俳句は難解で高尚な趣味…と敬遠されがちですが、実はとても身近で、誰もが簡単に始めることのできる文芸です。
俳句は、日常の情景や事柄、人々の感情と連動していますので、身の回りのことは全て俳句に詠むことができるといっても過言ではありません。
今回は、現代俳句の第一人者として有名な坪内稔典の作、「三月の甘納豆のうふふふふ」という句をご紹介します。
【1日朝日新聞朝刊 折々のことば 鷲田清一
3月の甘納豆のうふふふふ(坪内稔典)
俳句は日常生活の断片を刷毛で掃くようにさっと描く。
春はもうすぐそこ、と思うと、自然に顔がほころんでくる。それだけでいい、いや、それがいい。】 pic.twitter.com/lsAEoe1PKd
— あたる (@ataru_chan) February 29, 2016
本記事では、「三月の甘納豆のうふふふふ」の季語や意味・表現技法・鑑賞などについて徹底解説していきますので、ぜひ参考にしてみてください。
目次
「三月の甘納豆のうふふふふ」の季語や意味・特徴
三月の 甘納豆の うふふふふ
(読み方:さんがつの あまなっとうの うふふふふ)
この句の作者は、現代俳句の第一人者として有名な「坪内稔典(つぼうちとしのり)」です。
国語の教科書でも紹介されているこちらの句は、稔典氏の代表的な作品として知られています。
季語
こちらの句の季語は「三月」で、季節は「春」を表します。
「三月」の世界観を「甘納豆」を通して見事に表現した一句であるといえます。
ちなみに、坪内稔典は甘納豆に相当のこだわりをもっていたのか、「三月」に限らず12か月ある各月に「甘納豆」を題材とする句を詠んでいます。(※「甘納豆十二句」と呼ばれています)
甘納豆十二句
- 一月の甘納豆はやせてます
- 二月には甘納豆と坂下る
- 三月の甘納豆のうふふふふ
- 四月には死んだまねする甘納豆
- 五月来て困ってしまう甘納豆
- 甘納豆六月ごろにはごろついて
- 腰を病む甘納豆も七月も
- 八月の嘘と親しむ甘納豆
- ほろほろと生きる九月の甘納豆
- 十月の男女はみんな甘納豆
- 河馬を呼ぶ十一月の甘納豆
- 十二月をどうするどうする甘納豆
意味
この句を現代語訳すると・・・
「寒さが緩むある三月の日、春の陽気につい誘われて、甘納豆をいくつか口にほおばると、甘味がトロッと口の中に広がり、思わず笑みがこぼれるよ。」
といった意味になります。
「三月の甘納豆のうふふふふ」は坪内稔典の代表作で、作者自身、12句ある甘納豆の句の中でもこの「三月の甘納豆」の句がお気に入りとのことです。
特徴
この句は作者である坪内稔典のセンスが関係しています。
作者は下記2点を俳句の本質であるというスタンスで創作をしています。
- 口誦(こうしょう)性・・・簡単におぼえてどこででも口にできること
- 片言(かたこと)性・・・短い言葉ではあるがその意味するところは深く広く簡単には言い尽くせないこと
そして、坪内氏は多様な解釈が成り立ち、言葉が複層的に意味を持って豊かに展開することを良しとしています。
甘納豆を詠んだ句は1月から12月まであり「甘納豆十二句」と呼ばれ、「三月の甘納豆のうふふふふ」は、文字通り3月の句です。
坪内稔典は遊び心のある俳人で、わずか17音という超短詩形である俳句の限界を逆手に取り、俳句の解釈はいくらでも広がり、想像力を自由に羽ばたかせて詠んだということをこの句を通して教えてくれているのではないかと思います。
「三月の甘納豆のうふふふふ」の表現技法
「うふふふふ」という表現
「うふふふふ」という音声を活字化したところに、作者の思い切りの良さが感じられます。
既成の俳句概念を打ち破り、素直に音声をそのまま俳句に持ち込んだところに、坪内稔典のセンスが感じられます。
「うふふふふ」という名詞ともとらえられる表現で終わらせることで、それ以上の説明を省き、余韻の効果を持たせています。
「三月の甘納豆のうふふふふ」の鑑賞文
「甘納豆」と「うふふふふ」の取り合わせが読者の想像をかき立て、子どもや女性は「かわいらしい」と捉え、男性や中年のおじさま方の中には「エロチック」と感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか?
この句は、やさし気な見かけとは裏腹に読者に謎を投げかけているのです。
なんだかわくわく、思わず「うふふふふ」となってしまう、その正体がつかめず、不思議な余韻を残します。だからこそ、印象深く頭に残ってしまうといった効果があるといえます。
あえて17文字で打ち切り、三月の感覚や甘納豆の優しい甘さ、そして「うふふふふ」といった気持ちの解釈を読者に委ねたのではないでしょうか?
つい「うふふふふ」と笑ってしまうのか、甘納豆が「うふふふふ」と笑っているように見えるのか、「うふふふふ」の捉え方は人それぞれ違ったものになることでしょう。
しかし、いずれの場合であっても、この「三月の甘納豆のうふふふふ」は、人の心をほっこり和ませてくれる優しい句であることに違いはありません。
俳句の優れた実作者であり、鑑賞者でもある坪内稔典だからこその発想だといえる一句です。
作者「坪内稔典」の生涯を簡単にご紹介!
【市民に親しまれる柿衞文庫へ 伊丹大使の坪内稔典さん(広報伊丹2019年1月1日号掲載)】
伊丹大使で俳人の坪内稔典さん(74歳)が昨年7月、柿衞文庫の理事長に就任しました。
続きはこちら・・・https://t.co/2MRJ489Vcr pic.twitter.com/O3R21ktD4O
— 伊丹市広報課 (@Itami_city_PR) December 28, 2018
坪内稔典(つぼうちとしのり、俳号では「ねんてん」と読みます)は、1944年に愛媛県西宇和島郡で生まれた俳人で、高校時代から俳誌『青玄』に投句していたといわれています。
立命館大学文学部日本文学科に進学した稔典は、学生結婚を機に本格的に正岡子規の研究を始めます。
稔典は、子規の友人で俳人でもあった夏目漱石に関する研究者でも知られ、『俳人漱石』(岩波新書2003年)では、漱石の残した俳句から100句を厳選し、各句について背景や評価を記述しています。
2000年には京都府文化賞功労賞を受賞し、2001年には第9句集『月光の音』で第7回中新田俳句大賞スウェーデン賞を受賞。現在は京都教育大学教授を務めています。
一見ナンセンスに見える作風が特徴ですが、わずか17音という限られた音だからこそ、読み手から多様な解釈を誘い出し、そうすることで言葉の多義性を発揮できると考えています。
軽快で憶えやすいリズムを持つ句を数多く残しています。
〝三月の 甘納豆の うふふふふ〟など、ユニークな句で知られる愛媛出身の俳人・坪内稔典氏の講座へ
子規、漱石生誕150年にあたる今年、それは近代文学の萌芽の記念年。愛媛国体があり〝武〟に注目がいくが、二人ゆかりの学校を卒業した者として、近代、愛媛…〝文〟を見つめ直す一年にしたい📖 pic.twitter.com/OnGJpacNhn
— 翻訳ライター🖋 瀬戸内魂🔥 (@ZzrHenroBBeagle) January 14, 2017
坪内稔典のそのほかの俳句
- がんばるわなんて言うなよ草の花
- たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ
- 春の風ルンルンけんけんあんぽんたん
- 晩夏晩年角川文庫蝿叩き
- 水中の河馬が燃えます牡丹雪
- 魚くさい路地の日だまり母縮む
- びわは水人間も水びわ食べる