俳句は五七五の十七音の中に季節を表す季語を詠み込む詩で、江戸時代に成立しました。
その後、明治大正を経て近代俳句の中に季語を詠まない無季俳句の一派が誕生しました。
今回は、季語を詠み込まずに戦争を詠んだ「銃後俳句」の騎手「渡辺白泉(わたなべ はくせん)」の有名俳句を20句紹介します。
「戦争が廊下の奥に立つていた」
この句を詠んだ渡辺白泉は、昭和15年、治安維持法違反で投獄された。
彼は俳句を詠んだだけである。 pic.twitter.com/dOR7bsF2ax— はまちゃん (@usagium) October 1, 2017
渡辺白泉の人物像や作風
(渡辺白泉 出典:りんご詩姫のブログ(新))
渡辺白泉(わたなべ はくせん)は、1913年(大正2年)に現在の東京都港区に生まれました。
16歳のとき正岡子規の『子規俳話』を読んで俳句に興味を持ち、慶応大学に進学後した後に「馬酔木」や「句と評論」に投句を始めます。無季俳句論を展開して新興俳句の新鋭として認知されていきました。
1936年に大学を卒業後は三省堂に勤務しつつ西東三鬼らと親交を深め、「風」を創刊します 。1939年には西東三鬼の紹介で「京大俳句」に参加しますが、翌1940年の新興俳句弾圧事件に巻き込まれて執筆停止を命じられてしまいました。
戦時中は三橋敏雄らと共に江戸時代以来の俳諧を研究しながら水面下で句作を続け、名を隠して投句もしています。「銃後俳句(じゅうごはいく)」と呼ばれる戦争中の俳句も作られました。
1944年に応召され敗戦とともに復員しましたが、俳壇には復帰せずに教職につき、1969年(昭和44年)に亡くなっています。
【絵俳句】憲兵の前で滑つて転んぢやつた/渡辺白泉 pic.twitter.com/05Gkzly95E
— 御前田あなた (@anata_omaeda) August 14, 2015
渡辺白泉の作風は、「題詠の方法を季語以外の題に適用する」季語の有無によらない【超季派(ちょうきは)】と呼ばれるものです。
銃後俳句には季語のないものが多いですが、戦時中の古俳諧の研究によって季題の情緒を活かした俳句もあり、変幻自在な俳句を作り出しています。
渡辺白泉の有名俳句・代表作【20選】
【NO.1】
『 鶯(うぐいす)や 製茶会社の ホッチキス 』
季語:鶯(春)
意味:ウグイスが鳴いているなぁ。製茶会社がティーバッグを作るホッチキスの音も聞こえてくる。
春らしいウグイスの鳴き声と、ホッチキスという人工的な音の対比が面白い一句です。パチンと規則正しく鳴っているホッチキスの音の合間にウグイスの声が聞こえてくるようです。
【NO.2】
『 万愚節(ばんぐせつ) 明けて三鬼の 死を報ず 』
季語:万愚節(春)
意味:エイプリルフールが明けてようやく西東三鬼の死を報じた。
西東三鬼は1962年の4月1日というまさにエイプリルフールの日に亡くなりました。嘘だと言われないために日が変わってから報じたのだと故人を悼みながらも人柄を偲んでいる一句です。
【NO.3】
『 われは恋ひ きみは晩霞(ばんか)を 告げわたる 』
季語:霞(春)
意味:私はあなたに恋を告げるが、あなたは夜遅くに霞がかってきたねと告げていく。
恋心をうまく霞と掛けて交わされてしまう青春時代の一幕のような一句です。恋とは夜にかかる霞のように周りが見えなくなってしまう様子であるとしみじみと感じているのがよくわかります。
【NO.4】
『 苗代(なわしろ)に つるす目のない 鴉(からす)かな 』
季語:苗代/苗代案山子(春)
意味:苗代に吊るす目のないカラスの案山子があるなぁ。
ここで吊るされているのは苗代を守るためのカラスの形をした案山子です。精巧な形ではなくともカラスに見えれば良いという農家の知恵が、「目のない」部分から感じ取れます。
【NO.5】
『 鳥篭(かご)の 中に鳥とぶ 青葉かな 』
季語:青葉(夏)
意味:鳥籠の中で鳥が飛んでいる若葉の季節だなぁ。
鳥かごの中で元気に飛び回る初夏の鳥を詠んだ句です。この句にはもう1つ解釈があり、新興俳句弾圧事件によって不自由を強いられた俳人たちを詠んだとも考えられています。
【NO.6】
『 蛍より 麺麭(パン)を呉(く)れろと 泣く子かな 』
季語:蛍(夏)
意味:蛍よりもパンが欲しいと泣く子がいることだ。
この句は小林一茶の「名月を取ってくれろと泣く子かな」が下敷きになっています。終戦直後に詠まれた句で、蛍を眺めるよりも空腹が辛いと泣いている様子を詠んだ句です。
【NO.7】
『 戦争が 廊下の奥に 立ってゐた 』
季語:無季
意味:戦争が廊下の奥に立っていた。
この句は1939年の日中戦争の最中に詠まれています。普段の生活を送る家の廊下の奥に戦争が立っていると表現することで、いつの間にか日常生活まで浸透していく様子を表現しています。
【NO.8】
『 銃後といふ 不思議な町を 丘で見た 』
季語:無季
意味:銃後という不思議な町を丘で見ていた。
前線に向かう軍人を支えるのが「銃後」という支援の概念です。作者は軍人としてではなく銃後という形で戦争に携わる人々が暮らす街を客観的に眺めています。
【NO.9】
『 夏の海 水兵ひとり 紛失す 』
季語:夏の海(夏)
意味:夏の海で水兵を1人紛失してしまった。
「紛失」という物のように表現しているのが戦争の空気を表している一句です。どこまでも広がる海といなくなった水兵というミスマッチが恐ろしさを際立たせています。
【NO.10】
『 憲兵の 前で滑って 転んぢやつた 』
季語:無季
意味:憲兵の前で滑って転んじゃった。
作者は1940年から始まった新興俳句弾圧事件に巻き込まれ、起訴猶予になったものの句作を制限されました。この句はその事件のときの心情を詠んだものと考えられます。
【NO.11】
『 玉音を 理解せし者 前に出よ 』
季語:無季
意味:この玉音放送を理解したものは前に出なさい。
「玉音放送」とは天皇の言葉を伝える放送ですが、一般的には1945年8月15日の終戦宣言を指します。つい先程まで戦争状態にあった日常が突如終わりを告げたことに対して放心している様子が伺える一句です。
【NO.12】
『 稲無限 不意に涙の 堰(せき)を切る 』
季語:稲(秋)
意味:稲が無限に広がっているように見える。不意に涙が堰を切ったように流れた。
戦時中と平和な現在を広がる稲田を見て痛感している一句です。普通の日常から戦争という非日常を思い出し、思わず泣いてしまっています。
【NO.13】
『 鶏たちに カンナは見えぬ かもしれぬ 』
季語:カンナ(秋)
意味:赤い鶏冠をもつニワトリたちには、真っ赤なカンナの花は見えないのかもしれない。
ニワトリは自身が真っ赤なトサカを持っているから赤い色を認識できないのかもしれない、というユーモラスな一句です。しかしこの句のもうひとつの解釈は、二・二六事件を経て戦争へ突き進む時代の流れを感じられない民衆の暗喩と言われています。
【NO.14】
『 街灯は 夜霧にぬれる ためにある 』
季語:夜霧(秋)
意味:街灯は夜霧に濡れるためにあるのかと思うような美しさだ。
作者のデビュー作として知られている一句です。夜を照らす街灯と明かりをかき消す夜霧を対比しつつ、霧の中の街灯の美しさを称えています。
【NO.15】
『 桐一葉 落ちて心に 横たはる 』
季語:桐一葉(秋)
意味:紅葉した桐の葉が一枚落ちて心に横たわっている。
この句は古代中国の淮南子(えなんじ)という人の「桐一葉落ちて天下の秋を知る」という言葉を元にしています。僅かな現象から大勢を予見するという意味の言葉で、戦前の不穏な空気を感じる一句です。
【NO.16】
『 極月の 夜の風鈴 責めさいなむ 』
季語:極月(冬)
意味:12月の夜にしまい忘れられた風鈴の音が責め苛むように鳴っている。
「極月」とは旧暦12月の異称です。本来ならば秋にはしまわれている風鈴が忘れられてそのまま吊るされていて、責めるように音を鳴らしています。
【NO.17】
『 檜葉(ひば)の根に 赤き日のさす 冬至哉 』
季語:冬至(冬)
意味:ヒバの根に赤い日のさす冬至であることだ。
ヒバとはアスナロとも呼ばれる樹木で、根から枝が生えて新しい個体の幹になる特性があります。ここで赤い夕日がさしている「檜葉の根」とは、そういった芽が出ている根なのかもしれません。
【NO.18】
『 寒鴉(かんがらす) 飛びあがりつつ 土を見る 』
季語:寒鴉(冬)
意味:冬のカラスが飛び上がりながら土を見ている。
現在では冬でも都市部では餌が探しやすい環境になっていますが、「寒鴉」はもともと餌のない冬場に餌を求めて歩くカラスの様子をさす季語です。餌を探しながら飛んでいる様子を詠んでいる写実的な一句になっています。
【NO.19】
『 ああ小春 我等涎(よだれ)し 涙して 』
季語:小春(冬)
意味:ああ小春の暖かい日だ。私たちはヨダレをたらし涙を流して恍惚としている。
「涎し涙して」という冬の中の暖かさに恍惚とした様子を表現しています。「小春」とは春の季語ではなく冬の季語で、陰暦10月の頃のことをさします。
【NO.20】
『 蓋のない冬空 底のないバケツ 』
季語:冬空(冬)
意味:蓋がないような冬の青い空を、底のないバケツから眺めているようだ。
この句は「蓋のない冬空」と「底のないバケツ」という2つの名詞が並んでいます。抜けるような青空と手元にある底のないバケツという遠景と近景の対比のほかに、バケツの穴から空を覗いている様子も浮かんでくる句です。
以上、渡辺白泉の有名俳句20選でした!
今回は、渡辺白泉の作風や人物像、有名俳句を20句紹介しました。
戦時中の無季俳句や弾圧事件から始まった古俳諧の研究による伝統俳句など、さまざまな作風があるのが特徴です。
戦争のただ中の俳句とは違った「銃後」からの視点として読み比べてみてください。