俳句は五七五の十七音の言葉と韻律に季語を詠み込むことによって、さまざまな景色や心情を表現する詩です。
江戸時代に始まった俳句文化は、現代に到るまで多くの作風を世に送り出してきました。
今回は、大正から昭和にかけて活躍した「富安風生(とみやす ふうせい)」の有名俳句を20句ご紹介します。
昭和50年の富安風生。 pic.twitter.com/48oQAiLHbE
— 豆犬888 (@mameinu888) August 4, 2017
富安風生の人物像や作風
(風生庵と桜 出典:Wikipedia)
富安風生(はら せきてい)は、1885年(明治18年)に愛知県豊川市に生まれました。
風生は第一高等学校を経て現在の東京大学に入学し、卒業後は逓信省に入庁。しかし、病のため休職して平塚へと居住を移します。
34歳のときに吉岡禅寺洞の手引きを受けて高浜虚子に面会し、『ホトトギス』に投句を開始しました。風生の俳人人生はほかの俳人たちと比べて遅めのスタートとなっています。
その後、東大俳句会の結成や逓信省内の俳句雑誌『若葉』の選者などを経た後に1936年に職を辞し、俳句に没頭する生活が始まりました。
風生は避暑地として戦後まもなくから亡くなる前年まで山中湖の湖畔に住んでおり、多くの俳人を育てています。その縁で山中湖には「風生庵(ふうせいあん)」という作者を偲んだ展示館があるほどです。
文学の森風生庵は無料で見学でき、静かな雰囲気を楽しめる。いい縁側だなぁ。 pic.twitter.com/TaqTlFENde
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その後、日本芸術院の会員などを経て、1979年に94歳で亡くなっています。
富安風生の作風は「中正・温雅」「穏健・妥当な叙法」と高浜虚子に評されています。わかりやすい言葉でわかりやすく表現する特徴のほかに、「竈猫」など新たな季語を高浜虚子に認めさせるなど、季節感にも優れていました。
富安風生の有名俳句・代表作【20選】
【NO.1】
『 まさをなる 空よりしだれ ざくらかな 』
季語:しだれざくら(春)
意味:真っ青な空からしだれ桜が降ってくるように咲いているなぁ。
しだれ桜の真ん中から上を見上げると、まるで空から降ってくるように花が垂れています。「空」という漢字が1文字だけという点も、より強調される効果を発揮している句です。
【NO.2】
『 みちのくの 伊達の郡の 春田かな 』
季語:春田(春)
意味:みちのくの伊達の郡の春の田んぼだなぁ。
「みちのく」「伊達」と歴史を感じる言葉を用いつつ、春の田んぼののどかな風景を詠んでいます。松尾芭蕉の『おくのほそ道』を彷彿とさせる句です。
【NO.3】
『 春の町 帯のごとくに 坂を垂れ 』
季語:春(春)
意味:春を迎えた町だ。まるで帯のように坂道が垂れているように見える。
坂が多い都市では、下から見ると坂の道が上から下へ帯を垂らしているように見える、というユーモアのある句です。坂の街と言われて連想する場所も、読んだ人それぞれであるところも面白い表現になっています。
【NO.4】
『 生くること やうやく楽し 老の春 』
季語:老の春(春/新年)
意味:生きていることがようやく楽しくなってきた老齢の春だ。
「老の春」には老齢でむかえる春と、春が深まっていく様子の2つの意味があります。ここではどちらの意味も掛かっていて、歳をとってようやく俳句に没頭できるようになった作者の様子を詠んだ句です。
【NO.5】
『 三月の 声のかかりし 明るさよ 』
季語:三月(春)
意味:三月になったなぁと声がかかると周りが明るく感じるなぁ。
暦の上では春でもまだまだ寒い2月から春本番になる3月をむかえ、喜んでいる句です。3月になったなぁという言葉を聞くだけで周りが明るくなったように感じるという鋭い季節感を詠んでいます。
【NO.6】
『 露涼し 朝富士の縞 豪放に 』
季語:露涼し(夏)
意味:朝露が降りて涼しい朝だ。朝の富士山の縞模様のような山肌が豪放に見える。
作者には富士山を詠んだ句が多く残されていて、そのうちの一句です。富士山麓の山中湖に避暑に来ていた作者にとって、朝の富士山を観察することは楽しみの一つだったでしょう。
【NO.7】
『 一生の 楽しきころの ソーダ水 』
季語:ソーダ水(夏)
意味:一生の中で楽しかった頃のソーダ水を思い出した。
青春時代に友人たちと飲んだソーダ水を思い出したのでしょうか、人生を懐古している句です。楽しかった頃に飲んだり食べたりしたものを思い出すと、当時の思い出が釣られるようによみがえってきます。
【NO.8】
『 しまうまが シャツ着て跳ねて 夏来る 』
季語:夏来る(夏)
意味:シマウマがシャツを着て喜んで跳ねているような立夏の日だ。
「夏来る」は立夏を意味する季語です。シマウマがまるで縞模様のシャツを着て跳ねている子供に見えたのでしょうか、おとぎ話のような一句になっています。
【NO.9】
『 山百合を 捧げて泳ぎ 来る子あり 』
季語:山百合(夏)
意味:山百合を捧げ持つように泳いでくる子がいる。
対岸に咲いていた山百合をつんできた子供が、濡らさないように注意して泳いで戻ってくる様子が浮かんできます。まるで捧げ持つように、と表現した作者の鋭い視点が光る句です。
【NO.10】
『 蝶低し 葵の花の 低ければ 』
季語:葵の花(夏)
意味:蝶が低く飛んでいる。葵の花はまだ低い位置に咲いているからだ。
葵の花とは「立葵」のことです。人の背丈ほどのびる葵で、下から順に花をつけていきます。蝶が低いところを飛んでいるので、まだ葵の花は低い位置に咲いている、という意味の句です。
【NO.11】
『 よろこべば しきりに落つる 木の実かな 』
季語:木の実(秋)
意味:私が喜べば喜ぶほど、しきりに落ちていく木の実であることだ。
木の実が落ちていくのを喜んで見つめている無邪気な一句です。まるで子供たちの視点に立ったような句で、秋の楽しみを満喫しています。
【NO.12】
『 秋晴の 運動会を してゐるよ 』
季語:秋晴(秋)
意味:秋晴れの中で子供たちが運動会をしているよ。
前書きに「北海道で1日電車に乗り続けたときの句」とあるように、北海道での一コマです。一日中車窓から外を眺めている最中に元気な子供たちの声が聞こえて、ふと目を奪われた様子が浮かんできます。
【NO.13】
『 わからぬ句 好きなわかる句 ももすもも 』
季語:もも(秋)
意味:わからない句も好きなわかる句もある。ももすももなど良い例だ。
「すももも ももも もものうち」という早口言葉を連想させる句です。いろいろな俳句を詠んで構わないのだという気持ちにさせる励ましの句に思えます。
【NO.14】
『 すずかけ落葉 ネオンパと赤く パと青く 』
季語:落葉(秋)
意味:鈴懸の落葉は、ネオンがパッと色を変える度に赤く青く色が変わっていく。
「すずかけ」はプラタナスの一種で、街路樹によく使われています。当時のネオンサインは今のように瞬時に変わるものではなかったため、パッと時間を置いて変わるたびに近くの落葉も色を変えているように見えたのでしょう。
【NO.15】
『 法師蝉 煮炊といふも 二人かな 』
季語:法師蝉(秋)
意味:ツクツクボウシが鳴いている。来客で忙しかったが、今は煮炊きといっても2人分で済むのだなぁ。
夏の間は多くの友人や弟子たちが訪れていて、食事の支度も大変だったのでしょう。ツクツクボウシが鳴く頃になると一段落して、夕飯の支度は2人分で良かったかと笑いあっているような一句です。
【NO.16】
『 何もかも 知つてをるなり 竈猫 』
季語:竈猫(冬)
意味:猫はかまどの中でずっと家を見ている。何もかも知っているような顔だ。
「竈猫」とは火を落としたかまどの中で丸くなっている猫のことで、この句によって季語として成立しました。少し温かさの残るかまどの中で1日家を観察している猫に、わからないことなどないというユーモアのある句です。
【NO.17】
『 冬銀河 らんらんたるを 惧れ(おそれ)けり 』
季語:冬銀河(冬)
意味:冬の天の川がらんらんと輝いているのが少し怖く感じる。
「惧れ」とは危惧する、という言葉に使われるように、懸念しているような感情を意味します。本来冬の天の川は夏に比べてぼんやりとしているはずですが、いやにはっきりと輝いていることに少し怖くなっている句です。
【NO.18】
『 家康公 逃げ廻りたる 冬田打つ 』
季語:冬田(冬)
意味:かの家康公が敗走して逃げ回ったというあたりの冬の田んぼが耕されている。
徳川家康はいくつかの戦で敗走していますが、その伝承が残る付近の田んぼを詠んだ句です。戦国時代はすでに遠い昔で、今は田んぼを耕すほど長閑な景色になっています。
【NO.19】
『 厨の灯 おのづから点き 暮早し 』
季語:暮早し(冬)
意味:キッチンの明かりが自然と早く点くようになる冬の日暮れの早さよ。
「暮早し」とは冬の日暮れの早さを意味する季語です。夕飯の支度をするキッチンに明かりが灯る時間も自然と早くなる冬の生活の一コマを切り取っています。
【NO.20】
『 年の内に 春立つといふ 古歌のまま 』
季語:年の内に春立つ/年内立春(冬)
意味:まだ年も開けないうちに立春を迎えるという、古今和歌集にあるとおりの年だ。
立春は新暦では2月3日前後で春の季語ですが、旧暦では稀に年が明ける前に立春を迎える場合があります。これを「年内立春」といい、冬の季語になるめずらしい年です。古今和歌集にも出てくる年内立春の年だと少しはしゃいだ句になっています。
以上、富安風生が詠んだ有名俳句20選でした!
今回は、富安風生の作風や人物像、有名俳句を20句ご紹介しました。
富安風生の句はわかりやすい句から風流を重んじた句まで多彩な作風で、詠みやすいものが多いのが特徴です。
ふとした瞬間に思い出すような俳句が多いので、富安風生の俳句について調べてみてはいかがでしょうか。