俳句は五七五の十七音に季節を表す季語を組み合わせた詩です。
江戸時代に成立した俳句は明治大正期の伝統俳句と新傾向俳句の対立を経て、戦後の現代俳句へとうつり変わっていきます。
今回は、昭和から平成を代表する俳人である「草間時彦(くさま ときひこ)」の有名俳句を20句紹介します。
公魚(わかさぎ)をさみしき顔となりて喰ふー草間時彦 pic.twitter.com/UKqOnvfCNo
— horkew_kamuy (@inoreotome) January 28, 2014
草間時彦の人物像や作風
草間時彦(くさま ときひこ)は、1920年(明治30年)に東京都に生まれ、神奈川県鎌倉市で育ちました。祖父も父も俳号を持ち俳人として活動していた俳人一家であることで知られています。
時彦は20歳の時に結核により進学を断念し、1949年に水原秋桜子に師事して本格的に句作を開始します。
1951年から三井製薬で働き始めた経験が草間時彦の後の作風に繋がりました。所属を水原秋桜子の「馬酔木」から石田波郷の「鶴」へと変えているのもこの時期です。
退職後は俳人協会の理事から協会理事長となり、東京都新宿区百人町にある俳句文学館の設立に尽力しました。訪米をはじめとした俳句の国際的な交流にも積極的に関わり国際俳句交流協会顧問もつとめています。
晩年まで積極的に句集を出版していましたが、2003年(平成15年)に鎌倉の病院で死去しました。
陸奥港駅。
イサバのカッチャ。
草間時彦さんの句碑。
港が近いから、海の香りがする。(^-^) pic.twitter.com/ECvzBLHVzn
— はのひい (@tatukozuhanohi) October 21, 2017
草間時彦の作風は、25年に渡るサラリーマン生活を詠んだ「サラリーマン俳句」と、食通としてさまざまな食べ物を詠んだ「グルメ俳句」が有名です。
草間時彦の有名俳句・代表作【20選】
【NO.1】
『 大磯に 一庵のあり 西行忌 』
季語:西行忌(春)
意味:大磯には庵がひとつあるという。今日は西行忌だ。
神奈川県の大磯には、「鴨立庵」という西行法師の和歌に因んだ庵があります。西行忌は旧暦2月15日とされていて、作者がその日に合わせて訪れたのでしょう。
【NO.2】
『 月曜は 銀座で飲む日 おぼろかな 』
季語:おぼろ(春)
意味:月曜日は銀座でお酒を飲む日だ。春の陽気がおぼろのようである。
今ではお酒を飲む日といえば金曜日というイメージが強いですが、作者は月曜日を選んでいます。金曜日は混むので、混雑回避に月曜日に集まることにしていたのではないかという解釈がある句です。
【NO.3】
『 花冷の 百人町と いふところ 』
季語:花冷(春)
意味:花冷えの日に、百人町というところに来ている。
「百人町」という地名はいくつかありますが、作者が設立に尽力した俳句文学館のある新宿の百人町のことです。「花冷」という言葉から寂しい雰囲気が伝わってきますが、今でも俳句の文化を伝える場所になっています。
【NO.4】
『 とろけるまで 鶏煮つつ 八重ざくらかな 』
季語:八重ざくら(春)
意味:とろけるまで鶏肉を煮つつ八重桜を見ているなぁ。
現在のように圧力鍋などが普及していない時代は、鶏肉をとろけるまで煮込むには非常に時間がかかります。時間のかかる調理を行いながらふと顔を上げると八重桜が咲いているという日常の風景を詠んだ句です。
【NO.5】
『 さくらしべ 降る歳月の 上にかな 』
季語:さくらしべ降る(春)
意味:桜のおしべやめしべが降ってくる。我が身の歳月の上にも降ってくるように感じることだ。
「さくらしべ降る」とは桜の花が散ったあとにおしべやめしべが散っていく様子を表す季語です。あえて桜の花びらではなくしべを詠むことで、歳をとった我が身を省みています。
【NO.6】
『 逢いに行く 開襟(かいきん)の背に 風溜めて 』
季語:開襟(夏)
意味:会いに行こう。開襟の服の背に風を溜めるようにして。
開襟シャツの背中に風が溜まるという表現から、自転車などで走っていることが伺えます。一刻も早く会いたいという気持ちが倒置法を使うことで表現されている句です。
【NO.7】
『 飯食ひに 出て肩濡るる 夏至の雨 』
季語:夏至(夏)
意味:食事を食べに外に出たところ、雨が降ってきて肩が濡れた夏至の日だ。
急に天候が変わったのか、食事を食べに出かけたら濡れてしまっています。昼食を食べに外に出るというまさにサラリーマン俳句と呼べる一句です。
【NO.8】
『 大粒の 雨が来さうよ 鱧の皮 』
季語:鱧の皮(夏)
意味:大粒の雨が来そうだよ。鱧の皮までいただこう。
鱧は身だけでなく皮もおいしく食べられることで知られています。店の外は今にも雨が降り出しそうな天気の中で食事を楽しんでいる、食通らしい作者の俳句です。
【NO.9】
『 冷え過ぎし ビールよ友の 栄進よ 』
季語:ビール(夏)
意味:冷えすぎたビールよ。友の栄進に乾杯だ。
友人が出世したことに対する祝いの宴席を詠んだ一句です。純粋に祝福している気持ちもあるでしょうが、「冷えすぎたビール」という表現に若干の悔しさも感じられます。
【NO.10】
『 葛切や すこし剩りし(あまりし) 旅の刻 』
季語:葛切(夏)
意味:葛切りを食べている。列車が出る時刻までは少し時間が余っていたのだ。
電車と電車の乗り換え時間か、出発する時間か、時間が余っていたので葛切りを食べて時間を潰しています。今でも待合室などで軽食を食べている人も多く、共感できる句ではないでしょうか。
【NO.11】
『 秋鯖や 上司罵る ために酔ふ 』
季語:秋鯖(秋)
意味:秋鯖を食べよう。上司を罵るために酒を飲んで酔うのだ。
同僚と上司の愚痴を言っている居酒屋での一コマを詠んでいます。秋鯖を肴にお酒を飲んで、互いに愚痴を言っている様子が浮かんでくるようです。
【NO.12】
『 点滴の 一滴づつの 秋の暮 』
季語:秋の暮(秋)
意味:点滴が一滴ずつ落ちていく秋の暮れだ。
作者は食通で知られていますが、それだけに入院中に点滴が一滴ずつ落ちていくのを眺めているのは辛かったことでしょう。秋の夕暮れというシチュエーションが不安をさらに煽ります。
【NO.13】
『 老人の日 喪服作らむと 妻が言へり 』
季語:老人の日(秋)
意味:敬老の日だ。喪服を作ろうと妻が言う。
「老人の日」とは現在の敬老の日のことで、1964年と1965年に使われていました。老いや死とセットのような喪服を作ろうと言われていて、そろそろ喪服が必要な年齢になったのだという実感が感じ取れます。
【NO.14】
『 朝寒の ベーコン炒め ゐたりけり 』
季語:朝寒(秋)
意味:寒い朝にベーコンを炒めている妻がいる。
寒い朝に熱々のベーコンが炒められているという日常を詠んだ句です。ベーコンという特別ではない食材に「朝寒」という季語を組み合わせることによって、いかにもおいしそうであるというイメージを持たせています。
【NO.15】
『 台風や 四肢いきいきと 雨合羽 』
季語:台風(秋)
意味:台風が来た。四肢を生き生きとさせて雨合羽を着て仕事に臨んでいる人たちがいる。
台風の日は家の中などで待機している人がいる一方で、消防団など活発に活動している人たちもいます。この句はそんな台風の日も働く人立ちを詠んだのではないかと言われています。
【NO.16】
『 冬薔薇や 賞与劣りし 一詩人 』
季語:冬薔薇(冬)
意味:冬薔薇が咲いている。賞与が劣っていた一詩人だ。
ひっそりと咲く冬薔薇と、詩人ということで賞与が下げられているのではないかと考える作者を対比させています。かつては詩人というだけで苦言を呈されていたこともあり、作者も疑っていたのかもしれません。
【NO.17】
『 立ちどまり 顔を上げたる 冬至かな 』
季語:冬至(冬)
意味:ふと立ち止まって顔を上げた冬至の日であるなぁ。
今日が冬至だということに気がついて立ち止まって空を見上げている様子を詠んだ句です。仕事に追われていると季節感が薄くなり、そういえば今日だったと気がついています。
【NO.18】
『 百貨店 めぐる着ぶくれ 一家族 』
季語:着ぶくれ(冬)
意味:百貨店を巡っている着ぶくれした家族がいる。
冬は寒さ対策としていろいろ着込むため、着ぶくれしてしまいがちです。暖かいだろう百貨店の店内ではさぞ目立ったことでしょう。
【NO.19】
『 白湯一椀 しみじみと冬 来たりけり 』
季語:冬来たり(冬)
意味:白湯を1杯飲む。しみじみと冬が来たことを実感する。
寒くなってきたことに合わせてか、水ではなく白湯を飲んでいます。白湯のおいしさが「しみじみと」という表現から伝わってきて、寒さが際立ち始めたことが伺えます。
【NO.20】
『 柔道着で 歩む四五人 神田に冬 』
季語:冬(冬)
意味:柔道着を着たまま歩く人を4、5人見かける神田の冬だ。
「神田」とは東京都の神田のことでしょう。大学街としても有名な場所で、柔道着を着ていたのは大学生たちではないかと考えられます。
以上、草間時彦の有名俳句20選でした!
今回は、草間時彦の作風や人物像、有名俳句を20句ご紹介しました。
明治大正期の近代俳句とは作風がガラリと変わり、働く人たちの日常を詠んだ句や食事を詠んだ句が多いのが特徴です。
おいしそうな食事風景や終業後のやり取りなど共感できる俳句が多くあるので、ぜひ他の句も詠んでみてください。