松尾芭蕉は「おくのほそ道」をはじめとする多くの旅の紀行集で有名な江戸時代前期の俳諧師で、江戸時代の三大俳人のひとりです。
5月16日(月)は旅の日
1689年松尾芭蕉が「奥の細道」へ、一歩踏み出した日です。(๑˃̵ᴗ˂̵)و ソゥソゥ♪旅に出よう… pic.twitter.com/VlaSw8wDFq
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今回は、松尾芭蕉が詠んだ特に有名な俳句を30句ご紹介します。
松尾芭蕉の人物像や作風
(松尾芭蕉 出典:Wikipedia)
松尾芭蕉は江戸時代前期の俳人です。もともと滑稽を主としていた俳諧の芸術性を高め、「蕉風(しょうふう)」という芸術性を高めた俳句文化を確立しました。
『笈の小文』『おくのほそ道』など多くの旅をして紀行文と俳句を残し、当時の風景や習俗研究の参考にもなっています。
芭蕉の作風は年代によって多岐にわたり、初期の掛詞や見立てを古典を参考に詠む談林派、漢文や漢詩を踏まえて詠む漢文調、切れ字を用い始める芭蕉特有の作風を経て、身近な日常の題材を、趣向を加えず簡潔に詠む「かるみの境地」に達しました。
このような芭蕉の作風は多くの俳人に影響を与え、蕉門十哲などの有名な弟子たちも多く登場しています。
松尾芭蕉が詠んだ有名俳句【春夏編 15句】
【NO.1】
『 梅が香に のつと日の出る 山路哉 』
季語:梅(春)
意味:梅の香りに誘われて、のっと太陽が顔を出した山道であることだ。
「のつと」という表現が面白い一句です。これは当時の口語の表現で、「ひょっこり」という意味があります。
【NO.2】
『 古池や 蛙飛び込む 水の音 』
季語:蛙(春)
意味:古い池があるなぁ。蛙が飛び込む水の音がするくらい静かな池だ。
「古池に」ではなく感嘆の表現を使うことで、ただ飛び込んだ音という現象以外を表している名句です。水の音が聞こえるほどの静けさであるということが暗に表されています。
【NO.3】
『 草の戸も 住み替はる代ぞ 雛の家 』
季語:雛(春)
意味:長く住んだこの草の庵も、住み替る時が来たのだ。お雛様を飾る娘がいる一家が住むようだ。
作者は『おくのほそ道』の旅に出るにあたって草庵を手放しました。あとに住むのが小さな娘のいる一家と聞き、「雛の家」と詠んでいます。
【NO.4】
『 草臥れて 宿借るころや 藤の花 』
季語:藤の花(春)
意味:1日旅をしてくたびれて、宿を取る頃合の夕闇に、藤の花が咲き乱れている。
「草臥れて」は「くたびれて」と読みます。この俳句は『笈の小文』という旅をしている最中の一句で、歩き疲れたところに出くわした藤の花を喜んでいる句です。
【NO.5】
『 しばらくは 花の上なる 月夜かな 』
季語:花(春)
意味:満開の桜が咲いている。しばらくは花の上に月が見える夜になることだ。
満開の桜を照らす月を詠んでいます。当時は今とは違って夜の明かりは月が1番強い光を放っていたため、さぞ幻想的な光景だったことでしょう。
【NO.6】
『 ほろほろと 山吹散るか 滝の音 』
季語:山吹(春)
意味:ほろほろと山吹が散っていく。近くでは吉野川上流の滝のような音が響いている。
この俳句は山桜で有名な奈良県の吉野で詠まれました。古来より「吉野川の岸」と「山吹の花」の組み合わせが歌われていたため、桜にも劣らないと芭蕉も称賛しています。
【NO.7】
『 花の雲 鐘は上野か 浅草か 』
季語:花の雲(春)
意味:雲のように桜の花が密集して咲いている。響いてくる鐘の音は上野の寛永寺のものか、浅草の浅草寺のものか。
ここで詠まれている「鐘」とは時を告げる鐘で、寛永寺や浅草寺に設置されていました。芭蕉が住んでいた深川はちょうど中間地点にあたるため、今鳴ったのはどちらの鐘だろうと桜を見ながら考えています。
【NO.8】
『 閑さや 岩にしみ入る 蝉の声 』
季語:蝉(夏)
意味:なんと静かなことだ。岩にしみ入るような蝉の声が響いている。
この句は『おくのほそ道』で山形県立石寺に立ち寄った時の句です。立石寺は山の中に建てられているため、周囲の雑音が聞こえず蝉の声が響いている様子が詠まれています。
【NO.9】
『 五月雨を 集めてはやし 最上川 』
季語:五月雨(夏)
意味:五月雨を集めたように早い流れの最上川だ。
【NO.10】
『 夏草や 兵どもが 夢の跡 』
季語:夏草(夏)
意味:夏草が生い茂っている。ここは、かつて栄華を誇った藤原三代の武士たちの夢の跡だ。
『おくのほそ道』の旅で、岩手県の平泉に訪れた際の一句です。平泉は平安時代末期に奥州藤原氏が栄えた地で、今はその面影のない草原に栄枯盛衰の世の中を想っています。
【NO.11】
『 おもしろうて やがて悲しき 鵜舟かな 』
季語:鵜舟(夏)
意味:鵜飼を見ているときは面白いが、鵜舟が去る頃になると終わってしまったことが悲しくなってくることだ。
この句は「鵜飼」という謡曲や、いくつかの古典的な和歌を下敷きにしています。しかし、その前提の解説を必要としないほど完成された句とされていて、鵜飼の最中の面白さと終わったあとの寂しさをよく表している句です。
【NO.12】
『 雲の峰 いくつ崩れて 月の山 』
季語:雲の峰(夏)
意味:雲の峰のような入道雲がいくつ崩れるとあの立派な月山になるのだろう。
『おくのほそ道』にて、出羽三山と名高い月山を訪れたときの一句です。月山の頂きに入道雲がかかっていたのか、雲の峰と山を対比した句になっています。
【NO.13】
『 文月や 六日も常の 夜には似ず 』
季語:文月(夏)
意味:文月だなぁ。七夕の前日の6日はいつもの夜とは少し違った様相を呈している。
文月とは7月の異称で、この句は7月6日の七夕前日の夜に詠まれています。飾りの準備や食事の支度など、平時とは違うそわそわとした街の雰囲気が見て取れる句です。
【NO.14】
『 田一枚 植えて立ち去る 柳かな 』
季語:田植え(夏)
意味:西行法師ゆかりの柳を見ていたら、田んぼが一枚植え終わっていたのを見て立ち去ったことだ。
「柳」とは西行法師が「清水流るる柳」と詠んだ遊行柳と言い伝えられている柳です。かつての歌人の痕跡に思いを馳せていたら、いつの間にか一枚の田んぼの田植えが終わっていたという時間経過を詠んでいます。
【NO.15】
『 木啄も 庵はやぶらず 夏木立 』
季語:夏木立(夏)
意味:寺を壊すと言われるキツツキも、この庵は壊さなかったようだ。夏木立の間から師の住んでいた庵が見える。
この句は芭蕉の禅の師匠が使っていた庵を訪ねたときの一句です。キツツキは色々な木や柱に穴を開けて壊してしまいますが、庵は無事に建っていたことに安堵を覚えています。
松尾芭蕉が詠んだ有名俳句【秋冬編 15句】
【NO.16】
『 荒海や 佐渡に横たふ 天の川 』
季語:天の川(秋)
意味:荒れた海に黒く浮かぶ佐渡ヶ島、その上に横たわるように輝く天の川だなぁ。
海、地、天と大自然を盛り込んだダイナミックな句です。夜中の風景を詠んでいることから佐渡や海は黒く見えていたことが想像できるため、より一層天の川が際立ちます。
【NO.17】
『 色付くや 豆腐に落ちて 薄紅葉 』
季語:薄紅葉(秋)
意味:白い豆腐に落ちた薄く紅葉した葉で、色づいているように見えるなぁ。
豆腐の白と紅葉の赤を対比している句です。「紅葉豆腐」という色をつけた料理もありますが、ここで詠まれたのは白い豆腐だっただろうと言われています。
【NO.18】
『 秋深き 隣は何を する人ぞ 』
季語:秋深き(秋)
意味:秋が深くなってきた。隣は何をしている人だろうか。
【NO.19】
『 菊の香や 奈良には古き 仏たち 』
季語:菊(秋)
意味:重陽の節句で菊の香りがするなぁ。奈良の都には古い仏像がたくさんある。
9月9日の重陽の節句に奈良を訪れた際に詠まれた句です。菊の香りと仏像という古都奈良の様子をシンプルに表しています。
【NO.20】
『 蛤(はまぐり)の ふたみにわかれ 行く秋ぞ 』
季語:行く秋(秋)
意味:ハマグリが蓋と身に分かれるように、伊勢の二見浦に向かって分かれる秋の終わりだ。
「ふたみ」に二重の意味が掛かっています。ハマグリが「蓋と身」に分かれるように、自分も「二見」浦に向けて別れるという機知に富んだ句です。
【NO.21】
『 早稲の香や 分け入る右は 有磯海 』
季語:早稲(秋)
意味:早めに実った稲の香りがするなぁ。この道を分け行った右には有磯海が見えるのだ。
「有磯海」とは富山湾の西部地域のことで、万葉集の時代から歌に詠まれていることで有名です。この付近に差し掛かったときは猛暑で疲労していたとされ、じっくりと見る暇がなかったために「歩く」ではなく「分け入る」という少し乱暴に感じる表現が使われています。
【NO.22】
『 一家(ひとつや)に 遊女もねたり 萩と月 』
季語:萩(秋)
意味:ひとつ屋根の下に遊女も寝ている。庭では萩の花と月が美しく見えている。
宿の隣の部屋に遊女たちが泊まっていた、とされる『おくのほそ道』のエピソードで詠まれた一句です。華やかな遊女と萩の花と月を並立することで、それぞれの美しさを称えています。
【NO.23】
『 今日よりや 書付消さん 笠の露 』
季語:露(秋)
意味:今日からは「同行二人」という書付を消さなければいけない。笠の露が私の涙のように書付を消していく。
『おくのほそ道』の旅路で同行者であった河合曽良が、体調不良のため別行動を取ることになった翌日に読んだ句です。それまでは2人旅の証だった書付を消さなければならない寂しさを詠んでいます。
【NO.24】
『 人々を しぐれよ宿は 寒くとも 』
季語:しぐれ(冬)
意味:たとえ部屋の中が寒くなろうとも、この句会に集った皆で時雨の風情を楽しみたいものだ。
この句は句会で集まっている最中に詠まれました。暖房器具が火鉢などしかない時代では時雨が降り出せば部屋の中も寒くなりますが、それでも雨の風情を楽しみたいという風流を愛する心が表れています。
【NO.25】
『 いざさらば 雪見にころぶ 所まで 』
季語:雪見(冬)
意味:ではここでお暇しましょう。雪を見に転んでしまうところまで行ってみます。
この句は最初「いざ行かむ」となっていました。句会の最中に詠まれていて、雪が降ってきたのを見てさあ見に行こうと誘っている句でしたが、最終的にこの形に落ち着いています。
【NO.26】
『 百歳の 気色を庭の 落葉哉 』
季語:落葉(冬)
意味:百年もの歴史を感じる庭の落ち葉であるなぁ。
現在の位置に移動して100年が経過したお寺の庭を見ての一句です。100年という年月を経た庭と、変わらず降り積もる落ち葉に長い年月の風情を実感しています。
【NO.27】
『 木枯や たけにかくれて しづまりぬ 』
季語:木枯(冬)
意味:木枯らしが吹いているなぁ。ここは竹が防風林となって静かなものだ。
周囲は木枯らしの強い風を受けて揺れていますが、竹林やその中にいる作者はほとんど風を感じていません。竹林の静謐とした雰囲気を感じる句です。
【NO.28】
『 旅に病んで 夢は枯野を かけめぐる 』
季語:枯野(冬)
意味:旅の途中で病気になったが、夢の中ではなおも枯野を駆け巡っていることだ。
松尾芭蕉の絶筆として有名な句です。旅の途中に病で亡くなりましたが、直前まで「なほかけめぐる 夢心」とどちらがいいか推敲していたほど俳句に生きた人生でした。
【NO.29】
『 面白し 雪にやならん 冬の雨 』
季語:冬の雨(冬)
意味:面白いなぁ。雪になるかもしれない冷たい冬の雨が降ってきた。
雪にならずに雨のまま降ってくる地域も多くあります。時雨の頃とは違って気温が低く、このままでは雪になるかもしれないという期待感が「面白し」という初句から感じ取れる句です。
【NO.30】
『 初時雨 猿も小蓑を 欲しげなり 』
季語:初時雨(冬)
意味:今年初めての時雨が降ってきた。猿たちも雨よけの小さい蓑を欲しそうにしている。
芭蕉の俳諧撰集である『猿蓑』の最初の句であり、書名の由来となった一句です 。「哀猿」という和歌や俳句によく詠まれる題材があり、ここでは冷たい雨と猿をモチーフとして詠んでいます。
以上、松尾芭蕉が詠んだ有名俳句でした!
今回は、松尾芭蕉の人物像や作風、有名な俳句を20句ご紹介しました。
誰もが教科書で習う俳句から、さまざまな俳句の旅の中の一幕の俳句まで、多くの風物詩を詠んでいるのが特徴です。
「わび・さび」といった作風や、漢文や古典の知識を活用した俳句など多くの秀句を残しているので、ぜひ松尾芭蕉の著書を詠んでみてください。