俳句は五七五の韻律を持つ十七音の言葉で構成される詩です。
季節を表す季語を詠むことで、短い中に様々な風景や心情を表すことができます。
今回は、昭和を代表する俳人である「富沢赤黄男(とみざわ かきお)」の有名俳句を20句紹介します。
戦後70年
戦後を終わらせてはいけないと祈念する。2015.08.15#イマソラ「一本のマッチをすれば湖(うみ)は霧」 富沢赤黄男
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富沢赤黄男の人物像や作風
(東京吉祥寺時代の富澤赤黄男 出典:伊予細見)
富沢赤黄男(とみざわ かきお)は、1902年(明治35年)に現在の愛媛県八幡浜市に生まれました。
1926年に早稲田大学に進学後、松根東洋城の「渋柿」に投句を始めますが、この時はまだ本腰を入れて俳諧に携わってはいません。1932年に俳号を「赤黄男」として山本梅史主宰の「泉」に投句を始め入選します。1933年からは家庭の財政状況の悪化で各地を転々としますが、1935年に日野草城が創刊した「旗艦」に参加し、新興俳句の旗手として頭角を表しました。
1937年からは軍に召集され、戦地から送られてきた富沢赤黄男の前線俳句が「旗艦」に掲載されます。その後は何度か召集解除と召集を繰り返しながら終戦をむかえました。
戦後は現代俳句協会の設立に関わって会員となり、新興俳句弾圧事件で廃刊に追い込まれた「天の狼」を改版発行するなど俳句の普及につとめ、1962年(昭和37年)に亡くなっています。
草二本だけ生えてゐる 時間
富沢赤黄男 pic.twitter.com/S0BOqOvb
— hourin (@hmarble2001) December 2, 2012
富沢赤黄男の作風は「俳句は詩である」という新興俳句の理論と、特徴的な「一字アキ」や象徴的な意味の句を多く作っています。
富沢赤黄男の有名俳句・代表作【20選】
【NO.1】
『 瞳に古典 紺々(こんこん)とふる 牡丹雪 』
季語:牡丹雪(春)
意味:古典の表紙のように紺色の空から、こんこんと白い牡丹雪が降ってくる。
「紺々」は作者の造語で、「古典」と「紺々」で「こ」の字を続けることで調子を取っています。古典の本の表紙の色として作者が思い浮かべた紺色と、実際に雪が降ってくる紺色の空という2つの意味が掛かっている表現です。
【NO.2】
『 羽がふる 春の半島 羽がふる 』
季語:春(春)
意味:羽が降ってくる。春ののどかな半島に羽が降ってくる。
「羽がふる」を2回繰り返すことで、ずっと続いている様子を表現している句です。ウミネコなどの白い羽がのどかな春の半島にひらひらと舞っている幻想的でのどかな様子を詠んでいます。
【NO.3】
『 花粉の日 鳥は乳房を持たざりき 』
季語:花粉(春)
意味:野山に花粉があふれているこの日に、卵で生まれる鳥は乳房を持たないのだ。
植物と鳥の異なる生殖方法を、片方は花粉、片方は乳房で例えています。春になり命を育む豊かな野山や草原の動植物の様子を詠んだ句です。
【NO.4】
『 草二本だけ生えてゐる 時間 』
季語:無季
意味:草が二本だけ生えている空間でこそ感じる時間の流れだ。
作者の最後の句集に収録されている哲学的な一句です。草二本以外何もない空間だからこそ、本来見えない時間の流れが感じ取れるという作者の内面世界を表現しています。
【NO.5】
『 やがてランプに 戦場のふかい闇がくるぞ 』
季語:無季
意味:やがてこのランプの光にも、戦場の深い闇が襲ってくるぞ。
ランプを題材にした前線俳句の連作の1つです。暗い夜の中ではランプの明かりは安心するものですが、戦場では夜は明かりを消さないといけないため「ふかい闇」と表現しています。
【NO.6】
『 青蚊帳に 錨(いかり)のごとく われはねむる 』
季語:青蚊帳(夏)
意味:青い蚊帳を海に見立て、錨のようにどっしりと私は眠っているのだ。
作者が新興俳句で頭角を表し始めた頃の一句です。青蚊帳を海に見立てるにあたって、眠っている自身の重さや眠りの深さを「錨」に例えているのが秀逸な表現になっています。
【NO.7】
『 甲蟲(かぶとむし)たたかへば 地の焦げくさし 』
季語:甲蟲(夏)
意味:カブトムシが戦うと、地が焦げ臭いように激しい戦いになる。
カブトムシが争う時は角を使って相手を持ち上げて放り投げてしまいます。その熱戦の様子を見て、カブトムシの黒光りする体も相まってまるで地面が焦げてしまいそうだと手に汗握る様子を詠んだ句です。
【NO.8】
『 ゆく船へ 蟹はかひなき 手をあぐる 』
季語:蟹(夏)
意味:沖へ去って行く船へカニは甲斐なく手を上げている。
沖へ去っていく船からは見えないと知らずに手を上げているカニの様子を詠んだ句です。この句が詠まれた1935年が戦争直前であるため、船が平和、カニが民衆と解釈して風刺であると考える説もあります。
【NO.9】
『 黴(かび)の花 イスラエルから ひとがくる 』
季語:黴の花(夏)
意味:カビの花が咲く。古代の幻であるイスラエルという国から人が来るらしい。
現在私たちが知るイスラエルという国は1948年の建国で、この句が詠まれた1935年頃には存在していない幻の古代国家でした。「黴の花」というもやっとした存在しないものを当てはめることで、幻のような国家であると作者は感じています。
【NO.10】
『 軍艦が沈んだ海の 老いたる鷗(かもめ) 』
季語:無季
意味:軍艦が沈んだ海に老いたカモメが飛んでいる。
戦後に軍艦が沈んだとされている地を訪れたときの寂寥感あふれる一句です。かつての戦いも今は海の底に沈み、老いたカモメに例えた自分1人だけがそこにいる孤独を詠んでいます。
【NO.11】
『 鶏頭(けいとう)の やうな手をあげ 死んでゆけり 』
季語:鶏頭(秋)
意味:鶏頭のような真っ赤な手を上げて死んでいった。
鶏頭の赤い花は人間の手に例えられます。この句は花そのものを擬人化して詠んだという説と、戦争中に死んでいく戦友たちの様子を詠んだという説の2つが存在しています。
【NO.12】
『 ペリカンは 秋晴れよりも うつくしい 』
季語:秋晴れ(秋)
意味:このペリカンは秋晴れよりも美しい。
俳句で詠まれる鳥としては鶴や雁などが多く、ペリカンを詠んでいるめずらしい一句です。ペリカンは市中にいる鳥ではないため、ここでは秋晴れの日に動物園にやってきたときに詠んだという背景が感じ取れます。
【NO.13】
『 秋風の 下にゐるのは ほろほろ鳥 』
季語:秋風(秋)
意味:秋風の下にあるのはホロホロ鳥だろう。
ホロホロ鳥はアフリカ原産の鳥で、食用になります。日本では鹿児島県や岩手県などごく限られた場所でしか飼育されていないので、ここで詠まれた「ほろほろ鳥」とは「ほろほろ」という言葉の響きから選ばれたのでしょう。
【NO.14】
『 一本の マッチをすれば 湖(うみ)は霧 』
季語:霧(秋)
意味:1本のマッチをすって火をつけてみると、湖は濃い霧で覆われている。
この句は1941年という戦時中に作られました。マッチ1本程度の明るさでは先を見通すことはできないという風刺の感情が込められています。
【NO.15】
『 満月光 液体は呼吸する 』
季語:満月(秋)
意味:満月の光がさし込んでくる。液体は呼吸するように動く。
作者の「一字アキ」の手法を使った一句です。満月の光の中で呼吸するように動く液体というと、気泡を含んだ泉などが思い浮かびます。
【NO.16】
『 蝶墜ちて 大音響の 結氷期 』
季語:結氷期(冬)
意味:蝶が氷の上に落ちて大音響を響かせる結氷期だ。
この句はそのまま読むと落ちた蝶によって氷が割れて大音響がした、という意味になります。蝶を爆弾、大音響を爆発音、結氷期を静まり返った冬の街の隠喩と捉えて、戦争中の空爆の様子を詠んでいるという説もあります。
【NO.17】
『 寒い月 ああ貌(かお)がない 貌がない 』
季語:寒い月(冬)
意味:寒い日に月が出ている。ああ顔がない、顔がない。
顔がないと嘆いているのは月ではなく作者本人という説が有力です。月明かりの下でぼうっとしていると、不意に自分が誰だかわからなくなるような感覚がした時に詠まれたと考えられています。
【NO.18】
『 爛々と 虎の眼に 降る落葉 』
季語:落葉(冬)
意味:爛々と輝く虎の目の前に、爛々と輝く落ち葉が降ってくる。
「爛々と」という表現は目などの輝くものに掛かりますが、ここでは落ち葉にも掛かっています。キラキラと光る落ち葉を見て虎も目を輝かせているようです。
【NO.19】
『 あはれこの 瓦礫の都 冬の虹 』
季語:冬の虹(冬)
意味:哀れに見える。この瓦礫の都にかかる冬の虹が。
空襲を受けた冬の街に、美しい虹が掛かっています。戦争中だろうと街が瓦礫になろうと自然の営みは関係なく続いていくという虚しさを感じる句です。
【NO.20】
『 零(ゼロ)の中 爪立ちをして哭(な)いてゐる 』
季語:無季
意味:無でもある零の中で、無理につま先立ちをして泣いている。
作者の最後の句集『黙示』の最後を飾る句です。何も無い零の中で必死につま先立ちをして泣いている、晩年の作者の内面世界を詠んだ哲学的な一句になっています。
以上、富沢赤黄男の有名俳句20選でした!
今回は、富沢赤黄男の作風や人物像、有名俳句を20句紹介しました。
戦時中の従軍中に詠まれた俳句で有名な作者は、戦場の緊張感と日常生活ののどかさの両極端を体験し俳句に詠んでいます。
戦時中の俳句を詠んだ俳人は同時代にもいますので、ぜひ読み比べてみてください。