俳句は五七五の十七音に季節を表す季語を詠みこんで作る詩です。
江戸時代に始まった俳句は明治時代の近代俳句の成立を経て現在に到るまでさまざまな作風の俳人を輩出しています。
今回は、大正から平成にかけて活躍した「今井つる女(いまい つるじょ)」の有名俳句を20句紹介します。
千両の実をこぼしたる青畳
今井つる女 pic.twitter.com/WL1RA1wbOX— 中村軒 マサコ (@nakamurakenmk) December 6, 2014
今井つる女の人物像や作風
(今井つる女 出典:俳句の聖地「愛媛・松山」吟行ナビえひめ)
今井つる女(いまい つるじょ)は、1897年(慶応3年)に愛媛県松山市に生まれました。
父は高浜虚子の兄にあたり、つる女は虚子の姪になります。4歳で父を亡くし、虚子の長兄である池内政忠の養生となりました。
句作については虚子の影響を受けて1920年頃から始めており、1928年に「ホトトギス」夫人句会、1930年に星野立子が主宰する「玉藻」に参加するなど、精力的に活動を続けていました。
戦争中は結婚を機に疎開するなど活動が泊まりますが、戦後の1953年には『愛媛新聞』婦人俳壇の撰者となり、30年もの長い間撰者をつとめました。
1992年(平成4年)に95歳で亡くなりますが、娘の今井千鶴子や孫の今井肖子も俳人という女流俳人一家を形成しているのが特徴です。
波止浜公園。来島海峡や波止浜湾を一望できる国指定の名勝。古くから文人墨客ゆかりの地として知られ、高浜虚子、今井つる女などの句碑も建っている。 pic.twitter.com/IR1LFeDM
— チープトーク (@cheaptalk_site) May 18, 2012
今井つる女の作風は「写生の骨法を踏まえ平明の中に深い余情を湛える」と称されます。
故郷松山の美しい自然への写生から日常生活を切り取った生活俳句まで、細やかな情景を詠むのが特徴です。
今井つる女の有名俳句・代表作【20選】
【NO.1】
『 花の闇 静かに人の 気配あり 』
季語:花(春)
意味:花の咲いている夜の闇の中に、静かに佇んでいる人の気配がする。
ぼんやりと浮かび上がる夜の花の中に誰かが立っている気配がするという、絵画のような一句です。実際に誰かがいたのか、想像して詠まれた句なのか、どちらの解釈も成り立つ幻想的な句になっています。
【NO.2】
『 渦潮に ふれては消ゆる 春の雪 』
季語:春の雪(春)
意味:渦潮に触れては消えていく春の淡い雪だ。
瀬戸内海は渦潮で有名ですが、そんな渦潮の海に降っている雪を詠んだ句です。冬の雪とは違いすぐに溶けてしまう様子を、渦潮に触れたからだと表現しています。
【NO.3】
『 帰りたし 薄紅梅(こうばいこう)の 咲くころに 』
季語:薄紅梅(春)
意味:帰りたいなぁ。あの薄紅梅の咲いていた頃に。
この句は幼少期で過ごした故郷の松山を思い出して詠まれた句だと言われています。よく俳句に詠まれる桜ではなく梅であるところに、故郷に咲いていた花への愛着を感じる一句です。
【NO.4】
『 梅の径(みち) 用ありげなる 人も行く 』
季語:梅(春)
意味:梅が咲いている道を、用がありそうな人が歩いて行く。
梅の花見ではなく、どこかへ行く途中の人を見かけたときの様子を詠んでいます。見事な梅の花に目もくれずに目的地へ向かって歩いて行ったのでしょう。
【NO.5】
『 来島(くるしま)の 松を涼しと 見てつきぬ 』
季語:涼し(夏)
意味:来島の松を見ていると涼しさがつきない心地がする。
「来島(くるしま)」とは愛媛県今治市にある有人島です。かつては港として栄えた島で、松の木の下で行き交う船を見て涼んでいる作者の姿が浮かんできます。
【NO.6】
『 石段に のりくる潮よ 夜光虫 』
季語:夜光虫(夏)
意味:石段に波が乗ってくるなぁ。夜光虫が光り輝いている。
「夜光虫」とはプランクトンの一種で、波打ち際で青く発光することで有名です。浜辺に設置された石段に打ち寄せる波に呼応するように夜光虫が光り輝いている様子を詠んでいます。
【NO.7】
『 一輪の 記憶のままに 岩菲(がんぴ)咲く 』
季語:岩菲(夏)
意味:一輪咲いていた記憶のままに岩菲が咲いているのを見つけた。
「岩菲」とはナデシコ科の多年草で、赤い花を付けます。一輪だけ咲いていた花の鮮やかさが、かつて見た記憶そのままであるという喜びを表現している句です。
【NO.8】
『 右の手に 鋏(はさみ)左に 茄子三つ 』
季語:茄子(夏)
意味:右の手に鋏を持ち、左の手に収穫した茄子を3つ持っている。
畑での収穫という日常の風景を詠んだ句です。夕食の準備に使うのか、ふだんの生活の様子がよく伝わってきます。
【NO.9】
『 秋晴の 城山を見て まづ嬉し 』
季語:秋晴(秋)
意味:秋晴れの下の城山を見てとても嬉しい。
「城山」とは、作者の故郷にある松山城のことだと考えられています。秋晴れの下で見る故郷の風景を見てまず感じたのが嬉しさだったと弾む気持ちがよく分かる一句です。
【NO.10】
『 色鳥の 残してゆきし 羽根一つ 』
季語:色鳥(秋)
意味:色鳥が飛び立った後に残していった羽根が一枚落ちている。
「色鳥」とは秋に渡ってくる美しい鳥たちの総称です。そこに美しい鳥がいたという証に羽根が一枚落ちているという余韻を感じさせる表現になっています。
【NO.11】
『 足音に 応へ且(かつ)散る 紅葉あり 』
季語:且散る紅葉/紅葉かつ散る(秋)
意味:足音を立てると、呼応するかのように赤く染まりながら散っていく紅葉がある。
「紅葉かつ散る」とは、紅葉しながら散っていく様子を表した季語です。作者が立てる足音に合わせるようにひらひらと散っていく紅葉が浮かんできます。
【NO.12】
『 一筋の 湯の町沈め 星月夜 』
季語:星月夜(秋)
意味:一筋の湯けむりが立つ湯の町を沈めるような星月夜の美しさだ。
「星月夜」とは月が出ていないのに月夜のように明るい秋の星空のことです。まるで星の海に沈んでいるかのようにひっそりとした夜の温泉街を描写しています。
【NO.13】
『 人下りし あとの座布団 月の舟 』
季語:月(秋)
意味:人がどいた後の座布団が、まるで船のように見える月夜だ。
この句で詠まれている舟とは、座布団のわずかな凹みのことです。座布団自体を三日月のような船に例えているのか、見上げた先に同じような凹みの月が見えたのか、想像が膨らみます。
【NO.14】
『 魂の 抜けし姿に 蓮(はす)枯るる 』
季語:蓮枯るる(冬)
意味:魂が抜けたような姿になっている冬の枯れた蓮だ。
「蓮枯るる」とは冬になって蓮が枯れる様子を表した季語です。緑の葉や茎が消えて朽ちていく様子は、美しい花を咲かせていた頃と比べてまさに魂が抜けたような姿に見えます。
【NO.15】
『 あまり赤き ポインセチアに 触れてみる 』
季語:ポインセチア(冬)
意味:あまりに見事に赤いポインセチアに触れてみる。
ポインセチアの美しい赤に感動して思わず触れてみたときの様子を詠んでいます。何かで塗ったのではないかと思うほど鮮やかな赤いポインセチアだったのでしょう。
【NO.16】
『 千両の 実をこぼしたる 青畳 』
季語:千両(冬)
意味:千両の赤い実がこぼれている青畳だ。
「千両の実」とはセンリョウ科の常緑低木に成る実で、冬に赤い実をつけます。冬に実をつけるということで正月の縁起物として畳の部屋に飾られていた様子を詠んだ句です。
【NO.17】
『 日記買ふ 只それだけの 用持ちて 』
季語:日記買ふ(冬)
意味:日記を買うだけの用で外出しよう。
日記を買うという目的だけのために外出したときの一句です。どこか弾んだ気持ちであることが「只それだけの」という表現から伺えます。
【NO.18】
『 ぬくもりし 助炭(じょたん)の上の 置手紙 』
季語:助炭(冬)
意味:助炭の上に置いた手紙はほんのりと温もりがある。
「助炭(じょたん)」とは火鉢や炉の上に被せる箱状の覆いで、保温のために使われていました。火がついた炭の上に置かれるため、手紙もほんのりとあたたかかったのでしょう。
【NO.19】
『 真白なる ショールの上の 大きな手 』
季語:ショール(冬)
意味:真っ白なショールの上に大きな手が置かれている。
ショールを使っているのは女性が主なので、ここでの「大きな手」とは男性のものでしょう。パートナーや夫がそっと女性の肩を抱いている様子が浮かんできます。
【NO.20】
『 ひねもすを 御用納めの 大焚火 』
季語:御用納め(冬)
意味:一日を御用納めのための焚き火に費やしていた。
「焚き火」も冬の季語ですが、ここでは御用納めのために焚き火を行っているため季語は「御用納め」としました。御用納めはその年の仕事納めのことで、ここでは焚き火で不要になった品を焼いている様子を詠んでいます。
以上、今井つる女の有名俳句20選でした!
今回は、今井つる女の作風や人物像、有名俳句を20句紹介しました。
写実と生活俳句の基本を忠実に守っている作者の作風は、わかりやすく風景が浮かんでくるようなものが多いのが特徴です。
現在でも多くの女流俳人が活躍していますので、読み比べて作風の違いを探してみてはいかがでしょうか。