「善光寺」は一生のうち一度参拝すると極楽浄土ができるとされ、江戸時代から「遠くとも一度は詣れ(まいれ)善光寺」と人々の信仰を集めてきました。
今日は善光寺へ参拝してきました。善光寺は『遠くとも一度は詣れ、善光寺』といって、一生に一度はお詣りしないと極楽にいけないと言われてるお寺なのです( ´`)正午の開帳も見れて大満足でした。ありがたや! pic.twitter.com/ESbYrJA8eR
— イタガキコマリ【落第聖女】連載中 (@i_num373) July 12, 2016
また、善光寺には古来より小林一茶や松尾芭蕉などの有名俳人や著名人も訪れており、善光寺境内には数々の俳人による句碑が多く建てられています。
今回は、そんな「善光寺」に関する有名な俳句を20句ご紹介していきます。
善光寺とは?簡単にわかりやすく解説
長野県にある「善光寺」は、創建以来1400年以上の歴史をもち、宗派を問わず全ての参拝者を受け入れる「宗派を超えた寺院」として常に多くの参拝者が訪れます。
善光寺には歴史的価値があるものが多く、江戸時代中期に再建された本堂は「国宝」に指定されています。
また、善光寺には日本に仏教が伝来した際に百済から伝わったとされる、日本最古の如来像があります。このご本尊は「絶対秘仏」とされており実際に見ることはできません。
しかし、本尊の御身代わりとして鎌倉時代に造られた「前立本尊」は、7年に一度2か月間行われる御開帳の際、特別に姿を拝むことができます。
善光寺ご開帳行ってきたー♪
御開帳とは数え年で七年に一度、秘仏である御本尊の御身代わり 「前立本尊」(鎌倉時代・重要文化財)を本堂にお迎えして行う「善光寺前立本尊御開帳」。 仏都の春、御仏とのありがたいご縁が生まれます。 pic.twitter.com/wCn2u0Vslc
— しのっくま (@Shinokkuma111) May 24, 2015
善光寺に関する有名俳句【前半10句】
【NO.1】小林一茶
『 春風や 牛に引かれて 善光寺 』
季語:春風(春)
意味:春の暖かな風が吹くことだなあ。なんとなく歩いていると思いがけず善光寺へ参ったことよ。
この句は「善光寺」の俳句として最も有名なもので、善光寺の本堂東にはこの句の石碑があります。
「春風」は、春に穏やかに吹く暖かな風のことを指します。
「牛に引かれて善光寺」とは、「牛に引かれて善光寺参り」のことで、「信心のない老婆が、角に洗濯ものが引っかかった牛を追いかけると善光寺へたどり着き、その後厚い信仰心を持つようになった」という説話から、「思ってもみなかったことによって、物事が良い方向に向かうこと」のたとえとして用いられます。
長野県出身であった一茶は、善光寺に多く参詣しており、この句は善光寺への奉納句として作られ、幸運の兆しを感じられる句となっています。
【NO.2】小林一茶
『 開帳に 逢ふや雀も おや子連 』
季語:開帳(春)
意味:開帳で会ったのは、なんと人間だけでなく雀も親子連れであった。
この句も、前句と同じく善光寺の本堂東にこの句碑があります。
「開帳」とは春の季語で、普段見ることができない秘仏などを拝観できる特別な日を指します。
善光寺では、毎朝「お朝事(あさじ)」として本堂が開かれ仏像などが拝観できますが、この句では一茶がふと見ると、なんと雀の親子もお参りしていたという、とても微笑ましい様子を詠っています。
【NO.3】小林一茶
『 善光寺 かけ念仏で 明けの春 』
季語:明けの春(新年)
意味:善光寺、かけ念仏で年が始まる。
「明けの春」とは、新年の始まりを祝う季語で、「かけ念仏」とは、信者が集まり念仏を声高にとなえることをいいます。
善光寺で多くの信者が集まりかけ念仏をとなえる中、新しい年が始まるのです。
【NO.4】飯田蛇笏
『 針売も 善光寺路の 小春かな 』
季語:小春(冬)
意味:針売りも善光寺の路にいる、小春の日のことだ。
「小春」とは、初冬に日ざしが春のように暖かな日が続く頃のことを指します。
「針売(はりうり)」とは、針金を売り歩く行商人のことです。
春のように暖かな冬の日、善光寺の参道に針売りもいたという情景を詠っています。
【NO.5】原月舟
『 春風や 国の真中の 善光寺 』
季語:春風(春)
意味:暖かな春の風が吹くことだなあ、国の真中の善光寺であることだ。
善光寺がある長野県は、日本の中央部に位置しています。
春風が吹く中、善光寺は「国の真中」であり人々の信仰の中心であることを示しているのでしょう。
【NO.6】佐野恒夫
『 御判(ごはん)さん 頂き母の 頬ゆるみ 』
季語:御判さん(新年)
意味:御判さんを頂き、母の頬がゆるむことだ。
「御判さん」は善光寺で正月七日から十五日までの間に行われる行事のことで、信者が、宝印を額に押してもらい極楽往生を祈願します。
この句では、母親が「御判さん」を頂き、嬉しさに頬がゆるんだことを目にした、作者の親を想う優しさが伝わってきます。
【NO.7】高浜虚子
『 千年の 秋の山裾(やますそ) 善光寺 』
季語:秋の山(秋)
意味:千年の秋の山のふもとにある善光寺であることだ。
「山裾」とは、山のふもとが広がり、標高がゆるやかに高くなっていく部分のことをいいます。
善光寺は644年に建てられたといわれ、とても歴史がある寺院です。
この句でも「千年の秋の山裾」という言葉を用いることで、善光寺にある悠久の時の流れを読み手に感じさせます。
【NO.8】久保田万太郎
『 甘酒や 幼なおぼえの 善光寺 』
季語:甘酒(夏)
意味:甘酒だなあ。幼いころ善光寺で覚えたのは。
「甘酒」は、暑い季節に熱い甘酒を飲むことで、かえって暑さを忘れると人々に好まれていたことから、夏の季語として扱われます。
この句の作者は酒が好きなことで有名です。
善光寺の近くには江戸時代からの酒屋があり、幼いころにそこで甘酒を覚えたことを作者は懐かしく思い出しているのでしょう。
【NO.9】松尾芭蕉
『 月影や 四門四宗も 只一つ 』
季語:月影(秋)
意味:あらゆる宗教が一つとなって集まっている、月影であることだ。
「月影」とは、秋の月の形や月そのものを意味します。
この句は、芭蕉が善光寺を参拝した時に詠んだものです。
善光寺は、宗派を問わずすべての宗派に門戸を開く無宗派の寺院で、この句でも、あらゆる宗派の人々が月光の中で一つとなり集まっている様子を詠っています。
【NO.10】小林一茶
『 知た名の らく書き見へて 秋の暮 』
季語:秋の暮(秋)
意味:知った名の落書きが見える、秋の暮れでのことだ。
善光寺では、昔参拝者が記念として柱や壁に落書きを記していました。
今日ではほとんど消されていますが、山門(さんもん)の内部では江戸時代に
記された名前や参拝した日付を今でも多く目にすることができます。
一茶も善光寺を訪れた際、ふと見上げた本堂の柱に知人の名前を見つけ、懐かしく想ったのでしょう。
善光寺に関する有名俳句【後半10句】
【NO.11】種田山頭火
『 八重桜美しく南無観世音菩薩像(なむかんぜおんぼさつぞう) 』
季語:八重桜(春)
意味:八重桜が美しく咲く、南無観世音菩薩像。
種田山頭火が善光寺を参拝した際に詠んだ句です。この句は、善光寺本堂の東に句碑として残されています。
「南無観世音菩薩像(なむかんぜおんぼさつぞう)」は、観音菩薩の名前を唱え信心の心を示すことです。
漂泊の俳人、山頭火は善光寺に参詣し、随喜讃仏の旅日記を書いています。
【NO.12】小林一茶
『 名月や 西へ向かへば 善光寺 』
季語:名月(秋)
意味:名月であることだなあ、西へ向かえば善光寺だ。
「名月」は秋の季語で、八月十五日の月を指します。
空に昇る名月のもと、善光寺へと西に向かう一茶の姿が浮かんできます。
【NO.13】井上井月
『 思ひよらぬ 梅の花みて 善光寺 』
季語:梅の花(春)
意味:思いもよらず梅の花をみた善光寺であることだ。
井上井月は、江戸後期から明治時代に活躍した俳人で、たびたび善光寺を訪れ、句を詠んでいます。
この句碑も、善光寺の境内に建てられています。
善光寺へ参詣のために訪れると、そこには思いがけず美しい梅の花が咲いていたのです。
【NO.14】小林一茶
『 稲妻や 一もくさんに 善光寺 』
季語:稲妻(秋)
意味:稲妻であることだなあ。一目散に善光寺へ急ぐ。
この一茶の句碑は、善光寺周辺に立てられています。
「稲妻(いなづま)」とは、秋に空に光る雷の光のことで、この雷の光が空に出ると稲が実るとされたことから「稲妻」と呼ばれるようになったといわれています。
「稲妻」が空に光り、驚いた人々が善光寺へと急いで向かう姿が浮かんできます。
【NO.15】飯田蛇笏
『 夏旅や 俄か(にわか)鐘きく 善光寺 』
季語:夏旅(夏)
意味:夏旅であることだなあ。急に鐘の音を聞く善光寺だ。
「俄か」とは、物事が突然起こる様子のことです。
作者が、夏旅で善光寺を訪れていると、急に鐘の音が大きく響いてきたのでしょう。
「俄か」の語によって、鐘の音に不意打ちをされた作者の驚きが伝わってきます。
【NO.16】小林一茶
『 そば時や 月のしなのの 善光寺 』
季語:そば時(秋)
意味:そばの花が咲く季節であることだなあ、月の信濃の善光寺だ。
「そば時」とは、秋にそばの花が咲くことを指します。
この句は、一茶が50歳の頃に江戸から故郷の信濃町柏原へ移った際に詠んだものです。
秋、一面のそばの花が咲くそば畑は、白い絨毯が広がっているかのような風景となります。
「そばの花」と「月」によって美しく照らされた「善光寺」の佇まいが浮かびます。
【NO.17】坂田香寿
『 御印文(ごいんもん) 戴き 闇のふはりとす 』
季語:御印文頂き(新年)
意味:御印文を頂き、闇がふわりとする。
「御印文頂き」とは、善光寺で正月の間に行われる行事のことです。
宝印を額に押してもらった作者は、闇がふわりとするような感覚を味わったのでしょう。
【NO.18】清水文栄
『 御印文頂戴(ごはんちょうだい) 杉の秀先(ほさき)は 息溜めて 』
季語:御印文頂戴(新年)
意味:御印文頂戴し、杉の木の秀先は息を溜めたようだ。
「秀先」とは、形が突き出ていることを意味します。
「御印文頂戴(ごはんちょうだい)」も、善光寺で正月の間に行われる行事のことですが、人間だけでなく杉の木も御印文頂戴し、その枝先に息を溜めているかのようだ、と擬人法を用いて表現しています。
「御印文頂戴」の厳かな雰囲気が伝わってきます。
【NO.19】小林一茶
『 かいだんの 穴よりひらり 小てふ(ちょう) 』
季語:小てふ(春)
意味:戒壇の穴からひらりと小蝶が舞う。
善光寺には、「戒壇(かいだん)巡り(めぐり)」という、本堂内の階段を降り暗闇を進んでご本尊の真下にある錠前を触るという習わしがあります。
この錠前に触れると、極楽浄土が約束されるといわれており、一茶はこのことを詠みました。
平仮名を多用することで作られたこの句からは、一茶のやさしい人柄が伝わってきます。
【NO.20】小林一茶
『 善光寺も 直ぐ通りして 帰る雁(かり) 』
季語:帰る雁(春)
意味:善光寺も素通りして、帰っていく雁である。
「帰る雁」とは、春になり日本で冬を越した雁が北の国へと帰っていくことを意味します。
「直ぐ通り」とは、どこにも立ち寄らずそのまま素通りしていくことです。
この句も一茶の作品ですが、多くの参拝者が訪れる善光寺の上を素通りして北国へと帰っていく、雁のことを詠っています。
以上、善光寺に関する有名俳句でした!
今回は、善光寺に関する有名俳句を20句ご紹介しました。
古来より無宗派で一度参拝すると極楽浄土にいくことができるとされた善光寺には、小林一茶や多くの俳人も訪れ作句してきました。
善光寺やその周辺には多くの句碑があります。
善光寺を訪れた際には、ぜひその句碑を探して楽しんでみてください。