俳句は五七五の十七音に季節を表す季語を加えて表現する短文の詩です。
短い言葉に季語を詠みこむことでさまざまな風景や心情を表すことができます。
今回は、芥川賞の名前の由来でも有名な文豪「芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ)」が詠んだ名句を20句ご紹介します。
芥川龍之介イケメン…/// pic.twitter.com/bjH0uN0l
— Miyavi Kishinami (@yana_willow_pen) October 1, 2012
芥川龍之介の人物像や作風
(芥川龍之介 出典:Wikipedia)
芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ)は、大正期を代表する文豪として有名で、現在でも「芥川賞」としてその名が残されています。
芥川龍之介は1892年に東京都に生まれ、1歳になる前に母方の生家である芥川家に預けられました。
芥川家は代々徳川家に使えた奥坊主の家系です。奥坊主とは茶室を管理し設定する役目の坊主で、転じて将軍の身の回りの世話もしていた名家でした。そのため、明治大正を経ても文化的な嗜好が強く、芥川龍之介という作家の原点にもなっています。
芥川は第一高等学校に進学し、後に文豪として切磋琢磨することになる菊池寛や久米正雄と出会います。大学時代には『新思潮』を創刊し、文学者としてスタートを切りました。
(東京帝国大学を卒業する1916年頃の『新思潮』のメンバー 出典:Wikipedia)
その後は夏目漱石に師事し、俳人としても活動を開始します。俳号は「我鬼」を使用することが多かったと言われています。
『羅生門』『鼻』など精力的に活動を続けますが、1921年頃から体調を崩し、『河童』など自分の半生や人間社会を描く作品が多くなっていきました。体調は好転しないまま、1927年に服毒自殺で亡くなりました。
昭和あの顔この顔(24)
昭和2年7月24日、自宅で服毒自殺をした、作家・芥川龍之介。その生前最後の写真がこれ。ちなみに遺書には、
「生かす工夫、絶対に無用」と書かれてあった。彼の葬儀の際に弔辞を読んだ、作家・菊池寛は、8年後に芥川賞を創設した。 pic.twitter.com/7yIRcyHZ7r— オダブツのジョー (@odanii0414) September 23, 2016
芥川龍之介は文学作品のほかに俳人としても知られており、その作風は師事した夏目漱石のほかに、松尾芭蕉や正岡子規の影響を強く受けています。
芥川龍之介の有名俳句・代表作【20選】
【NO.1】
『 藤の花 雫とめたる たまゆらや 』
季語:藤の花(春)
意味:藤の花が雫をとどめている。その雫はまるで玉のようにこすれ合う音がするようだ。
「たまゆら」とは玉がこすれ合うかすかな響きのことを意味します。藤の花にたまった雫が、美しい玉のように見えたという一句です。
【NO.2】
『 凧三角、四角、六角、空、硝子 』
季語:凧(春)
意味:三角や四角、六角形の色とりどりの凧が上がっている。凧がきらめく空はステンドグラスや切子細工の硝子のようだ。
仮名がなく、読点で区切られているだけという面白い俳句です。現在ではあまり見られなくなりましたが、お正月にたくさんの凧が上がっている様子を硝子細工に例えたと言われています。
【NO.3】
『 昼見ゆる 星うらうらと 霞かな 』
季語:霞(春)
意味:昼に見える星のように、麗らかに見える霞んだ空であることだ。
「うららか」も春の季語ですが、ここでは霞が強調されているため、霞を季語としています。日の光を受けて輝く霞んだ空を星に例えた一句です。
【NO.4】
『 花曇り 捨てて悔なき 古恋や 』
季語:花曇り(春)
意味:桜が咲いていても曇っている日は、かつての恋を捨てても悔いはなかったと思い起こすことだ。
せっかくの桜のシーズンも、作者は曇り空で気分が沈んでいます。かつての恋を思い返して悔いはなかったと回想している、物思いにふける句です。
【NO.5】
『 春雨の 中や雪おく 甲斐の山 』
季語:春雨(春)
意味:春雨が降る中で、雪が置くように残っている甲斐の山々よ。
高い山では春雨が降る季節になっても、雪渓として雪が残っている場所が多くあります。この句は降り続く春雨でも溶ける気配のない雪を詠んだ句です。
【NO.6】
『 青蛙 おのれもペンキ ぬりたてか 』
季語:青蛙(夏)
意味:青蛙よ、お前もペンキを塗りたてのような色をしているな。
まるでペンキを塗ったような色合いの青蛙を見て詠まれた句です。「おのれも」とあることから、単に青蛙を見ての感想ではなく、自分と同じように装いだけは立派であるという自虐も入っていると言われています。
【NO.7】
『 兎も 片耳垂るる 大暑かな 』
季語:大暑(夏)
意味:ウサギも片耳を垂れるほど暑い大暑の日であることよ。
猛暑をウサギに託して詠んでいます。いつもはピンと立っているウサギの耳でさえ垂れてしまうほどの暑さに辟易しているようです。
【NO.8】
『 更くる夜を 上ぬるみけり 泥鰌汁 』
季語:泥鰌汁(夏)
意味:ドジョウ鍋を食べていたら夜が更けていった。鍋の上の方はもう冷めてしまったなぁ。
この句は松尾芭蕉の「夏の夜や 崩れて明けし 冷やし物」が下敷きになっていると言われています。どちらも夏の夜の宴が終わると、残った食事が冷めてしまったなぁという寂しさを詠んだ句です。
【NO.9】
『 蝶の舌 ゼンマイに似る 暑さかな 』
季語:暑さ(夏)
意味:蝶の舌がゼンマイのように見えるこの夏の暑さだなぁ。
「異常なほど研ぎ澄まされた神経から詠まれた幻想の句」という評価が下されている一句です。蝶は植物のゼンマイに似た器官を持っていますが、春の花ではなく夏の暑さとともに詠んでいるため、暑さの見せる幻のような感覚を持たせています。
【NO.10】
『 松風を うつつに聞くよ 夏帽子 』
季語:夏帽子(夏)
意味:松に吹く風の音を現実のものとして聞いているよ、麦わら帽子を被って。
この俳句は、1925年に起こった関東大震災の直後に増上寺の付近を歩いていて詠んだ句であるという前書きがついています。夢であればどんなにいいか、という災害の中を、これは現実なのだとはっきりと突きつけられている様子が伺える句です。
【NO.11】
『 風落ちて 曇り立ちけり 星月夜 』
季語:星月夜(秋)
意味:風が落ちてくるように吹いて、曇ってきてしまった美しい星月夜だ。
「星月夜」とは月のない晩に星の光が美しく夜空を彩っている様子を表す季語です。美しい星空も、にわかに吹いてきた風が運ぶ雲で隠れてしまっていく様子を詠んでいます。
【NO.12】
『 怪しさや 夕まぐれ来る 菊人形 』
季語:菊人形(秋)
意味:怪しく見えるなぁ。夕暮れで薄暗さが近づいてきたときに見る菊人形は。
「菊人形」とは、菊の花で作る人形のことです。顔の部分だけを人形として作り、衣服を菊の花で表現することが多く、夕闇で見ると怪しい魅力を放っていたことでしょう。
【NO.13】
『 ぎやまんの 燈籠ともせ 海の秋 』
季語:秋(秋)
意味:ギヤマン製の灯篭を灯せ、海にも秋が来た。
ここで言う海とは宍道湖のことで、ガラス張りの石灯籠が当時から存在していたことが知られています。「燈籠」も秋の季語ですが、ここではその名物の石灯籠の説明と取り、秋を季語としました。
【NO.14】
『 初秋の 蝗(いなご)つかめば 柔かき 』
季語:初秋(秋)
意味:秋の初めのイナゴをつかめばまだ柔らかい体だった。
イナゴは都市部ではあまり見ない昆虫で、農家にとっては天敵であり佃煮などにして食べる栄養源でもありました。実際にイナゴを捕まえてみたのか、想像の中の一句なのか解釈のわかれる句です。
【NO.15】
『 ぢりぢりと 向日葵枯るる 残暑かな 』
季語:残暑(秋)
意味:じりじりとした太陽の光で、向日葵が枯れていく残暑であることだ。
暦の上では秋とはいえ、まだまだ暑い盛りです。あまりの太陽の光の強さに向日葵も枯れてしまうほどの残暑にウンザリしています。
【NO.16】
『 木枯らしや 目刺しに残る 海の色 』
季語:木枯らし(冬)
意味:木枯らしが吹いているなぁ。どこか青っぽいメザシに海の色が残っているように見える。
木枯らしが吹く寂しい冬が到来しても、メザシの色合いにどこか青い海を思い出すという鋭い観察眼が光る一句です。メザシはイワシを干したものなので、干されてもなおかつていた海の色を宿す様子に感動しています。
【NO.17】
『 或夜半の 炭火かすかに くづれけり 』
季語:炭火(冬)
意味:ある日付が変わった頃の真夜中に、炭火がかすかにくずれていった。
当時の暖房器具は隅を使った火鉢などが主でした。夜の冷え込む時間帯に興していた炭火が灰になって崩れるかすかな音が聞こえるようです。
【NO.18】
『 蝋梅や 雪うち透かす 枝のたけ 』
季語:蝋梅(冬)
意味:蝋梅が咲いているなぁ。花の色が積もっている雪を透かしているように見える枝の伸び方だ。
蝋梅は1月頃に咲く冬の花です。まだ雪が積もっている屋外で、雪が溶けかけて透けているような蝋梅の花の情景を詠んだ写実的な句になっています。
【NO.19】
『 元日や 手を洗ひをる 夕ごころ 』
季語:元日(冬/新年)
意味:元日が来たなぁ。手を洗っていると夕方頃に正月を迎えたのだと実感する。
朝から色々と忙しかった元日も夕暮れをむかえ、手を洗っていてふと正月なのだと思い返した様子を詠んでいます。1日が終わりかけるときにようやく落ち着いた気持ちでその日を振り返る、ありきたりで特別な行動を詠んだ句です。
【NO.20】
『 水涕(みずばな)や 鼻の先だけ 暮れ残る 』
季語:水涕(冬)
意味:水のように薄い鼻水が出る。そんな鼻の先だけが夕暮れに残るように見えている。
「自嘲」と題された一句です。作者はこの句を託して亡くなったため辞世の句と思われていますが、この句自体はかなり初期の作と言われています。「暮れ残った鼻の先」については作者の『鼻』という小説に自尊心の象徴として出てきていて、自身の小説を引用しているのではないかとも考えられています。
以上、芥川龍之介が詠んだ有名俳句20選でした!
今回は芥川龍之介について、俳句の特徴や人物像、有名な俳句を20選紹介してきました。
文学が非常に有名な芥川龍之介ですが、俳人としても高い評価を受けています。
小説とは違った作風の俳句が多いので、読み比べてみてはいかがでしょうか。