俳句は五七五の十七音に季節を表す季語を組み合わせた詩です。
江戸時代に成立した俳句は明治大正期の伝統俳句と新傾向俳句の対立を経て、戦後の現代俳句へとうつり変わっていきます。
今回は、昭和から平成を代表する俳人「大木あまり」の有名俳句を20句紹介します。
【絵俳句】猫の子のふにやふにやにしてよく走る/大木あまり pic.twitter.com/U8kdSsTEzl
— 御前田あなた (@anata_omaeda) July 9, 2016
大木あまりの人物像や作風
大木あまり(おおき あまり)は、1941年(昭和16年)に東京都豊島区目白に、詩人である大木惇夫の三女として生まれました。
武蔵野美術大学の洋画科を卒業後、病気をきっかけに母の勧めで角川源義が主宰する「河」へと入会し、師事します。
角川源義が亡くなったあとは進藤一考の「人」、石田勝彦や綾部仁喜の「雲の会」、長谷川櫂主宰の「古志」などを転々とし、2008年に「星の木」を創刊しました。
2011年に句集『星涼』で第62回読売文学賞を受賞するなど、現在も精力的に活動しています。
大木あまり句集『遊星』入荷しました。
やっぱりこれはいれておかないと。#葉ね文庫死神は美しくあれ膝毛布 pic.twitter.com/5I40fpcbff
— 葉ね文庫 池上きくこ (@tobiyaman) November 11, 2016
大木あまりの作風は、伝統的な季語のある定型句で、言葉の配列に無理がなく抽象的な表現を避けて日常の自然な言葉から作られているのが特徴です。
大木あまりの有名俳句・代表作【20選】
【NO.1】
『 さくら咲く 山河に生まれ 短気なり 』
季語:さくら(春)
意味:桜が咲く山河のある国に生まれ、桜がすぐ散るように私も短気に育った。
桜がすぐに散る様子を自身の短気という気性に例えた面白い句です。美しい風景を詠みつつ自分自身の性質に収束させていく手法が見事な一句です。
【NO.2】
『 死ぬまでは 人それよりは 花びらに 』
季語:花(春)
意味:死ぬまでは人だが、死んだあとは花びらになりたいものだ。
作者の死生観が表れた一句です。死ぬまではどう足掻いても人であるのだから、それより先は花びらように美しくありたいという憧れを詠んでいます。
【NO.3】
『 春の波 見て献立の きまりけり 』
季語:春の波(春)
意味:春の海の波を見て今日の献立が決まった。
うねる波から何を連想したのでしょうか。春の旬の魚料理だったのか、全く別の着想を得たのか、いろいろな献立の想像ができる句です。
【NO.4】
『 手の切れる やうな紙幣あり 種物屋 』
季語:種物屋(春)
意味:手が切れるような新札が種物屋にあった。
「種物屋」とは野菜などの種を売っているお店です。現在ではガーデニングや家庭菜園がブームで大きな店もありますが、当時は新札をわざわざ使う客がいたのかと驚くような小さなお店が多かったのでしょう。
【NO.5】
『 悲しみの 牛車のごとく 来たる春 』
季語:春(春)
意味:悲しみが牛車のようにゆっくりと来た春だった。
悲しいことがあったときに、あとからじわじわと実感した経験のある方も多いでしょう。そのような状況を「牛車のごとく」とゆっくり進む乗り物に例えている一句です。
【NO.6】
『 木の揺れが 魚に移れり 半夏生 』
季語:半夏生(夏)
意味:木々の揺れが魚に移ったようにヒレを揺らしている半夏生の季節だ。
「半夏生」とは植物の名称でもありますが、夏至から数えて11日目の雑節のことを意味します。水面にうつった木の枝が揺れると魚のヒレも揺れるという写生の句になります。
【NO.7】
『 病歴に 似てながながと 蛇の衣(きぬ) 』
季語:蛇の衣(夏)
意味:病歴に似て長々と蛇の抜け殻がある。
大病を患って入院すると、病気の一覧がとても長く続くことがあります。この句はそんな長く並べられた病歴と長寿と言われる蛇の抜け殻を対比しているのが面白い一句です。
【NO.8】
『 星涼し もの書くときも 病むときも 』
季語:涼し(夏)
意味:星が出ている夜は涼しく感じる。物を書く時も病む時もずっとこのような感覚なのだろう。
『星涼』という句集の題名になった一句です。「病むときも」というフレーズがまるで結婚式の宣誓のようで、物を書くことに対して人生をかけた誓いのように感じます。
【NO.9】
『 逝く猫に 小さきハンカチ 持たせやる 』
季語:ハンカチ(夏)
意味:亡くなってしまった猫に小さなハンカチを持たせてやる。
最近はペットの火葬が増えていて、使っていたものや好物を棺に一緒に入れることが多くなってきました。猫が愛用していただろうハンカチを持たせて送り出す飼い主の優しさと悲しみが感じられます。
【NO.10】
『 握りつぶすなら その蝉殻を下さい 』
季語:蝉殻(夏)
意味:握りつぶすのならそのセミの抜け殻を私に下さい。
セミの抜け殻を見つけるとうっかり潰してみたくなった経験がある人もいるでしょう。ここでは命の移り変わりとしての抜け殻を珍重する作者の姿勢が伺えます。
【NO.11】
『 人形の だれにも抱かれ 草の花 』
季語:草の花(秋)
意味:人形が誰にでも抱かれるように、草の花も皆に摘まれるのだ。
人形と草の花を対比しているのが面白い一句です。草の花は野草の花のことで、秋になって咲く花を摘んでいる様子を人形を抱いている様子に例えています。
【NO.12】
『 柿むいて 今の青空 あるばかり 』
季語:柿(秋)
意味:柿をむいて食べようとしたときにふと空を見上げると、今は青空があるばかりだ。
「柿むいて」と食べる前の動作を詠んだ技巧派の一句です。食べる前に一挙動挟むことで、青空を見上げる時間の説得力が増します。
【NO.13】
『 汝が好きな 葛の嵐と なりにけり 』
季語:葛(秋)
意味:あなたが好きな葛が強風で裏返って白い面を見せている。
葛は葉の裏が白く、葉を裏返すほどの強風を「葛の裏風」とも呼びます。その光景が好きだった人に語りかけていることから、お墓参りの最中の一句であるという解釈もあります。
【NO.14】
『 寝ころべば 鳥の腹みえ 秋の風 』
季語:秋の風(秋)
意味:寝転べば鳥のお腹が見える秋の風が吹く日だ。
普通は飛んでいる鳥を真下から眺めることはまずありません。ここでは自分の真上を飛んでいる鳥ならば寝転べばお腹が見えるだろうというユーモアを詠んでいます。
【NO.15】
『 助手席の 犬が舌出す 文化の日 』
季語:文化の日(秋)
意味:助手席に座っている犬が舌を出している文化の日だ。
「文化の日」とは11月3日の国民の祝日です。休日に犬を連れてどこかへ外出しようとしている家族の車から、犬が舌を出している様子を詠んでいます。
【NO.16】
『 枯るるとは 縮むこと 音たつること 』
季語:枯るる(冬)
意味:枯れるとは縮むこと、音を立てることだ。
落ち葉の様子を詠んでいると考えられている一句です。紅葉が終わり落ちる木の葉は、夏の頃よりは縮んでいますが枝から切り離されることによって一枚の葉として音を立てるようになるのです。
【NO.17】
『 湯気のたつ 馬に手を置く クリスマス 』
季語:クリスマス(冬)
意味:湯気の立つ馬に手を置くクリスマスの日だ。
クリスマスに馬と並ぶとキリスト生誕の逸話が思い起こされます。寒い地域では運動後の馬から湯気のように汗が蒸発することで有名です。
【NO.18】
『 鯛焼の あんこの足らぬ 御所の前 』
季語:鯛焼(冬)
意味:鯛焼きの餡子が足りない御所の前のお店だ。
御所とはおそらく京都御所のことで、上品な京都の店らしく鯛焼きの餡子が控えめだったのでしょう。談笑しながら鯛焼きを食べている様子が浮かんできます。
【NO.19】
『 寒風に 売る金色の 卵焼 』
季語:寒風(冬)
意味:寒い風が吹く日に金色に輝くような卵焼きが売っている。
近所のお惣菜屋さんでの一幕でしょうか。風で寒さが身に染みる日に見つけたお店で見つけた、鮮やかな色彩の卵焼きがとてもおいしそうに思えてきます。
【NO.20】
『 冬草や 夢みるために 世を去らむ 』
季語:冬草(冬)
意味:冬の草は夢を見るために世を去るのだろう。
冬になると多くの草は枯れていきます。そんな枯れていく草も夢を見るように眠るのだという優しさと救いを感じる一句です。
以上、大木あまりの有名俳句20選でした!
今回は、大木あまりの作風や人物像、有名俳句を20句ご紹介しました。
自由な発想や叙述的な言い回しも多い現代俳句の中で、季語を中心としたわかりやすい俳句が多いのが特徴です。
現代俳句には多くの作風があるので、ぜひ読み比べてみてください。