和歌や詩には「恋」をテーマにしたものが数多くあります。
それに対して俳句は「恋」を詠ったものが少ないように感じられますが、実は俳句にも「恋」の句は多くあります。
ゆるやかに
着てひとと逢ふ
螢の夜 桂 信子
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— 桃花 笑子 (@nanohanasakiko) July 15, 2015
兄以上 恋人未満 掻氷 /黛まどか 掻氷(かき氷)
溶けてなくなってしまうような乙女心がすねている感じが清々しい pic.twitter.com/TNFrhFP73A— 白山ポンプ屋 (@sirayamaponpuya) October 17, 2017
17文字という限られた中で「恋」を詠う俳句は、読み手に切ない感情を揺さぶらせてくれます。
今回は、そんな「恋」をテーマにした有名俳句を30句紹介していきます。
恋をテーマにしたおすすめ有名俳句【前編10句】
【NO.1】黛まどか
『 会ひたくて 逢いたくて踏む 薄氷(うすごおり) 』
季語:薄氷(春)
意味:会いたい逢いたいと思いながら靴でそっと踏んでみる薄氷であることだ。
作者は、現代俳句の代表的な女流俳人です。
「薄氷」とは「春」の季語で、春でも薄く水に張る氷のことをいいます。「薄氷」は、日を浴びるとすぐに解けてしまうため、はかないイメージをもつ季語です。
作者は、恋しい人に会いたい気持ちが募っていますが、なかなか会う勇気が持てず一歩踏み出せないでいるのでしょう。「会いたい」「逢いたい」と繰り返す対句法と、「薄氷」を踏むという動作が、恋の切なさを伝えます。
【NO.2】中村苑子
『 人妻に 春の喇叭(らっぱ)が 遠く鳴る 』
季語:春(春)
意味:家で夫の帰りを待つ人妻に、春の喇叭の音が遠くで鳴っている。
この句での「喇叭(らっぱ)」とは、豆腐屋のラッパの音なのでしょう。
「人妻」とは、夫の帰りを待つ作者なのではないかと考えられます。
一人料理をしながら自宅で夫の帰りを待つ人妻は喇叭の音を聞き、夫に会いたい気持ちが募ったのでしょう。夫への恋しい気持ちが伝わってきます。
【NO.3】藤田湘子
『 恋猫の 跳梁(ちょうりょう) 下宿 捨てもせず 』
季語:恋猫(春)
意味:恋猫がはねまわっている下宿を捨てもしない。
恋猫とは「春」の季語で、春先の繁殖期に猫が鳴く独特の声のことをいいます。
跳梁とは「はねまわる」という意味です。春になると毎晩のように「恋猫」たちが作者の下宿先をうるさく跳ねまわります。
その音はとても騒々しいものですが、作者は慣れ親しんだ下宿に愛着があり新居を探そうとは思わないのです。
【NO.4】桂信子
『 ゆるやかに着てひとと逢ふ 蛍の夜 』
季語:蛍(夏)
意味:ゆるやかに着物を着て人と逢う、蛍の夜のことだ。
「蛍」は夏の季語で、求愛を示す「蛍の光」は和歌や俳句など多くの文学で「恋」のテーマとしてあつかわれることが多い言葉です。
「ゆるやかに着て」から始まるこの句は優美な雰囲気があり、また着物の襟を「ゆるやかに」着ることで、恋しい人に作者が心を許していることが伝わってきます。
また、この句は上の句と中の句がつながる「句またがり」の手法を用い、「ゆるやかに着てひとと逢ふ」と一気に読ませることで、より優美なリズムを句にもたらしています。
夏の夜にゆるやかに着物を着つけることで男性に心許していることを伝えているのでしょう。
【NO.5】岡本眸
『 夫(つま)愛す はうれん草の 紅(べに)愛す 』
季語:はうれん草(春)
意味:夫を愛する、そしてほうれん草の紅も愛している。
はうれん草は、「ほうれん草」のことで「春」の季語です。
現在では、1年中店頭に並んでいますが、本来は冬から春にかけて収穫する野菜です。「はうれん草」は根本が美しい紅色をしています。
作者は恋しい夫に栄養のとれた食事を作る準備のため、ほうれん草の茎を洗っています。
「はうれん草」の紅色が夫に恋する気持ちと合わさり、幸せな情景を描く句となっています。
【NO.6】炭太祇
『 初恋や 灯籠(とうろ)によする 顔と顔 』
季語:灯籠(秋)
意味:灯籠の下で、そっと顔と顔を寄せ合う初恋であることだ。
「灯籠」は秋の季語で、盆の夜にともされる灯籠のことです。
作者は江戸時代の有名な俳人で、この句は恋愛の名句といわれています。
秋の夜、灯籠の明かりの下でそっと男女が顔と顔を寄せ合っているのでしょう。
「初恋」の語が、どこか初々しい恋の様子を伝えます。
【NO.7】橋本多佳子
『 雪はげし 抱かれて息の つまりしこと 』
季語:雪(冬)
意味:激しく雪が降る外を見ていると、息がつまるようにあの人から抱かれた日を思い出す。
作者が38歳の時、夫を亡くしています。この句は作者が外の吹雪を見つめながら、夫に激しく抱かれた日を思い出しているのでしょう。
「息のつまりしこと」の語が、「息もできないくらい強く抱かれた」ことを鮮烈に表現しています。
もう会うことも抱きしめてくれることもない亡き夫への、作者の切なく恋しい気持ちがひしひしと伝わる句です。
【NO.8】野澤節子
『 初夢の あひふれし手の 覚めて冷ゆ 』
季語:初夢(新年)
意味:初夢の中で会って触れた手のぬくもりが、目覚めると冷えてしまった。
初夢は「新年」の季語で、元旦か二日の夜にみる夢のことです。
初夢の中で作者は恋する人と出会ったのでしょう。
彼と握り合った手は熱いほどの温もりだったのに、夢から覚めた後の世界では自分の手が冷たかったのです。
作者の手に残る、恋しい人の手のぬくもりがまるで現実のことのように伝わってきます。
【NO.9】鷹橋狩行
『 スケートの 濡れ刃携へ 人妻よ 』
季語:スケート(冬)
意味:スケート靴の刃が濡れたような光を放ち、それを携えた人妻であることだ。
作者が、スケートをする人妻に一瞬の恋心を抱いた句です。
スケート靴の刃が濡れたように光る様子は、艶っぽく官能的な色気を醸し出します。
美しい人妻が、その光を携えて作者の前を横切ったのでしょう。
まさに一瞬の恋の句です。
【NO.10】高柳重信
『 きみ嫁(ゆ)けり 遠き一つの 訃(ふ)に似たり 』
季語:なし
意味:君が嫁ぐ知らせを聞いた。それは遠い一つの訃報に似ている。
この句は、季語が無い「無季俳句」です。
結婚は何よりも幸せなものですが、作者にとってかつて好きだった女性が嫁ぐという知らせはまるで訃報のように暗いものに聞こえたのです。
好きだった相手ともう結ばれることはない、という悲恋の句です。
恋をテーマにしたおすすめ有名俳句【中編10句】
【NO.11】大高翔
『 逢ふことも 過失のひとつ 薄暑光(はくしょこう) 』
季語:薄暑光(夏)
意味:逢うことも過失のひとつである、薄暑光のもとで。
薄暑光とは「初夏」の季語で初夏の太陽の光を意味します。
初夏の太陽の光が照らす中、恋しい人にやっと会えたけれど、もしかするとそれはいつか「逢わない方がよかった」と思うことになってしまうかもしれない、と作者は不安に感じたのでしょう。
恋する相手とは、会うことが決して許されない間柄の女性なのかもしれません。
片思いとは、相手に会えたときの喜びとは裏腹に、様々な不安がつきまとうものです。「過失」の語が、そんな複雑な片思いの感情を表現する効果を生んでいます。
【NO.12】杉田久女
『 枯野路に 影かさなりて 別れけり 』
季語:枯野路(冬)
意味:冬、草が枯れ果てた野原の道を、恋人と影が重なるように歩いたが、その後別れて帰ってきたことだ。
枯野路とは「冬」の季語で、冬に草が枯れ果てた野原を意味し、古来より「わび」「さび」を表現する「枯野の美」として和歌などにも詠まれた語です。
お互いを想い合う二人は、まるで影が重なるように寄り添いながら枯野路を歩いています。
互いが別れる場所へと着いてしまうと、なんとも言えない切ない気持ちが作者にあふれてきたのでしょう。
「このまま二人でいたい」と願う作者の想いが、読み手にも伝わってくる句です。
【NO.13】夏目漱石
『 伽羅(きゃら)焚て 君を留むる 朧(おぼろ)かな 』
季語:朧(春)
意味:伽羅を焚いて君を留める朧の夜であることだ。
伽羅はアローウッドとも呼ばれ、火をつけると独特な芳香を放つお香のことです。
朧は「春」の季語で、春の夜の景色全てがぼんやりとかすんで見えることをいいます。
恋しい相手が帰ろうとしたとき、作者は「伽羅」を焚いて引き留めようとしたのでしょう。
「朧」と「伽羅」という美しい語が、幻想的な雰囲気と淡い恋の様子を表しています。
【NO.14】正岡子規
『 くるしさや 恋の下萌(したもえ) ほの緑 』
季語:下萌(春)
意味:なんと苦しいことだろうか、恋が草木の芽生えのようにほのかに緑色である。
下萌とは春の季語で、冬枯れ果てた野山に春が訪れ、草木の芽が地面からわずかに生えてくることをいいます。
下萌は、和歌では「ひそかに恋焦がれる」という意味を掛けて使われることがあります。この句も「下萌」を、「恋の芽生え」と「恋の火が燃える」意味の両方を持たせているのでしょう。
また、「くるしさや」と切れ字「や」を用いることで、恋の苦しい思いが強く読み手に伝えます。
【NO.15】鈴木真砂女
『 死なうかと 囁かれしは 蛍の夜 』
季語:蛍(夏)
意味:一緒に死のうかとささやかれたのは、蛍の夜のことだった。
親からの反対を押し切った夫との恋愛結婚、妻帯者との不倫、そして離婚と恋に満ちた波瀾万丈の人生を送った作者の句です。
季語「蛍」は、切ない恋心を詠う句によく使われます。
蛍の光しかない暗闇で、密かに逢った恋人に「一緒に死のうか」とささやかれたのです。
叶うことのない恋の苦しさ、ロマンティックな情景が思い描かされます。
【NO.16】高浜虚子
『 虹立ちて 忽ち(たちまち)君の 在る如し 』
季語:虹(夏)
意味:虹が立つと、すぐそこにあなたがいるようだ。
虹は夏の夕立の後に見られることが多いことから、夏の季語としてあつかわれています。
「虹」は美しく、そして一瞬のうちに消えてしまうことから、はかない恋を詠う際に使われることが多い語です。
虚子の切ない恋の歌です。
【NO.17】松本恭子
『 恋ふたつ レモンはうまく 切れません 』
季語:レモン(秋)
意味:恋がふたつ、レモンはうまく切れません。
レモンは、店頭では一年を通して並びますが、本来の収穫期が秋のため「秋」の季語としてあつかわれます。
「二人の恋しい人。どちらを選ぶかなんてできない」と恋の選択で迷う作者の心を、「レモンはうまくきれません」と口語調にすることで爽やかに表現しています。
【NO.18】松尾芭蕉
『 紅梅や 見ぬ恋作る 玉すだれ 』
季語:紅梅(春)
意味:美しい紅梅が咲く家に、玉すだれがかけてある。この家にはまだ見たことがない恋があるのかもしれない。
紅梅とは、艶やかな紅色の梅の花のことで「春」の季語です
「玉すだれ」は、昔貴族が飾り立てた宮中の簾(すだれ)のように、美しい玉が飾られたすだれのことをいいます。和歌では、よく男女の恋を隔てるものとして使われた語です。
紅梅が薫る家に、玉すだれが雅やかに飾られているのを見た芭蕉は、その向うにまだ見ぬ恋人がいるのかもしれない、と想像にふけっているのでしょう。
【NO.19】与謝蕪村
『 河童(かわたろ)の 恋する宿や 夏の月 』
季語:夏の月(夏)
意味:夏の月の下、河童が恋する宿があることだ。
夏の月は、夏の夜空に浮かぶ涼しさを感じさせる月のことです。
河童は、空想上の生物「カッパ」のことですが、ここでは「かわたろ」と読みます。
「河童が、恋する人の泊まる宿を眺めている」という幻想的な世界を詠っています。
「河童」が密かに恋しているのは、人間の女性なのでしょう。
【NO.20】黛まどか
『 兄以上 恋人未満 かき氷 』
季語:かき氷(夏)
意味:兄以上恋人未満の片思いは、このまま続けるとかき氷のように溶けてしまいそうだ。
年上の男性に恋する女性。その関係は「兄以上恋人未満」、というとても微妙なものなのです。
「こんな関係を続けていたら、私のあなたへの想いも、かき氷のように溶けてなくなってしまうのに」というやるせない想いが込められているのでしょう。
恋をテーマにしたおすすめ有名俳句【後編10句】
【NO.21】与謝蕪村
『 目に嬉し 恋君の扇 真白なる 』
季語:扇(夏)
意味:恋をしている人の扇が真っ白なのは目に嬉しいなぁ。
恋しい人の扇が、その人によく合う真っ白なものだったことを喜んでいる一句です。「目に嬉し」とあるため遠くからこっそりと覗いたのかもしれません。暑い中で白い扇は一際目を引いたことでしょう。
【NO.22】小林一茶
『 山猫も 恋は致すや 門のぞき 』
季語:猫も恋/猫の恋(春)
意味:山猫も恋をするようだ。門を覗き込んでいる。
春は猫が恋をする季節として季語に取り上げられています。門を覗き込む猫を見て、まるで人間が好きな人の家を覗き込んでいるようだと面白がっている様子を詠んだ一句です。
【NO.23】服部嵐雪
『 我恋や 口もすはれぬ 青鬼燈(ほおずき) 』
季語:青鬼燈(夏)
意味:私の恋は、口吸いもできない青い鬼灯のようなものだ。
「口吸い」とはキスのことです。鬼灯は実が赤く熟すと笛を作って吹く遊びがありますが、青い鬼灯では行いません。同じように、自分も好きな人に何もアクションを取れない青い恋であると自嘲している一句です。
【NO.24】高浜虚子
『 春雨の 衣桁(いこう)に重し 恋衣 』
季語:春雨(春)
意味:春雨が降る中で、衣掛けには恋をする女性のずっしりとした着物が掛けられている。
「衣桁」とは着物を掛けておく衣掛けのことです。ここでは春雨に濡れた着物と、恋をしている人は重い荷物を背負っているとする「恋重荷」というエピソードを掛けています。
【NO.25】宝井其角
『 むかしせし 恋の重荷や 紙子夜着 』
季語:紙子(冬)
意味:昔した恋の重荷だなぁ。この紙で作られた夜着は。
江戸時代では紙で作られた防寒着があり、「紙子」と呼ばれていました。軽い紙子の夜着と恋の重荷を対比させることで、過ぎ去った年月を思い起こしている一句です。
【NO.26】橋本多佳子
『 七夕や 髪ぬれしまま 人に逢ふ 』
季語:七夕(秋)
意味:七夕だなぁ。髪が濡れたまま人に会う。
「髪濡れしまま」というのは、洗髪をして乾かす暇もないままという意味と、七夕の故事になぞらえて「天の川を待ちきれず渡ってきたので濡れている」という両方の意味が掛かっています。あなたに会いたくて急いで来たのですよと表現している一句です。
【NO.27】三橋鷹女
『 鞦韆(しゅうせん)は 漕ぐべし愛は 奪ふべし 』
季語:鞦韆(春)
意味:ブランコは漕ぐものだ。そして愛は奪うものだ。
「鞦韆」とはブランコの古い呼び方で、中国で主に使われる春の祭具でした。ブランコを漕ぐように愛は奪うものだと詠むこの句からは作者の気性を感じさせます。ブランコが揺れるように、何度も奪いにいってやろうという気迫を感じさせる一句です。
【NO.28】黛まどか
『 別な人 見てゐる彼の サングラス 』
季語:サングラス(夏)
意味:別な人を見ている彼のサングラスの視線の先だ。
サングラスに覆われていれば目線が分からない、と「彼」は思っているのでしょうが、作者には別の人を見ているのがお見通しだったようです。誰かを見ている彼に対して少し拗ねている感情が「サングラス」とあくまで無機物を詠むところに感じます。
【NO.29】上村占魚
『 ねんごろに 恋のいのちの 髪洗ふ 』
季語:髪洗ふ(夏)
意味:熱心に恋の命の髪を洗う。
「髪は女の命」などと言われることもありますが、ここでは「恋の命」と呼んでいます。相手に髪の美しさを褒められたのか、逢瀬の前にしっかりと洗う様子がいじらしい乙女心を感じさせる一句です。
【NO.30】芥川龍之介
『 花曇り 捨てて悔なき 古恋や 』
季語:花曇り(春)
意味:花曇りを見ていると、捨てて悔いがないと思える古い恋だ。
「花曇り」とは桜が咲いている時期の曇り空のことです。花曇りの日に古い恋を回想していたのでしょうか、終わっても良い恋だったのだと自分の中で決着をつけるようにこの句を詠んでいます。
以上、恋をテーマにした有名俳句でした!
今回は、恋をテーマにした有名俳句を30句紹介しました。
恋の俳句には秘めた片思いを詠ったものが多く、句の読み手にも恋の切なさ・苦しさ・嬉しさという様々な感情を呼び起こしてくれます。
恋する気持ちが込められた俳句を楽しみ、またご自分でもぜひ作ってみてください。