夏の空に関する季語はいくつか種類があり、「空そのものを詠むもの」と「夏の雲の様子を詠むもの」があります。
「夏の空」や「梅雨晴れ」が前者、「雲の峰」「夏の雲」が後者です。雲の様子がよく詠まれる点が夏の空の俳句の特徴とも言えるでしょう。
雲の峰いくつ崩れて月の山(松尾芭蕉) #俳句 pic.twitter.com/9FA8gLNahO
— iTo (@itoudoor) August 7, 2014
今回はそんな「夏の空」について詠んだ有名な俳句を20句紹介していきます。
夏の空について詠った有名俳句【前半10句】
【NO.1】松尾芭蕉
『 雲の峰 いくつ崩れて 月の山 』
季語:雲の峰(夏)
意味:この入道雲がいくつ崩れたらあのそびえ立つ月山になるのだろう。
山形県にある月山を訪れた際の一句です。青空に浮かぶ入道雲が月山の雄大さをより一層際立たせています。
【NO.2】与謝蕪村
『 廿日路(はつかじ)の 背中にたつや 雲の峰 』
季語:雲の峰(夏)
意味:中山道を行く私の背中に入道雲が湧き出ている。
「廿日路」とは中山道のことで、江戸から京都まで約20日かかることからこの別名が付けられました。街道を行く旅人の背後に沸き立つ入道雲が、夏の空の鮮烈な印象をもたらします。
【NO.3】小林一茶
『 夏の雲 朝からだるう 見えにけり 』
季語:雲の雲(夏)
意味:夏の雲は朝から暑さでだるそうに見えるなぁ。
夏は朝から暑い日が続きますが、雲でさえ暑そうに見えるなぁという作者の作風がよく表れた句です。見上げた空に浮かぶ雲に自分の心情を託しています。
【NO.4】正岡子規
『 梅雨晴れや ところどころに 蟻の道 』
季語:梅雨晴れ(夏)
意味:梅雨晴れだなぁ。ところどころにアリが道を作っている。
梅雨晴れという空から、アリが歩いている地面に視点を転じています。雨が降っている間はアリも活動できないため、貴重な梅雨の晴れ間に行動するアリを自分と重ね合わせているのかもしれません。
【NO.5】高浜虚子
『 連峰の 高嶺々々に 夏の雲 』
季語:夏の雲(夏)
意味:連峰の高い山々に夏の雲がかかっている。
連峰とは山が連なっている様子のことで、そんな緑の山々に白い夏の雲が映えています。空の青と山の緑、雲の白がまるで写真のように見えてくる一句です。
【NO.6】夏目漱石
『 雲の峰 風なき海を 渡りけり 』
季語:雲の峰(夏)
意味:峰のような雲が、風がない海を渡っていく。
入道雲が地上では無風に感じる海の上を滑るように移動している様子を詠んでいます。雄大な空と海の風景が映像として浮かんでくる写実的な表現です。
【NO.7】富安風生
『 夏空へ 雲のらくがき 奔放に 』
季語:夏空(夏)
意味:夏空へ奔放な落書きをするように雲が出ている。
【NO.8】飯田蛇笏
『 日も月も 大雪渓の 真夏空 』
季語:真夏空(夏)
意味:太陽と月が出ている。大雪渓の白と美しい対比の青い真夏の空だ。
「大雪渓」として有名なのは白馬岳の大雪渓でしょう。標高の高い山では夏でも雪がとけずに雪渓という形で残ります。夏の登山は午後早くに終わらせるのが鉄則のため、早朝から暑い日を詠んだのかもしれません。
【NO.9】原石鼎
『 青空を 秘めつ覆ひつ 梅雨の雲 』
季語:梅雨の雲(夏)
意味:青空をその下に秘めながらも覆っている梅雨の雲よ。
厚い梅雨の雲の上には青空が広がっているという想像を詠んだ一句です。実際に飛行機からの画像などで雲の上を飛べば晴天であることがあるので、想像しやすい句ではないでしょうか。
【NO.10】阿部みどり女
『 退院の 握手を医師と 夏の雲 』
季語:夏の雲(夏)
意味:退院の握手を医師としている。外は夏真っ盛りで雲が出ている。
夏という生命力のあふれる時期と退院という喜ばしい出来事を対比させて詠んでいます。作者には入院中の俳句も多くあり、無事に退院出来た喜びを医師と分かちあっている一句です。
夏の空について詠った有名俳句【後半10句】
【NO.11】森鴎外
『 かさなるや 山々の峯 雲の峯 』
季語:雲の峯(夏)
意味:重なっているなぁ。山々の峰と雲の峰が。
「雲の峰」という入道雲特有の形と山を対比させている句です。「かさなるや」という感嘆が視界いっぱいに山と雲が広がっている様子を想像させます。
【NO.12】臼田亞浪
『 お山樹の ゆらぎ雲ゆく 夏の空 』
季語:夏の空(夏)
意味:お山の樹が風で揺らぎ、雲は空をゆく夏である。
「お山樹」という表現が面白い句です。地上の木々を揺らす風に乗るようにして雲がゆっくりと流れていく様子が映像として浮かんできます。
【NO.13】永井荷風
『 藪越しに 動く白帆や 雲の峰 』
季語:雲の峰(夏)
意味:藪越しに白い帆が動いているなぁ。空には白い入道雲が見えている。
【NO.14】日野草城
『 梅雨晴や 午後の屋上 遊歩園 』
季語:梅雨晴(夏)
意味:梅雨晴れだなぁ。午後の屋上の庭園は心地いい。
屋上の遊歩園とは百貨店の屋上の庭園のようなものです。梅雨の晴れ間だからこそ楽しめる雨上がりの庭園と空の青さが美しい対比になっています。
【NO.15】河東碧梧桐
『 雲の峰 稲穂のはしり 』
季語:雲の峰(夏)
意味:入道雲が立ち、稲が穂をつけ始めている時期だ。
自由律俳句です。「稲穂」は秋の季語ですが、ここでは入道雲が出る夏の時期に穂をつけ始めるという意味のため、季語は「雲の峰」になります。
【NO.16】横光利一
『 紅き海 名のみにすぎぬ 夏の空 』
季語:夏の空(夏)
意味:紅い海とは名ばかりに過ぎない青い海と夏の空だ。
この句は作者が海外に行った時に詠んだ句です。「紅海」とはアラビア半島とアフリカ大陸の狭間の湾で、スエズ運河で地中海と繋がっています。
【NO.17】西東三鬼
『 父のごとき 夏雲立てり 津山なり 』
季語:夏雲(夏)
意味:父のような夏の雲が立っている津山である。
「津山」は岡山県津山市のことで、作者の出身地でもあります。作者は幼くして父親を亡くしており、立派な夏の雲から父を想像して詠んだ一句です。
【NO.18】高木晴子
『 今はもう 遠き立山 夏雲に 』
季語:夏雲(夏)
意味:今はもう遠くにある立山だ。夏の雲が立ち込めている。
立山は北アルプスの北部にある高山です。夏の山は午後になると天候が悪くなることが多く、あっという間に雲におおわれてしまっています。
【NO.19】三橋敏雄
『 死に消えて ひろごる君や 夏の空 』
季語:夏の空(夏)
意味:肉体は死に消えてしまったけれど、君はどこまでも広がっている夏の空にいるのだ。
この句は作者の親友への追悼の句です。肉体は埋葬され消えてしまったけれど、この夏の空に広がって共にあるのだという慰めの俳句になっています。
【NO.20】中村汀女
『 夏雲の 湧きてさだまる 心あり 』
季語:夏雲(夏)
意味:夏の雲が湧いている様子を見て定まる心がある。
この句は作者の母校の創立記念を祝って贈られた句です。夏の雲が湧きたつ様子を見て、その力強さを見て迷いを振り払っている心情を詠んでいます。
以上、夏の空について詠った有名俳句でした!
今回は、夏の空を詠んだ有名俳句を20句ご紹介しました。
直接的に夏の空を詠むのは近代以降の俳句が多く、それ以前は夏の雲や入道雲がよく題材にされています。
夏といえば青空のほかに夕立をもたらす入道雲もあります。さまざまに表情を変える夏の空で一句詠んでみてはいかがでしょうか。