俳句は五七五の十七音に季節を表す季語を詠み込む短い詩で、江戸時代に成立しました。
明治大正を経て伝統俳句や新興俳句など多くの作風が生まれた俳句は、昭和から現代にかけても多くの俳人を輩出しています。
今回は、昭和から平成にかけて活躍した「金原まさ子」の有名俳句を20句紹介します。
102歳ブロガー&俳人 金原まさ子さん、
「何にでも集中するタイプで、年をとるのを忘れていました。」
素敵よね♪ pic.twitter.com/EB4CcKGrMn— shibata kiyomi (@studioclarte) January 4, 2014
金原まさ子の人物像や作風
金原まさ子(きんばら まさこ)は、1911年(明治44年)に東京都に生まれました。
当初は俳句での活動ではなく、戦時下の育児日記が評判となりドキュメンタリーにもなっています。
俳人としては49歳というかなり遅いデビューであり、1970年に林信子の「草苑」の創刊に携わります。高齢になっても句作への意欲は止まらず、2001年には今井聖主宰の「街」、2007年には鳴戸奈菜の「らん」に参加するなど精力的に活動を続けました。
100歳になってからは「金原まさ子百歳からのブログ」をはじめ、ほぼ毎日1句を更新するなど話題を呼び、そのブログをまとめた句集も出版しています。2017年(平成29年)に胃がんで亡くなるまで句作を続けた生粋の俳人として有名です。
更新「金原まさ子100歳からのブログ」祝106歳https://t.co/3tq9Kb4zaD
お誕生日正しくは2月5日だそうですが、ほぼ立春なので早めにアップします。 pic.twitter.com/6a3jY8V9pe— こくぼかよこ (@nemurinn77) February 3, 2017
金原まさ子の作風は、「99歳の不良少女」と呼ばれるほど年齢を感じさせない自由な感性が特徴です。また、高齢のため老いや死への言及も多い中で、ユーモアのある発想で笑い飛ばすような表現が多く見られます。
金原まさ子の有名俳句・代表作【20選】
【NO.1】
『 鶴帰る とき置いてゆき ハルシオン 』
季語:鶴帰る(春)
意味:鶴が帰るときに置いていったようなハルシオンの錠剤だ。
「ハルシオン」とは睡眠導入剤の一種です。鶴が置いていったといういかにも効果がありそうな表現が面白い一句になっています。
【NO.2】
『 世の終り 田螺(たにし)わらうとき にっと 』
季語:田螺(春)
意味:たとえこの世が終わっても、タニシは笑う時ににっと笑うのだろう。
タニシは貝類のため表情はわかりません。それでも作者の想像の中ではどんな時でも「にっと」笑う面白い生物であることがこの句からは伺えます。
【NO.3】
『 春暁の 母たち乳を ふるまうよ 』
季語:春暁(春)
意味:春の夜明けに母たちは赤ん坊に乳を振る舞っているよ。
春の夜明けという薄暗く霞がかっているような景色に、母親たちが授乳をしているというどこかドキッとするような一句です。夜明けの光に照らされた母親や子供たちの姿が幻想的に浮かんできます。
【NO.4】
『 流転注意 そこは土筆(つくし)の たまり場よ 』
季語:土筆(春)
意味:移り変わっていくものに注意しよう。そこは土筆のたまり場だよ。
「流転(るてん)」とは移り変わってやむことないもの、という意味です。ここでは少し前までの冬の様子と対比して、今は土筆が沢山生えているよと注意を促しています。
【NO.5】
『 別々の 夢見て貝柱と 貝は 』
季語:無季
意味:別々の夢を見ているのだろうか、貝柱と貝は。
具体的な貝ではなく一般的な貝を詠んでいるため無季俳句になります。貝柱は「閉殻筋」と呼ばれる殻を閉じるための筋肉なので、貝本体とは別の夢を見るのだろうかというユーモアのある一句です。
【NO.6】
『 ぷいと来て バラを接木して 去りぬ 』
季語:バラ(夏)
意味:ぷいと来てバラを接木して去っていった。
「ぷいと」来ているところから、無口な友人や職人を連想させます。寡黙な人が黙々とバラの接木の作業をして帰っていく姿を観察している様子を詠んだ句です。
【NO.7】
『 よもつひらさか 花合歓(ねむ)は 無口の木 』
季語:花合歓(夏)
意味:まるで黄泉比良坂に咲く花のようだ。合歓の花は無口な木に咲いている。
合歓の花は夜になると花を閉じて垂れ下がるというまるで睡眠のような動作を行います。「よもつひらさか」とは死の国へ行く時に通過する坂のことなので、眠っている花の様子を見て連想したのでしょう。
【NO.8】
『 刑罰よ からすうりの花 月ざらし 』
季語:からすうりの花(夏)
意味:これは刑罰だ。カラスウリの花を月の光に晒してしまおう。
カラスウリの花は夕方から夜明け前までに咲く珍しい花です。カラスウリとしては夜に咲くのは通常の生態ですが、あえて月の光に晒す刑罰だと表現しているのが独特の感性を表しています。
【NO.9】
『 エスカルゴ 三匹食べて 三匹嘔(は)く 』
季語:エスカルゴ(夏)
意味:エスカルゴを3匹食べて3匹とも吐いてしまった。
エスカルゴは料理として出される時は「3個」と呼びそうですが、ここでは「三匹」と表現することで料理される前の形を想起しています。体に合わずに本当に吐いてしまったのか、エスカルゴそのままの姿で吐き出したところを想像したのか、解釈がいろいろある一句です。
【NO.10】
『 かわたれや 見るなの部屋の 燕子花(かきつばた) 』
季語:燕子花(夏)
意味:明け方だ。見るなと言われた部屋には燕子花が飾られている。
「かわたれ」とは「彼は誰」と書き、明け方のことを言います。朝方の誰も起きてこない時間帯に、入ってはいけないと言われた部屋をこっそり覗いているどこか背徳的な様子を詠んだ句です。
【NO.11】
『 蓑虫を 無職と思う 黙礼す 』
季語:蓑虫(秋)
意味:ミノムシを無職と思って黙礼した。
蓑をまとってぶら下がっているミノムシを無職と表現しています。黙礼して通り過ぎていくところに作者のユーモアを感じる一句です。
【NO.12】
『 ああみんな わかものなのだ 天の川 』
季語:天の川(秋)
意味:ああみんな若者なのだ、あの天の川に比べれば。
天の川を見上げて、気が遠くなるほどの星々の年齢に思いを馳せている一句です。人間の寿命は、星々の数千万年とも数十億年とも言われる寿命に比べればみんな若いんだなと感慨深くなります。
【NO.13】
『 片仮名で ススキと書けば イタチ来て 』
季語:ススキ(秋)
意味:カタカナでススキと書けばイタチが来る気がする。
作者の独特な感性を表現した一句です。「ススキ」と「イタチ」には特に関連性がありませんが、ススキの野原の間からイタチが顔を出している様子を想像しているのでしょう。
【NO.14】
『 月夜茸へ 体温の雨が どしゃぶり 』
季語:月夜茸(秋)
意味:ツキヨタケへ体温くらいの雨が土砂降りとなって降り注いでいる。
「ツキヨタケ」は夜に青白く発光する毒キノコです。薄暗い中で発光するツキヨタケにあたたかい雨が降り注いでいるため、残暑の夜の出来事だと考えられます。
【NO.15】
『 月光や おのれとあそび 藤たちは 』
季語:月光(秋)
意味:月光が降り注いでいる。自分自身と遊んでいるように見える藤たちだ。
秋の藤は花の時期が終わり、冬に向けて葉が落ち始めている時期です。月光に照らされた藤が遊んでいるように見えているため、葉が落ち始めた枝が風にそよいでいたのでしょう。
【NO.16】
『 つまり ただの菫ではないか 冬の 』
季語:菫/冬菫(冬)
意味:つまりただのスミレではないか、冬の。
冬のスミレについて詠んだ句です。「冬の」と最後に投げやりのように詠まれていますが、倒置法を使うことによって寒い中に咲いているスミレへの感嘆が込められている表現になっています。
【NO.17】
『 ああ暗い 煮詰まっている ぎゅうとねぎ 』
季語:ねぎ(冬)
意味:ああ暗いなぁ。煮詰まってぎゅうと牛肉とともに詰め込まれているネギだ。
「ぎゅう」という言葉にぎゅうぎゅう詰めという意味と牛肉が掛けられている一句です。冬とはいえ暗く電気がついていないことが伺えますが、これは停電によるものだと思われます。
【NO.18】
『 冬バラ咥(くわ)え ホウキに乗って 翔びまわれ 』
季語:冬バラ(冬)
意味:冬バラを口にくわえて、ホウキに乗って飛び回ってしまえ。
ホウキに乗って飛び回るというと魔女の姿を思いうかべます。魔女の仮装をした人が増えるハロウィンの日を思い起こさせる一句です。
【NO.19】
『 水が上って 白菜が浮く 石棺ごと 』
季語:白菜(冬)
意味:水が上ってきて、白菜が浮いている。石棺ごと浮いてくるような感覚だ。
「石棺(せっかん)」とは石でできた棺で、古墳時代などに主に使われていました。ここでは実際に石棺が浮かんできたわけではなく、白菜が浮いているのを見て重い石の棺も浮きそうだなぁと連想している一句になっています。
【NO.20】
『 練羊羹 まぶた重たく 食べ了(おわ)る 』
季語:無季
意味:練り羊羹をまぶたが重いまま食べ終わった。
眠いのかまぶたが重いまま練り羊羹を食べています。うつらうつらとしながらおやつを食べている昼下がりと光景が浮かんでくる一句です。
以上、金原まさ子の有名俳句20選でした!
金原まさ子さん、素敵すぎる。こんな婆さんになりたい。てか、なる! pic.twitter.com/iIeqUvdyNm
— Jasmine H (@Jasminebubu) May 13, 2014
今回は、金原まさ子の作風や人物像、有名俳句を20句紹介しました。
100歳になっても若い心を忘れず句作を続けた作者の俳句は独特の感性が評価されています。
老いや死へのユーモアな言及も多いため、ぜひ句集を読んでみてください。