俳句は五七五の十七音に季節を表す季語を詠み込んで表現される詩です。
さまざまな季語や技法により風景や心情がわかりやすく表現されています。
今回は、昭和に活躍した「篠原梵(しのはら ぼん)」の有名俳句を20句紹介します。
大好きな一句。
葉ざくらの中の無数の空さわぐ/篠原 梵 https://t.co/dVUFqsLcfh pic.twitter.com/wqamYE6UpU
— 朝食屋/腸食屋COBAKABA (@COBAKABA) May 13, 2016
篠原梵の人物像や作風
(篠原梵 出典:EEKの紀行 春夏秋冬)
篠原梵(しのはら ぼん)は、1910年(明治43年)に現在の愛媛県伊予市に生まれました。
旧制松山高等学校時代に川本臥風の指導を受けて俳句を始め、東京大学入学後に臼田亞浪を紹介されて師事します。
臼田亞浪だけではなく兄弟子の大野林火らからも指導を受け、「石楠(しゃくなげ)」に参加しました。
1939年には『俳句研究』に載せられた座談会をキッカケに、石田波郷、加藤楸邨、中村草田男らとともに「人間探求派(にんげんたんきゅうは)」と呼ばれることになります。しかし、1951年の臼田亞浪の死去を契機に句作の意欲を無くし、活動は低調になっていきました。
句作の意欲を無くした後も出版業界では有名で、中央公論社に勤めています。『中央公論』の編集長、中央公論事業出版の専務を経て同出版の社長にもなっていて、出版人として広告電通賞を受賞しているのが特徴です。
晩年には自由律俳句にも挑戦しましたが、1975年(昭和50年)に亡くなっています。
(石手寺境内にある梵の句碑 出典:EEKの紀行 春夏秋冬)
篠原梵の作品は、しなやかなリズムと日常生活への鋭い観察眼、表現の正確さが特徴的です。
篠原梵の有名俳句・代表作【20選】
【NO.1】
『 人皆(ひとみな)の 春服のわれ 見るごとし 』
季語:春服(春)
意味:人々がみんな、1人春服の私を見ているような気がする。
まだ肌寒く冬の装いの人が多い中で、春の少し薄着の服装で歩いている作者を詠んだ句です。みんながこちらを見ているのではないかといったハラハラとした感情が伝わってきます。
【NO.2】
『 明けそめし 春燈を消し またねむる 』
季語:春燈(春)
意味:夜が明けはじめたので、春の灯火を消してまた一眠りしよう。
夜通し起きていたのか、ずっと明かりを付けていたようです。夜が明け始めるのを見て明かりを消して眠っているので、休日の出来事でしょうか。
【NO.3】
『 かげろふに 遠巻かれつつ 磯づたふ 』
季語:かげろふ(春)
意味:陽炎に遠巻きにされつつ磯を伝って歩く。
「陽炎」とは光と影が微妙にたゆたう現象で、「蜉蝣」と同一視されて儚いものと解釈されることもあります。ここでは磯を伝って歩いている作者の周囲を陽炎が覆っている風景を詠んでいます。
【NO.4】
『 椎の木に 春日のかけら かぎりなし 』
季語:春日(春)
意味:椎の木に春の日の光の欠片が限りなくたくさん当たっている。
木の葉の重なりによって生じる影により、日の光が「かけら」となってたくさん当たっている、という風景を詠んでいます。木漏れ日のように作者自身が感じるものではなく、あくまで椎の木にフォーカスしているのが面白い一句です。
【NO.5】
『 閉じし翅(はね) しづかにひらき 蝶死にき 』
季語:蝶(春)
意味:閉じていた翅を静かに開いて蝶が死んでいく。
瀕死の蝶が最後の力を振り絞ったのか、ゆっくり羽を広げて力尽きた様子を詠んだ句です。生と死の刹那の狭間を蝶に託して表現しています。
【NO.6】
『 蟻の列 しづかに蝶を うかべたる 』
季語:蟻(夏)
意味:アリの列が静かに蝶を浮かべるように持ち去っていく。
アリが死んだ蝶を餌として巣に持ち帰る様子を詠んでいます。引きずるのではなく持ち上げているため、死んだ蝶が浮かんでいるように見える不思議な光景です。
【NO.7】
『 葉桜の 中の無数の 空さわぐ 』
季語:葉桜(夏)
意味:葉桜の中に見える無数の空が風で揺れて騒いでいるように見える。
葉桜の間から見える青空が、風で葉が揺れることによって騒いでいるように見えるというユーモアのある一句です。「椎の木」の句とは違ってこちらは葉桜の下から見上げている作者の視点になっています。
【NO.8】
『 吾子(あこ)昼寝 足が小さき 叉(さ)をつくる 』
季語:昼寝(夏)
意味:我が子が昼寝をしている。足が小さくふたまたを作っている。
作者は「人間探求派」と呼ばれた作風で、自分の子供をテーマに連作を詠んでいます。昼寝をしていた子供が寝返りを打ったのか、足が交差している様子を面白く感じた一句です。
【NO.9】
『 やはらかき 紙につつまれ 枇杷(びわ)のあり 』
季語:枇杷(夏)
意味:柔らかい紙に包まれている枇杷がある。
枇杷は少し傷つくと悪くなってしまうため、柔らかい紙で包んで保護しています。作者の句には度々枇杷が登場しているので、好物だったのでしょう。
【NO.10】
『 夕簾(すだれ) 捲くはたのしきことの一つ 』
季語:簾(夏)
意味:夕方のすだれを巻いて片付けるのは楽しいことのひとつだ。
すだれは最近ではあまり見なくなりましたが、夜には巻き上げておくものとされています。くるくると巻いていく作業が幼心に楽しかったという記憶を詠んだ句です。
【NO.11】
『 稲の青 しづかに穂より 去りつつあり 』
季語:稲(秋)
意味:稲の青い部分が静かに穂から去りつつある。
稲穂が実りの秋に黄色く染まっていく様子を詠んでいます。金色の穂といった表現ではなく、稲の青い部分が去っていくと表現しているところが面白い句です。
【NO.12】
『 露の夜の テントの屋根ぞ 彎り(まがり)垂る 』
季語:露(秋)
意味:露が多い夜に、テントの屋根が露で曲がって垂れている。
テントは結露がしやすく換気に注意が必要と言われています。ここでは追い討ちをかけるように外部からの露で屋根が垂れてきてしまっている様子を詠んだ句です。
【NO.13】
『 こほろぎの 遠きは風に 消えにけむ 』
季語:こほろぎ(秋)
意味:コオロギの声が遠くから聞こえてくるが、風に流されて消えていく。
どこからかコオロギの声はするけども、耳を澄ますうちに消えていってしまうという経験がある人も多いでしょう。風に流されて音色が消えていくという映像のような表現の句になっています。
【NO.14】
『 ちまたに燈よみがへり 秋の雨うつくし 』
季語:秋の雨(秋)
意味:あちこちに明かりが蘇ると、秋の雨が美しく見える。
秋は夜になるのが早いうえに秋雨が降るため暗く見えます。しかし、街灯や家の明かりがつき始めると、秋の雨も美しく見えるという人工物と自然の美しさを詠んだ句です。
【NO.15】
『 書きゐつつ 白き小菊と ともにあり 』
季語:小菊(秋)
意味:いろいろと書いている間、白い小菊と一緒にいた。
外で何かを書いているときの様子を詠んでいます。作者が座っている草むらのかたわらには控えめに咲く白い小菊が咲いている絵画のような一句です。
【NO.16】
『 冬の雨 崎のかたちの 中に降る 』
季語:冬の雨(冬)
意味:冬の雨はここから見える岬の形の中に降っているようだ。
高台から見下ろしているのか、雨が降る岬の様子を眺めている句です。海で雨が見えなくなり、必然的に雨が見えている岬の部分だけ降っているように見えたのでしょう。
【NO.17】
『 冬日蹴る くびれのふかき 勁(つよ)き足 』
季語:冬日(冬)
意味:冬の太陽の中で地を蹴る、くびれが深く強い足だ。
この句は作者の子供を詠んだ連作の中の一句です。筋肉がつき足首がくびれている健康的な足で、冬の寒い太陽の中でも元気に走り回っています。
【NO.18】
『 ゆふぐれと 雪あかりとが 本の上 』
季語:雪あかり(冬)
意味:夕暮れと月明かりとが本の上に照らされている。
夕暮れの赤い光と、その光を反射する雪の明かりが本の上に照らし出されています。雪明りで本を読むというエピソードから、「蛍雪之功」という雪明りで勉学に励んだ故事を思い出すような一句です。
【NO.19】
『 瓦斯燃ゆる音 火の炭にうつる音 うしろ 』
季語:炭(冬)
意味:ガスが燃える音と、火が炭に燃え移る音が後ろからしている。
現在ではガスが燃える音は調理中にしか聞かないものかもしれません。炭の燃えるぱちぱちという音も想像しにくいため、時代劇の映像を見ているかのような一句です。
【NO.20】
『 枯山を 越え枯山に 入りゆく 』
季語:枯山(冬)
意味:枯れ山を越えるとまた枯れ山に入っていく。
山と山を渡り歩いている様子を詠んだ句です。現在では切通しやトンネルなどで一気に駆け抜けてしまうところですが、かつては山と山の間の尾根道を越えて生活道路として使っていました。
以上、篠原梵の有名俳句20選でした!
今回は、篠原梵の作風や人物像、有名俳句を20句紹介しました。
「人間探求派」として知られている作者は日常生活や我が子を詠んだ俳句が多く、人々の共感を呼んでいます。
昭和という時代に特有な表現もでてきますが、ぜひ現在の日常生活と対比して読んでみてください。