俳句は五七五の韻律を持つ十七音の詩で、季語を詠むことによってさまざまな季節の風景を表します。
江戸時代に始まった俳句は明治から大正にかけてさまざまな作風が生まれました。
今回は、大正から昭和初期にかけて活躍した夭折の天才俳人「芝不器男」の有名俳句を20句紹介します。
不器男忌
芝 不器男…1930年(昭和5年)2月24日、没。愛媛県出身の俳人。「天の川」の代表作家として活躍、「ホトトギス」でも四S以降の新人として注目されたが、句歴四年、26歳で夭折した。
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— 久延毘古⛩陶 皇紀ニ六八二年令和四年葉月💙💛🇺🇦 (@amtr1117) February 23, 2017
芝不器男の人物像や作風
芝不器男(しば ふきお)は、1903年(明治36年)に現在の愛媛県松野町に生まれました。「不器男」は本名で、『論語』の「子曰、君子不器」から取られています。
不器男が句作を始めたのは、1923年の大学在学中に姉の勧めで長谷川零余子が主宰する「枯野」句会に出席したのがきっかけです。その後、1925年には吉岡禅寺洞の主宰する「天の川」に投句を始め、日野草城らと巻頭を争うほど頭角を表します。
1926年には「ホトトギス」へ投句し、入選句が高浜虚子から高評価を得たことで注目を浴びます。1928年に結婚しますが翌1929年に発病、1度は寛解するものの1930年に肉腫を患い、20代(26歳)の若さで夭逝しました。
今日は職場に飾ってある句の作者である芝不器男の記念館へ
素敵な句を読ませていただきました
興味が湧いた pic.twitter.com/V5altqY5zZ— わっきー (@satenn3) January 30, 2016
芝不器男の作風は、万葉集の頃のような言葉遣いを使う叙情味豊かな青春の句です。
時代は新傾向俳句や自由律俳句が台頭して伝統的な俳句と対立していた頃で、写生の対象を自身の内面のうちに捉えなおすという伝統俳句に新たな風を吹き込みました。
次に、芝不器男の代表作・有名俳句を紹介していきます。
芝不器男の有名俳句・代表作【20選】
【NO.1】
『 卒業の 兄と来てゐる 堤かな 』
季語:卒業(春)
意味:卒業をむかえる兄と来ているこの堤であることだ。
卒業シーズンのため、堤には桜が咲いていたのかもしれません。兄との思い出を詠んでいる微笑ましい一句です。
【NO.2】
『 永き日の にはとり柵を 越えにけり 』
季語:永き日(春)
意味:ゆったりとした春の日にニワトリが柵を越えていってしまった。
のどかな春の日の風景を詠んだ句です。柵を越えてしまったニワトリを追いかける人をぼんやりと眺めています。
【NO.3】
『 白藤や 揺りやみしかば うすみどり 』
季語:白藤(春)
意味:白藤の花が咲いている。風で揺れているのがやむと、中心にある薄緑の色が見えてくる。
風に揺れている間はよく見えない藤の花の中心部を観察している句です。「揺りやみしかば」など古語調を得意とした作者の作風がよく表れています。
【NO.4】
『 椿落ちて 色うしなひぬ たちどころ 』
季語:椿(春)
意味:椿の花が落ちるとたちどころに色が失われたように見える。
椿は鮮やかな色の花ですが、散った途端に色あせたように見えると詠んでいます。地面に落ちた花びらは雨にさらされたり踏まれたりして色があせていく様子を表した句です。
【NO.5】
『 行春や 宿場はづれの 松の月 』
季語:行春(春)
意味:春が過ぎ去っていく。宿場の外れの松の木には月がかかっている。
まるで江戸時代の街道沿いの旅をしているような感覚を覚える一句です。宿場の外れの寂しげな松の木と月の組み合わせも旅情をかきたてます。
【NO.6】
『 向日葵の 蕋(しべ)を見るとき 海消えし 』
季語:向日葵(夏)
意味:ヒマワリのおしべやめしべをじっと見ていると、近くにあるはずの海が視界から消えてしまう。
「蕋」とはおしべやめしべのことです。細部をじっと観察していると、周りに広がっているはずの広大な海も見えなくなってしまうという、映像にも似たピントの合わせ方を詠んでいます。
【NO.7】
『 麦車 馬におくれて 動き出づ 』
季語:麦車(夏)
意味:麦を載せた車が動き出した馬に遅れるように動き出す。
現在では見なくなった馬が引く麦車の光景です。少し遅れて動き出すという表現が、荷台にたくさん積まれた麦の重さを表現しています。
【NO.8】
『 風鈴の 空は荒星 ばかりかな 』
季語:風鈴(夏)
意味:風鈴が鳴る空を見ると、荒々しく輝く星ばかりが輝いているなぁ。
「荒星」とは冬の冴え渡った星のことですが、ここでは夏の風景として詠まれています。学友と日光に訪れた際の出来事で、見事な星空に感動している一句です。
【NO.9】
『 さきだてる 鵞鳥踏まじと 帰省かな 』
季語:帰省(夏)
意味:先に立っているガチョウを踏みそうになるほど急ぎ足になる帰省であることだ。
ガチョウを踏まないように、という面白い表現で帰省にはやる心を表現しています。うっかり歩いている鳥を踏んでしまいそうなほど早く実家に帰りたい心境が伺える句です。
【NO.10】
『 花うばら ふたたび堰(せき)に めぐり合ふ 』
季語:花うばら(夏)
意味:茨の花を辿っていくと、再び堰に巡り会った。
茨の花が咲いている道を辿って散歩をしていたのでしょうか。ふたたびとあることから、2つの堰の間に花が咲いていたようです。
【NO.11】
『 あなたなる 夜雨の葛の あなたかな 』
季語:葛(夏)
意味:彼方にある夜の雨に打たれている葛を思い出す。さらにその彼方にある私の故郷よ。
「あなた」とは「彼方」という意味で、ここでは故郷のことです。この句は高浜虚子から高評価を得ていて、「夜雨の葛」がまるで絵巻物のようだといわれています。
【NO.12】
『 みじろぎに きしむ木椅子や 秋日和 』
季語:秋日和(秋)
意味:身じろぐと軋む木の椅子だなぁ。今日は秋日和だ。
木の椅子に座って外を見ていると、秋の澄み渡った良い天気であるという一句です。「きしむ木椅子」と「き」の字を重ねることでテンポをよくしています。
【NO.13】
『 柿もぐや 殊にもろ手の 山落暉(らっき) 』
季語:柿(秋)
意味:柿をもいでいると、両手の間から見える山に太陽が沈んでいく。
「落暉」とは沈んでいく太陽のことです。柿をもぐために片手で木をおさえ、片手でもぐ作業をしていると、両手の間から沈む太陽が見えるという一瞬を切り取った句になっています。
【NO.14】
『 あちこちの 祠まつりや 露の秋 』
季語:露の秋(秋)
意味:あちこちの祠でお祭りが行われている露の秋だ。
秋は収穫祭などでお祭りが多い時期です。神社ではなく祠と表現することで、さまざまな集落が祭りを行っている様子が浮かんできます。
【NO.15】
『 うちまもる 母のまろ寝や 法師蝉 』
季語:法師蝉(秋)
意味:母がそのままの服で寝ている様子をじっと見守るなかで、ツクツクボウシが鳴いている。
母のうたた寝を見守っている中でツクツクボウシが鳴いています。子供だった頃は逆に自分が昼寝をしている様子を見守られていたのだろうなぁという、子供の頃への郷愁が浮かんでくる句です。
【NO.16】
『 一片の パセリ掃かるる 暖炉かな 』
季語:暖炉(冬)
意味:たった一片のパセリも掃かれていく暖炉のある店であるなぁ。
食堂やレストランでの一幕だと考えられている一句です。この句は作者が亡くなる直前に詠まれた絶筆の句で、今までの万葉調ではない境地を開いた俳句として有名です。
【NO.17】
『 北風や あをぞらながら 暮れはてて 』
季語:北風(冬)
意味:北風が吹いている。空は青空だが日が沈んでいくため、いずれ暮れ果てるだろう。
強い北風によって晴れ渡った空と、日没で暗くなっていく様子を詠んでいます。写実的な俳句を得意とした作者らしい写真のような一句です。
【NO.18】
『 寒鴉 己(し)が影の上(え)に おりたちぬ 』
季語:寒鴉(冬)
意味:寒鴉が自分の影の上にぴたりと降り立った。
「己」を「し」、「上」を「え」と詠ませているのが万葉調の作風をよく表しています。自分の影の真上にぴたりと降り立ったカラスを賞賛している俳句です。
【NO.19】
『 凩や 倒れざまにも 三つ星座 』
季語:凩(冬)
意味:木枯らしが吹いている。倒れているように見えるオリオン座が空に昇ってきた。
「三つ星座」はオリオン座のことです。オリオン座は東の空から昇るときは倒れているように見えるため、木枯らしで倒されたように見えると表現しています。
【NO.20】
『 谷水を 撒きてしづむる どんどかな 』
季語:どんど(新年)
意味:谷の水を撒いて火を鎮めるどんど焼きであることだ。
「どんど」とは旧正月に行われる行事で、昨年のお守りや正月の縁起物を燃やします。谷の水という表現が山あいの集落のにぎやかなお祭りの様子をよく表している句です。
以上、芝不器男の有名俳句20選でした!
『芝不器男句集』現代俳句社版。昭和22年。昭和9年に横山白虹の手によって少部数出したものを石田波郷が再刊させた。吉岡禅寺洞の序文。
「山青しかへるでの花ちりみだり」 pic.twitter.com/B2sIBRo502— hourin (@hmarble2001) November 1, 2014
今回は、芝不器男の作風や人物像、有名俳句を20句ご紹介しました。
惜しまれつつも夭逝した芝不器男は、その後も出生地の松野町で記念館や新人賞などが設立され、郷里の人々の支えとなっています。
大正期の俳句は伝統俳句から新傾向俳句までいろいろな作品があるので、読み比べてみてはいかがでしょうか。