【まさをなる空よりしだれざくらかな】俳句の季語や意味・表現技法・鑑賞文・作者など徹底解説!!

 

五・七・五の十七音で四季の美しさや心情を詠みあげる「俳句」。

 

中学校や高校の国語の授業でも取り上げられ、なじみのある句も多くあることでしょう。

 

今回は、数ある名句の中から「まさをなる空よりしだれざくらかな」という富安風生の句をご紹介します。

 

 

 

本記事は、「まさをなる空よりしだれざくらかな」の季語や意味・表現技法・鑑賞文・作者について徹底解説していきますので、ぜひ参考にしてみてください。

 

「まさをなる空よりしだれざくらかな」の作者や季語・意味

 

まさをなる 空よりしだれ ざくらかな

(読み方:まさをなる そらよりしだれ ざくらかな)

 

こちらの句の作者は「富安風生」です。

 

大正から昭和にかけて活躍した俳人の一人です。

 

季語

こちらの句の季語は「しだれざくら」、春の季語です。

 

桜の花が春の風物として愛されているのは言うまでもありませんが、桜にもいろいろあります。

 

「しだれざくら」は漢字で書くと「枝垂桜」、枝が下垂してのび、花を咲かせます。

 

花が滝の流れのようにも見え、上に上に枝を伸ばす桜とはまた違った趣のある桜です。

 

意味

こちらの句を現代語訳すると・・・

 

「まっさおな空から、枝垂桜が垂れ下がって咲いている。」

 

という意味になります。

 

この句の生まれた背景

こちらの句は、昭和15(1940)に刊行された「松籟(しょうらい)」所収の句です。

 

富安風生が千葉県市川市の弘法寺(ぐほうじ)にある、樹齢400年の桜を見て詠んだ句だと言われています。

 

弘法寺には、この句の句碑も建てられています。

 

「まさをなる空よりしだれざくらかな」の表現技法

(弘法寺にある樹齢400年の桜 出典:Wikipedia

 

こちらの句で用いられている表現技法は・・・

 

  • 切れ字「かな」句切れなし
  • 「そら」と「しだれざくら」の対比
  • 「そらよりしだれざくら」の省略

     

    になります。

     

    切れ字「かな」(句切れなし)

    俳句には、切れ字というものがよく使われます。

     

    感動の中心を表す言葉で、「かな」「や」「けり」などがその代表的なものです。「…だなあ」というくらいの意味です。

     

    この句では、「しだれざくらかな」の「かな」が切れ字に当たります。

     

    作者は見事なしだれざくらに感動してこの句を詠んだことが分かります。

     

    また、この句は最後に「しだれざくらかな」としめるので、途中で切れるところはありません。そのため、この句は「句切れなし」の句となります。

     

    「そら」と「しだれざくら」の対比

    対比とは、複数のものを並べてその共通点や相違点を比べ、それぞれの特性を一層際立たせて印象的に表現する方法です。

     

    この句では「まさおなる空(青く、高く広がる空)」と「しだれざくら(淡い桜色で枝垂れる桜)」が対比されています。

     

    広々と晴れやかで、色彩イメージも豊かな句となっています。

     

    「空よりしだれざくらかな」の省略

    省略とは、本来なら入るべき言葉を省略して印象的を強める技法のことです。

     

    「空よりしだれざくら」という部分は、文法的には「空より枝垂れてきている、しだれざくら」、「空より垂れてくる、しだれざくら」という意味になります。

     

    しかし、「しだれざくら」という名詞の一部の「しだれ=枝垂れ」に、「枝垂れてきている、垂れてくる」という動詞としての働きも求めています。

     

    字数の限られた俳句だからこそ、思い切って省略しているのです。

     

    天から桜の枝が伸びてきているような、見事な枝垂桜が目に浮かびます。

     

    「まさをなる空よりしだれざくらかな」の鑑賞文

     

    【まさをなる空よりしだれざくらかな】の句は、春の桜の美しさを素直に詠みこんだ句となっています。

     

    作者の視点は一度「まさおなるそら」、天に上ります。そしてみごとに花開いた「しだれざくら」の枝を伝わるようにすっと降りてきます。

     

    青い空に映える桜の花、まるで青い空のかなたからスッと枝をおろしてきたような大木の桜なのでしょう。

     

    ひらがなが多用されているところも、春の日のやさしい陽光や、穏やかな風を思わせ、やわらかな印象を与えます。

     

    天から伸びてくるような桜と青空の構図が印象的な上に、しだれざくらのみに焦点を当てて詠み切っているところがシンプルな句と言えます。

     

    作者「富安風生」の生涯を簡単にご紹介!

    富安風生(とみやすふうせい)は明治18年(1885年)愛知県に生まれました。本名は謙次といいます。

     

     

    逓信省(かつて日本の郵便や通信を司っていた機関)に勤める官吏として働きながら、大正から昭和にかけて句を詠み続けた俳人です。

     

    高浜虚子に師事し、逓信省の俳誌「若葉」を主宰しました。作風は温和で、穏やかな句を詠む俳人として知られました。

     

    94歳の長寿を保ち、多くの後進を育て、昭和54年(1979年)永眠しました。

     

    富安風生のそのほかの俳句

    (富安風生句碑 出典:Wikipedia

     

    • 門松やあひだあひだの枯柳
    • 廂より垂れたる松の初雀
    • 蓬莱を掛けてアトリエ新しく
    • 春著かな両手に抱いて重き袖
    • 初富士を漁師の中に拝みけり
    • 国許の母が来て居て二の替
    • 初富士の大きかりける汀かな
    • 獅子舞の大きな門をはひりけり
    • 松立てゝ漂うてをる小舟かな
    • 腕きゝの若手揃ひの二の替
    • 渡守正月の靴を穿いてみし
    • 道の辺や羽子沈みゐる芹の水
    • 羽子板や母が贔屓の歌右衛門
    • 出初式梯子の空の上天気
    • 鯨船松飾してかかりをり
    • うらじろの剪りこぼれをる山路かな
    • 万歳の三河の国へ帰省かな
    • 初富士や茶山にかくれなし
    • 島田髷結ひ馴らすなり福寿草