【剃り捨てて黒髪山に衣更】俳句の季語や意味・表現技法・鑑賞・作者など徹底解説!!

 

季語を含む五七五の17音で物語を綴る世界で最も短い詩「俳句」。

 

感じたことや見た風景、些細な日常の出来事や自然のありさまなどが、わずか17音の中に込められます。

 

今回は、数ある名句の中から河合曾良の作「剃り捨てて黒髪山に衣更」という句をご紹介します。

 

 

本記事では、「剃り捨てて黒髪山に衣更」の季語や意味・表現技法・鑑賞などについて徹底解説していきますので、ぜひ参考にしてみてください。

 

「剃り捨てて黒髪山に衣更」の季語や意味・詠まれた背景

 

剃り捨てて 黒髪山に 衣更

(読み方:そりすてて くろかみやまに ころもがえ)

 

この句の作者は「河合曾良(かわいそら)」です。

 

曾良は、芭蕉の門人(弟子・門下生)であり、公私ともに芭蕉と行動を共にしました。「おくのほそ道」の旅も芭蕉は曾良と連れ立っていきました。

 

Basho by Morikawa Kyoriku (1656-1715).jpg

(左「松尾芭蕉」と右「河合曾良」 出典:Wikipedia)

 

季語

こちらの句の季語は「衣更(ころもがえ)」で、季節は「夏」を表します。

 

「衣替え」は、季節によって衣服をその季節にふさわしいものに取り替えることです。

 

意味

この句の現代語訳は・・・

 

「黒髪を剃り捨て、墨染めの僧衣に衣更えをした。今日はおりしも四月一日、こうして衣更えの日をこの黒髪山の麓で迎えることになったとはなぁ。」

 

といった意味になります。

 

この句が詠まれた背景

この句は1689年4月、今から約330年前に「河合曾良」が松尾芭蕉の旅に同行する際に詠んだ句といわれていますが、『奥の細道』に曾良を印象的に登場させるために芭蕉が作ったとも言われています。

 

日光連山の主峰である「男体山」はたびたび和歌に登場し、和歌では「黒髪山」と呼ばれています。

 

曾良は芭蕉と深川を出発した時に髪を剃り、坊主になりました。

 

この黒髪山に通りかかる今日は、ちょうど衣更えの時節。曾良は衣更えの日をこの黒髪山の麓で迎えることで、旅の出発の時の決意を改めて思い出したのではないかと言われています。

 

「剃り捨てて黒髪山に衣更」の表現技法

Mount nantai and lake chuzenji.jpg

(日光連山の主峰である「男体山(黒髪山)」 出典:Wikipedia

体言止め

「体言止め」とは、文末を名詞で結ぶ表現技法です。

 

「体言止め」は、動詞や助詞、そのあとに続く詳細な説明を省くことによって読み手にイメージを委ね、句全体にリズムを持たせる効果があります。

 

曾良は旅の途中で死ぬ覚悟をして、この旅に臨みました。この句には曾良のこの度に対する並々ならぬ思いや覚悟が込められ、「衣更」で締めくくることによって、それ以上の説明は読み手に委ねられています。

 

「剃り捨てて黒髪山に衣更」の鑑賞文

 

「剃り捨てて黒髪山に衣更」には、曾良のこの旅に対する思いや覚悟を読み取ることができます。

 

この年の3月末、髪を剃り、僧衣に着替えた曾良は芭蕉とともに深川を出発しました。

 

この黒髪山で衣更の時節を迎えることとなり、これも何かの因縁。旅の覚悟を新たにしたのではないかと感じられます。

 

また、曾良は僧侶になったので、髪を剃りましたが、一方で「黒髪山」というところに面白さがあります。

 

いずれにせよ、死ぬ覚悟で臨む旅がこれから始まるのだという、旅に向けての心構えが感じられる一句です。

 

作者「河合曾良」の生涯を簡単にご紹介!

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(河合 曾良 出典:Wikipedia

 

河合曾良(1649年~1710年)は江戸時代中期の俳諧師で、松尾芭蕉の『奥の細道』における奥州・北陸の旅に同行した弟子で、蕉門十哲の一人とされています。

 

曾良は信濃国高島城下の下桑原村(現長野県諏訪市)に生まれ、幼名は与左衛門といいました。両親が亡くなると伯母の養子となり、岩波庄右衛門正字と名乗るようになります。12歳の時に養父母が亡くなったため、伊勢国長島の住職・深泉良成に身元を引き取られました。

 

1668年頃より長島藩主松平康尚に仕え、この頃に俳諧を始めたといわれています。

 

30代半ばになると松尾芭蕉門下に入り、芭蕉の旅に随行するようになります。『奥の細道』に随行した時の紀行文『曾良旅日記』は、『奥の細道』を研究する上で貴重な資料とされています。

 

芭蕉より5歳ほど若かった曾良は、芭蕉が亡くなってから十数年生きたといわれています。正確な没年月日は分かりませんが、1710年頃に死去したと伝えられています。