【何もかも散らかして発つ夏の旅】俳句の季語や意味・表現技法・解釈・鑑賞など徹底解説!!

 

現代で活躍する女性俳人「大高翔」。

 

彼女は現在も句作を中心にエッセイの執筆や校歌作詞など幅広く活躍しています。

 

今回は彼女の作品の中から『現代の国語3』(中学国語教科書)にも掲載されている「何もかも散らかして発つ夏の旅」という句をご紹介します。

 

 

本記事では、「何もかも散らかして発つ夏の旅」の季語や意味・表現技法・解釈・鑑賞など徹底解説していきますので、ぜひ参考にしてみてください。

 

「何もかも散らかして発つ夏の旅」の季語や意味・詠まれた背景

 

何もかも 散らかして発つ 夏の旅

(読み方:なにもかも ちらかしてたつ なつのたび)

 

この句を詠んだのは、現在でも活躍中の女性俳人「大高翔(おおたかしょう)です。

 

季語

この句の季語は「夏の旅」で、文字通り夏の季語になります。

 

シンプルに夏と書くことで、この句は夏の句であると印象付けることができますが、夏のどの時期に当たるのか、想像を膨らませなければなりません。

 

意味

この句を現代語訳すると・・・

 

『旅に出よう、狭い一人の部屋は散らかしたままでいい。短い夏が過ぎ去ってしまわないうちに』

 

という意味になります。

 

この句からは、狭い部屋のなかは書類などで散らかっている状態であることが分かりますます。

 

そんな部屋のなかに作者は一人。今の季節は夏、夏らしいことなどせずに、ただ部屋にこもる日々…。

 

そのとき、ふと「そうだ、旅に出ようと。折角の夏なのだから、夏を満喫しにいかなくては。」と思い立ったのでしょう。

 

この句が詠まれた背景

この句の作者である「大高翔」は、句作、エッセイ、校歌作詞など幅広く活躍している俳人です。

 

多忙を極めており、やらなければならない仕事も山積みだと察することができます。

 

その忙しさのなかでも、精力的に句を作っていたとき、夏の風景に心奪われたのです。

 

そのとき彼女の心には、爽やかな夏を満喫したい気持ちが芽生えました。

 

夏の楽しさを味わっていないなんて、何て勿体ないのだろう。そこで、何もかもを投げ捨て、旅に出ることにしたのです。

 

「何もかも散らかして発つ夏の旅」の表現技法

体言止め「夏の旅」

体言止めとは、下五語を名詞または代名詞で締め括る技法のことです。

 

ここでは「夏の旅」がそれにあたります。

 

「夏の旅」と締め括ることでいかに夏を満喫できる旅に憧れ、旅立つ楽しみに溢れているかを伝えています。

 

句切れなし

句切れとは、意味や内容・調子の切れ目のことをいいますが、ここではその切れ目がありません。

 

そのため「何もかも散らかして発つ夏の旅」で一つの意味を表しており、「句切れなし」の句になります。

 

「何もかも散らかして発つ夏の旅」の鑑賞文

 

【何もかも散らかして発つ夏の旅】の句の一番の魅力は、作者の心の自由さにあります。

 

溜まった仕事で散らかってしまった一人の部屋。しかし、そんな状況を放り投げて旅に出る自由さが、読む人の心を引き付けます。

 

もし、彼女が仕事人間なら、このような行動には出ません。

 

どこまでも広がる夏空のように、作者は自由を求め、自由であることを選択したのです。

 

旅から戻ると溜まりっぱなしの仕事が待っています。ですがそれを気にせず、自由に羽ばたいた彼女の姿は、自由であり誰よりも夏を満喫しています。

 

作者「大高翔」の生涯について簡単にご紹介

「大高翔」は日本の女性俳人で、13才のときに「藍花」俳句会主催であった母の薦めで俳句の道に進みました。

 

現在は句作を中心にエッセイの執筆、校歌作詞、そして長女出産をきっかけに子どもたちや、初心者への俳句指導に精力的に取り組んでいます。

 

2010年から海外での俳句ワークショップを開催し、句会体験や季語の解説によって、日本文化の魅力を伝える活動も行っています。

 

藍花俳句会副主宰にして俳人協会幹事として俳句の魅力・素晴らしさを伝えています。

 

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