俳句は、五七五といった短いリズムが心地よく、日本の美や心情を伝えるものとして今日でも人気が高い文学です。
今回は、大正から昭和にかけて活躍した「日野草城(ひの そうじょう)」の有名俳句を20句紹介していきます。
夏立ちぬいつもそよげる樹の若葉by
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日野草城の人物像や作風
日野草城は1901年(明治34年)に東京に生まれ、幼少期から中学卒業までをソウルで過ごしました。
帰国後は京都の高校に進学し、後に「京大三高俳句会」という句会を作り、山口誓子などの著名な俳人が参加しています。この句会の発足に高浜虚子が呼ばれたこと、また「ホトトギス」で俳句を学び、後に高浜虚子に師事したことで、29歳までに「ホトトギス」の課題選者にもなりました。
1934年に発表した、新婚旅行をテーマにした「ミヤコホテル連作」が物議を醸します。当時は触れられなかった男女間の性的な関係を匂わせる作品で、この俳句の是非を巡って論争が起きました。
自らの句集にも収録したことで師匠である高浜虚子との方向性の差が明らかになり、「ホトトギス」を除名されています。
除名後は無季の俳句やエロティシズムを詠んだ俳句など新興俳句運動の中心となりましたが、時勢が悪く弾圧を受けました。戦後の1946年に結核を患い、1949年に病床に伏せるようになると、今までの勢いのある句から静謐な句へと変わっていきます。
死の前年である1955年には高浜虚子と和解し「ホトトギス」に復帰しましたが、翌1956年に亡くなりました。
日野草城の作風としては、初期の視覚や触覚、味覚など五感に訴えかける作風や、ミヤコホテル連作を初めとする女性たちへの想像力を働かせて詠んでいる作風、そして晩年の病床で詠まれた人生を静かに見つめる静謐な作風があります。
日野草城の有名俳句・代表作【20選】
【NO.1】
『 ものの種 にぎればいのち ひしめける 』
季語:種(春)
意味:植物の種を握ると、多くの命がひしめき合っているのを感じる。
たくさんの植物の種を握りしめて、その種に秘められた命を実感しています。種だけに漢字を用いているため、種という単語に焦点が当たる構造です。
【NO.2】
『 春暁や 人こそ知らね 木々の雨 』
季語:春暁(春)
意味:春の夜明け前だなぁ。人々はみな眠っていて知らないのだろうけれど、木々にやわらかく雨が降り注いでいる。
「人こそ知らね」という古典的表現を使っているのが特徴の句です。「けれど」という逆説の意味で、あえて古語表現を使うことで自分だけが知っているという意味を強調しています。
【NO.3】
『 けふよりの 妻(め)と来て泊(は)つる 宵の春 』
季語:宵の春(春)
意味:今日から妻となった人と泊まるホテルだ。春の宵に新婚旅行をしている。
「ミヤコホテル連作」の最初の句です。新婚旅行で妻と泊まる宿を前にして、春というどこかにぎやかで浮かれた様子の夜を詠んでいます。
【NO.4】
『 梅が香や 月めく空の うすはなだ 』
季語:梅(春)
意味:梅の香りがするなぁ。月が出ている空は薄いはなだ色に染まっている。
「うすはなだ」とは薄いはなだ色のことで、「はなだ」とは藍色よりは薄い青色のことをいいます。うっすらと青に染まった空であることから、日の出前か日の入り直後の一瞬の時間を切り取った句です。
【NO.5】
『 春の灯や 女は持たぬ のどぼとけ 』
季語:春の灯(春)
意味:春の明かりが揺れている。その明かりに照らされる女性の喉は平らで、喉仏の影がない。
春のほのかな明かりに照らされた女性という官能的な一句です。女性の喉に落ちる影には喉仏がなく、滑らかな首の様子が想像できます。
【NO.6】
『 ところてん 煙のごとく 沈みをり 』
季語:ところてん(夏)
意味:ところてんが押し出されて、煙のように皿の中に沈んでいく。
押し出されたところてんがお皿の中に入る様子を、煙が沈むと例えています。白い煙が流れていくように、同じく白いところてんが押し出されている光景です。
【NO.7】
『 うすまりし 醤油すずしや 冷奴 』
季語:冷奴(夏)
意味:薄まっていく醤油がどこか涼しく感じる冷奴だなぁ。
冷奴に醤油をかけると、豆腐の味で醤油の味が薄くなったような感覚がします。冷奴の冷たくなめらかな食感と、薄味になった醤油の風味に暑い夏の中の涼しさを見出している句です。
【NO.8】
『 青雲と 白雲と耀り(ひかり) 麦の秋 』
季語:麦の秋(夏)
意味:青く晴れた空に白い雲が輝いている麦の秋だ。
「青雲」とは青みがかった雲の他に、青く晴れた空という意味があります。麦の秋は麦の収穫期が夏であることから夏を意味していて、麦の黄色と青い空、白い雲と色彩豊かな絵画のような表現です。
【NO.9】
『 閑けさや 花火消えたる あとの星 』
季語:花火(夏)
意味:あんなににぎやかだったのに静かになったなぁ。花火が消えたあとに見えてくる夜の星が輝いている。
花火はにぎやかに夏の夜空を彩りますが、終わってしまったあとの静けさはより際立つものです。花火の光と喧騒が過ぎたあとには、元々の夏の星がひっそりと輝いています。
【NO.10】
『 松風に 誘はれて鳴く 蝉一つ 』
季語:蝉(夏)
意味:松に吹く風に誘われるように鳴くセミが1匹いる。
松の葉を揺らす風に呼応するようにセミが1匹だけ鳴き出した様子を詠んだ句です。それまでの静けさと鳴き始めた1匹だけのセミの声が呼応しています。
【NO.11】
『 秋の夜や 紅茶をくぐる 銀の匙 』
季語:秋の夜(秋)
意味:秋の夜だなぁ。銀の匙は紅茶の赤い水面をくぐっているよ。
「紅茶にくぐらせる」ではなく「紅茶をくぐる」と表現することで、銀の匙を擬人化しています。スプーンの銀色と紅茶の赤が対比になっています。
【NO.12】
『 秋の雨 しづかに午前 おはりけり 』
季語:秋の雨(秋)
意味:秋の雨が降っている。静かに過ごしているうちに午前が終わってしまった。
秋雨が降っていたために、午前中は家の中で過ごしていたときの様子を詠んだ句です。家事や読書に没頭していたら、いつの間にか時間が経っていたという経験は誰にでもあるでしょう。
【NO.13】
『 朝寒や 白粥うまき 病みあがり 』
季語:朝寒(秋)
意味:朝が冷えるようになってきたなぁ。あたたかい白粥がおいしい病み上がりだ。
寒い朝とあたたかいお粥の温度が対比になっています。病み上がりの体を冷やさないように、ゆっくりと湯気のたつ朝食を食べている様子が目に見えるようです。
【NO.14】
『 道暮れて 右も左も 刈田かな 』
季語:刈田(秋)
意味:道を歩いていたら日が暮れたが、右も左も稲を刈ったあとの田んぼだなぁ。
「刈田」とは稲を刈ったあとの田んぼのことです。街灯も少ない頃に詠まれているので、右も左も広大な空間が広がっていてぽつんと歩いている様子を詠んでいます。
【NO.15】
『 凛々と 目覚時計 寒波来 』
季語:寒波(冬)
意味:凛々と目覚まし時計が鳴っている。朝はとても寒く、寒波が来たようだ。
冬の朝になかなか布団から出られない様子を詠んでいます。実際に寒波がきてぐっと気温が下がったのか、あたたかい布団と部屋の室温の差に寒波でも来たのかと感じたのか、想像がふくらみます。
【NO.16】
『 みずみずし セロリを噛めば 夏匂う 』
季語:セロリ(冬)
意味:みずみずしいセロリを噛むと、まるで夏のような爽やかな味がする。
一見すると季語は夏に見えますが、ここでは冬に収穫されるセロリが季語になります。冬に収穫される野菜ですが、かじると夏の爽やかさを感じる味がするとギャップを楽しんでいる句です。
【NO.17】
『 高熱の 鶴青空に 漂へり 』
季語:鶴(冬)
意味:高熱を出している鶴が青空に漂うように飛んでいる。
「高熱の鶴」とは熱病で病床についている作者自身を例えています。青空を自由に飛ぶ感覚や、高熱の自分が感じる空気の冷たさなど、幻想のような想像力を働かせている一句です。
【NO.18】
『 冬の月 寂寞として 高きかな 』
季語:冬の月(冬)
意味:冬の月は、ものさびしくひっそりとして高い所にのぼっているなぁ。
「寂寞(じゃくまく)」とはものさびしくひっそりとしている様子を表します。冬は空気が乾燥するため月の光もいっそう輝きますが、冬という季節からどこかものさびしく感じるものです。
【NO.19】
『 初春や 眼鏡のままに うとうとと 』
季語:初春(新年)
意味:新しい年の初めがきた。眼鏡をしたままついうとうととしてしまう。
眼鏡を付けたままうたた寝してしまうことは、眼鏡を使用している人にはよくあることでしょう。寒い冬の中でも新しい年が来たことで、つい気が緩んでうとうとしている様子を詠んでいます。
【NO.20】
『 見えぬ眼の 方の眼鏡の 玉も拭く 』
季語:無季
意味:見えない眼の方の眼鏡のレンズも拭いておく。
作者は晩年、病で片方の目の視力を失っています。もう見えない方の眼鏡のレンズも大切に扱っている様子が、「眼鏡の玉」と表現していることからよくわかる句です。
以上、日野草城が詠んだ有名俳句20選でした!
日野草城は、早熟の天才と呼ばれ、当時は触れられなかった女性の性という題材や新興俳句の活動、病床で書かれた晩年の落ち着いた作風など、激動の時代を表すような俳人です。
それまでの俳句とは一線を画す内容に物議を醸しましたが、新たな俳句の道を切り開いた日野草城の俳句をぜひ読んでみてください。