わずか17音で描かれる世界観が美しい「俳句」。
日本が生み出した芸術ですが、今や世界中の人々から愛され、親しまれています。
今回は、大正から昭和にかけて活躍した俳人・松本たかしの作である「とつぷりと後ろ暮れゐし焚火かな」という句をご紹介します。
とつぷりと
後ろに暮れゐし
焚火かな
松本たかし#折々のうたー春夏秋冬ー冬 #松本たかし句集 #松本たかし pic.twitter.com/4HdFrZCa1J
— 菜花 咲子 (@nanohanasakiko2) December 10, 2018
本記事では、「とつぷりと後ろ暮れゐし焚火かな」の季語や意味・表現技法・鑑賞などについて徹底解説していきますので、ぜひ参考にしてみてくださいね。
目次
「とつぷりと後ろ暮れゐし焚火かな」の作者や季語・意味
とつぷりと 後ろ暮れゐし 焚火かな
(読み方:とつぷりと 後うしろくれゐし たきびかな)
この句の作者は「松本たかし」です。松本氏は、大正から昭和にかけて活躍した写生を得意とする俳人です。
(※写生…実物・実景を見てありのままに写し取ること)
この句は『松本たかし句集』(1956年)に所収されています。
季語
こちらの句の季語は「焚火」で、季節は「冬」を表します。
焚火は暖を取るために落ち葉や枯木、廃材などを燃やすことをいい、冬によく見る光景ですので冬の季語に分類されます。
意味
この句を現代語訳すると・・・
「焚火をしながら暖をとり、炎の明るさに見入っている。ふと、後ろを振り返ってみると、すっかり日が暮れ、あたりは真っ暗になっていたよ。」
といった意味になります。
焚火に手を暖めながら話でもしていたのでしょうか。ふと後を振り向くと、とっぷりと日は暮れ、あたりは暗くなっていることに気がつきます。この句からは空間(焚火に面する前と背後)と時間の経過が詠み込まれています。
闇から取り残され、そこだけは赤々と燃えている焚火。そんな焚火を囲んでいるような雰囲気を詠んだ句です。
「とつぷりと後ろ暮れゐし焚火かな」の表現技法
この句で使われている表現技法は・・・
- 切れ字「かな」(句切れなし)
- 「とっぷりと」(擬音語)
- 助動詞「し」
になります。
切れ字「かな」(句切れなし)
切れ字とは、「かな」「けり」「や」などの語で、句の切れ目に用いられ強調や余韻を表す効果があります。
この句は、下五「焚火かな」の「かな」が切れ字です。
暗闇に浮かぶ焚火の美しさにふと気づいたときの驚きを「かな」を用いて表現しています。
また、句の途中に句切りはありませんので、「句切れなし」となります。
「とっぷりと」(擬音語)
「とっぷりと」という言葉は、日がすっかり暮れる様を表す副詞で、夕日が西の空の地平線の下へ完全に落ち、しっかりと暗くなったことを表しています。
地平線が夕日を飲みこんだときの音を「とっぷり」という擬態語で表現したことが始まりだといわれています。
この句は「とっぷりと」という言葉で始まることで、あたりはすっかり日が暮れ、暗闇に包まれていることをより効果的に読み手に伝えています。
助動詞「し」
「暮れゐし」の「し」は、過去の助動詞「き」の連体形で、後に続く「焚火」を修飾しています。
直訳すると「背後は日が暮れた焚火」となり、背後の暗闇と目の前に赤々と燃える焚火を対比し、焚火の美しさを強調しています。
「とつぷりと後ろ暮れゐし焚火かな」の鑑賞
冬の風物詩である「焚火」。作者は、赤々と燃える焚火の火色に心を奪われ、見入っています。
どのくらい、焚火を見つめていたのでしょうか、ふと気づくと背後はとっぷりと日が暮れ、闇に包まれています。
懐かしい焚火の情景の中に夜の妖しい雰囲気を感じます。
また、「炎の明るさと夜の闇」「炎の動きと背後に忍び寄る静寂」といった2つの事柄の対比が見事に表現されています。
暗闇の中、赤々と燃える焚火の魅力がとても美しく表現されている句です。
作者「松本たかし」の生涯を簡単にご紹介!
松本たかし(1906年~1956年)は東京都出身の俳人で、本名を松本孝といいます。
能楽師一家に生まれ、5歳の頃から能を志しますが、病のため断念。病床で読んでいた『ホトトギス』をきっかけに俳句に興味を持ち、俳句に専心することとなります。
1922年、16歳の頃に父の能仲間の句会「七宝会」に参加し、翌年から高浜虚子に師事することになります。
1948年、能の師匠であった宝生九郎をモデルにした伝記小説『初神鳴』を発表し(小説はのちに映画化されました)、小説家としても活躍しました。
1954年、第四句集『石魂』において第5回読売文学賞(詩歌俳句賞)を受賞しますが、1956年に起こした脳溢血で言語喪失状態となり句作が途絶えます。その数か月後に心臓麻痺により亡くなりました。
松本たかしは、能で培った美意識を活かし、芸術性が高く、優雅で格調高い俳句が特徴で、『ホトトギス』を代表する俳人、川端茅舎や中村草田男らと並び、称されました。また、俳誌『笛』を創刊・主宰するなど、俳壇にも大きく貢献しました。
松本たかしのそのほかの俳句
- 玉の如き小春日和を授かりし
- 金粉をこぼして火蛾やすさまじき
- チチポポと鼓打たうよ花月夜
- 春月の病めるが如く黄なるかな
- 海中に都ありとぞ鯖火燃ゆ
- 夢に舞ふ能美しや冬籠
- 水仙や古鏡のごとく花をかゝぐ
- 雪だるま星のおしやべりぺちやくちやと