日本の秋には「台風」という嵐が訪れます。
「台風」の非日常的な怖さと、台風が去った後の澄み切った空のすがすがしさは、人びとの心を打ちます。
今回は、そんな「台風」に関するおすすめ有名俳句を30句紹介していきます。
颱風の カンナ吹き折れ ポスト立つ 石田波郷 pic.twitter.com/67c5FHu3Ns
— だいちゃん (@daichan_aichi) September 18, 2017
目次
秋の季語「台風」について
季語「台風(颱風)」は秋真っただの9月(旧暦8月)「仲秋の季語」として扱われています。
台風の語源は、中国語、アラビア語、ギリシャ語などとするものがありますが、一般的には、英語の「typhoon」の音に漢字をあてたものとされています。
この台風の語が日本の季題として使われるようになったのは、大正時代からと言われており、昔から俳句の題材として用いられてきました。
また、江戸時代から使われている「台風」と同じものとされている季語が「野分(のわき)」です。
野分は、台風によってもたらされる秋の暴風のことを意味し、雨よりも「風」が主体となっています。
「野分(のわき)」
台風に伴う暴風。
野を分け、草木を分ける強い風を野分(のわき)といいます。#暦生活 #秋 #処暑
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「台風」に関するおすすめ有名俳句【前編10句】
【NO.1】高浜虚子
『 颱風の 名残の驟雨(しゅうう) あまたふたたび 』
季語:颱風(秋)
意味:台風が過ぎ去った後、その名残の驟雨が再び多く降っている。
驟雨とは「にわか雨」のことで積雲や積乱雲から急に降り始め、しばらくすると止む雨をいいます。
台風が過ぎた後、襲ってくるにわか雨は、思ったよりも強いものです。
【NO.2】森田峠
『 放課後の 暗さ台風 来つつあり 』
季語:台風(秋)
意味:放課後の教室の暗さに、台風が来つつあることを感じる。
台風が近づくと、空はどんよりと曇り、周りの景色も暗くなります。その様子は、どこか不気味なものです。
主体が先生か生徒なのかわかりませんが、いつもならまだ明るさが残るはずの放課後の教室が、どんよりと暗くなっていることに「台風の襲来」という非日常を感じ取っているのでしょう。
【NO.3】富安風生
『 颱風に 吹きもまれつつ 橡(とち)は橡(とち) 』
季語:颱風(秋)
意味:颱風に吹きもまれながらも、橡の木は橡の木として立っている。
橡とは「橡の木」(栃の木)のことです。「橡の木」は古来より日本にある木で、日本各地の深山の谷間で広くみられます。高さ35メートル程にも成長する高木です。
台風の嵐に山の木々は大きくもまれていますが、高木の「橡の木」はその中で他の木と紛れることなくしっかりとした姿をしているのでしょう。「橡は橡」と言い切る形で終わらせることで、読み手に嵐の中での「橡の木」の姿を、想像させます。
【NO.4】高田風人子
『 戻り来し 台風に傘 取られしと 』
季語:台風(秋)
意味:台風に傘を取られたと戻ってきたことだ。
この句は、語の順番を逆にする倒置法を用い、句の印象を強めています。
子どもが「台風の風に傘を壊されてしまった」と家に戻ってきたのでしょうか。
台風の強風で、折れてしまった傘の姿がありありと浮かんできます。
【NO.5】与謝蕪村
『 鳥羽殿へ 五六騎いそぐ 野分かな 』
季語:野分(秋)
意味:鳥羽殿へ五六の武者が駆けていく野分であることだ。
「鳥羽殿」とは、現在の京都市伏見区鳥羽に、11世紀末白河天皇が退位後の御所として作った離宮のことです。
台風が吹きすさぶ中、五六騎の武者が鳥羽殿へ急ぐというただならない情景ですが、これは与謝蕪村が平安時代中期の時代を空想して詠んだものです。
【NO.6】篠原凰作
『 颱風や 守宮(やもり)は 常の壁を守り 』
季語:颱風(秋)
意味:颱風よ、ヤモリはいつもと同じく壁を守っていることだよ。
守宮とは、ヤモリのことです。「家守」とも書きます。
台風の嵐の中でも、ヤモリは壁に這りついて動かないのです。
家守とも書くヤモリがまさしく「家の守り神だ」と作者が感じているのが、「常の壁を守り」という語から読み手に伝わってきます。
【NO.7】夏目成美
『 三日月の ひかりを散らす 野分かな 』
季語:野分(秋)
意味:三日月の光を散らしてしまう野分であることだ。
【NO.8】松尾芭蕉
『 吹き飛ばす 石は浅間の 野分かな 』
季語:野分(秋)
意味:激しい野分の風が、浅間山の小石までも吹き飛ばしてしまうことだ。
この句は、『更科紀行』に収められた、芭蕉が45歳の時の作品です。
浅間とは、群馬県と長野県にまたがる標高2568mの円錐火山を指します。
噴火によってできた小石を吹き飛ばす程の、台風の風の強さが感じられる句です。
【NO.9】石田波郷
『 颱風に 吹きつ吹かれつ 投函す 』
季語:颱風(秋)
意味:颱風の強風から吹かれたり吹き戻されたりされながら、手紙を投函する。
「吹きつ吹かれつ」と、完了の意味を表す助動詞「つ」を続けて用いています。
それによって、台風の強風から吹かれたり吹き戻されたりしながら、ようやく手紙をポストに入れた作者の様子が、読み手にひしひしと伝わってくる効果を生んでいます。
【NO.10】野見山朱鳥
『 海女(あま)潜る 上を走れる 野分波(のわきなみ) 』
季語:野分波(秋)
意味:海女が海に潜るその上を走る野分波だ。
野分波とは、野分によって起こった海の波のことをいいます。
海女とは、海に潜り貝や海藻を採集する漁を生業とする、女性のことです。
作者は、海中の「海女」と水上の「野分波」を、「上を走れる」という語を用いることで見事に対比しています。
海女にとって大変恐ろしい、台風によって荒れた海の情景が伝わってきます。
「台風」に関するおすすめ有名俳句【中編10句】
【NO.11】座間游
『 包丁を研ぎ 台風を待ちゐたり 』
季語:台風(秋)
意味:包丁を研いで台風が来るのを待っている。
「台風」と「包丁を研ぐ」の取り合わせが面白い句です。
「台風」の前に、人はいろいろと備えますが、作者は「包丁を研ぐ」ことをしているのです。嵐が来る緊張感の中で、日常的な「包丁を研ぐ」行為が印象的です。
【NO.12】大野林火
『 野分きし 翳(かげ)をうしろに 夜の客 』
季語:野分(秋)
意味:野分が来たその影を後ろに、夜の客が訪れてくれた。
この句は、体言止めを用い、「夜の客」で終わることで句にリズムをつけています。
台風の中、作者の家へと訪れてくれた「夜の客」。その後ろには、台風の雨風が激しさを増しているのが見えたのです。
【NO.13】中村吉右衛門
『 台風の去って 玄界灘の月 』
季語:台風(秋)
意味:台風が去ってその後には、玄界灘の月が美しく輝いている。
この句は、句またがりの手法を用い、「台風の去って 玄界灘の月」と流れるようなリズムを持たせています。
「玄界灘」とは、大きな大陸棚が特徴の、九州北西部の海域のことです。
台風が過ぎ去った後の夜空に浮かぶ、玄界灘の月。暗雲立ち込めた空と打って変わり、美しい月の光が辺りを照らします。
【NO.14】相生垣瓜人
『 台風が 木犀(もくせい)の香を 払拭す 』
季語:台風(秋)
意味:台風が木犀の香りを払拭してしまった。
木犀とは、白い小さな花が咲き淡い香りを漂わせる、ギンモクセイのことです。
この句は、擬人法を用い「台風がモクセイの香りを払拭してしまった」としました。
払拭とは、「すっかりぬぐいさる」ことです。払拭を用いることで辺りに漂っていたギンモクセイの香りが、台風によってすっかり消されてしまったことを強調する効果を生んでいます。
【NO.15】蜂須賀花
『 野分なか 窓にはりつく 三姉妹 』
季語:野分(秋)
意味:台風の中、窓にはりついて外を見る三姉妹であることだ。
「台風」の風が吹きすさぶ外は、子供達にとって怖いながらも興味の湧くものです。
三姉妹がそろって窓にはりつき、外の台風の様子を見ようとするその後ろ姿を、作者は少しほのぼのとした気持ちで眺めているように感じられます。
【NO.16】森川暁水
『 颱風の いちじつ飯の 火も焚かず 』
季語:颱風(秋)
意味:台風が来るその一日、飯の火も焚かない。
普段は毎日焚く飯を、炊かない台風の一日。台風が非日常的なものであることが伝わってきます。
【NO.17】大場思草花
『 台風の報(ほう) 刻々と 産気づく 』
季語:台風(秋)
意味:台風の知らせが来る中、刻々と産気づく。
台風が近づいてくるという中、刻々と産気づく作者。
「刻々と」の語が、迫る出産の時を、読み手に時計の秒針が聞こえてくるように伝えてきます。「台風」と「出産」どちらも非日常的なものの取り合わせによって、句に緊張感を持たせています。
【NO.18】清水万里子
『 颱風あと かかるところに 子の風車 』
季語:颱風(秋)
意味:颱風の後、あちらこちらで子どもの風車が回っている。
台風が過ぎた後は、今までとは逆から「吹き返し」の強い風が吹きます。
「台風」で外に出られなかった子供達が、台風が過ぎ去り外で風車を回して風を楽しんでいるのでしょう。風車のまわる音が、こちらにも響いてくるような句です。
【NO.19】中村草田男
『 白墨の 手を洗ひをる 野分かな 』
季語:野分(秋)
意味:野分の中で、白墨がついた手を洗っている。
作者が、職員室から窓の外の台風を見て詠んだ句です。
校庭は、台風の風で吹き荒れているのでしょう。
「内」と「外」の世界の違いが、くっきりと表現されています。
【NO.20】高浜虚子
『 大いなる ものが過ぎ行く 野分かな 』
季語:野分(秋)
意味:大いなるものが過ぎてゆく野分であることだ。
この句は、季語「野分」(台風)のみについて詠っています。
季語のことだけを句に詠うことを、「一物(いちぶつ)仕立て」といい、この句はまさにこの手法を用いたものです。「野分」を「大いなるもの」とする、虚子の観察眼の深さを感じる句となっています。
「台風」に関するおすすめ有名俳句【後編10句】
【NO.21】炭太祇
『 顔出せば 闇の野分の 木の葉かな 』
季語:野分(秋)
意味:窓から顔を出すと、台風で揺られている木の葉が夜の闇に紛れて見えるなぁ。
作者が生きた江戸時代では、台風の夜は暗く家も軋んで恐ろしかったことでしょう。そんな中で顔を出すと、木の葉も頼りなさげに揺れていると自身と木の葉を重ねています。
【NO.22】杉田久女
『 颱風に 傾くままや 瓢(ひさご)垣 』
季語:颱風(秋)
意味:台風が来て、傾くままになっているなぁ。あの瓢の垣根は。
「瓢(ひさご)」とはヒョウタンや夕顔のなどの種類を指します。瓢が植えられていた垣根が台風で傾き、直されていないままの様子を目撃したときの一句です。
【NO.23】三橋敏雄
『 撫で殺す 何をはじめの 野分かな 』
季語:野分(秋)
意味:撫でられ続けたかのように倒れている。何がきっかけで始まるかわからない台風だなぁ。
「撫で(なで)」という表現から最初は微風だった天候が、一気に暴風雨へと変わったのでしょう。いつ風雨が強くなるかわからないことを「何を始めの」と表現しています。
【NO.24】池田澄子
『 颱風が 逸れてなんだか 蒸し御飯 』
季語:颱風(秋)
意味:台風が逸れてなんだか蒸しご飯が食べたくなった気分だ。
「蒸しご飯」に台風が逸れたことによる湿気に晒される自分たちと、今日の食事を掛けているユニークな句です。台風に備えていたけれど、とりあえず食事を作ろうという日々の営みも感じます。
【NO.25】草間時彦
『 台風や 四肢いきいきと 雨合羽 』
季語:台風(秋)
意味:台風が来たなぁ。四肢を生き生きと動かして雨合羽を着て働こう。
台風が来たときには基本的に屋内に対比することが求められますが、この句では「いきいきと」と表現されています。消防団や自治会など、台風に備えて動き回る人たちの活発さを詠んだ句です。
【NO.26】西東三鬼
『 梯子あり 颱風の目の 青空へ 』
季語:颱風(秋)
意味:梯子があるようだ。台風の目の青空へ向かって。
台風の目は暴風雨が一時的に止んで晴れると言われています。そんな晴れ間に向かってハシゴを掛けたいという作者のユーモアのあるセンスが光る一句です。
【NO.27】原石鼎
『 山川に 高浪も見し 野分かな 』
季語:野分(秋)
意味:山や川でも高浪を見た台風であることだ。
【NO.28】加藤楸邨
『 颱風の 心支ふべき 灯を点ず 』
季語:颱風(秋)
意味:台風の日に心の支えになる灯りを点そう。
停電が起きない限り明るい現代とは違い、台風のように外が暗くなる日は家の中も暗かったことでしょう。心の支えとなる明かりをつけようという作者の心細さが伝わってくる句です。
【NO.29】稲畑汀子
『 台風と 同じ旅程と なりしこと 』
季語:台風(秋)
意味:台風と同じ旅程になってしまったことだ。
台風の進路と同じ旅程になってしまったことを嘆きつつも面白がっている一句です。事前に決めていた旅程と偶然進路が同じになった台風を重ねていますが、作者が旅を完遂できたか気になる一句でもあります。
【NO.30】川端茅舎
『 中空を 芭蕉葉飛べる 野分中 』
季語:野分(秋)
意味:空の中程を芭蕉の葉が飛んでいく台風の真っ最中だ。
芭蕉とはバショウ科の多年草で、葉は1mほどの非常に大きなものになることで知られています。そんな大きな芭蕉の葉ですら宙を舞っている台風の風のすさまじさを詠んだ一句です。
以上、台風に関するおすすめ有名俳句【30選】でした!
今回は、台風に関する有名俳句を30句紹介しました。
「台風」「野分」は、古来より日本人にとって脅威であるとともに、農作物の収穫にはかかせないものでした。
「台風」の句には、台風の風の音が今にも読み手に聞こえてきそうな描写がある句など素晴らしいものが多くあります。様々な俳人が詠んだ、「台風」の句をぜひ鑑賞してみてください。
台風過ぎれば、いよいよ錦秋の候。燃え上がるような美しさで飾る一葉一葉を、再び愛でることのできる自分が何とも有難い。
「濃紅葉に涙せきくる如何にせん」(高浜虚子) pic.twitter.com/6AnG64gCNk— あおき爺 (@aokioj80sctv) October 14, 2014