俳句には表現を効果的にする技(修辞法)がいくつかあります。
今回はその中の「切れ字」と「係り結び」について、その特徴やそれぞれの違いを説明します。
目次
切れ字と係り結びの違い
切れ字と係り結びの違いは2つあります。
1つは「効果」、もう1つは「文法(言葉づかいのルール)」です。
【効果】
- 切れ字・・・「詠嘆」と「句切れを表現すること」
- 係り結び・・・「意味の強調すること」
【文法】
- 切れ字のルール・・・助詞「かな」「けり」「や」を用いること。
- 係り結びのルール・・・助詞「ぞ」「なむ」「や」「か」を用いることに加えて、その後に出てくる単語(句末や意味の切れ目にあたる単語)の形を変化させること。
ここからは切れ字と係り結び、それぞれの意味や効果を詳しく解説していきます。
切れ字について簡単にわかりやすく解説
切れ字とは、「かな」「けり」「や」の3つの助詞のことをいいます。
それぞれ少しずつ効果が違うので、実際の句を例に見てみましょう。
さまざまの 事思ひ出す 桜かな (松尾芭蕉)
「かな」は詠嘆を表します。詠嘆とは感動でしみじみと心が動かされることです。上の句でいうと、「見ていると様々なことを思い出す桜だなあ」という強い感動を表現するために使われます。
桐一葉 日当たりながら 落ちにけり (高浜虚子)
「けり」は詠嘆や気づきを表します。「桐の葉が一枚、日に当たりながら落ちたのだなあ」というように、桐の葉が落ちた一瞬の情景に気づいたことと、その気づきに対する感動を表すのが「けり」の役割です。
菜の花や 月は東に 日は西に (与謝蕪村)
最後は「や」を用いた句です。「や」は詠嘆以外に句切れを表します。
詠嘆は「かな」「けり」と同じなので、上の句で言うと「一面に咲く菜の花を見た感動」を強く表す効果があります。
もう一つの句切れというのは、意味や場面を切り替えることです。
ドラマや映画でカットが変わってシーンが切り替わるのと似ています。上の句では最初に地面の菜の花に視点がありますが、「や」の後は空の様子に視点が移っています。このように「や」を用いることによって、受け手に見せる景色を切り替える効果があります。
以上のように、切れ字には「かな」「けり」「や」の3種類があり、詠嘆・気づき・句切れを作る効果があります。
係り結びについて簡単にわかりやすく解説
特徴
係り結びの特徴は、助詞と結びの語が対応していることです。
まず、係り結びを作るのは「ぞ」「なむ」「や」「か」「こそ」の5つの助詞です。
この中のどれか1つが句の中にあると、この助詞は結びの単語(多くは句末の単語)に変化を及ぼします。
変化を及ぼすことを「係る」といい、それが結びの語に及ぶので、「係り結び」といいます。
結びの語に及ぶ変化とは、「ぞ」「なむ」「や」「か」の場合は単語が連体形に、「こそ」の場合のみ已然形に変わることです。
A 海水浴犬ぞ器用に泳ぎをる
B 海水浴犬こそ器用に泳ぎをれ 共に筆者作
Aの句は助詞の「ぞ」があるので、句末が連体形になっています。句末の「をる」は現代日本語の「いる」のことです。
普通句末は終止形になるので、「をる」ではなく「をり」となるはずですが、「ぞ」が係ることによって「をる」という連体形になっています。
Bの句は「こそ」があるので、句末は「をり」ではなく「をれ」という已然形になっています。
効果
係り結びの効果は、「意味の強調」です。
これはどの助詞を用いても変わりません。
「こそ」は現代の日本語でも使われているのでわかりやすいかもしれません。
「今日宿題をやろう」というより、「今日こそ宿題をやろう」というほうが、「今日」という日が強調されています。
上の句で言えば、Aの句もBの句も、「その場にいる人間や他の生き物よりも犬が器用に泳いでいる」というように、犬を強調していることになります。
以上のように、係り結びとは句の中に助詞「ぞ」「なむ」「や」「か」「こそ」のどれか1つがあり、結びの語がその助詞に対応した形に変化していることをいいます。句における効果は意味の強調です。
切れ字と係り結びの見分け方
切れ字と係り結びの見分け方のポイントは、「使われている助詞が異なる点」です。
切れ字は「かな」「けり」「や」が用いられており、係り結びには「ぞ」「なむ」「や」「か」「こそ」が用いられます。
「や」はどちらともに用いられるのでややこしく思うかもしれませんが、係り結びは結びの語の活用の変化とセットで現れるので、句の中に「や」があり、かつ結びの語が連体形になっていればそれは係り結びと言えます。
ちなみに係り結びが使われている句は、切れ字が使われている句より数が多くありません。
切れ字を用いた句のほうが圧倒的に多いのです。係り結びは古典の散文(物語や日記など)や和歌に多く見られ、俳句にはそれほど多くは用いられないようです。
切れ字を使った有名俳句【3選】
【NO.1】小川軽舟
『 マヨネーズ おろおろ出づる 暑さかな 』
季語:「暑さ」(夏)
意味:マヨネーズが高い気温で溶け、容器を押すとどろりと緩く出てくるような暑さだなあ。
【NO.2】村上喜代子
『 林檎もぎ 空にさざなみ 立たせけり 』
季語:「林檎」(秋)
意味:木から林檎をもぎ取ると枝や葉が揺れた。その揺れが空へと伝わり、空に小さな波を立たせたのだなあ。
【NO.3】松尾芭蕉
『 古池や 蛙飛びこむ 水の音 』
季語:「蛙」(春)
意味:古い池があるなあ。そこは静まり返っていて、蛙が飛び込んだ水の音が響き渡る。
係り結びを使った有名俳句【2選】
【NO.1】高浜虚子
『 海女とても 陸(くが)こそよけれ 桃の花 』
季語:「海女」(春)・「桃の花」(春)
意味:海で仕事をする海女とはいえ、陸こそがよい場所だろう。陸には桃の花が咲いて暖かい。
【NO.2】与謝蕪村
『 秋の空 昨日や鶴を 放ちたる 』
季語:「秋の空」(秋)・「鶴」(冬)
意味:秋の空に昨日鶴を放ったのだ。今日はもう鶴はおらず、澄んだ空が広がるばかりだ。
上記の句はいずれも季語が複数含まれる季重なりの状態になっています。
しかし、「海女」の句の「海女」という語は季節を感じさせるためというよりも、作者の見ている景色の説明として使われているので、この句で重きを置かれている季語は「桃の花」と言えます。
同じように「秋の空」の句も、「鶴」を使って冬の景色を読んでいるわけではなく、「秋の空」の様子を詠む句になっているため、中心となる季語は「秋の空」と言えます。
「海女」の句では「海よりも陸こそが」という具合に係り結びによって「陸」を強調しています。同じように「秋の空」の句は「昨日」という時間を強調し、今日の秋空の様子を表しています。
さいごに
今回は切れ字と係り結びの特徴や効果について見てきました。
どちらも日常の言葉遣いで見かけることはありませんので、慣れない表現に思うかもしれません。
しかし、裏を返せば普段耳慣れないということは、切れ字も係り結びも俳句特有の響きを感じさせてくれる表現と言えるかもしれません。