水無月は旧暦6月の異称で、現在の暦で6月下旬から8月上旬頃を指します。
江戸時代と明治時代以降では季節が違うため、俳句の印象も少し異なっています。
「水無月」の由来は、酷暑で日照りが続き、深山の水まで枯れ尽くすことから。
別に、水を田に注ぐ月の意から、「水張り月」「水月<みなづき>」が転訛したとも。別名
季夏、風待月、炎陽、焦月、松風月、常夏月、鳴神月、伏月、涼暮月など。 pic.twitter.com/snn50Xekca— 陽紗衣 (@Yousariri343591) June 1, 2016
今回は、水無月を季語に含む有名な俳句を20句ご紹介していきます。
水無月に関する有名俳句【前半10句】
【NO.1】松尾芭蕉
『 水無月は 腹病やみの 暑さかな 』
季語:水無月(夏)
意味:暑い水無月は、持病の腹の病が起きるほどの暑さであることだ。
松尾芭蕉は胃が弱いことと痔で苦しんでいたことで知られています。夏の暑さで身体が弱り、持病が顔をのぞかせている様子は共感できる人も多いでしょう。
【NO.2】松尾芭蕉
『 水無月や 鯛はあれども 塩鯨 』
季語:水無月(夏)
意味:水無月だなぁ。高級な鯛があるけども、やはり庶民向けの鯨肉の塩漬けが食べたい。
江戸時代では鯨肉が普及していて、塩鯨は庶民向けの味でした。高級食品である鯛よりも、食べなれているおいしい塩鯨がいいなぁという当時の食生活がわかる一句になっています。
【NO.3】小林一茶
『 戸口から 青水無月の 月夜哉 』
季語:青水無月(夏)
意味:戸口から、青々とした木が映える水無月の月が見えている夜であることだ。
「青水無月」とは青葉が茂る頃という意味から付けられた水無月の異称です。緑が青く美しい日に、戸口からのぞく月が美しいという、絵画のような句になっています。
【NO.4】小林一茶
『 水無月の 空色傘や 東山 』
季語:水無月(夏)
意味:水無月の空色のような傘をさしているように見えるなぁ。夏の東山は。
「東山」は京都の比叡山のある一帯をさします。青空が広がっていて、まるで傘のように山を覆い尽くしているように見えるというユーモアがある表現です。
【NO.5】上島鬼貫
『 水無月や 伏見の川の 水の面 』
季語:水無月(夏)
意味:水無月だなぁ。伏見の川の水面も輝いている。
「伏見の川」には石川県を流れる伏見川と、京都の伏見区を流れる川の2つの解釈があります。作者は大阪を拠点に活動していたので、後者の京都の伏見の川を詠んだのでしょう。
【NO.6】野沢凡兆
『 水無月も 鼻つきあはす 数寄屋かな 』
季語:水無月(夏)
意味:暑い水無月でも、鼻をつきあわすように身を寄せる数寄屋であることだ。
数寄屋というと数寄屋造りの建物が浮かびますが、ここでは茶の湯のための小さな建物を表しています。暑い夏ですが、茶会や句会のために大人数がひしめき合っている面白さを感じる句です。
【NO.7】松倉嵐蘭
『 水無月や 朝めしくはぬ 夕すずみ 』
季語:水無月(夏)
意味:暑い水無月だなぁ。暑くて朝方に眠ると朝ごはんを食べないまま起きて、夕涼みをしている。
【NO.8】正岡子規
『 水無月や お白粉なする 脇の下 』
季語:水無月(夏)
意味:水無月だなぁ。暑くて汗が染みないように白粉をなすりつける脇の下だ。
今でいう制汗剤のような役割を白粉に期待している習俗の句です。着物でも汗をかくと脇に染みができてしまうため、夏は気を使っていたことがわかります。
【NO.9】正岡子規
『 水無月や 根岸涼しき 篠の雪 』
季語:水無月(夏)
意味:水無月だなぁ。外は暑いけれど、「根岸の篠の雪」の豆腐は涼しげだ。
暑い夏に雪という一見よくわからない句に見えますが、「根岸笹乃雪」という豆腐屋が今でも存在しています。江戸時代創業で、江戸で初めて絹ごし豆腐を作ったお店として有名で、現在でも豆腐料理を提供しています。
【NO.10】前田普羅
『 水無月や 滞船ゆるる 神代川 』
季語:水無月(夏)
意味:水無月をむかえた。川岸に停められた船が揺れている神代川が見える。
「神代川」という名前の川は宮崎県のものが有名ですが、作者は富山県で活動していたことがあるため、ここでは富山県の神代川を詠んでいます。暑くてぼんやりと眺めた先に停泊中の船が揺れている、おだやかな句です。
水無月に関する有名俳句【後半10句】
【NO.11】日野草城
『 水無月の 一樹いよいよ 茂るなり 』
季語:水無月(夏)
意味:水無月をむかえて樹がいよいよ茂ってきている。
現在のカレンダーで6月といえば、若葉が緑のしっかりとした葉になって生い茂る季節です。「一樹」と特定の樹をさしていることから、庭に植えている木を観察しているような句になっています。
【NO.12】原石鼎
『 水無月の 人はいとしも 汗を拭く 』
季語:水無月(夏)
意味:暑い水無月になると、人は何度も汗を拭くようになるなぁ。
「いとしも」とは古語で「非常に、きわめて」という意味です。暑くなってくる6月になると、ハンカチやタオルで汗を拭く人たちが多くなり、夏の訪れを実感します。
【NO.13】長谷川かな女
『 水無月や 草植えふやす 庭造り 』
季語:水無月(夏)
意味:水無月だなぁ。新しく草を植えて増やそう、庭作りには最適な月だ。
【NO.14】鈴木真砂女
『 水無月や あしたゆふべに 足袋替へて 』
季語:水無月(夏)
意味:暑い水無月だなぁ。朝に夕方に足袋を替えるほど汗をかく。
「あしたゆふべ」は「朝夕」と書き、朝夕いつもという意味になります。足袋が汚れたり汗で湿ったりしてしまうほどの暑さを、直接暑いとは詠まずに表現しています。
【NO.15】大木あまり
『 水無月の 賽の河原の 迷子札 』
季語:水無月(夏)
意味:水無月の賽の河原に迷子札を付けた子がいる。
「賽の河原」には2つの解釈があり、実際の地名としての賽の河原と、仏教において親より早く死んだ子供がいく賽の河原があります。迷子札という子供がつけている札があることから、子供の供養をしている現場を詠んだように思えます。
【NO.16】水原秋桜子
『 火の山の 水無月のけぶり 雲に立つ 』
季語:水無月(夏)
意味:噴火している山が水無月という水の無い月に煙が雲のように立っている。
火と水、煙と雲を対比させている句です。火の山は具体的な地名はありませんが、今も噴煙を上げている桜島のような火山を連想させます。
【NO.17】加藤楸邨
『 水無月の 雲の耳より 月うまる 』
季語:水無月(夏)
意味:水無月の雲の耳のような端に月が埋まるように輝いている。
「雲の耳」という表現が独特で面白い句です。雲の端に隠れるか隠れないかギリギリのところに出ている月の様子がよく表現されています。
【NO.18】柴田白葉女
『 うづ潮に 青水無月の 人語断つ 』
季語:青水無月(夏)
意味:渦潮を見ていると、青葉の茂る水無月でも人の話し声が断たれるくらい圧倒される。
「人語」には人の話し声や言葉という意味があります。渦潮という大自然の現象に、青葉の茂るにぎやかな水無月でも思わず人は黙り込んでしまうというダイナミックさが表現された句です。
【NO.19】皆吉爽雨
『 はじめての道も 青水無月の奈良 』
季語:青水無月(夏)
意味:初めての奈良旅行への道は、青葉が茂る水無月の暑い道だった。
句またがりの一句です。青々とした草が生い茂る道を、初めての奈良旅行に向かって意気揚々と歩いている作者の様子が句またがりの調子から感じ取れます。
【NO.20】飯田蛇笏
『 水無月の 雲斂(おさま)りて 和歌の浦 』
季語:水無月(夏)
意味:水無月の雲がひとかたまりにまとまっている名所の和歌の浦の風景だ。
「和歌の浦」とは和歌山県の西部にある景勝地の海岸です。万葉集の時代から歌に詠まれている歌枕で、雲がひとかたまりになって流れる様子を見上げている感慨深さが表れた一句になっています。
以上、水無月に関する有名俳句でした!
今回は、水無月に関する有名俳句を20句ご紹介しました。
江戸時代までの夏本番の俳句と、明治時代以降のちょうど梅雨をむかえる頃の俳句では趣が異なってきますが、どちらも夏の暑さと木々の緑の美しさを詠んだ俳句が多い印象です。湿度も高く暑い季節ですが、木々や空を眺めて一句詠んでみてはいかがでしょうか。