『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』など数々の文学作品で知られる、明治の大文豪「夏目漱石」。
実は、彼は文学者としてのスタートは俳句だったのです。小説家として活躍する傍ら生涯に2600余りの句を詠み、その斬新にして洒脱な句風は今も多くの人々に愛され続けています。
今回は、漱石が詠んだ名句を季節(春夏秋冬)ごとに紹介していきます。
夏目漱石(1867-1916)小説家 「吾輩は猫である」 子規門下で俳句も。
「秋風や屠られに行く牛の尻」
「紅梅や物の化の住む古館」#作家の似顔絵 pic.twitter.com/BubV1u5GfX— イクタケマコト〈テンプレ集出版〉 (@m_ikutake2) September 25, 2014
ぜひ参考にしてみてください。
夏目漱石の人物像や作風
(夏目漱石 出典:Wikipedia)
夏目漱石(1867~1916年)は明治時代を代表する文豪で、作家だけでなく、評論家や大学教授、英文学者など多分野で活躍していました。
漱石が俳句の世界に足を踏み入れるきっかけは、俳人・正岡子規との出会いにありました。
大学の予備門で同窓生だった二人は、子規が書いた漢詩文集『七草集』を漱石が読み批判したことから交流を深めていきました。「変わり者」を現代語訳する「漱石」の俳号も子規から譲り受けたもので、このことからも彼の影響を大きく受けていることがうかがい知れます。互いの才能を認め合い、多大な文学的・人間的影響を与え続けた二人の交流は、子規が亡くなるまで長きにわたり続きました。
(1906年 千駄木邸書斎の漱石 出典:Wikipedia)
また、漱石は子規の指導のもと俳句を自分のものにしていき、小説同様、洒落をきかせた句風が特徴的でした。これには趣味であった落語鑑賞が影響しているといわれています。
そんな彼の人物像は、繊細な性格でかんしゃくもちだったといわれています。イギリス留学中にはノイローゼを発症し、躁鬱状態にまで陥っていることから真面目な性格だったとわかります。
しかし、漱石の門下であった芥川龍之介が「誰よりも江戸っ子でした」と語ったように、義理人情に厚く、世話好きの一面も持ち合わせていました。
次に、夏目漱石の代表的な俳句を季節(春夏秋冬)別に紹介していきます。
夏目漱石の有名俳句・代表作【35選】
(「漱石山房」書斎の漱石 出典:Wikipedia)
春の俳句【9選】
【NO.1】
『 菫ほどな 小さき人に 生まれたし 』
季語:菫(春)
現代語訳:道端にひっそりと菫が咲いている。目立たずともたくましく咲く、この花のような人に生まれたいものです。
【NO.2】
『 鴬や 障子あくれば 東山 』
季語:鶯(春)
現代語訳:どこからか鶯の鳴き声が聞こえたので障子を開けると、そこには思いがけない東山の風景がありました。
【NO.3】
『 菜の花の 中へ大きな 入日かな 』
季語:菜の花(春)
現代語訳:夕暮れ時、菜の花畑に赤く大きな太陽が、今ゆっくりと沈んでいくことだ。
【NO.4】
『 ぶつぶつと 大なるたにしの 不平かな 』
季語:たにし(春)
現代語訳:大きなたにしがぶつぶつと泡を吹いている。まるで不平がとまらないようだなあ。
【NO.5】
『 濃やかに 弥生の雲の 流れけり 』
季語:弥生(春)
現代語訳:色が濃く見える弥生の雲が空を流れていく
【NO.6】
『 永き日や 欠伸うつして 別れ行く 』
季語:永き日(春)
現代語訳:のどかな春の日だなぁ。君がした欠伸がうつったようにお互いに欠伸をしながら別れて行くことだ。
【NO.7】
『 雀来て 障子にうごく 花の影 』
季語:花(春)
現代語訳:雀が来たようで、障子にうつっている花の影が少し動いている。
【NO.8】
『 東風や吹く 待つとし聞かば 今帰り来ん 』
季語:東風(春)
現代語訳:東風が吹いてきた。私の帰りを待つと聞いたなら今すぐ帰りましょう。
【NO.9】
『 菜の花の 遥かに黄なり 筑後川 』
季語:菜の花(春)
現代語訳:菜の花が一面に黄色い花を咲かせている筑後川だ。
夏の俳句【8選】
【NO.1】
『 叩かれて 昼の蚊を吐く 木魚かな 』
季語:蚊(夏)
現代語訳:お坊さんが読経のため木魚を叩くと、木魚に潜んでいた蚊が口から飛び出し逃げていったことだ。
【NO.2】
『 かたまるや 散るや蛍の 川の上 』
季語:蛍(夏)
現代語訳:川の上でかたまりになっていたかと思うと、いつの間にか離れて自由に飛びかう蛍たち。
【NO.3】
『 雲の峰 雷を封じて 聳えけり 』
季語:雲の峰(夏)
現代語訳:暑さ厳しい日、空には雷さえも封じ込めるようにそびえ立つ巨大な入道雲が見える。
青空を背景に、真っ白に連なる雲。そびえ立つ山のようにわき立つ姿からは、圧倒的な存在感や重量感までもが伝わります。入道雲を現代語訳する「雲の峰」の中では、雷が発生し、時折鋭い閃光が走るのが見えます。
雷も夏の季語ではありますが、一句に二つ以上の季語がある場合を「季重なり」といい、一般的には避けるべきとされています。この句では感動の重点が置かれている「雲の峰」を季語ととります。
【NO.4】
『 あつきもの むかし大坂 夏御陣 』
季語:あつき/暑し(夏)
現代語訳:暑かっただろうなぁ。昔ここであったという大阪夏の陣は。
「夏の陣」というフレーズから暑さを連想しています。実際の大坂夏の陣は旧暦の5月7日、現在の暦では6月の上旬に行われていて、私たちがイメージする夏の猛暑の中の戦いではないと考えられています。
【NO.5】
『 鳴きもせで ぐさと刺す蚊や 田原坂 』
季語:蚊(夏)
現代語訳:鳴きもしないでぐさっと刺してくる蚊がいるなぁ、この西南戦争が起きた田原坂は。
田原坂(たばるざか)は1877年に起きた西南戦争で一番の激戦区だった地域です。作者が熊本に転任したのは1897年のことで、西南戦争からまだ20年ほどしか経っていませんでした。歴史というには身近すぎる戦乱の地で、今は蚊だけがぐさりと刺してくると詠んでいます。
【NO.6】
『 若葉して 手のひらほどの 山の寺 』
季語:若葉(夏)
現代語訳:若葉をかき分けていくと、手のひらほどの大きさの山寺が見えてきた。
この句は熊本市にある成道寺で詠まれた句です。近くの若葉をかき分けていくと手のひらほどに小さいお寺が遠くに見えてくるという、遠近法を駆使した一句になっています。
【NO.7】
『 灯を消せば 涼しき星や 窓に入る 』
季語:涼しき星/星涼し(夏)
現代語訳:明かりを消せば、輝きが涼しく感じる星が見えてくるなぁ。窓から入ってくるように見える。
この句を詠んだときの作者は胃を病んで入院中でした。前年に吐血して生死の境をさまよったこともあって絶対安静を言い渡されていた作者は、昼夜問わず窓の外の世界をひたすら見ていたことでしょう。
【NO.8】
『 鳴くならば 満月になけ ほととぎす 』
季語:ほととぎす(夏)
現代語訳:鳴くのなれば満月の時に鳴きなさい、ホトトギスよ。
「鳴かぬなら」という戦国武将を評したホトトギスの歌を彷彿とさせる一句ですが、この句は親友である正岡子規に贈られました。勉学で行き詰まった正岡子規に対して、「子規」と同じ意味のホトトギスを詠みこんで「嬉しい時に鳴いて喜びを表しなさい」と励ましています。
秋の俳句【9選】
【NO.1】
『 別るるや 夢一筋の 天の川 』
季語:天の川(秋)
現代語訳:織姫と彦星のように、私も愛する人と別れた辛さを味わいながら、夢の中に一筋の天の川を描いたことだ。
【NO.2】
『 秋の空 浅黄に澄めり 杉に斧 』
季語:秋の空(秋)
現代語訳:秋の空は雲ひとつなく青緑色に澄み渡っている。どこからか杉の木を切る斧の音が聞こえてくる。
【NO.3】
『 肩に来て 人懐かしや 赤蜻蛉 』
季語:赤蜻蛉(秋)
現代語訳:肩に赤とんぼが止まった。横目で見ると、なんだか懐かしい人に会った感じがするなあ。
【NO.4】
『 朝貌や 惚れた女も 二三日 』
季語:朝貌(朝顔)(秋)
現代語訳:朝の寝起きの顔を見てごらんなさい。いくら惚れた女性でも二、三日すれば飽きるでしょう。
【NO.5】
『 うかうかと 我門過る 月夜かな 』
季語:月夜(秋)
現代語訳:美しい月を眺めながら歩いていると、うっかり我が家の門を通り過ぎてしまった。
【NO.6】
『 あるほどの 菊投げ入れよ 棺の中 』
季語:菊(秋)
現代語訳:そこにあるほどの菊の花を投げ入れなさい、その棺の中に。
【NO.7】
『 月に行く 漱石妻を 忘れたり 』
季語:月(秋)
現代語訳:あまりにも見事な月に意識を向けてしまって、漱石は妻のことをうっかり忘れてしまった。
【NO.8】
『 名月や 故郷遠き 影法師 』
季語:名月(秋)
現代語訳:名月が出ているなぁ。故郷が遠く影法師のように見えるようだ。
【NO.9】
『 化学とは 花火を造る 術ならん 』
季語:花火(秋)
現代語訳:化学とは花火の色とりどりの光を造る技術なのだ。
冬の俳句【9選】
【NO.1】
『 凩(こがらし)や 海に夕日を 吹き落とす 』
季語:凩(冬)
現代語訳:木枯らしが吹きすさび、夕日さえも海に突き落としてしまった。
【NO.2】
『 東西 南北より 吹雪かな 』
季語:吹雪(冬)
現代語訳:東や西、南や来たからも容赦なく吹き付ける激しい吹雪だなあ。
【NO.3】
『 わが影の 吹かれて長き 枯野かな 』
季語:枯野(冬)
現代語訳:草木の枯れた冬の野原を歩いていると、木枯らしが背後から吹いてきた。道に映る私の影をいっそう長く伸ばしているように思える。
【NO.4】
『 空狭き 都に住むや 神無月 』
季語:神無月(冬)
現代語訳:空の狭い都会に住んでいるなぁ。今は神無月だ。
【NO.5】
『 行く年や 猫うづくまる 膝の上 』
季語:行く年(冬)
現代語訳:今年も終わりに近づいているが、猫はいつも通り膝の上でうずくまって眠っている。
【NO.6】
『 谷深み 杉を流すや 冬の川 』
季語:冬の川(冬)
現代語訳:とても深い谷に杉を流して運んでいく冬の川だ。
【NO.7】
『 はじめての 鮒屋泊りを しぐれけり 』
季語:しぐれ(冬)
現代語訳:初めて訪れた鮒屋旅館に泊まった日に時雨が降ってきた。
【NO.8】
『 一人居や 思ふ事なき 三ヶ日 』
季語:三ヶ日(新年)
現代語訳:一人で居ることだなぁ。特に思うことのない三が日だ。
【NO.9】
『 松立てて 空ほのぼのと 明る門 』
季語:松立てて/門松立つ(新年)
現代語訳:門松を立てていると、空がほのぼのの明るくなって門がはっきりと見えてくる。
さいごに
(晩年の漱石 出典:Wikipedia)
今回は日本近代文学の巨匠・夏目漱石が残した俳句の中から、特に有名な句を厳選して紹介しました。
漱石の俳句は正岡子規が「奇想天外の句多し」と評したといわれるように、独特のユーモアに溢れており思わずクスっと笑ってしまうような句が多くあります。
滑稽さや言葉遊びに溢れる俳句に触れることで、文豪としての漱石に対する見方も違ってくるのではないでしょうか。みなさんもぜひお気に入りの句を見つけてみてください。
俺、夏目漱石の俳句すごく好きかもしれない…
すごく鑑賞してたときの世界が澄んでた。
今いい気持ち。 pic.twitter.com/7SLbWlnbhh— Ryota Nakanishi (@nRyotan) February 20, 2014
最後までお読みいただき、ありがとうございました!