
こちらの句の作者は「山口誓子」です。
(山口誓子 出典:Wikipedia)
山口誓子は明治に生まれ、大正・昭和・平成のはじめまでを活躍した京都府出身の男性俳人です。
季語
この句の季語は「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)」、秋の季語です。
「曼珠沙華」は梵語で赤い花の意味があり、お寺やお墓に群生していることが多い花で、秋の彼岸の頃に見頃を迎えます。
彼岸の頃に見頃を迎えることから「彼岸花」とも呼ばれ、秋の季語とはいえ実りの喜びではなくどこか寂しさを抱かせる花です。
しかし、この句では寂しさではなく生き生きとした曼珠沙華を想像できます。
意味
この句を現代語訳すると・・・
『秋の澄んだ青空が突き抜けるように高い。鮮やかな深い紺色の下には、真っ赤な花をつけた沢山の曼珠沙華が、やはり天を突き抜けるようにして背を伸ばして咲いている』
という意味になります。
秋の澄みきった空はどこまでも高く、濃い青い色をしている一方、ふと下を見ると真っ赤な曼珠沙華が咲き乱れながら真っ直ぐに立ち並んでいます。
空の青と地の赤の対比が美しい句です。
この句が詠まれた背景
昭和13年辺りから「山口誓子」には「黒の時代」「暗黒の時代」といわれる一時期がありました。
それまでは視点が外界に向けられていたのが、内面の深淵に向けられた時代のことです。
この頃「誓子」は病気療養中であり鬱々としたものを抱えていたとされていますが、そんな中でも「誓子」本来の構成句が見られるようになりました。
それがこの句であり、「黒の時代」を抜けた構成俳句の再来と言われています。
「突き抜けて天上の紺曼珠沙華」の表現技法

体言止め
体言止めとは俳句の下五語を名詞や代名詞で締め括ることで、俳句の印象を強めることができます。
この句では「曼珠沙華」がこれにあたり「曼珠沙華」の赤と「紺」の対比がより鮮明に表現されます。
二句切れ
句切れとは意味や内容、調子の切れ目のことをいい、上五語で切れることを「初句切れ」、中七語で切れることを「二句切れ」といいます。
この句では「天上の紺」がそれにあたり、「突き抜けて天上の紺/曼珠沙華」と区切ることができます。

2番目の箇所で句切れがあるため、「二句切れ」の句となります。
「突き抜けて天上の紺曼珠沙華」の鑑賞文

この句からは色の対比が読み取れます。
まず句を読むと最初に出てくるのは、澄んだ濃い青です。どこまでも高く澄みわたる青の美しさ、そして天に届くように伸び、咲き誇る曼珠沙華の赤。
青と赤、反する二色ですがそれがお互いの美しさを引き立たせます。
この美しさの前では、彼岸花とも呼ばれる曼珠沙華も不吉なイメージはなりをひそめ、ただただ美しく生き生きと誇らしげに咲く花となるのです。
このように美しい情景を詠んだ句ですが、曼珠沙華を人に置き換えて詠むことをできます。
どこまでも大きく優美な大空に向かって手を伸ばすも、決して人の手は届きません。
ですが、その姿に負けないぞと、生き生きとした生命力に溢れる人間の逞しい姿。

美しい情景だけでは終わらず、人の持つ力強さをも読み解くことができます。
知っておきたい!曼珠沙華に関する有名俳句【5選】

曼珠沙華は彼岸花とも呼ばれ、その毒性から墓地や田畑を守ってきました。
毒を持つ性質と美しい赤い花から特徴的な秋の花とされているため、ほかの俳人がどのように詠んでいるのかみていきましょう。

【NO.1】夏目漱石
『 仏より 痩せて哀れや 曼珠沙華 』
季語:曼珠沙華(秋)
意味:仏より痩せて哀れに見える曼珠沙華だ。

曼珠沙華の茎は細く、ほかの植物と違って葉が見えず、ひょろりとして見えるのが特徴です。その様子を「仏様よりも痩せて見える」と哀れに思っている様子がユーモアのある一句になっています。
【NO.2】細見綾子
『 ふるさとの どの畦行かむ 曼珠沙華 』
季語:曼珠沙華(秋)
意味:ふるさとのどの畦道を行こうか、曼珠沙華が咲いている。

曼珠沙華はモグラなどの獣害を毒で防ぐために、田んぼの畦道などによく植えられています。作者もそれを知った上で、曼珠沙華が咲き乱れる畦道を通って故郷に帰ってきたのでしょう。どの畦道なら曼珠沙華が美しく見えるか考えて選んでいたかもしれませんね。
【NO.3】角川春樹
『 わが生は 阿修羅に似たり 曼珠沙華 』
季語:曼珠沙華(秋)
意味:私の人生は阿修羅に似ているように思える、赤く咲く曼珠沙華のように。

「阿修羅」「曼珠沙華」とどこか仏教的な意味合いを持たせている一句です。阿修羅と曼珠沙華はともに赤い色が特徴的であり、赤く力強い阿修羅と、赤く美しく咲く曼珠沙華を対比させることで、美しくも力強い人生を描写しています。
【NO.4】富安風生
『 古道の ほろぶる輪廻 曼珠沙華 』
季語:曼珠沙華(秋)
意味:古道が消えて輪廻を表すように曼珠沙華が咲いている。

道は人間が頻繁に手入れをしないと10年単位であっという間に自然に帰っていきます。特にアスファルト舗装などをしていなかった時代の古道ではその傾向は顕著で、曼珠沙華の咲く場所へ「輪廻」したように、かつての古道が姿を変えたことを詠んでいる一句です。
【NO.5】阿部みどり女
『 大雨に 朱の糸くづさず 曼珠沙華 』
季語:曼珠沙華(秋)
意味:大雨が降っているけれど、朱色の糸のような花の形は崩れない曼珠沙華だ。

大雨が降っているのに、花の形を崩さずに咲いている曼珠沙華を詠んだ一句です。特徴的な花のスタイルを「朱の糸」と例えているのが美しい一句で、崩れてしまいそうな均衡が保たれている自然への感嘆を詠んでいます。
作者「山口誓子」の生涯を簡単に紹介!
(山口誓子 出典:Wikipedia)
「山口誓子」は京都府出身の俳人で、本名は新比古(ちかひこ)といいます。
1914年に庁立大泊中学校に入学し、この頃に俳句を始め、1920年に京大三高俳句会に出席し本格的に俳句を志すようになりました。
その後高浜虚子に師事し、昭和初期に「ホトトギスの四S」とされましたが、後に「ホトトギス」を離脱しました。
そして、従来の俳句にはなかった都会的な素材、知的、即物的な句風、映画倫理に基づく連作俳句を試みました。それにより、新興俳句運動の指導者的存在となっていったのです。
其から92才で亡くなるまで俳句と向き合い、戦後の現代俳句を牽引するなどの活躍をしました。
山口誓子のそのほかの俳句
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( 摂津峡にある句碑 出典:Wikipedia)
- 学問のさびしさに堪へ炭をつぐ
- スケートの紐結ぶ間もはやりつつ
- 突き抜けて天上の紺曼珠沙華
- 匙なめて童たのしも夏氷
- 夏草に機缶車の車輪来て止まる
- 炎天の遠き帆やわがこころの帆
- ピストルがプールの硬き面にひびき
- 流氷や宗谷の門波荒れやまず
- かりかりと蟷螂蜂のかほを食む
- 風雪にたわむアンテナの声を聴く
- ほのかなる少女のひげの汗ばめる
- 夏の河赤き鉄鎖のはし浸る






