俳句は五七五の十七音に季節を表す季語を詠み込んで表現される詩です。
さまざまな季語や技法により風景や心情が鮮やかに描き出されています。
今回は、昭和から平成にかけて活躍した俳人「上村占魚(うえむら せんぎょ)」の有名俳句を20句紹介します。
墓掃除してきた。井戸水がひんやり。上村占魚の「むさし野の秋は白雲よりととのふ」という、今日にぴったりの句碑。 pic.twitter.com/FxhsfQs9WT
— 栗山 心 (@kuriyamakokoro) September 18, 2014
上村占魚の人物像や作風
上村占魚(うえむら せんぎょ)は、半生があまり知られていない俳人の1人です。
上村占魚(本名:武喜)は、1920年(大正9年)に熊本県人吉に生まれ、中学のときに俳句を始めました。その後、東京芸術大学の前身である東京美術学校に入学。漆芸を学びつつ、「ホトトギス」へ投句をはじめ高浜虚子や松本たかしに師事しました。
卒業後は群馬県立富岡高等女学校の図画教師となるも、校長と方針が合わずに1年で退職しています。1949年に自身が主宰をつとめる「みそさざい」を創刊、1959年に高浜虚子が亡くなると「ホトトギス」を離脱します。
上村占魚は旅と酒をこよなく愛し、川端康成や斎藤茂吉、吉野秀雄など多くの人と交流を深めました。俳句だけでなく随筆や書、作陶など他の芸術文化にも優れていましたが、1996年(平成8年)に亡くなっています。
ひといろの火のゆらぎをる榾の宿
上村 占魚 pic.twitter.com/LgPuZHiDU6— 沈兎 (@kmq_yu) December 17, 2017
上村占魚の作風は、高浜虚子以来の「徹底写生 創意工夫」を貫きました。
上村占魚の有名俳句・代表作【20選】
【NO.1】
『 本丸に 立てば二の丸 花の中 』
季語:花(春)
意味:本丸に立てば二の丸は花の中に埋もれるようだ。
この句で詠まれている「本丸」とは熊本県の人吉城址です。人吉城は天守閣を持たない平山の城で、現在は塀や櫓が復元されて公園として整備されています。
【NO.2】
『 春の水 光琳(こうりん)模様 ゑがきつつ 』
季語:春の水(春)
意味:春の水が光琳模様を描いているようだ。
「光琳模様」とは尾崎光琳の画風のように見える模様のことで、単純化しつつも流麗な線で花や水の模様を描くものです。川の流れが春の日の光を受けて美しい模様を描いています。
【NO.3】
『 木の芽和(めあえ) この頃朝の 食すすむ 』
季語:木の芽和(春)
意味:木の芽和えがおいしい。この頃の朝は食が進む。
「木の芽和え」とは山椒の若芽をすり潰し、白味噌で貝やタケノコと和えた料理です。ピリッとした辛さが朝から食欲をそそるのでしょう。
【NO.4】
『 種浸す ありけるわざを いまになほ 』
季語:種浸す(春)
意味:種を水に浸す。昔からあった技術を今もなお受け継いでいるのだ。
「種浸す」とは苗代に蒔く籾種を俵などに入れたまま水に浸す作業の事です。日本の稲作は基本的な作業は昔から変わっていないとされているため、「ありける」と昔からの習慣であることを暗示しています。
【NO.5】
『 春愁(しゅんしゅう)や 鳴くこと知らぬ 石の犬 』
季語:春愁(春)
意味:春の長閑な日に感じる愁いよ。鳴くことを知らない石の犬がより一層愁いを深める。
ここで詠まれている石の犬は狛犬のことでしょう。春の新緑が美しい神社で物思いにふける作者の姿が見えてくる一句です。
【NO.6】
『 米の香の 球磨(くま)焼酎を 愛し酌む 』
季語:焼酎(夏)
意味:米の香りがただよう球磨の焼酎を愛して飲むのだ。
作者はお酒好きで知られていました。「球磨」とは熊本県の南東部に位置する地域で、米焼酎の代表的な地域として有名です。
【NO.7】
『 わが里は 球磨の人吉(ひとよし) 鮎どころ 』
季語:鮎(夏)
意味:我が里は球磨の人吉、アユが有名なところだ。
球磨川はアユが多くいる清流としても知られていて、アユが良くとれます。夏になって鮎釣りが解禁されると多くの釣り人が集まるまさに「鮎どころ」です。
【NO.8】
『 ねんごろに 恋のいのちの 髪洗ふ 』
季語:髪洗ふ(夏)
意味:心を込めて恋の命の髪を洗う。
恋をしている少女が「女の命」とも呼ばれる髪を丁寧に洗っている様子が浮かんできます。恋をしている相手と会う前日の描写でしょうか。
【NO.9】
『 章魚(たこ)沈む そのとき海の 色をして 』
季語:章魚(夏)
意味:タコが沈む時は、海の色とそっくりな色になる。
最近は見かけませんが、「章魚」と書いてタコと読みます。タコは赤いイメージがありますが、海中では周囲の色と同じ色に擬態することで知られている生物です。
【NO.10】
『 さみしさの 昼寝の腕の 置きどころ 』
季語:昼寝(夏)
意味:1人さみしく眠っている。昼寝の腕の置きどころがない。
昼寝をしていたら家族は出かけていて家で1人きりになっていた、という経験がある人もいるでしょう。腕の置き場所に困るほど1人では落ち着かない様子を詠んでいます。
【NO.11】
『 月の庭 子の寝しあとの 子守唄 』
季語:月(秋)
意味:月が照らし出している庭に、子供が寝付いたあともなお子守唄が聞こえてくる。
涼しい秋の夜に窓を開けて月が照らす庭を見ていたところ、子供に歌っている子守唄が聞こえてきた幻想的な雰囲気の一句です。完全に寝付いたあとも歌い続ける親の愛情を感じます。
【NO.12】
『 大いなる 里の団子や 秋まつり 』
季語:秋まつり(秋)
意味:大いなる里の団子だ。今日は秋祭りの日である。
秋の祭りには団子がかかせません。「大いなる」と詠まれていることで神事のために作られた団子だとわかると同時に、大きさもかなりあったのではないかなどの想像が広がります。
【NO.13】
『 白萩の つめたく夕日 こぼしけり 』
季語:白萩(秋)
意味:白萩の花が冷たく夕日の光をこぼしている。
白萩は8月から9月にかけて咲く白い花です。オレンジ色の夕日に照らされても「つめたく」と感じるほど白い花の色が目立っている様子が伺えます。
【NO.14】
『 友死すと 掲示してあり 休暇明 』
季語:休暇明(秋)
意味:友が死んだと掲示してある夏休み明けの掲示板だ。
夏休みが明けて登校した日に、友が亡くなったという掲示版の前に立っている様子です。淡々とした詠み方が作者の衝撃を物語っています。
【NO.15】
『 むさし野の 秋は白雲より ととのふ 』
季語:秋(秋)
意味:武蔵野の秋は白雲から整うのだ。
「むさし野」とは関東地方に広がる武蔵野台地のことです。現在は宅地化されている場所が多いですが、当時は青い空に白い雲、広大な雑木林という風景が広がっていたことでしょう。
【NO.16】
『 六面の 銀屏に灯の もみ合へり 』
季語:銀屏(冬)
意味:六面の銀の屏風に当たっている灯火の光がもみ合っているように見える。
屏風は細長い長方形の板を6枚組み合わせて作られています。「六面」と描写されているのはそのためで、銀色の屏風にちらちらと光が当たって反射している様子を「もみ合へり」と表現している句です。
【NO.17】
『 一茶忌や 我も母なく 育ちたる 』
季語:一茶忌(冬)
意味:一茶忌だ。私も一茶と同じように母を早くに亡くして育ったのだ。
「一茶忌」とは旧暦11月19日のことです。小林一茶は早くに実母を亡くし、継母とあまり良い関係ではなかったことで知られていました。
【NO.18】
『 天上に 宴ありとや 雪やまず 』
季語:雪(冬)
意味:天の上で宴があるのだろうか、空から降ってくる雪がやまない。
雪が降ってくる様子を天上の宴に例えています。天から雪を降らせて遊んでいるのか、宴での踊りの拍子に雪が舞ってくるのか、想像がふくらむ句です。
【NO.19】
『 書初(かきぞめ)や 旅人が詠める 酒の歌 』
季語:書初(新年)
意味:書き初めをしている。旅人が詠んだ酒の歌だ。
酒好きで知られた作者は旅も好んでいました。この句では他人を観察しているように感じられますが、書き初めをしているのも酒の歌を詠んだ旅人も作者本人だったのかもしれません。
【NO.20】
『 おのが影 ふりはなさんと あばれ独楽 』
季語:独楽(新年)
意味:自分の影を振り離さんと暴れて回る独楽だ。
正月といえばコマ遊びが昔からの習慣でした。相手を盤面から落とした方が勝ちですが、相手のコマどころか自分の影さえも振り払おうとするほど威勢のいいぶつかり合いが浮かんできます。
以上、上村占魚の有名俳句20選でした!
今回は、上村占魚の作風や人物像、有名俳句を20句ご紹介しました。
上村占魚は経歴があまり知られていないものの、高浜虚子や松本たかしから絶賛を受けた俳人です。
昭和から平成という激動の時代を生きながらも徹底した写生を追求しているため、ぜひ句集を読んでみてください。