【冬菊のまとふはおのがひかりのみ】俳句の季語や意味・表現技法・鑑賞文・作者など徹底解説!!

 

五・七・五の十七音で四季の美しさに感動する心、日々の暮らしの中で心動かされたことを詠みこむ「俳句」。

 

特に名句と呼ばれるものは高い芸術性を持つ文学作品として評価されています。

 

今回はそんな数ある名句の中でも「冬菊のまとふはおのがひかりのみ」という水原秋桜子の句を紹介します。

 

 

本記事では、「冬菊のまとふはおのがひかりのみ」の季語や意味・表現技法・鑑賞文・作者について徹底解説していきます。

 

俳句仙人

ぜひ参考にしてみてください。

 

「冬菊のまとふはおのがひかりのみ」の作者や季語・意味・詠まれた背景

 

冬菊の まとふはおのが ひかりのみ

(読み方:ふゆぎくの まとふはおのが ひかりのみ)

 

こちらの句の作者は「水原秋桜子(みずはら しゅうおうし)」です。

 

(1948年の水原秋桜子 出典:Wikipedia

 

「秋桜子」という雅号は女性的なイメージですが、男性の俳人です。大正から昭和にかけて活躍しました。

 

高浜虚子に師事し、昭和初期には「ホトトギスの四S」(水原秋桜子、山口誓子、高野素十、阿波野青畝)の一人と称されました。

 

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水原秋桜子の句は国語の教科書でもよく取り上げられる有名な句をたくさん詠んでいます。

 

 

季語

こちらの句の季語は「冬菊」、冬の季語になります。

 

「菊」は秋に咲く花で秋の季語ですが、「冬菊」というのは遅咲きの冬になっても咲いている菊のことを言います。

 

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そのため、冬の季語に分類されます。

 

意味

こちらの句を現代語訳すると・・・

 

「冬菊がその身にまとうのは、冬の日を浴びて自らがはなつ光でできた衣だけなのだろうか。」

 

という意味になります。

 

「まとふ」とは身につける、衣服を着るという意味で、「菊の花が光の衣を身につけているようだ」ということになります。

 

また、「おのがひかり」は自分自身の光、自分自身が放つ光ということ。

 

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ひっそり咲く冬菊の花の他に見るものとてなく、寂しげながらも凛とした様子をほのかに光っているかのように見て取ったということです。

 

この句が生まれた背景

この句は、水原秋桜子が昭和23年(1948年)に詠んだ句です。

 

水原秋桜子は、昭和20年春、戦禍を避けて八王子に移住。八王子で数年を過ごすこととなりましたが、その時の作品になります。

 

当時、秋桜子は八王子の住まいの近隣の人から分けてもらった菊を庭に植えて楽しんでいました。

 

その年の立冬が過ぎた頃、たくさんの花は枯れている一方で、黄色や白の小菊だけが枯れずに残っていました。

 

白い菊は白い光、黄色い菊は黄色い光をはなつのみ、寂しくも凛と澄み透っている様子に秋桜子は心を動かされ、この句を詠んだとされています。

 

この句は、句集「霜林」に収録されていますが、この句と一緒に「冬菊は暮光に金の華をのべ」(冬菊は暮かかる夕日のなかで金色の花を咲かせていることよ。)という句が収録されています。

 

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どちらも花をいとおしむ気持ちがひしひしと伝わってきます。

 

「冬菊のまとふはおのがひかりのみ」の表現技法

句切れなし

一つの句の中でリズム・意味の上で切れるところを句切れと言います。

 

言い切りの形になっているところ、つまり普通の文であれば句点「。」がつくようなところや、切れ字のあるところで句切られます。

(※切れ字とは、感動や詠嘆を表す言葉で、「かな」「や」「けり」などが代表的)

 

もちろん、句の中には句切れがないものもあり、この句も句切れはありません。

 

このような場合を「句切れなし」と呼びます。

 

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一筆書きで描いた一枚の絵のような印象の句です。

 

「おのがひかり」の暗喩

暗喩とは、比喩、たとえの表現の一種です。

 

「~のような」「~のごとし」などのような、比喩であることがはっきりわかるような書き方ではなく、たとえるものを直接結びつけ、言い切るように表現した比喩です。

 

「彼女は彼にとって太陽のような存在だ。」と「ような」を使ってたとえる表現は直喩、明喩といい、「彼女は彼の太陽だ。」と「ような」を使わずに直接言い切るたとえ方を暗喩といいます。明喩よりも暗喩の方が強い印象を与えます。

 

この句の「おのがひかり」は「冬菊」自身が発している光、というくらいの意味です。

 

本当に菊の花が発光するのではなく、まるで光っているかのように見える、ということなのですが、「~のようだ」にあたる比喩とわかる言葉を用いずに暗喩で表現しています。

 

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冬菊の端然とした佇まいが伝わってきます。

 

擬人法

擬人法とは、人ではないものを人にたとえて表現する表現技法のことです。

 

この句では、「冬菊」を人にたとえています。

 

「冬菊」が「ひかり」を「まとふ」、つまり、「冬菊が光を身に着けている」という表現になっています。

 

菊の花が本当に服を着ているわけではなく、菊の花が光って見える様子を花が光でできた衣服を着ているかのような言い回しにしているのです。

 

擬人法を使うことで、冬菊の凛とした強さを印象的に表現しています。

 

ひらがなの多用

「冬菊やまとふはおのがひかりのみ」、「冬菊」以外はすべてひらがなで表記されています。

 

作者の見た咲き残った菊の花は茎も細く、かぼそくも見えたでしょう。差すのは冬の弱い日光、冬枯れの庭が広がっています。

 

作者は、咲く冬菊が放つ光を見出していますが、これはギラギラした強いものではありません。

 

ほんのりとやさしい光を帯びた花、かぼそくもしなやかな草姿・花の温もりを、ひらがなを多用した表記で表現しているのです。

 

「冬菊のまとふはおのがひかりのみ」の鑑賞文

 

【冬菊のまとふはおのがひかりのみ】は、冬菊が自ら光を放つようにして凛として咲いている様子を詠みこんだ句です。

 

冬枯れの庭で花と言えば冬を迎えても咲き残った冬菊。けっして派手に咲き誇っているのではありません。

 

菊だけが残っている様に、むしろ寂しさをもよおす光景です。

 

それでも、冬菊がすっと茎をのばし、凛とした花を咲かせている様は、弱々しい日の光に照らされているというよりもむしろ自ら光を発しているかのように見えたのでしょう。

 

花の命は儚いともいいますが、ほかの花が絶えても冬の寒さに負けることなく咲き続ける冬菊は、しなやかでしたたかな生命力を感じさせます。

 

この時、秋桜子は昭和20年の東京大空襲によって、神田にあった病院(秋桜子は病院を経営する医師でもありました)を焼かれ、疎開する形で八王子に仮寓する身でした。

 

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冬枯れの寂しさの中で派手さはなくとも凛と咲く菊の姿に、苦境を生き抜こうとしている自分の姿を重ねていたのかもしれません。

 

「冬菊のまとふはおのがひかりのみ」の補足情報

冬菊の特徴

冬菊は、その名の通り冬に咲く菊の総称です。寒菊とも呼ばれ、晩秋から冬にかけて彩りの少なくなる庭やベランダを明るく彩ってくれます。

 

特に秋に盛りを迎える菊の中でも、冬になっても咲き残るものや、12月から1月にかけて開花する品種を指すことが多いです。

 

花は比較的小ぶりで、色は黄色、白、紅色などがあります。「霜見草」「雪見草」「のこり草」といった風情のある別名も持っています。

 

冬菊や寒菊として流通しているものには、日本に自生するシマカンギク(アブラギク)を改良した園芸品種が多く見られます。

 

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品種は多様で、一輪咲きで見ごたえのある「大菊」から、飾りやすい「小菊」、花弁が重なる「八重菊」、毬のような形が愛らしい「ポンポン菊」など、様々な咲き方や色のものがあります。

 

冬菊/寒菊に関するほかの有名俳句

冬菊は、秋の菊と比べてめずらしい季題です。ほかの俳人はどのように詠んでいるのでしょうか。

 

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ここでは、「冬菊/寒菊」に関する有名俳句を4句紹介していきます。

 

【No.1】星野立子

「寒菊に ふれし箒(ほうき)を かるく引き」

季語:寒菊(冬)

意味:寒菊に触れた箒を軽く引いて戻す。

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庭の掃除をしていた時に、ひっそりと咲いていた寒菊の花にうっかり箒を引っかけてしまった様子を詠んだ句です。咲いている寒菊を散らさないように、軽く引いてそっと箒を離している様子が目に浮かびます。

 

【No.2】柴田白葉女

「冬菊の 目立たず咲きて 咲き保つ」

季語:冬菊(冬)

意味:冬菊は目立たないように咲いて、花が咲いているのを保っている。

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「咲く」を2回繰り返すことによって、目立たないように咲いていても誇り高く花を咲かせている様子を詠んでいます。どのような小さい花でも、冬を彩る花として凛と咲いていたのでしょう。

 

【No.3】高澤良一

「冬菊を いとほしむ眼を 誰もせり」

季語:冬菊(冬)

意味:咲いている冬菊の花を愛おしむ目を誰もがしている。

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冬菊を見る人々の目が、愛おしいものを見ている様子を詠んだ句です。多くの花が枯れて葉も落ちていく冬の風景の中で、ひっそりと咲きながら色彩を与えてくれるひたむきな冬菊を誰もが好んでいるようだと感じる表現になっています。

 

【No.4】高浜虚子

「寒菊や 年々同じ 庭の隈」

季語:寒菊(冬)

意味:寒菊が咲いているなぁ。毎年同じように庭の隅に咲いている。

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寒菊が咲いている様子を見て、毎年のように庭の隅に咲いていたことを思い出している一句です。変わらず毎年咲き続ける寒菊の健気さに心を打たれている様子が「寒菊や」の切れ字から伝わってきます。

 

作者「水原秋桜子」の生涯を簡単に紹介!

(1948年の水原秋桜子 出典:Wikipedia

 

水原秋桜子、秋桜子は秋櫻子とも記されることのある雅号です。

 

本名は水原豊、明治25年(1892年)に生まれ、大正期から昭和にかけて活躍した俳人・歌人です。

 

医学を志す学生時代に俳句を知り、松根東洋城、高浜虚子らに師事することとなりました。

 

その一方で医師として家業である病院を継ぎ、医科大学で教鞭をとるなど、医学博士としても業績を残しました。

 

高浜虚子率いるホトトギス派の中でも気鋭の俳人の一人と目され、ホトトギス派の隆盛に一役買います。

 

しかし、虚子らの作句の姿勢と異なってきて虚子にも批判され、自らも反論しホトトギスを去ることとなります。

 

ホトトギス派とは違う俳句を模索する俳人たちと新興俳句運動を展開し、新たな潮流を生むこととなりました。

 

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昭和56年(1981年)東京都杉並区で88歳の生涯を閉じました。

 

水原秋桜子のそのほかの俳句