人は人生の中で、多くの「別れと旅立ち」を経験するものです。
俳句には、「別れと旅立ち」を詠ったものが多くあります。
行春や 鳥啼魚の 目は泪
松尾芭蕉が奥の細道の旅に出た日。 pic.twitter.com/bBlud8HfO1
— 根岸晴子 (@HARUKONEGISHI) May 16, 2021
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今回は、「別れ&旅立ち」を詠った俳句を30句紹介していきます。
「別れ&旅立ち」に関する有名俳句【15選】
【NO.1】大高翔
『 春の窓 ふいて故郷に 別れを告ぐ 』
季語:春(春)
意味:春の窓を拭いて、故郷に別れを告げる。
作者は、故郷を離れ新しい土地へ向かいます。
見送る人が手を振る中、曇る「春の窓」を拭って故郷へ別れを告げたのでしょう。
「春の窓」の語が、新しい生活へ旅立つ作者の強い思いを感じさせます。
【NO.2】中山世一
『 時の来て 朴(ほお)と涼しき 別れかな 』
季語:涼し(夏)
意味:時が来て朴の木と涼しい別れであることだ。
「朴(ほお)」とは、「ホオノキ」のことです。
「時の来て」からは、「もう決まってしまった逃れられない別れと」いうイメージが伝わってきます。「別れ」は、色々な気持ちが交錯するものですが、この句は「涼しき別れ」とすることで、旅立つ人と重い別れでなく「さらりと涼し気に別れたい」、という作者の願望が伝わります。
【NO.3】星野立子
『 たはむれに ハンカチ振って 別れけり 』
季語:ハンカチ(夏)
意味:戯れで、ハンカチを振って別れたことだ。
「戯れ(たわむれ)」とは、面白がって遊ぶことをいいます。
「ハンカチ」を振って別れる、という映画のワンシーンのような句です。
「別れ」が恋人との別れなのか、女同士でふざけながら別れているのか、詠み手に様々な別れを想像させます。
【NO.4】泉田秋硯
『 空港の 別れその後の ソーダ水 』
季語:ソーダ水(夏)
意味:空港で別れ、その後に飲んだソーダ水。
「別れ」と「ソーダ水」の取り合わせが印象的な句です。
空港に見送りに行く程親しい人と別れた作者は、空港にある喫茶店で「ソーダ水」を飲んでいます。
無意識に、「ソーダ水」で別れの切なさを紛らわしているのでしょうか。
別れの寂しさに浸りながら、旅立った者の幸運とまた出会えることを祈っているように感じられます。
【NO.5】松尾芭蕉
『 行く春や 鳥啼き(なき)魚の 目は泪(なみだ) 』
季語:行く春(夏)
意味:過ぎ去ろうとする春よ、鳥は鳴き魚の目には涙が浮かんでいる。私の心にも別れの悲しみが溢れている。
この句は、松尾芭蕉が「奥の細道」へと旅立つ前、当時住んでいた江戸の千十で見送ってくれる人々との別れを詠ったものです。
「鳥啼き魚の目は泪」とあり、鳥や魚、そして別れの場に集まっていた全ての人々が別れの涙に暮れている場面です。旅立つ松尾芭蕉は、当時ではすでに高齢の年齢であり、再び千十の地に戻ってくることができるかわからない、決死の覚悟の別れなのです。
「行く春や」という、過ぎ去ろうとする春を意味する季語に切れ字「や」を用いることで、別れを惜しむ芭蕉や人々の姿が印象的に伝わってきます。
【NO.6】楚良
『 行く春や 一期一会の 旅烏(たびがらす) 』
季語:行く春(春)
意味:過ぎ去ろうとする春よ、生涯でたった一度の出会いに飛ぶ旅烏であることだ。
この句は、前掲の芭蕉の句に、楚良が返したものです。
杜甫の詩「春望」の一節に、「時に感じては花にも涙をそそぎ、別れを恨んで鳥にも心を驚かす」(訳:戦乱で荒廃した世に時の流れを感じて、咲いてまた散る花にも涙を流し、つらい別れを思い飛ぶ鳥にも心が居たくなる)があります。
荒廃してしまった世の移り変わりに、杜甫が深く嘆いた詩ですが、楚良の句はこの杜甫の詩を彷彿とさせます。
楚良は、芭蕉と共に旅立ちますが、もう二度と会うことができないかもしれない、友人たちとの今生の別れを詠いながらも、その旅立ちに幸運が訪れることを祈っているのです。
【NO.7】原田青児
『 別れとは 手を挙げること 鰯雲(いわしぐも) 』
季語:鰯雲(秋)
意味:別れとは、鰯雲の下で高々と手を挙げることだ。
「鰯雲」とは、鰯のむれのように浮かび空に広がる秋の雲のことです。
「旅立つ」人を見送る際、人は手を振る・抱き合う・互いに握手するなどをして別れを惜しみます。作者は、「手を挙げる」としました。
旅立つ人が見えなくなるまで、作者は高く手を挙げ大きく腕を左右に振っているのでしょう。「鰯雲」が浮かぶ秋の空の下の、別れの情景です。
【NO.8】橋本多佳子
『 木の実落つ 別れの言葉 短くも 』
季語:木の実落つ(秋)
意味:木の実が落ちる、別れの言葉を短くも。
この句は、倒置法という文の順序を逆にする方法を用い、「短くも」で終わることで句に余韻を残しています。
「も」は語を強調する効果のある副助詞です。
「木の実」が落ちるのは、ほんの一瞬。その一瞬のように短い別れの言葉を、作者は旅立つ人から告げられたのでしょう。
思ってもいなかった「別れ」に呆然とする作者の様子が伝わってきます。
【NO.9】岩田由美
『 卒業歌 ぴたりと止みて 後は風 』
季語:卒業(春)
意味:卒業歌がぴたりと止んで、後は風が吹くのみだ。
卒業式の最後に歌われる、卒業歌。この歌が終わると、卒業生は満場の拍手の中退場し、それぞれの未来へと旅立ってゆくのです。
卒業生達が去った、会場には静寂が訪れます。「後は風」の五文字がそのワンシーンを印象づけています。
【NO.10】中村草田男
『 校塔に 鳩多き日や 卒業す 』
季語:卒業(春)
意味:卒業式の当日に、校塔をあらためて見上げてみると鳩が多く空を飛んでいることだ。
この句は、草田男が、東京帝国大学(現東京大学)を卒業した時のことを詠ったものです。「校塔」は、大学にある安田講堂とされます。
在学中、日常的にあった「校塔」を卒業式の日に見上げると、様々な思いが草田男の胸にこみあげてきたのでしょう。
8年という長い時間を大学ですごした草田男。卒業を祝うように、鳩が空を飛んでいます。
別れの寂しさとともに、自分の将来へ胸を弾ませて旅立つ草田男の姿が目に浮かんできます。
【NO.11】松尾芭蕉
『 今日よりや 書付消さん 笠の露 』
季語:露(秋)
意味:今日からは「同行二人」という書付を消さなければいけない、笠に溜まったこの露で。
この句は『おくのほそ道』の旅の最中に、病気になった弟子の曽良と別れた翌日に詠まれたものです。2人旅をしているという意味を込めた「同行二人」という笠の文字を消さなければと詠んでいますが、「露」は朝露と芭蕉の流した涙の両方に掛かっています。
【NO.12】松尾芭蕉
『 蛤の ふたみにわかれ 行く秋ぞ 』
季語:行く秋(秋)
意味:ハマグリが二つの身に分かれるように、私も二見浦に向かって別れる秋の終わりだ。
この句は「二身」と「二見浦」が掛かっている句です。ハマグリは貝合わせに使われるほど綺麗に殻が割れる貝で、そのハマグリの「ふたみ」のように私は「二見浦」に行くのだと詠んでいます。芭蕉は『おくのほそ道』の旅を終えて二見浦を経て伊勢神宮へとさらに旅を続けていきませ。
【NO.13】河合曽良
『 行き行きて 倒れ伏すとも 萩の原 』
季語:萩(秋)
意味:行ける所まで行って、倒れてしまっても萩の花の咲く野原ならばそれで良い。
おくのほそ道』の旅から脱落した曽良が翌日に詠んだ句です。師匠と別れて病を抱えたまま歩く曽良は、このまま倒れてしまうことも覚悟の上だったのでしょう。それでも倒れるなら萩の花が咲く場所が良いという、芭蕉の弟子ならではの句になっています。
【NO.14】正岡子規
『 いさましく 別れてのちの 秋の暮 』
季語:秋の暮(秋)
意味:勇ましく別れた後の秋の暮れだ。
友人同士の集まりで「またな!」と勇ましく別れたはいいものの、秋の暮れを見ているとどこか寂しくなってくるという一句です。「いさましく」と「暮れ」から受けるイメージが真逆であることが、別れの後の寂しさをより一層際立たせています。
【NO.15】種田山頭火
『 また見ることもない山が遠ざかる 』
季語:無季
意味:また見ることもない山が遠ざかっていく。
この句は人を山に例えて、もう会うことの無いだろう人達が遠ざかっていくという「一期一会」の意味であるとも言われています。二度と会わない人や風景を見ながら作者は放浪の旅を続けていきました。
「別れ&旅立ち」に関する一般俳句作品【15選】
【NO.1】
『 あたらしい じぶんとともに あゆんでく 』
季語:なし
小学生が詠んだ句です。卒業し、中学へと進む作者。
「あたらしいじぶん」「あゆんでく」の語が、中学生活へ胸膨らませる作者の気持ちを伝えています。
【NO.2】
『 残雪の 富士に一礼 卒業す 』
季語:残雪(春)/卒業(春)
大学生が詠んだ句です。「富士」を見ながら大学へと通った日々は、終わりを迎えました。作者は「富士」から、常に見守られているような気持ちがしていたのでしょうか。
「富士に一礼」と富士への敬意から、清らかな別れと旅立ちへの決意が伝わってきます。
【NO.3】
『 春眠の 覚めて夫居ぬ 世に戻り 』
季語:春眠(春)
「春眠」とは、「春の夜の眠りごこちのよい夜」のことです。
夫に先立たれた作者は、春眠で夫の夢を見ていたのでしょうか。春眠から覚めると、夫がいないこの世に戻ってきたと実感するのです。
夫との別れを乗り越え、新たな人生へと踏み出そうとする作者の姿が思い描かされます。
【NO.4】
『 白線を 流して青き 春惜しむ 』
季語:春(春)
この句は、「白線流し」と呼ばれるものを詠ったものです。
「白線流し」は、岐阜県にある高校で行われている行事です。
卒業式の日に、卒業生たちが学帽の白線とセーラー服を一本に結びつけ、学校前の大八賀川に流します。
卒業生たちは、「白線流し」で永遠の友情を誓い、そして高校時代の様々な思いを込めるのです。
【NO.5】
『 桜咲く 最後のチャイム 時止まれ 』
季語:桜咲く(春)
卒業式の日に鳴る、最後のチャイム。
桜は卒業生たちの新な旅立ちを祝うように、満開に咲いています。
もう二度と戻ってくることはない学校での時間に、思わず「時止まれ」と作者は祈ったのでしょう。
【NO.6】
『 一輪を 部室に活けて 卒業す 』
季語:卒業(春)
卒業祝いに受け取った花束から、一輪を抜き部室の花瓶に活けた作者。
後輩や同級生、先生と過ごした思い出の部室とは、今日が最後なのです。
メッセージを添えることなく、「一輪の花」を部室に残した作者からは、新しい生活へ進む凛とした姿を感じさせられます。
【NO.7】
『 旅立ちに どこか寂しく 鳥の声 』
季語:なし
新しい生活へと旅立つ日、作者にはいつも聞こえている鳥の声が、なぜか今日は寂しく聞こえたのです。「別れ」と「旅立ち」の切なさを感じる句です。
【NO.8】
『 風吹けば 水面に一つ 傷がつく 』
季語:なし
作者が高校進学の際に詠んだ句です。
周りの景色を鏡のように美しく映し出す水面。
そこに風が吹くと、「傷がつく」ように水面に映った風景は壊れてしまうのです。
作者は、高校進学への悩みや不安、友との別れの悲しみをこの句に込めました。
「別れ」「旅立ち」の中で気持ちが揺れ動く、十代の気持ちを繊細に美しく表現した句です。
【NO.9】
『 卒業の 朝両親と 鍵かける 』
季語:卒業(春)
両親と卒業式へ向かう、朝の一コマを詠った句です。
「家に鍵をかける」その日常が、卒業式の日にはなぜか特別な思いがしたのでしょう。
「カチリ」と新しい未来への鍵を開ける音が、読み手にも聞こえてくるようです。
【NO.10】
『 旅立つ日 母の味噌汁 塩濃いめ 』
季語:なし
親元を離れる日に母が作ってくれた味噌汁は、いつもより塩味が濃いと感じた作者。
その塩は、旅立つ子への別れの寂しさを感じた母の涙なのかもしれません。
「別れ」の寂しさと「旅立ち」への希望が詠み手にも深く伝わってきます。
【NO.11】
『 遠雷や 気まずい別れ ありしこと 』
季語:遠雷(夏)
遠くで鳴った雷に、昔気まずい別れがあったことを思い出している一句です。気まずい別れのときもどこかで雷が鳴っていたのか、「そういえばあの時も…」と思い出しています。恋人同士だったのか、友達だったのか、含みを持たせている一句です。
【NO.12】
『 落椿 誰のせいでも ない別れ 』
季語:椿(春)
椿が花を落とすように、誰のせいでもない別れがあるのだと詠んでいます。椿は花びらが落ちるのではなく花ごと地面に落ちる花です。そのようなどうしようもない性質のように、この別れも誰のせいでもないのだと言い聞かせているような句になっています。
【NO.13】
『 猫の子も やがて親との 別れあり 』
季語:猫の子(春)
今は親猫に甘えている猫の子供も、やがて親と別れて独り立ちするのだと眺めている様子を詠んだ句です。猫と表現していますが人間にも同じことが言えるため、作者は猫に誰かを重ねていたのかもしれません。
【NO.14】
『 初恋は 机に置いて 卒業す 』
季語:卒業(春)
初恋を自分が座っていた机に置いて卒業しようという、片思いを終わりにした様子を詠んでいます。「机に置いて」とまるで教科書や筆記用具のように恋心を置く様子が、未練なく初恋を終わらせようとする前向きな姿勢を感じさせます。
【NO.15】
『 卒業歌 歌ひ終つて 日も暮れて 』
季語:卒業歌(春)
卒業式の歌を歌い終わって日が暮れて、お別れの時が来たと詠んでいます。卒業式は日が暮れるまでは行わないので、校庭などで友人と最後の別れを楽しんでいたのでしょう。それも日暮れを迎え、別れの時が来たと寂しげに詠んだ句です。
以上、「別れ&旅立ち」に関するオススメ俳句集でした!
今回は、別れ&旅立ちを詠んだ俳句 30選をご紹介しました。
親しい人との別れ、そして旅立ちを詠んだ句は多くあります。
「別れ」の寂しさ「旅立ち」への希望は、五七五という短い俳句の世界で、より色鮮やかに読み手に伝わってきます。
「別れ&旅立ち」の句は、自分自身の様々な記憶を思い出すきっかけを与えてくれるのです。
ぜひ、「別れ&旅立ち」の句を鑑賞して、その時の気持ちを感じてみてください。