俳句は五七五の十七音に季節を表す季語を詠み込む短文の詩です。
江戸時代に成立した俳句は明治大正を経て戦後の現代俳句までさまざまな作風が生まれています。
今回は、現代の俳壇の中心となって活躍している俳人「坪内稔典(つぼうち としのり)」の有名俳句を20句紹介します。
坪内稔典(1944-)俳人
「三月の甘納豆のうふふふふ」
「春の風ルンルンけんけんあんぽんたん」#作家の似顔絵 pic.twitter.com/cysHU6qEgR— イクタケマコト〈イラストレーター〉 (@m_ikutake2) September 19, 2014
坪内稔典の人物像や作風
坪内稔典(つぼうち としのり)は、1944年(昭和19年)に愛媛県に生まれました。
名前の読み方は「としのり」ですが、俳号としては「ねんてん」と読ませています。坪内氏は高校時代から俳句を始め、伊丹三樹彦に師事しました。
大学時代に同級生とともに学生俳句連盟を結成、1976年には若い俳人の拠点となる『現代俳句』を創刊するなど、精力的に活動を続けます。
1985年から2019年まで主宰していた会員制の「船団の会」は多くの現代俳句の俳人を育てました。また、大学時代から取り組んでいた正岡子規の研究でも有名で、現在は京都大学の名誉教授になっています。
本日8月19日は【俳句の日】。俳人で佛教大学教授、京都教育大学名誉教授でもある正岡子規研究家の坪内稔典らが提唱、1991年に制定。夏休み中の子供たちに俳句への興味を持ってもらうのが目的。記念日は「は(8)い(1)く(9)」の語呂合せか pic.twitter.com/7JYr3hvOdn
— でらっくす(macchan) (@macchan358) August 18, 2014
坪内稔典の作風は軽快なリズムで覚えやすくいものが多く、作者本人は覚えやすい「口誦性(こうしょうせい)」と、短く言い尽くせないものという意味の「片言性」と称しています。
坪内稔典の有名俳句・代表作【20選】
【NO.1】
『 たんぽぽの ぽぽのあたりが 火事ですよ 』
季語:たんぽぽ(春)
意味:たんぽぽの「ぽぽ」というあたりが火事ですよ。
「たんぽぽのぽぽ」という表現は江戸時代の俳人が詠んでいることが文献から確認されています。加藤楸邨も同じ表現を使っていて、そこからインスピレーションを受けたと作者は語っている一句です。
【NO.2】
『 三月の 甘納豆の うふふふふ 』
季語:三月(春)
意味:暖かくなってきた3月に頬張る甘納豆は、思わず笑みが込み上げてくる。
この句は1月から12月までの甘納豆を詠む「甘納豆十二句」の1つで、「うふふふふ」という表現で有名な句です。感情ではなく笑い声だけで終わらせることで読む人にさまざまな余韻を持たせています。
【NO.3】
『 春の風 ルンルンけんけん あんぽんたん 』
季語:春の風(春)
意味:暖かな春の風が吹き、ルンルンとけんけんぱをして遊びたくなるあんぽんたんだ。
「ん」の文字が連続するリズムを重視した一句です。「あんぽんたん」とは愚か者などを意味する言葉ですが、ここではリズム重視ということと、年甲斐もなくはしゃぎたいという作者の姿を意味していると考えられます。
【NO.4】
『 水中の 河馬が燃えます 牡丹雪 』
季語:牡丹雪(春)
意味:水の中にいるカバが燃えているように見える牡丹雪の日だ。
この句は作者の自解で、「水中にいるカバが燃えていることはありえないが、ありえないことを描写できるのが表現の世界である」としています。作者はカバ好きとして知られていて、この句以外にも多くのカバの句を詠んでいることで有名です。
【NO.5】
『 多分だが 磯巾着は 義理堅い 』
季語:磯巾着(春)
意味:たぶんだがイソギンチャクは義理堅い生き物なのだ。
岩にしっかりと張り付くイソギンチャクを見て、どんな波が来ても流されない様子を「義理堅い」と詠んでいます。動かないイソギンチャクを義理堅いと称したところに作者の生き物への優しさを感じる一句です。
【NO.6】
『 晩夏晩年 角川文庫 蝿叩き 』
季語:晩夏(夏)
意味:晩夏の晩年に、角川文庫の本をハエたたきに使っている。
「晩」の漢字の繰り返しには、リズム性とともに夏の終わりを強く印象付ける効果があります。最近は殺虫剤を使用することもありますが、ハエを叩くのに手近にあった文庫本を使ってしまう日常生活を詠んでいる句です。
【NO.7】
『 枇杷食べて きみとつるりん したいなあ 』
季語:枇杷(夏)
意味:枇杷を食べて、君とつるりんとしてみたいなぁ。
枇杷を食べる時は皮をツルリと剥いて食べます。「つるりん」という擬音は、琵琶を食べている様子を表す他に一緒に遊びたいという童心を感じる表現です。
【NO.8】
『 走り梅雨 ちりめんじゃこが はねまわる 』
季語:走り梅雨(夏)
意味:走り梅雨が来た。ちりめんじゃこが雨の気配を感じてはね回っている。
「走り梅雨」とは梅雨入りには少し早い5月の上旬頃の長雨を意味する季語です。ちりめんじゃこは実際にははね回りませんが、雨に呼応してはしゃいでいる様子がイメージできる面白い表現です。
【NO.9】
『 サーバーは きっと野茨 風が立つ 』
季語:野茨(夏)
意味:サーバーはきっと可憐な野茨がトゲを持つように風が吹き付けてくるのだろう。
「サーバー」について解釈が2つあり、1つはテニスなどのサーブを打つ人のことです。野茨のように可愛らしい少女から風が立つような鋭いサーブが飛んでくる様子が想像できます。もう1つはIT関連のサーバーで、開発の苦難を野茨のトゲと風の鋭さに託したというものです。
【NO.10】
『 百日草 がんこにがんこに 住んでいる 』
季語:百日草(夏)
意味:百日草は長期間にわたって頑固に頑固に住んでいる。
百日草は開花期間が長く、色とりどりの花を咲かせるため花壇で育てるのに人気の花です。長いものでは5月から11月と半年近く咲くものもあるため、「がんこに」を2度繰り返すほどずっと咲き続けていたのでしょう。
【NO.11】
『 がんばるわ なんて言うなよ 草の花 』
季語:草の花(秋)
意味:頑張るわ、なんて言うなよ。野草の花は咲いているじゃないか。
道端に生えている名も知らぬ花のように、頑張りすぎずに自然体であれと説いている一句です。「言うなよ」というくだけた表現がまるでエールを贈られているように感じます。
【NO.12】
『 影踏みは 男女の遊び 神無月 』
季語:神無月(秋)
意味:影踏みは男女の遊びだ。神様のいないこの神無月に。
「影踏み」はお互いの影を踏みあう遊びですが、ここでは「男女の」と子供以外の遊びであるように詠まれています。明治30年代までは月明かりの下で行われることが多かったこと、神無月という神様のいない期間を見計らっていることから、秘め事のような雰囲気を漂わせる句です。
【NO.13】
『 バッタとぶ アジアの空の うすみどり 』
季語:バッタ(秋)
意味:バッタが飛んでいるアジアの空は薄緑色をしている。
この「うすみどり」という色は、バッタと空の色の両方に掛かっていると言われています。「アジアの」と指定することによって、日本ではなく広々とした大地に飛ぶバッタの姿を連想させる一句です。
【NO.14】
『 野菊また 国家の匂い 千々に咲く 』
季語:野菊(秋)
意味:野菊がまた、国家の象徴である香りを漂わせながら千々に咲いている。
菊の花は天皇家の象徴として使われます。菊の御紋からは香りが連想できませんが、実際の菊の花は強い芳香を放つものが多いです。また、立派な菊ではなく野に咲く野菊を使うことで、身近なものから国家という大きな概念へ昇華していくスケールの大きさが表れています。
【NO.15】
『 あの頃へ 行こう蜻蛉が 水叩く 』
季語:蜻蛉(秋)
意味:あの頃へ行こうとトンボが水を叩いている。
「あの頃」という言葉からトンボを追いかけていた子供の頃を連想する人が多いのではないでしょうか。小川のせせらぎの音とトンボが飛び交う野原の様子が浮かんできます。
【NO.16】
『 風鬼(ふうき)元 風紀係よ 風花す 』
季語:風花(冬)
意味:風の神様は元風紀係だったのではないだろうか。晴天に雪がちらついている。
「風」の文字が3回出てくること、「風鬼」と「風紀」という読みも同じ漢字が繰り返されていることからリズム性が重視されている一句です。晴天にちらつく雪である「風花」の文字から連想したと考えられます。
【NO.17】
『 ケータイの あかりが一つ 冬の橋 』
季語:冬(冬)
意味:ケータイのあかりが1つぽつんと見える冬の橋だ。
「ケータイ」という新しい概念を俳句に詠んだ一例です。歩きながら画面を見ているのか、橋の上を動いていくケータイの明かりが冬という真っ暗に感じる夜に映えています。
【NO.18】
『 雪が来る コントラバスに 君はなれ 』
季語:雪(冬)
意味:雪が来る。コントラバスのようにどっしりとした落ち着いた人に君はなってくれ。
「コントラバス」というめずらしい例え方をしている一句です。コントラバスはジャズの演奏などではベースとして使われる低音の楽器で、吹雪くだろう夜に落ち着いてどっしりと構えていてくれというユーモアのある忠告を「君」にしています。
【NO.19】
『 ふくろうの 闇ふくろうの すわる闇 』
季語:ふくろう(冬)
意味:ふくろうのいる闇、ふくろうが座っている闇だ。
フクロウが潜んでいる闇といえば、寒い冬の真っ暗な森を連想させます。しかし、この句は平仮名を多く使うことでおそろしさや鋭さではなくやわらかな羽毛や丸まっている様子が連想される句です。
【NO.20】
『 冬晴れへ 手を出し足も 七十歳 』
季語:冬晴れ(冬)
意味:冬晴れへ手を出すと老いを感じる手が見える。足も出してみよう、七十歳の冬だ。
この句は作者が70歳の時に詠まれています。晴れた日の中に手足を出すことによって老いを感じつつ、それでもまだ前に進もうという気概を感じる一句です。
以上、坪内稔典の有名俳句20選でした!
今回は、坪内稔典の作風や人物像、有名俳句を20句ご紹介しました。
坪内稔典の俳句はわかりやすい言葉で余韻を持たせつつ、「ケータイ」など現代の概念も取り入れる現代俳句の最先端をいくものです。
坪内稔典の「船団の会」出身の俳人も多くその作風も多岐にわたるため、読み比べてみてはいかがでしょうか。