「悲しい」という言葉は「心が痛んで泣けてくるような気持ちでいること」「嘆いても嘆き切れない気持ち」「心が痛み辛くて切なくなり泣きたい気持ち」等の意味があります。
俳句の世界では「悲しい」という気持ちはどのように表現されているのでしょうか。
今回は、「悲しい気持ち」を詠んだ有名な俳句を20句紹介していきます。
“まっすぐな道でさみしい” 山頭火 pic.twitter.com/z9eEdSe9sc
— ブラウン管から麻酔針 (@ID420) March 14, 2014
「悲しい」気持ちを詠んだ有名俳句【前半10句】
【NO.1】田中灯京
『 雪やなぎ 母に孤独の 刻多し 』
季語:雪やなぎ(春)
意味:雪やなぎ、母は孤独になる時間が多くなる。
「雪やなぎ」とは、春になると柳のような葉と雪が降ったような白い花を咲かせるものです。春の時期、作者のお母様は一人になってしまう時間が多くなってしまうのでしょう。お母様の悲しい表情が想像できます。
【NO.2】野中亮介
『 遠足に とり囲まれて 象孤独 』
季語:遠足(春)
意味:遠足で来ている子どもたちに囲まれている象は孤独である。
動物園の描写でしょうか。たくさんの子どもたちが象の周りに集まって笑顔で嬉しそうに見ている姿と、自由がない囲いの中で孤独な象の姿が対比されています。象の悲しい気持ちがより強調されているように思います。
【NO.3】加藤秋邨
『 柚子の香に 追ひぬかれたる 孤独かな 』
季語:柚子(秋)
意味:柚子の香りに追い抜かれていく孤独である。
作者は一人で歩いているのでしょう。一人で歩いているときにふと感じた柚子の香り。秋ならではの香りをたった一人で歩いているときに感じたということに、悲しさや寂しさを見出しているのではないでしょうか。
【NO.4】小林一茶
『 我と来て 遊べや親の ない雀 』
季語:雀の子(親のない雀)(春)
意味:親がいなくて一羽で遊ぶ子すずめ、わたしの所へ来て一緒に遊ぼう。
作者の小林一茶は3歳の時に母を亡くし、その後にやってきた継母に虐待を受けていたと言われています。また長男にも関わらず15歳を迎えた年にたった一人で遠くに奉公に出されてしまいます。辛い少年時代を過ごした一茶。母を亡くした自分と子雀を重ねて詠んだこの句から一茶の辛くて悲しい気持ちがとても伝わります。
【NO.5】雨宮抱星
『 蛙鳴く 孤独を耐へて ゐる夜も 』
季語:蛙(春)
意味:蛙が鳴いている、孤独を耐えている夜も。
明かりが少なく暗い夜に一人で過ごしている作者。たった一人でいる孤独は辛くて苦しくて悲しいものです。夜の時間帯はなおさら悲しみを感じることでしょう。一人なのでとても静かな夜。蛙の鳴き声がとても大きく響いているように感じたのではないでしょうか。
【NO.6】与謝蕪村
『 愁ひつつ 岡にのぼれば 花いばら 』
季語:花いばら(夏)
意味:愁いを感じながら丘を登ると花いばらが咲いている。
「花いばら」とは、野ばらの花のことで夏に香りのある小さな花をたくさん咲かせるものです。作者はどのような悲しみや心配事を抱えて丘をのぼったのでしょうか。このとき作者は、友人の死をとても悲しんでいたと言われています。悲しい気持ちで心の中が苦しくなってしまったとき、丘の上に咲く花に少しだけ心が癒されたのかもしれませんね。
【NO.7】藤木清子
『 元旦の 孤独を映画 館にもまれ 』
季語:元旦(新年)
意味:元旦に一人で過ごす孤独を映画館に行くことで紛らわせる。
【NO.8】風間圭
『 冷蔵庫 開けて孤独を まのあたり 』
季語:冷蔵庫(夏)
意味:冷蔵庫を開けたら孤独を目の当たりにした。
冷蔵庫の中身は使用する人数が多ければ多いほど中身は潤い、充実していることでしょう。一人で過ごしている作者は、冷蔵庫を開け中身を見たときふと孤独を感じ心が悲しい気持ちになったのではないでしょうか。
【NO.9】桂樟蹊子
『 消灯は 孤独の一つ 虫しぐれ 』
季語:虫しぐれ(秋)
意味:消灯は孤独を感じる一つである。
「虫しぐれ(虫時雨)」とは、たくさんの虫が鳴きたてることを時雨の音に例えているものです。戸外も室内も明るさがある内は一人で過ごしていることに孤独を感じることは少ないかもしれません。ただ、真っ暗な夜の時間。何も見えなくなる消灯は「自分は一人である」という孤独を強く感じさせ、深い悲しみを感じるのではなないでしょうか。
【NO.10】田中陽
『 かなしいなあ 我家のいっぽんの 紅葉 』
季語:紅葉(秋)
意味:悲しい、我が家にあるたった一本の紅葉は。
作者の家には紅葉があるのでしょう。ただそれは一本だけ。たった一本だけの紅葉が懸命に生きている姿に物悲しさを感じたのかもしれません。「かなしいなぁ」の言葉に作者の深い想いが込められているように感じます。
「悲しい」気持ちを詠んだ有名俳句【後半10句】
【NO.11】辻桃子
『 戦死せし 父を泣きたる 月の友 』
季語:月の友(秋)
意味:戦死した父を想って泣く月の友である。
「月の友」とは8月15日(陰暦)のことをいいます。日本では8月15日は終戦記念日(終戦日)とされています。作者のお父様は戦争で亡くなられたのでしょう。お父様を想い、悲しくて辛い気持ちを胸にたくさんの涙を流している作者の想いを感じ、心が痛くなります。
【NO.12】松尾芭蕉
『 行く春や 鳥啼き魚の 目は泪 』
季語:行く春(春)
意味:春が過ぎ去ろうとしているときにわたしは旅立つ、鳥は鳴き魚は目に涙が浮かべている。
「行く春」とは、まさに過ぎ去ろうとしている春のことをいいます。作者は、過ぎ去る春とこれから旅立つ自分を重ねています。旅に出ようとしている作者。昔は長旅には危険が伴うものとされており、作者の無事を祈って皆が見送りにきてくれたのでしょう。もしものことがあるかもしれない、という悲しい気持ちを抱えていたのではないでしょうか。人だけなく、鳥や魚も涙を流してしまうくらい長旅は危険であり、永遠の別れになる可能性があるものであることを表現しています。
【NO.13】長谷川かな女
『 亡き母を 知る人来たり 十二月 』
季語:十二月(冬)
意味:亡くなった母を知っている人が訪ねてきた。
【NO.14】八木澤高原
『 人去りて 孤独に戻る 座禅草 』
季語:座禅草(春)
意味:人が去り、再び孤独な生活に戻る。
「座禅草」とは、サトイモ科の多年草で僧侶が坐禅している姿から名付けられたと言われています。作者は普段一人で生活をしているのでしょう。そこへ人が訪ねてきてくれたことでわずかな時間でも孤独な生活から抜け出せたのでしょう。でも再び一人になった作者。「孤独に戻る」という言葉から作者の深い悲しみを感じます。
【NO.15】高浜虚子
『 兄のこと 話せば泣くや 梅擬 』
季語:梅擬(秋)
意味:兄のことを話すと泣いてしまう。
「梅擬(うめもどき)」は、モチノキ科の落葉低木で、初夏に薄紫の小さな花が咲き、晩秋に果実が赤く熟しますが落果はしません。作者のお兄様は亡くなってしまったのでしょうか。兄の話題を出すだけで涙が出てしまうほど、深い悲しみに包まれているのでしょう。
【NO.16】正岡子規
『 凧切れて 泣く泣く帰り 行く児よ 』
季語:凧(春)
意味:凧が切れてしまい泣きながら帰る子どもである。
凧あげをしている子どもの様子を詠んでいます。とても楽しそうに凧あげをして遊んでいた子ども。しかし凧の糸が切れてしまったのでしょう。悲しくて悲しくて泣きながら家に帰る姿はとても切ない気持ちになります。
【NO.17】熊谷愛子
『 冷蔵庫と 真夜の孤独を 共にせり 』
季語:冷蔵庫(夏)
意味:真夜中の孤独を冷蔵庫と共にした。
暗い真夜中の時間帯、日中よりもさまざまな音が消え静かになった世界はより一層孤独さを感じることでしょう。寂しい・悲しい・辛い、孤独を感じる作者の想いを感じます。じっと佇む冷蔵庫の存在が自身の孤独さと重なるような気持ちになり、仲間のように感じたのかもしれませんね。
【NO.18】寺山修司
『 亡き父に とゞく葉書や 西行忌 』
季語:西行忌(春)
意味:亡くなった父に葉書が届いた。
「西行忌(さいぎょうき)」とは、陰暦二月十五日、平安時代末期の歌僧西行法師の忌日のことです。作者のお父様は最近亡くなったのかもしれませんね。悲しみが深くまだまだ心の整理がつかない状況なのでしょう。そのような中で届いた父宛ての葉書。まだどこかに生きているのではないかと感じたのではないでしょうか。
【NO.19】若月栄枝
『 遺骨なき 戦死の父の 墓洗ふ 』
季語:墓洗ふ(秋)
意味:遺骨がない戦死した父の墓を洗う。
「墓洗ふ」とは、お盆に墓参をし墓を掃除し墓石を洗い清め水を手向けることをいいます。戦死されたお父様。遺骨もなにもなく、亡くなったというお知らせだけがきたのでしょう。きっと信じられない気持ちがとても大きかったのではないでしょうか。ご家族の深い悲しみを考えるととても辛いです。
【NO.20】高浜虚子
『 冬ざれや 石に腰かけ 我孤独 』
季語:冬ざれ(冬)
意味: 冬になり石に腰掛ける自分は孤独である。
「冬ざれ」とは、冬になり草木が枯れると共に海・山等見渡す限りの景色、何もかもが枯れ果てて寂しくなってしまった冬の情景のことをいいます。この句はもともと「今孤独」と詠まれていましたが、のちに「我孤独」となったそうです。「我」という字にしたことでより一層孤独が深くなっているように感じます。孤独による寂しさや悲しさ、苦しさ等をより強く表現したかったのではないでしょうか。
以上、悲しい気持ちを詠んだ有名俳句でした!
今回は、悲しい有名俳句を20句紹介しました。
「悲しい」という気持ちは、辛いとき・寂しいとき・切ないとき・誰かを想い出すとき・苦しいとき等、さまざまな状況で湧き上がる心の動きだと思います。
俳句の中では「悲しい」という言葉をそのまま使うときもあれば、別の言葉や表現で間接的に悲しさを表現することもあります。
皆さんの「悲しい」気持ちを俳句にしてみてはいかがでしょうか。