俳句は五七五の十七音に季節を表す季語を詠み込む形式の詩ですが、韻律を自由に詠む自由律俳句や季語を詠まない無季俳句という形式もあります。
明治時代に始まった自由律俳句は大正、昭和にかけて隆盛しました。
今回は、プロレタリア文学自由律俳句の俳人と知られている「橋本夢道(はしもと むどう)」の人物像や有名俳句を紹介します。
あとなー句集おもろくて、興味でたので橋本夢道物語買った。
そして今日届いてた( ̄▽ ̄)明日、寒そうだから、
これ読んですごすおー♥♥ #sbycamera http://t.co/PwpfF3Kdq7 pic.twitter.com/v3UEx1Fdgn— ꕥ ꧁ 流 ꧂ ꕥ (@nagareNGR48) January 18, 2014
橋本夢道の人物像や作風
(橋本夢道 出典:さすらいの天才不良文学中年)
橋本夢道(はしもと むどう)は、1903年(明治36年)に徳島県の小作農家に生まれました。
小学校を卒業後は染料の藍玉を扱う問屋へ丁稚奉公に出ました。この頃に図書館で「萬朝報」に掲載されていた荻原井泉水の俳句を見て句作を初め、1922年に「層雲」に投句を始めて井泉水に師事しています。
自由恋愛による結婚やプロレタリア文学に傾倒したことにより勤め先を解雇された夢道は、銀座の輸入雑貨店に勤めながら「月ヶ瀬」という甘味処の創業に参加します。この際に「あんみつ」を考案し、自らプロモーション広告として俳句を寄せているのが有名です。
当局による発禁処分などと戦いながらプロレタリア俳句運動を牽引しますが、1941年に起こった新興俳句弾圧運動により2年間拘留されました。獄中で詠まれた俳句が残されており、貴重な当時の史料にもなっています。
戦後は「月ヶ瀬」の役員になるかたわらで新俳句人連盟創立に参加、「秋刀魚」という俳句雑誌の創刊など精力的に活動し、1974年(昭和49年)に亡くなっています。
2017年9月12日。徳島新聞の文化面に『橋本夢道の獄中句・戦中日記』の記事が掲載されました。 pic.twitter.com/0k03EBWVIt
— 勝どき書房@『小さき村なれど』小松栄三郎著 (@katidoki_syobou) September 18, 2017
橋本夢道の作風は、季語がなく韻律も自由な「無季自由律俳句」です。プロレタリア俳句として戦中や戦後の労働者を詠む反骨精神と、長年連れ添った妻への愛情あふれる俳句が有名になっています。
俳句については本人が「農民が生産しながら歌っている稗搗歌、米搗歌、俚謡、俗曲のように共同に生きつらぬく文学でありたい」と句集『無礼なる妻』のあとがきで述べており、庶民のための詩という姿勢を徹底していました。
橋本夢道の有名俳句・代表作【20選】
【NO.1】
『 妻よ おまえはなぜ こんなにかわいんだろうね 』
【意味】妻よ、お前はなぜこんなに可愛いんだろうね。
自身の妻への愛情を率直に詠んだ一句です。作者は愛妻家として知られていて、妻に関して詠んだ句が多く残されています。
【NO.2】
『 無礼なる妻よ 毎日馬鹿げたものを 食わしむ 』
【意味】無礼なる妻よ、毎日馬鹿げたものを食べさせるものだ。
前句とは違って強い調子の言葉ですが、この句が詠まれたのは食糧事情が悪い時期です。「馬鹿げたもの」とは手に入れた食料でなんとか作った料理のことであり、反語として自身の不甲斐なさを詠んだ句とも言われています。
【NO.3】
『 妻よ五十年 吾と面白かつたと 言いなさい 』
【意味】妻よ、50年私といて面白かったと言いなさい。
作者は1929年に妻と結婚してから亡くなる1974年まで、離婚や死別することなくずっと共に過ごしていました。辞世の句も妻に託したほどで、長年仲が良かった夫婦であったことがこの句からも伺えます。
【NO.4】
『 うぐいすの 匂うがごとき のどぼとけ 』
【意味】ウグイスの姿のように美しい彼女の喉仏だ。
「匂う」とは古語で「美しく」という意味も持ちます。この句は恋について詠まれているため、ウグイスのように美しい女性の声を発する喉に注目して表現されています。
【NO.5】
『 翼立て 苗代の泥を 取る初燕 』
【意味】翼を立てて苗代の泥を取る初燕よ。
ツバメは小さな虫を食べる鳥なので、生物が豊かな田んぼの上を飛んでいるのをよく見かけます。虫を狙って泥しか取れなかったという幼いツバメの姿が浮かんでくるようです。
【NO.6】
『 赤坂の 見附も春の 紅椿 』
【意味】赤坂見附にも春の紅椿が咲いている。
一見すると東京の春の風景を詠んだ句ですが、新興俳句弾圧事件による予審に向かう護送車の中で詠まれています。獄中生活の壮絶さを詠んだ句が多い中で、外ではもう春なのだという純粋な感動が読み取れる一句です。
【NO.7】
『 さくら散る まひる日傘で行く 』
【意味】桜が散っている。降り注ぐ花弁を避けるように真昼に日傘をさして行こう。
この句も恋について詠まれた一句です。桜の花弁が降り積もることを避けるためなのか、「まひる」という表現から顔を見られるのが恥ずかしいのか、恋の駆け引きを感じさせる表現になっています。
【NO.8】
『 大戦起る この日のために 獄をたまわる 』
【意味】大戦が起こった。今日この日のために監獄に入れられたのだろう。
太平洋戦争は1941年12月8日に宣戦布告されて始まりました。作者が弾圧事件で投獄されたのが1941年の2月頃のため、獄中で開戦の報を聞いての一句です。
【NO.9】
『 みつまめを ギリシャの神は 知らざりき 』
【意味】蜜豆をギリシャの神は知らなかったことだろう。
作者は1938年に創業した「月ヶ瀬」に関わっていて、あんみつの発案者という説があります。「月ヶ瀬」であんみつを売る際の宣伝としてこの俳句は作られていますが、ギリシャ神話の神々を対比に持ってくるユーモアのセンスが光ります。
【NO.10】
『 夏稲の 黄にたるる穂を 見て哭(な)けり 』
【意味】夏の稲の、黄色に垂れる穂を見て涙がでてきた。
この句は敗戦後に詠まれたと言われています。8月15日の終戦を迎え、田んぼの稲は人の営みとは関係なく黄色く色づいている様子に世の無常を感じているのでしょうか。
【NO.11】
『 かぶと虫を 手にこの少年の父 いくさして還らず 』
【意味】カブトムシを手にしたこの少年の父は戦争に出て帰ってこなかった。
戦死した父を持つ子供の様子を詠んだ句です。子供は無邪気に遊んでいますが、父の戦死が理解できないほど幼い子供に降りかかった苦難を思う作者の心情が字余りの句から伺えます。
【NO.12】
『 炎天に 吾が生き墓石 自若たり 』
【意味】炎天下の下で、私が生きている間に立てた墓標が泰然自若として佇んでいる。
作者は自身の代表句である「うごけば、寒い」という句を掘った墓石を生前に作っています。「寒い」という句と炎天下の対比が、戦前と戦後の空気の差も表しているようです。
【NO.13】
『 さんらんと 光りに浴びせられ 夜を働く者 』
【意味】燦爛とした光を浴びせられながら夜に働いている者たちがいる。
夜間労働者の様子を詠んだ句です。夜の街はネオンサインや街灯などの燦爛とした美しい光に照らされていますが、夜でも仕事ができるように強い光を浴びせられているという労働者目線の、句になっています。
【NO.14】
『 さんま食いたし されどさんまは 空を泳ぐ 』
【意味】サンマが食べたいが、サンマは空を泳いでいるばかりで食卓にはのぼらない。
食糧事情が良くなかった時代に詠まれた一句です。「いわし雲」と呼ばれる細かい雲をサンマに見立てて、空にはたくさんのサンマがいるのにと悔しがっています。
【NO.15】
『 野菊咲き 続く日あたりは ある山路 』
【意味】野菊が咲き続けている日の当たる場所はとある山道だ。
20代の句作を始めた頃に作られた一句です。日当たりのいい山道に咲く野菊を写実的に詠んでいて、伝統俳句に忠実な句になっています。
【NO.16】
『 山が紅葉し そめたそうな月末の 机の抽斗(ひきだし) 』
【意味】山が紅葉し、月末の机の引き出しの中も染めたそうなほどに赤くなっている。
「月末」という言葉と「紅葉」という言葉から、支払いが赤字になっている連想ができる句です。引き出しの中身が読んだ人によって想像するものが変わってくる面白い俳句になっています。
【NO.17】
『 もう書くところがない わが句作紙石板に 三百句 』
【意味】もう書くところがない。紙石板に私の句作が300句もたまってしまった。
この句は新興俳句弾圧事件で投獄されている最中の一句です。「紙石板」とはボール紙に軽石の粉などを塗った紙製の石盤で、筆記用具代わりにこっそりと持ち込んで句作を続けていました。
【NO.18】
『 うごけば、寒い 』
【意味】うごけば、寒い。
作者の代表句で、生前に作った墓石に刻んだ俳句でもあります。投獄中に迎えた冬の様子を詠んでいて、物理的な寒さといつまで続くかわからない獄中生活の精神的な寒さを詠んだ句です。
【NO.19】
『 雪のガード下で 夜の熱いたべもの すすらせている 』
【意味】雪のガード下で、夜に熱い食べ物をすすらせている。
雪が降る日でも夜中に食事をしながら仕事をする人たちを詠んでいます。「すすらせている」という言い回しから、帰宅する人々ではなく夜の食事のあとに仕事をする人達が連想される句です。
【NO.20】
『 きびしい荷揚げの荷に 頬ずり冬の汗して 投票に行かない人ら 』
【意味】冬の厳しい荷揚げの荷物に頬ずりしながら汗をかいて、投票に行かない人達だ。
投票日にも仕事があり、投票に行っている暇のない労働者たちを詠んだ句です。期日前投票などがある現在とは違い、冬でも汗をかくほどに働いている人達は投票に行く暇もないのに、という皮肉がこもっています。
以上、橋本夢道の有名俳句20選でした!
今回は、橋本夢道の作風や人物像、有名俳句を20句紹介しました。
自由律俳句かつプロレタリア文学ということで、かなり自由な韻律で労働者の様子を詠んでいます。
また、獄中に投獄されている最中のものもあり当時の社会情勢がわかる俳句なので、同時代の俳人の作品と読み比べてみてください。