俳句は五七五の十七音で構成されている詩です。
テンポの良い韻律とともに季節を表す季語を詠むことで、さまざまな風景や心情を表します。
江戸時代に始まった俳句は明治から現代にかけてさまざまな作風の俳句が作られてきました。
今回は、、明治後期から昭和にかけて活躍した俳人「久保田万太郎」の有名俳句を20句紹介します。
久保田万太郎(1889-1963)俳人・小説家
「神田川祭の中を流れけり」#作家の似顔絵 pic.twitter.com/CQvHypl8NC— イクタケマコト〈イラストレーター〉 (@m_ikutake2) September 10, 2014
久保田万太郎の人物像や作風
(1955年頃の久保田万太郎 出典:Wikipedia)
久保田万太郎(くぼた まんたろう)は、1889年(明治22年)に東京府東京市浅草区(現在の東京都台東区雷門)に生まれました。
万太郎は袋物製造販売の家業は継がず慶應義塾大学に進学。ちょうどこの時の慶応大学は森鴎外や永井荷風をむかえた「三田文学」が創始されていた時期で、久保田万太郎も大いに影響を受けました。
大学在学中は岡本松濱や松根東洋城に俳句を学んだほか、いくつかの戯曲を発表して注目を浴び島崎藤村や泉鏡花らと交流を持っています。大学を卒業して以降は劇作家や文学研究で著しい成果をあげていましたが、1934年に水原秋桜子や富安風生らによって創設された「いとう句会」の宗匠として招かれました。
現在まで続く劇団の「文学座」や俳句雑誌『春燈』を主催するなど戦後も精力的な活動を続けていて、さまざまな芸術に関する賞を受賞しましたが、1963年(昭和38年)に誤嚥性の窒息により亡くなりました。
三味ひけば雨ふる春の忌日かな
久保田 万太郎1963年(昭和38年)5月6日没。大正から昭和にかけて活躍した俳人、小説家、劇作家。
春宵や屋根から上の花の闇 pic.twitter.com/BzEbUFXLoP
— 久延毘古⛩陶 皇紀ニ六八二年令和四年葉月💙💛🇺🇦 (@amtr1117) May 5, 2014
久保田万太郎の作風は、下町暮らしを平明な言葉によって余情たっぷりに詠む句風です。
また、本人は俳句を「余技」であると言っていて、自身の俳句について「家常生活に根ざした叙情的な即興詩」であるとも語っています。
久保田万太郎の有名俳句・代表作【20選】
【NO.1】
『 時計屋の 時計春の夜 どれがほんと 』
季語:春の夜(春)
意味:時計屋にたくさんの時計があるけれど、この春の夜ではどの時計が本当の時間かわからない。
「どれがほんと」と疑問形のような表現で終わっているのが面白い一句です。時計屋でさえどの時計が本当の時刻なのかわからないほど、春の夜と現実があやふやになっています。
【NO.2】
『 はつ午や 煮しめてうまき 焼豆腐 』
季語:はつ午(春)
意味:初午の日だ。焼き豆腐は煮しめて食べるとおいしい。
この句には「煮つめて」という一文字以外全く同じになっている先行句があります。作者は先行句があることについて、「焼き豆腐は汁をじゅうぶん染み通らせるという煮しめるが正しい」として取り合わなかったと言われています。
【NO.3】
『 とりわくる ときの香もこそ 桜餅 』
季語:桜餅(春)
意味:取り分ける時の香りも大事なのだ、桜餅は。
桜餅は塩漬けの桜の葉で包んだ和菓子で、独特の香りがします。食べてもおいしい桜餅ですが、一人一人取り分けている最中にただよってくる香りに待ちきれない様子が伺える一句です。
【NO.4】
『 春しぐれ やみたる傘を 手に手かな 』
季語:春しぐれ(春)
意味:春に降ったりやんだりする雨だ。雨がやんだのでみんな傘を手に持っているなぁ。
「春しぐれ」とは春先に降ったりやんだりする雨のことです。出かけた時に降っていた雨がやんで、道行く人々が傘を畳んで持ち始めた一瞬をとらえています。
【NO.5】
『 春浅し 空また月を そだてそめ 』
季語:春浅し(春)
意味:はるはまだ浅く寒い日だ。空はまた月を育てて満月にしていくのだろう。
空が新月から満月へと月を育てていく、という発想がおもしろい一句です。「春浅し」というまだ春の暖かさには遠い季語が、満月には遠い頼りない細さの月の姿を暗示させます。
【NO.6】
『 神田川 祭の中を ながれけり 』
季語:祭(夏)
意味:神田川が夏の祭りの中をゆっくりと流れている。
この句には前書きがあり、「島崎藤村の『生ひ立ちの記』を読んで」とあります。神田川で祭りと言うと神田明神の祭りを想像しますが、『生ひ立ちの記』で語られているのは榊神社の祭りのため、そちらを想像して詠んでいるのかもしれません。
【NO.7】
『 扇風機 止めれば雨の 音のまた 』
季語:扇風機(夏)
意味:扇風機を止めると雨の音がまた聞こえ始めた。
「また」という余韻を伴う言葉で終わっているのが印象的な一句です。扇風機の音にかき消されていた雨の音が「また」聞こえてくることで、雨天の蒸し暑さが感じられます。
【NO.8】
『 芍薬の はなびらおつる もろさかな 』
季語:芍薬(夏)
意味:芍薬の大きな花びらが落ちていくもろさであることだ。
芍薬は花の王と呼ばれる牡丹と対比して、花の宰相と呼ばれるほど見事な花を咲かせます。そんな芍薬でも花びらが落ちていくもろさを愛でている一句です。
【NO.9】
『 遠近(おちこち)の 灯りそめたる ビールかな 』
季語:ビール(夏)
意味:あちらこちらで明かりがつき始める時間帯に飲むビールのなんと美味しいことか。
「遠近」とはあちらこちらという意味です。街頭や家の灯りがつき始める夕方にビールを飲む喜びがストレートに表されています。
【NO.10】
『 はや夏に 入りたる波の 高さかな 』
季語:夏に入りたる/立夏(夏)
意味:早くも夏に入ったような波の高さだなぁ。
「夏に入る」は立夏を表す季語です。5月5日とまだ春の終わりのような日々ですが、波の高さがすでに季節が夏にうつり変わっているのだと主張しています。
【NO.11】
『 あきかぜの ふきぬけゆくや 人の中 』
季語:あきかぜ(秋)
意味:さわやかな秋の風が吹き抜けていく人混みの中だ。
平仮名を多く多用していることで、秋から連想される寂しさではなくさわやかさを表現しています。雑踏には知っている人はいないけれど、そんな人々の間を縫うように風が吹き抜けていく秋の光景です。
【NO.12】
『 あきくさを ごつたにつかね 供へけり 』
季語:あきくさ(秋)
意味:秋に生える草花をごったに束ねてお供えしよう。
この句は前書きに「友田恭介七回忌」とあります。文学座を共に立ち上げようとして戦死した盟友で、その親愛の情が花を指定せず「ごつたに」束ねて供えるという行動に表れています。
【NO.13】
『 月の雨 ふるだけふると 降りにけり 』
季語:月の雨(秋)
意味:せっかくの仲秋の名月が雨だ。これだけ土砂降りであると諦めもつく降り方をしている。
「ふる」を繰り返している表現から、相当な土砂降りが伺えます。本来の「月の雨」という季語からは薄明かりは見える状態を指すようですが、この雨では無理だなぁとさっぱりと諦めている一句です。
【NO.14】
『 かなかなの 鈴ふる雨と なりにけり 』
季語:かなかな(秋)
意味:かなかなとヒグラシが鈴のように鳴いている雨になっている。
「かなかな」とはヒグラシのことで、鳴き声も季語になっています。ヒグラシがなく一方で雨が降っている秋の訪れを実感させる映像のような表現です。
【NO.15】
『 草の花 ひたすら咲いて みせにけり 』
季語:草の花(秋)
意味:道端に咲いている草の花もひたすらに咲いてみせている。
「草の花」は野草の花の総称を表す季語です。どんな環境に生えている草でも花をひたすらに咲かせているという自然を尊ぶ一句になっています。
【NO.16】
『 湯豆腐や いのちのはての うすあかり 』
季語:湯豆腐(冬)
意味:湯豆腐が白い湯気を立てている。命の果てにあるだろう薄明かりはこのような色なのだろうか。
湯豆腐から立ち上る湯気に、命の儚さを詠んでいる一句です。この句を詠んだ数ヶ月後に作者は亡くなっているため、まるで自分の死期を悟っていたような不思議な句になっています。
【NO.17】
『 竹馬や いろはにほへと ちりぢりに 』
季語:竹馬(冬)
意味:竹馬で共に「いろはにほへと」を習った友人たちもちりぢりになってしまった。
「いろはにほへと」には初めての竹馬の覚束なさ、語学の学習としての言葉、いろは唄の出だしの成長したという意味の3つが込められていると言われています。竹馬で遊び学んだ友人たちはすでに「ちりぢりに」なってしまったという寂しさを感じる句です。
【NO.18】
『 さびしさは 木をつむあそび つもる雪 』
季語:雪(冬)
意味:さびしさは木を積む遊びのようだ。外には雪が積もっている。
この句は最初の妻を亡くしたあとに詠まれたと言われています。初稿では「つみ木遊び」と子供を詠んだ句にも思える俳句でしたが、「木をつむ」と詠むことで自身の心情を表す俳句に昇華されました。
【NO.19】
『 一句二句 三句四句五句 枯野の句 』
季語:枯野(冬)
意味:一句や二句ではなく、三句四句五句と枯野の句が続いている。
一から五の数字をテンポよく読んでいる軽妙な技法の俳句です。句会でみな似たような枯野の句を詠んでいたのか、同じような枯野の俳句はいくらでもあると皮肉っているのか、いろいろな解釈ができます。
【NO.20】
『 叱られて 目をつぶる猫 春隣 』
季語:春隣(冬)
意味:叱られて目をつぶって知らんぷりをする猫がいる春が近い今日だ。
猫を飼っている人には叱っても知らん顔をする猫の様子が浮かんでくるでしょう。どこかギスギスした空気になりそうなところを、もうすぐ春であるという「春隣」の空気が癒しています。
以上、久保田万太郎の有名俳句20選でした!
もう雨が降ってきたが、昼間は陽気が良かった。それにつられて昼休み湯島天神へ。ようやく梅が花ざかりを迎えている。猿廻しも出て賑やかだ。写真は日陰がちな女坂の梅。後ろに写っているのは、久保田万太郎がかつて住んでいた家。奇跡的に残っている。 pic.twitter.com/qkesrpduTf
— かねたく (@hirakuk) March 1, 2013
今回は、久保田万太郎の作風や人物像、有名俳句を20句ご紹介しました。
わかりやすい平易な言葉で日常を詠む作者の俳句は、わかりやすさと親しみやすさで有名です。
近現代俳句はいろいろな作風が出現する時期なので、ぜひほかの作者の俳句と読み比べてみてください。