弥生は旧暦3月の異称で、現在の暦で4月頃を指します。
草木が生い茂る「木草弥生い茂る」から取られたと言われており、旧暦では春の終わりを、新暦では春真っ盛りを意味します。
3月を弥生と呼び、由来は、草木がいよいよ生い茂る月「木草弥や生ひ月(きくさいやおひづき)」が詰まって「やよひ」となったという説が有力で、これに対する異論は特にない。
他に、花月、嘉月、花見月、夢見月、桜月、暮春等の別名もある。 pic.twitter.com/yJotjp4LUC— 藤田桂輔 (@KeisukeFujitajp) March 4, 2013
今回は、そんな「弥生(やよい)」に関する有名俳句を20句ご紹介していきます。
弥生に関する有名俳句【前半10句】
【NO.1】伊藤信徳
『 終日(ひねもす)の 雨めづらしき 弥生かな 』
季語:弥生(春)
意味:1日中雨が降っているのがめずらしい弥生の日であることよ。
旧暦でいう弥生とは4月から5月の初めのため、1日中雨が降り続けることはめずらしかったのでしょう。春は雨が多い時期ですが、終日降り続けることはあまりない印象です。
【NO.2】森川許六
『 正月の つき餅ほづす 弥生かな 』
季語:弥生(春)
意味:正月についた餅をほぐす弥生だなぁ。
江戸時代では家で餅をつくか、餅屋に来てもらってついてもらうかなどの方法でつき餅を楽しんでいました。保存方法としては「干し餅」があり、長期間保存できるかわりにとても固くなるため、この句ではその干し餅を食べようとしていたのだと考えられます。
【NO.3】高桑闌更
『 大仏の はしらくぐるも 弥生かな 』
季語:弥生(春)
意味:奈良の大仏殿の柱の穴をくぐる弥生の日であることよ。
奈良の東大寺大仏殿には、今でも柱くぐりのできる穴が空いています。厄除けや無病息災を祈願してくぐるものですが、体格がいい現代の成人では難しく、江戸時代当時の成人が小柄であった証拠にもなる面白い句になっています。
【NO.4】与謝蕪村
『 色も香も うしろ姿や 弥生尽 』
季語:弥生尽(春)
意味:色も香りも、後ろ姿のように去っていく弥生の末日である。
「弥生尽」とは弥生の月の末日のことを表す季語です。この句には「美人のうしろ姿、弥生尽の比喩得たりと云べし」という注釈があり、美人の姿と去りゆく春を掛けた句になっています。
【NO.5】高井几董
『 おこたりし 返事かく日や 弥生尽 』
季語:弥生尽(春)
意味:今まで返事を怠っていた手紙を書く日だなぁ、弥生の末日は。
弥生の末日は、卯月という夏に切り替わる直前のタイミングです。ためていた手紙の返事をどうにか春の間に出そうと切羽詰まっている様子が伺えます。
【NO.6】井上井月
『 夜に入りて 雨となりけり 弥生尽 』
季語:弥生尽(春)
意味:夜に入って雨になった弥生の末日だ。
この句の作者は放浪と漂泊をテーマにした句を多数詠んでいます。「夜になる」ではなく「夜に入る」という言い回しは、旅などで歩いていて夕日が落ち、夜の時間帯に「入った」ような感覚を思わせる表現です。
【NO.7】正岡子規
『 奥山に ひとり香たく 弥生かな 』
季語:弥生(春)
意味:奥の山で一人お香を焚く弥生であることだ。
【NO.8】正岡子規
『 古御所や 弥生の鴉 草に鳴く 』
季語:弥生(春)
意味:古い御所があるなぁ。弥生の空に舞うカラスが生い茂る草に向かって鳴いている。
「古御所」とは古くなった御所、もしくは貴人の住まいのことです。ここでは草が生い茂るほどの廃墟か遺構になった御所に無常を感じています。
【NO.9】高浜虚子
『 降りつづく 弥生半ばと なりにけり 』
季語:弥生(春)
意味:雨が降り続いたまま弥生も半ばになってしまった。
この句は明治時代のもののため、ここでいう弥生とは現在のカレンダーで3月のことになります。3月といえば桃や桜が咲いて春本番といった時期ですが、雨が降り続いているためせっかくの春が楽しめないという残念そうな雰囲気を感じる句です。
【NO.10】夏目漱石
『 濃(こまや)かに 弥生の雲の 流れけり 』
季語:弥生(春)
意味:密度のある弥生の雲が上空に流れていく。
「濃かに」とは同じ読みの「細やか」とは逆で、密度の高い様子です。ここでは冬の快晴から一転して、湿度が上がり白い雲がよく見えるようになった春ののどかな風景を詠んでいます。
弥生に関する有名俳句【後半10句】
【NO.11】飯田蛇笏
『 おんじきの 器を土に 弥生尽 』
季語:弥生尽(春)
意味:飲食するための器を土で作ろう、弥生の末日よ。
「おんじき」とは飲食のことです。器を土にという表現からはそのまま直に置いてしまおうという意味も取れますが、土から作る陶芸という意味でも取れるため、そちらを採用しました。
【NO.12】水原秋桜子
『 碧天や 雪煙たつ 弥生富士 』
季語:弥生(春)
意味:青い空だなぁ。雪煙が立つ弥生の日の富士山が見える。
空の青と、まだ真っ白な3月の富士山を対比させた写実的な句です。風で巻き上げられた雪煙が見えるほどなので、富士山の近くで詠まれたと考えられます。
【NO.13】前田普羅
『 反りかへる 木の葉鰈(かれい)や 弥生尽 』
季語:弥生尽(春)
意味:反り返る木の葉がまるでカレイのように見える弥生の末日だ。
【NO.14】原石鼎
『 群ら星の あちらこちらの 弥生かな 』
季語:弥生(春)
意味:かたまって見える星があちらこちらに見える弥生の夜空であることだ。
「群ら星」とはかたまって見える星のことで、星団などを意味する単語です。春はおうし座のプレアデス星団などもまだ見えるほか、かに座のプレセぺ星団など肉眼で見える星団が多いのが特徴です。
【NO.15】林信子
『 きさらぎを ぬけて弥生へ ものの影 』
季語:弥生(春)
意味:如月を抜けて弥生になった物の影よ。
寒さの残る2月から、まるでトンネルを「抜けた」ように春本番の3月へ移動したような印象の句です。寒々しかった物の影が、あたたかな春の陽気で違って見えてきます。
【NO.16】阿部みどり女
『 友情に 悔を残さず 弥生尽く 』
季語:弥生尽く(春)
意味:友情に悔いを残さないようにしよう。3月ももう終わる。
3月の終わりといえば、卒業式での別れです。進学先が異なる友人や引っ越しをする友人たちと悔いの残らない日々を送って欲しいという応援の句になっています。
【NO.17】久保田万太郎
『 けふはまだ 誰にも逢はず 弥生尽 』
季語:弥生尽(春)
意味:今日はまだ誰にも会わないなぁ、弥生の最後の日だ。
まだ誰にも会っていないという言葉から、早朝の散歩の風景が浮かんできます。3月の終わりのあたたかな朝に誰もいない道を歩く、のんびりとした句です。
【NO.18】尾崎紅葉
『 時は弥生 書を売り山を 買はんずる 』
季語:弥生(春)
意味:時は弥生だ。家にある書を売って山を買いにいこう。
「買はんずる」とは「買おう」という意味です。心機一転、本を売って山を買ってしまおうという思い切りのいい決意が「時は弥生」という表現から伝わってきます。
【NO.19】西山泊雲
『 朝(あした)より 主人出あるき 弥生尽 』
季語:弥生尽(春)
意味:次の日の朝から家の主人が出歩く弥生の末日だ。
「朝」にはそのまま朝という意味と、「あした」という読み通り翌日の朝という意味があります。主人の出かける予定に合わせて、3月という年度末の終わりを感じさせる句です。
【NO.20】鈴木真砂女
『 刃ごたへの 堅き葱はも 弥生尽 』
季語:弥生尽(春)
意味:切った時の包丁の手応えが堅いネギだなぁ。弥生も終わりの日だ。
「はも」は強調や詠嘆を表します。春のネギは花が咲いた後に収穫するため堅くなるため、ザクザクという音が聞こえてくるような一句です。
以上、弥生に関する有名俳句でした!
今回は、弥生に関する有名俳句を20句ご紹介しました。
江戸時代までの旧暦と明治時代以降の新暦では1ヶ月ほど差があるものの、寒かった冬から春へ、春から初夏へといった季節の移り変わりを詠んだ句が多いのが特徴です。
春といえば桜を始めとした花が主役のように感じますが、弥生という時期そのものを対象に詠んでみてはいかがでしょうか。