【蝶墜ちて大音響の結氷期】俳句の季語や意味・表現技法・鑑賞・作者など徹底解説!!

 

俳句は読み手にどのように想像させるかがポイントの一つです。

 

なかでも「蝶墜ちて大音響の結氷期」という有名な句は難解で、解釈もいつくかあるほどです。

 

 

一見、幻想的な句に思われますが、なぜこの句は解釈が分かれるのでしょうか。

 

本記事では、「蝶墜ちて大音響の結氷期」の季語や意味・表現技法・作者などについて徹底解説していきますので、ぜひ参考にしてみてください。

 

「蝶墜ちて大音響の結氷期」の季語や意味・詠まれた背景

 

蝶墜ちて 大音響の 結氷期

(読み方:ちょうおちて だいおんきょうの けっぴょうき)

 

この句の作者は「富澤赤黄男」です。

 

作者である赤黄男は、昭和期に活躍した新興俳句の一人で前衛的な表現を得意とする俳人です。

 

(※新興俳句…季語や形にとらわない、伝統から脱却した句作をした俳句のこと)

 

季語

この句の季語は「結氷期」で、季節は「冬」を表します。

 

結氷とは、川や湖、海、滝などの水面が全体的に凍りつくことです。

 

水面の温度が0度以下になる必要があり、塩水や滝などは-10度以下と非常に寒いと凍ります。そのため、単なる冬ではなく冷え切った冬の時期を指します。

 

蝶は春の季語ですが、冬蝶という冬の季語が存在するため、今回の句では蝶は「冬蝶」を指すとされています。

 

意味

この句を現代語訳すると・・・

 

「周囲が結氷する時期には、蝶が墜ちる音が大音響に聞こえるようだ」

 

という意味です。

 

一見美しい情景を詠んだ句に見えますが、じつはこの句は戦争について詠んだ俳句で、戦時下の空気感を伝えているのです。

 

この句が詠まれた背景

この句は赤黄男が1940年頃に詠んだ句で、句集「天の狼」に収録されています。

 

 

1940年頃といえば日本は戦時下でした。赤黄男も1937年に召集され、中国各地を将校として転々としていました。しかし、1940年にマラリアに罹患し帰国します。

 

それまでは戦地の前線にいながら句作をしていました。

 

読み方により解釈が異なりますが、戦地の様子を熱心に句作していた経緯もあるため、この句もその一つとされています。

 

直接的な表現でないのは、戦時中は新興俳句への取締が段々と厳しくなっていたためと言われています。

 

戦後、赤黄男は「蝶は『その蝶』ではない」と語っていることから、例えや思いを伝える対象物として使っていることがわかります。

 

これらを踏まえると、赤黄男が戦地で見た、あるいは感じたことを記した句であると言えます。

 

「蝶墜ちて大音響の結氷期」の表現技法

戦争俳句

戦争俳句とは、戦争について詠んだ俳句のことを指します。

 

今回の句は時期を考慮すると、世界大戦に関連する日中戦争のことになります。戦争俳句は戦争を主題とするため、読み手に主題を思わせる季語はありません。

 

ただし今回の句は戦争以外の意味が成立するため、「結氷期」が季語となります。

 

比喩表現

比喩表現とは、何かを表現する際に他の物に例えて説明する技法です。

 

今回の句で注目する点は2点あります。

 

1点目は「蝶墜ちて」の表記です。

 

蝶がおちたならば、墜ちると表記すると重量が重すぎます。つまり重いもの、あるいは「墜落」のイメージがあるものが墜ちたことになります。戦時中のため飛行機が墜落したと考えられます。

 

つまり蝶は飛行機の例えになります。

 

2点目は結氷期です。

 

結氷とは川や湖の全面が凍ることを指します。非常に寒い時期のことですが、蝶が比喩表現であることから、こちらも何かを例えていることになります。

 

句作の時期を踏まえると、指しているのは表立って戦争について詠みづらい状況や長期化する日中戦争が挙げられます。

 

つまり、「結氷期」は戦況や戦時下の凍るほどの空気感を指していると考えられます。

 

体言止め

体言止めとは、文末を名詞や代名詞などの体言で止める技法の事を指します。

 

文末を体言止めにする事で、文章全体のイメージが強調され読者に伝わりやすくなり、また句にリズムを持たせる効果もあります。

 

今回の句末は「氷結期」という名詞で終わっているため体言止めです。

 

「蝶墜ちて大音響の結氷期」の鑑賞文

 

【蝶墜ちて大音響の結氷期】は、赤黄男が感じる戦時下の空気感を伝えています。

 

句をそのまま鑑賞すると、非常に斬新な句になります。

 

「凍りついた蝶が落ちた音は大音響として聞こえるくらい、周囲が静まり返った冷たい時期」と表現しており、コツンという音が鳴り響くことを考えると、世界の終末のような静けさを思わせます。

 

非常に幻想的な句になっています。

 

幻想的な反面、墜ちるや大音響という気になる表現があります。

 

比喩表現として、時代背景を踏まえて解釈すると「飛行機が墜落し爆発する大音響がしており、戦況も空気感も凍りついている時代だ」と考えることもできます。

 

蝶は弱々しく儚い存在を例えることもあり、儚く消えていく命とともに飛行機が爆音を立てている様子も見てとれます。

 

さらにこの句が詠まれた後ですが、新興俳句の俳人が検挙されるという事件が起こりました。そのような背景も考えると、露骨に暗い戦況や空気感を表現できない状況でした。

 

美しい情景を持っていますが、その裏に悲しさのある裏腹な句です。

 

作者「富澤赤黄男」の生涯を簡単にご紹介!

 

富澤赤黄男(とみざわ かきお)。1902年生まれ1962年没。本名は富澤正三(とみざわ しょうぞう)、愛媛県出身の俳人です。

 

赤黄男は開業医の長男に生まれます。その後早稲田大学に入学・卒業し、国際通運(現在の日本通運)で勤務しますが、父の医師廃業により愛媛県に戻ります。

 

国立第二十九銀行(現在の伊予銀行)に務め、この頃から本格的に句作を始めます。

 

1937年に戦争へ召集され中国に赴任しますが、マラリアにより帰国し、1941年に再度召集されます。この間の句を句集「天の狼」として発表しています。

 

また戦後も俳人として活躍し、現代俳句協会を設立しています。句の特徴は抽象的で読み手に考えさせるものや、オノマトペを使用したものなど前衛的な表現方法が挙げられます。

 

富澤赤黄男のそのほかの作品

 

  • 鶴昏れて煙のごとき翼ひけり
  • 翡翠よ白き墓標のあるところ
  • 豹の檻一滴の水天になし
  • 靴音がコツリコツリとあるランプ
  • 砲音の輪の中にふる木の実なり
  • 花粉の日 鳥は乳房をもたざりき
  • 窓あけて虻を追ひ出す野のうねり
  • 秋暑し豹の斑の日に粘り
  • 冬蝶の夢崑崙の雪雫