俳句は五七五の十七音で構成される短い詩で、季節を表す季語を詠みこむことによって短い中にさまざまな情景を展開できます。
大正期には女性の俳人も増え、華やかかつ生活に密着した俳句が増えていきました。
今回は、大正から昭和にかけて活躍した女流俳人「細見綾子(ほそみ あやこ)」の有名俳句を20句紹介します。
今日の一句。
そら豆はまことに青き味したり/細見綾子
季語=そら豆
※青き味は初夏の味
※ビールの季節も近づいています。 https://t.co/FcI4MdmPng pic.twitter.com/4b7mk2Qpd8— 朝食屋/腸食屋COBAKABA (@COBAKABA) May 27, 2016
細見綾子の人物像や作風
細見綾子(ほそみ あやこ)は、1907年(明治40年)に現在の兵庫県丹波市に生まれました。
綾子は生家が江戸時代から続く名主だったからか、日本女子大学を卒業する才女として育てられています。進学の影響で上京していましたが、1929年に肋膜炎を発症し療養のために帰郷、医師の勧めで俳句を始めました。
細見綾子は松瀬青々の俳誌「倦鳥」に参加した年に初入選を果たすなど俳句の才能を見せ、1937年に師である青々が亡くなった際に遺稿集の編集に携わるほどになります。
1942年に後に夫となる俳人の「沢木欣一(さわき きんいち)」と出会い、終戦後には沢木が主宰となった俳句雑誌の「風」の編集と発行人を担当しました。
その後も多くの句集や随筆を出版し、死の前年まで歳時記の発行など俳句に携わり続け、1997年(平成9年)に亡くなっています。
犬ふぐり海辺で見れば海の色 細見綾子 pic.twitter.com/qEbczv5vqT
— 高橋和志 (@K5Takahashi) March 20, 2016
細見綾子の作風は師である松瀬青々の江戸時代以来の写生や季節感を重視しつつ、主観的・直感的な俳句が多く見られます。
細見綾子の有名俳句・代表作【20選】
【NO.1】
『 春雷や 胸の上なる 夜の厚み 』
季語:春雷(春)
意味:春の雷の音がする。胸の上に掛かっている布団のように夜が厚みを持ってのしかかってくるようだ。
春は前線の影響で雷が鳴り始める季節です。天気も悪く、黒い雲が胸の上に掛かっている布団のような厚みをもって夜を覆っています。
【NO.2】
『 菜の花が しあはせさうに 黄色して 』
季語:菜の花(春)
意味:菜の花が幸せそうに黄色の花を咲かせている。
一面の菜の花畑の黄色を思い起こさせる一句です。冬のあまり色のない世界から黄色という鮮やかな色の花が咲く季節になることで、「しあはせさうに」という感覚を抱いています。
【NO.3】
『 チューリップ 喜びだけを 持っている 』
季語:チューリップ(春)
意味:チューリップの花が咲いている。まるで喜びだけを持っているような美しい花だ。
春に咲くチューリップに喜びを見出している一句です。チューリップの花言葉は愛や思いやりをといったポジティブなイメージが多く、まさに喜びを持っている花と言えます。
【NO.4】
『 風吹かず 桃と蒸されて 桃は八重 』
季語:桃(春)
意味:風の吹かない桃の林で、桃に蒸されるように八重に咲く桃の花だ。
満開の桃の花の下で、風が吹かないためにまるで蒸されてしまうかと思ったと後に自解で語られている句です。「八重」と最後に表現されることで桜や梅とは違い多くの花びらを持つ桃の花の特徴を印象付けています。
【NO.5】
『 硝子器を 清潔にして さくら時 』
季語:さくら(春)
意味:ガラスの器を清潔にして桜の咲く時期をむかえよう。
透明なガラスの器を洗いながら窓から桜の花が見えている風景が浮かんでくる句です。お花見など特別な時に使用するガラスの器の手入れをしていたのでしょうか。
【NO.6】
『 葉桜の 下帰り来て 魚に塩 』
季語:葉桜(夏)
意味:葉桜の下を帰ってきて、料理をするために魚に塩を振っている。
花見という一大イベントが終わり、日常に帰ってきたことを象徴するような表現です。桜は葉桜に代わり、料理もいつもの物に戻ったという感覚が「魚に塩」というフレーズから感じ取れます。
【NO.7】
『 そら豆は まことに青き 味したり 』
季語:そら豆(夏)
意味:そら豆は本当に青いという味がしたのだ。
収穫したてのそら豆は濃い味がすると言います。みずみずしく素材の味をそのまま感じ取っている様子が「青き味」という表現に表れている句です。
【NO.8】
『 暑き故 ものをきちんと 並べをる 』
季語:暑き(夏)
意味:とても暑いので、ものをきちんと並べている。
暑さでやる気が無くなり、ついつい散らかしがちになる人もいることでしょう。作者は暑いからこそ身を律するために整理整頓を行っています。
【NO.9】
『 虹飛んで 来たるかといふ 合歓(ねむ)の花 』
季語:合歓の花(夏)
意味:虹が飛んできたのかと思う合歓の花の美しさよ。
「合歓の花」から連想されるものは女性の美しさが多いですが、作者は自分にとっては虹のような美しさであると語っています。男性と女性とで例える美しさが違うのが面白いところです。
【NO.10】
『 遠雷の いとかすかなる たしかさよ 』
季語:遠雷(夏)
意味:遠雷の音がする。とても微かな、しかし確かな音なのだ。
作者はこの句について、「かすかに聞こえたということは確かに雷が鳴っていたのだ」と自解で語っています。「たしかなものはかすかなもの」という作者の哲学的な概念に気がついた時の様子を詠んだものです。
【NO.11】
『 どんぐりが 一つ落ちたり 一つの音 』
季語:どんぐり(秋)
意味:ドングリがひとつ落ちたのだろう。ひとつの音がした。
「一つ」という言葉を重ねることによって、周囲に音がない静かな空間であることを表しています。ドングリが落ちる音が聞こえるほど風もなく音もしない静謐な空間です。
【NO.12】
『 いちじくの 黄落光る 土管にも 』
季語:いちじく(秋)
意味:イチジクの黄色く色付いた葉が落ちて光っている。そこの土管にも降り積もっている。
イチジクは赤ではなく黄色く色づきます。美しいイチジクの葉が、土管という人工物の上にも落ちているおかげで美しく見えるという日常の風景を詠んだ句です。
【NO.13】
『 古九谷(こくたに)の 深むらさきも 雁の頃 』
季語:雁(秋)
意味:古九谷の深い紫色も沁みるように感じる雁が飛ぶ頃だ。
「古九谷」とは現在知られている九谷焼とは違い、西暦1655年から1700年という短い期間に作られたものです。青や紫を使ったものが多く、作者が見たのも「青手」と呼ばれる古九谷だったのでしょう。
【NO.14】
『 紅葉焚けば 煙這ひゆく 水の上 』
季語:紅葉(秋)
意味:紅葉を焚き火にすると、煙が水の上に這っていくように見える。
紅葉という美しい風物詩も燃やしてしまえば煙と灰になります。そんな煙が水の上を這うように広がっていく光景に、無常を感じている一句です。
【NO.15】
『 帰り来し 命美し 秋日の中 』
季語:秋日(秋)
意味:帰って来てくれた命がなんと美しいことか、この秋の日の中で。
この句は後に作者の夫となる沢木欣一が復員し、再会した時の喜びを詠んだ句です。何はなくとも再び生きて会えたことの喜びが「美し」「秋日の中」という光り輝く様子を詠んでいることからわかります。
【NO.16】
『 峠見ゆ 十一月の むなしさに 』
季語:十一月(冬)
意味:峠が見える。十一月という季節に虚しさを感じるのだ。
作者は自解でこの峠を丹波と但馬の国境の峠としています。葉が落ちて青空の広がる荒涼とした山と、峠という徒歩で旅をしていた時代では別れを象徴していた場所に虚しさを感じている一句です。
【NO.17】
『 つひに見ず 深夜の除雪 人夫の顔 』
季語:除雪(冬)
意味:ついに見なかったなぁ。深夜に除雪をしてくれる人の顔を。
除雪が必要な地域は朝からの活動を支援するために深夜も作業が行われます。朝起きて除雪されている道を見て、ついに顔も見られなかったという日常を詠んだ句です。
【NO.18】
『 枯野電車の 終着駅より 歩き出す 』
季語:枯野(冬)
意味:枯れ野が広がる電車の終着駅から歩き出す。
電車の終着駅といわれるとどこか寂しい雰囲気を感じる人もいるでしょう。「枯野」と表現されていることで、住宅街のない寂しい駅前の風景が見えてきます。
【NO.19】
『 春近し 時計の下に 眠るかな 』
季語:春近し(冬)
意味:春が近いなぁ。時計の下でつい眠ってしまったことだ。
規則正しく響く秒針の音を聞いていたら眠ってしまった様子を詠んでいます。時計の下で何か作業をしているうちについうたた寝してしまったのでしょうか。
【NO.20】
『 年の瀬の うららかなれば 何もせず 』
季語:年の瀬(暮)
意味:年の瀬がうららかだったので、結局何もしないまま終わってしまった。
年の瀬は寒さが厳しく、地方によっては大雪に悩まされる季節です。そんな中で「うららか」と呼ばれるほど穏やかであたたかったためにかえって何もしないでお正月をむかえてしまうなぁという平和な日常を詠んでいます。
以上、細見綾子の有名俳句20選でした!
今回は、細見綾子の作風や人物像、有名俳句を20句ご紹介しました。
高等教育を受け、昭和という激動の時代を体験した細見綾子の句は、若い頃と円熟期、晩年で作風が変化していきます。
現代俳句は今なお多くの俳人と作風を生み出し続けているので、いろいろと読み比べてみてはいかがでしょうか。