俳句は五七五の十七音の短い文章に四季を表す季語を詠み込む詩です。
江戸時代を発祥とする俳句文化は明治時代の正岡子規の一門によってさらに多くの作風を生み出しました。
今回は、大正時代から昭和にかけて活躍した俳人「臼田亞浪」の有名俳句を20句紹介します。
郭公や
何処までゆかば
人に逢はむ 臼田亜浪
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— 菜花 咲子(ナバナサキコ) (@nanohanasakiko2) July 6, 2017
臼田亜浪の人物像や作風
(1948年頃の臼田亜浪 出典:Wikipedia)
臼田亜浪(うすだ あろう)は、1879年(明治12年)に現在の長野県小諸市に生まれました。
亜浪は小諸義塾という私塾で学んだ後、現在の法政大学に入学します。在学中に短歌を与謝野鉄幹に、俳句を高浜虚子に学びました。
その後、新聞記者や編集長を経たあとに1915年に大須賀乙字とともに『石楠(しゃくなげ/せきなん)』を創刊し、仕事を退職。以降は句作に集中することになります。臼田亞浪は河東碧梧桐らによる新傾向俳句を真っ向から批判し、松尾芭蕉以来の「自然感ある民族詩」としての俳句を目指しました。
『石楠』からはのちに多くの門人を排出しており、篠原梵や大野林火などよく知られている俳人もいます。
その後、戦争中の空襲で一時中断しましたが、戦後まもなく印刷所を長野に移転して復刊。しかし、亜浪は1951年(昭和26年)に脳溢血に倒れて亡くなっています。
心澄めば
怒涛ぞ聞こゆ
夏至の雨 臼田亜浪
#梅雨俳句#臼田亜浪 pic.twitter.com/6T4m7jERdL
— 菜花 咲子(ナバナサキコ) (@nanohanasakiko2) June 16, 2017
臼田亞浪の作品は「荘重にして素朴・自然感を重視したもの」が特徴となっています。また、一句の中に切れがなく一気に詠む「一句一章」を重んじていました。
臼田亜浪の有名俳句・代表作【20選】
【NO.1】
『 石蹴りの 筋引いてやる 暖かき 』
季語:暖か(春)
意味:石蹴り遊びをしようとしている子供たちに線を引いてやる春の暖かな日だ。
「石蹴り」とは石を蹴り合う遊びで、片足飛びで地面に描かれた図形の中に石を蹴り入れて行くものです。その図形をわざわざ大人である作者が書いてやろうと思うほど、暖かな春の日にどこか浮き足立った気分だったのかもしれません。
【NO.2】
『 啓蟄の 虫におどろく 縁の上 』
季語:啓蟄(春)
意味:啓蟄の日に、文字通り虫が出てきて驚いた縁側の上である。
「啓蟄」とは二十四節気の1つで、春になり虫が穴から出てくる頃です。その言葉通りに虫が縁側にいたため、暦と目の前の出来事の一致に驚いています。
【NO.3】
『 夕暮れの 水のとろりと 春の風 』
季語:春の風(春)
意味:夕暮れの光を受けてとろりとしたように見える水に春の風が吹き付けている。
「水温む」という季語もあるように、春はあたためられた水がまるでとろりとしたように見えます。あたかも静止しているような情景ですが、春の風を詠むことで動きが生まれている一句です。
【NO.4】
『 如月の 烈風釘を 打つ音す 』
季語:如月(春)
意味:如月の激しい風は、まるで釘を打っているような音がする。
「如月」は旧暦の2月、新暦で言うと2月下旬から3月にあたります。立春は過ぎているものの、激しい風が何かに当たっているのか鋭い音を立てている様子が伺えます。
【NO.5】
『 山桜 白きが上の 月夜かな 』
季語:山桜(春)
意味:山桜が白く咲いている上に月夜が広がっているなぁ。
松尾芭蕉の「しばらくは 花の上なる 月夜かな」を連想させる一句です。白い山桜の花と月光の白い光が空一面を真っ白に見せています。
【NO.6】
『 墓起す 一念草を むしるなり 』
季語:草をむしる(夏)
意味:朽ち果てた墓を前にして、必ず再興すると誓って草をむしっている。
「墓」とは実際の墓と取ることもできますが、ここでは俳句で必ず大成すると誓ったとも取れます。意気込んでまずは草をむしってお墓をきれいにする、基礎を整えるという決意の一句です。
【NO.7】
『 お山樹の ゆらぎ雲ゆく 夏の空 』
季語:夏の空(夏)
意味:お山の樹がゆらゆらとゆらいで雲が進んでいく夏の空だ。
「お山樹」という表現が面白い一句です。風で葉や枝がそよぐ地上と、雲を動かす空気の流れが一致している様子を詠んでいます。
【NO.8】
『 郭公や 何処までゆかば 人に逢はむ 』
季語:郭公(夏)
意味:郭公よ、どこまで行けば私は誰に会えるのだろうか。
この句は作者が療養のために長野県の渋温泉に滞在していた時に作られました。1人で志賀高原を散策している途中に遭遇した郭公に語りかける形になっていて、郭公が「閑古鳥」とも言われる寂しさの象徴であることを暗示しています。
【NO.9】
『 夏萩の 花のともしく 夕すだれ 』
季語:夏萩(夏)
意味:夏に咲く萩の花は、花の数がとぼしくて夕方のすだれのようだ。
萩の開花は7月から9月と俳句の上では秋に分類されるものです。ここでは少し早く咲いた夏の萩について詠んでいますが、花の数が少なくすだれのようだと例えています。
【NO.10】
『 えにしだの 夕べは白き 別れかな 』
季語:えにしだ(夏)
意味:金雀枝の花が咲いている夕べは白い色をした別れであることだ。
「えにしだ」は「金雀枝」とも書く常緑の低木で、5月から6月にかけて黄色い花を咲かせます。園芸種には白い花を咲かせるものもあり、この句で詠まれたのは白い花の金雀枝だったのかもしれません。
【NO.11】
『 旅の日の いつまで暑き 彼岸花 』
季語:彼岸花(秋)
意味:旅をしている日々だがいつまで暑いのだろうか、秋に咲く彼岸花よ。
彼岸花が咲いている秋なのにいつまでも暑い日が続く、という愚痴めいた一句です。現代のように冷房の効いた車や電車での旅行ではないので、極端な暑さや寒さは旅する人には死活問題だったことでしょう。
【NO.12】
『 雨来り 鈴虫声を たたみあへず 』
季語:鈴虫(秋)
意味:雨が降って来た。突然のことだったので、鈴虫は声をたたむ暇もなかったようだ。
雨が降っている中で鳴いている鈴虫の声を聞いての一句です。「声をたたむ」という表現は、舞台をたたむようなユーモアを感じさせます。
【NO.13】
『 話声奪ふ 風に野を行く 天の川 』
季語:天の川(秋)
意味:話し声さえ奪うような強い風が野を行く。頭上には天の川が輝いている。
強い風で話し声も聞こえないような大草原の夜桜に、美しい天の川が輝いています。「野を行く」という表現から風の動きがよくわかる一句です。
【NO.14】
『 ふるさとは 山路がかりに 秋の暮 』
季語:秋の暮(秋)
意味:私の故郷は山路に入る途中で秋の暮をむかえている。
作者は長野県の小諸市という街道沿いに栄えた場所です。山道に入る途中で日が暮れるという、美しい風景であるとともに故郷への懐かしさを感じさせます。
【NO.15】
『 霧よ包め包め ひとりは淋しきぞ 』
季語:霧(秋)
意味:霧よ当たりを包め包め。1人でいるのは淋しいものだ。
作者の句には「包め包め」のように繰り返しの言葉が出てくるものもあります。繰り返すことで強調すると共に、万葉集の頃のような繰り返しのリズムを取り入れたかったのではないかと言われています。
【NO.16】
『 鵯(ひよどり)の それきり鳴かず 雪の暮 』
季語:雪(季語)
意味:ヒヨドリがたった一声だけ鳴いてそれきり鳴かない。雪の日の夕暮れのことだ。
ヒヨドリは1970年頃までは10月に渡来し4月に去っていく渡り鳥だったため、作者の時代のヒヨドリも渡り鳥だったと思われます。作者は自解で「たった1度だけ聞こえた鳥の声に「それきり鳴かない、鵯、雪の暮。」と繰り返すうちにこの句が出来たと語っています。
【NO.17】
『 薬のんでは 大寒の障子を 見てゐる 』
季語:大寒(冬)
意味:薬を飲んでは大寒の日をむかえた障子をただ見ている。
薬を飲むほど寝込んでいる部屋に、障子越しに白い光が差し込んでいます。ただぼうっと見ているしかない状況が、作者にしてはめずらしい破調から見て取れる句です。
【NO.18】
『 立冬や とも枯れしたる 藪からし 』
季語:立冬(冬)
意味:立冬だなぁ。巻きついた草木とともに枯れていく薮からしがある。
「薮からし」は夏の季語になっているツル性の植物ですが、冬になり枯れてしまっています。巻きついた植物ともども枯れている様子に冬の訪れが読み取れる一句です。
【NO.19】
『 木曾路ゆく 我れも旅人 散る木の葉 』
季語:木の葉(冬)
意味:木曽路を行く私も旅人だ。木の葉が散っていくこの道を。
この木曽路の旅は故郷へ向かう最中とも考えられますが、作者は松尾芭蕉の影響を強く受けています。芭蕉は『更科紀行』で木曽路の旅を描写しているため、芭蕉を思い起こしながら旅をしているのかも知れしません。
【NO.20】
『 今日も暮るる 吹雪の底の 大日輪 』
季語:吹雪(冬)
意味:今日も暮れていく。吹雪の底には大きな日輪が輝いているのに。
吹雪で太陽が見えずに日が暮れていく「暗さ」と、底にあるという「大日輪」が対比されています。雪雲の上には輝く太陽があるのにと悔しがっているようにも見える句です。
以上、臼田亜浪の有名俳句20選でした!
今回は、臼田亜浪の作風や人物像、有名俳句を20句ご紹介しました。
高浜虚子の一門に属し、伝統俳句を守り続けて度々俳壇を批判し続けた臼田亞浪は、近現代俳句の作風変化の番人のような俳人です。
さまざまな作風が生まれた大正から昭和にかけての俳句をぜひ読み比べてみてください。